11 三本の剣
「ビックリしたよ、もう」
待ち合わせに使われる広場の銅像の前に移動して、マユは約五ヶ月ぶりの懐かしい面々に笑顔を向けた。
「みんな、どうしてアレ・テタルにいるの? 依頼か何か?」
マユの手を握っているのは六歳年上のレオンだ。孤児院時代からずっと面倒を見てくれたお兄さんのような存在である。最初に文字と計算を教えてくれたのも、人に接するきっかけを作ってくれたのも彼だ。
「あー、えーと」
会えて嬉しいが仕事なら邪魔をしたくないと問うマユに、レオンの青い目は気まずそうに逸らされた。オリーとジャスパーはニヤニヤ笑いで二人を眺めている。
長く伸びた黒髪を首の後ろでくくっているのがオリー、赤いくせ毛で、鼻の上のソバカスがジャスパーだ。二人も孤児院時代の仲間だ。
一足先に冒険者になった三人は、よくマユの薬草採取に付き合ってくれていた。討伐帰りにカーラの店に必ず立ち寄り、マユの帰宅にあわせて送ってくれたり、ついでに採取した薬草を納品してくれてもいた。
「マユがっ」
オリーとジャスパーに背中を突かれて意を決したレオンが、マユに視線を合わせた。
小さな頃からレオンは身体が大きかったが、成長期のここ数年は目を見張るほど背が伸びている。数ヶ月会わなかっただけなのに、目を合わせようと思うと、前よりも意識して視線を上げないといけなくなっていることに気づいた。
「私が?」
「マユが、カーラさんの弟子を辞めて出ていったって……」
「誰がそんなことを言ったの?」
思わずそう返したが、誰が嘘を吹聴しているのか、想像はついた。辞めたのではなく、辞めさせられたのだ。そんな思いは口にしなくても、眉をひそめた彼女を見ていろいろ気づいたのだろう。オリーが「やっぱりか」と目を細めた。
「カーラさんが引退して、今はミリーアさんが店を継いでるんだ。彼女がマユが突然出ていったって言いふらしてて、おかしいと思ったんだよ」
高齢のカーラが突然弟子を取ると決めたのは、跡取りだった孫娘のミリーアが婿を取らずに嫁いでしまったからだ。その後マユが弟子入りし、店を継がせる前提で厳しく鍛えられていたのは街のみんなが知っている。ところが突然ミリーアが子連れで戻り、代わりにマユの姿が見えなくなったのだ。
「常連客も不思議がっていたし、俺たちも何かあったのかもって心配してて」
「特にレオンが大荒れだったよな」
「荒れる?」
「だって冒険者ギルドで問い合わせても、マユはまだ成人してなかったから登録がないって回答だし、何も教えてもらえなくてさ」
一縷の望みを賭けてミリーアに託した手紙にも、当然返事はない。
マユが王都から姿を消したのがあまりにも急だったので、レオンだけでなく、王都のギルド職員も、先輩薬草冒険者も、カーラの薬店の常連客も、みんな心配していたと言われて、マユは素直に頭を下げた。
王都を出奔した頃のマユは、なんとしても学費を貯めて魔術学校に入学する、それだけしか考えられず、正直、王都にいるレオンたちのことはすっかり忘れていた。
「心配かけて、ゴメン。いろいろあって……でも私は大丈夫だよ」
手紙を受け取れなかったのは、たぶんミリーアが出さなかったのだろう。魔術学校にいると知っているのに……いや、学費が払えずに入学していないと思っているのかもしれないが。
「それ、魔術師のローブ?」
赤いくせ毛を弾ませて、ジャスパーが興味津々にマユの黒いローブを見ている。
「魔術学校の制服だよ。薬魔術科に通ってるの」
「どこに住んでるんだ? ご飯はちゃんと食べてるのか? 学費は足りてるか?」
マユが王都にいたころよりも立派な服を着ているのに気づいてほっとしたレオンだが、心配事は尽きないようだ。
「学校の寮だよ。もちろん食事付き。冒険者登録したから、学費もしっかり稼げてます」
だから心配しないで、とほほ笑むマユを見て、レオンは悲しげに肩を落とす。
「本当に大丈夫だよ? 友達もできたし、勉強は難しいけど楽しいし、寮のご飯は毎回お肉料理がついてて、パンもふわふわで美味しいんだよ。お金も心配ないからね。薬草は冒険者ギルドだけじゃなくて魔法使いギルドでも買い取ってもらえて、しかも割り増しがあるんだよ!」
レオンに心配掛けまいと熱弁を振るうマユだが、それによってますますレオンが萎れてゆく。何故だ、と彼女はオリーとジャスパーに助けを求めた。
「周りが見えてないんだよレオンは」
「自分のことも見えてないよね、レオンも、マユも」
二人はぷぷぷと噴き出すのを堪えている。
「あー、うん、ゴメン。マユがあんまりしっかりしてたから、嬉しいような、ちょっとガッカリしたような……」
昔から世話を掛けていた自覚のあるマユは、自立を喜ばれるのはわかるが、何故ガッカリされるのだろうと首を捻る。
苦笑いのオリーが、レオンを押しのけた。
「まあまあ、それで、さっきのは学校の友達?」
「あ、うん。同級生。授業が休みの闇の日に、一緒に学費稼ぎをしてる」
「なるほど、闇の日だけだったのか。だからなかなか会えなかったんだな」
「俺たち、結構前からアレ・テタルにいたんだよ」
成人したら絶対に冒険者登録しているはずだと思い、三月になってすぐにギルドで照会をかけた。本来なら個人的な問い合わせには応じない冒険者ギルドだが、孤児院出身のマユは王都ギルドでも重宝されていたことと、突然の行方不明はギルドとしても安否の確認をしたかった事情もあって、生存確認を優先した限定的な照会を認めてもらえた。
「この春にマユって名前の新しい冒険者登録があったってだけ教えてもらえて、じゃあどこにいるんだってレオンが頑張って調べたんだよ」
「……どうやって探したらいいかわからなくて腐ってたら、白狼亭の親父さんが、乗合馬車を調べろって教えてくれてさ。それで片っ端から聞いて回って、短期間に二回もアレ・テタル行きの乗合馬車に乗ったのがわかったから」
アレ・テタルからまた別の乗合馬車で移動していたとしても、足取りは掴めるだろうと考え、三人で王都から移ってきたのだと言った。
「移ってきちゃったの? せっかく星を一つ得られたって言ってたのに?」
王都の冒険者ギルドには、よそにはない独自の冒険者を評価する基準がある。経験年数、ギルドへの貢献度、依頼達成の成功数などを総合的に判断し、優れたパーティーに星を与えるのだ。星の数で受けられる依頼も変わってくるし、報酬も高くなる。
自分のためにそれを捨てさせたと知って、マユは申し訳なさでいっぱいになった。自分がレオンたちに連絡をとっていれば、余計な心配もかけなかったし、孤児院仲間が損な選択をすることもなかったはずだ。余裕がなかったとはいえ、さすがに身勝手すぎたとマユは反省する。
「マユのせいじゃないよ。俺たちも孤児だし、王都でなければいけないってわけでもないんだしね」
「そうそう。それにアレ・テタルには魔術師がたくさん居るだろ? 俺たちのパーティーに合う攻撃魔術師を探せないかなと思ってさ」
オリーとジャスパーの表情はからりとしていて、本心からの言葉だとわかって安心した。だが萎れたままのレオンの様子に、マユは不安げにたずねる。
「レオンは、こっちにきて良かったの?」
二つ名付きの冒険者になる、それが彼の幼いころからの目標だった。王都ギルドの評価制度は、冒険者の実力を可視化できるもので、レオンの目的にぴったりなのだ。それを妹分のために捨てさせたとしたら、マユは自分を許せない。
「もちろんだ。俺は王都にこだわってたわけじゃないんだ。それに経験を積むなら、いろんな場所で討伐したり依頼を請けるのは必要だろ。人脈も広げたいし」
レオンは明るい表情を張りつけて、マユが気にする必要はないと繰り返す。
「マユに会えて良かった」
「うん、私もレオンたちに会えて嬉しい」
八の鐘が鳴っている。それを聞いてマユは寮の夕食時刻と、冒険者ギルドに報酬もエリカたちも放り出してきたのを思い出した。
「ごめん、私ギルドに友達と報酬を放り出してきてるから戻らなきゃ。この街にいるのならまた会えるね。冒険者ギルドに伝言したら伝わる?」
「三本の剣に宛ててくれたら大丈夫だよ」
「ま、マユ」
「わかった、また連絡するね」
踵を返すマユを引き止めようとレオンの手が伸びる。それをオリーとジャスパーがつかまえて、またね、と手を振った。
挙動不審なレオンの様子が心配だが、彼にはオリーとジャスパーという頼れる仲間がいるのだ。マユよりも五、六歳も年上の男たちを心配するほうが烏滸がましいだろう。それよりも放り出してきたエリカや、護衛をしていたディアーナだ。きっと心配をかけている。
もう先に寮に帰ってしまっただろうか、それともギルドで待っているだろうか。報酬の分配はギルドで行っていたから、マユが抜けたことで止まっている可能性は高い。
マユは全速力でギルドに駆け戻った。
「やっと戻ってきた!」
「遅くなって、ゴメン。報酬の分配だよね?」
「何言ってんの?」
「三本の剣と知り合いだなんて、聞いてないよ?」
ロビーに駆け込んだマユを見て、ディアーナは安堵し、エリカは鼻息荒く詰め寄った。
「あんな男前たちを独り占めはダメでしょ」
「ひ、独り占め?」
「エリカ、そういうは話は寮に戻ってからな。夕食まで半鐘もないんだ、急いで帰るぞ」
「待って、今日の報酬を」
「それなら俺が一緒に現金で受け取ってる。明細もあるから、あとでちゃんと分けるのでいいよな?」
セオドアが淡々と話を遮り、オッジがマユを促す。
「寮で話すにしても、場所を選ばないといけませんね。個室が空いてるといいのですが」
冒険者登録した生徒に聞かれるのは面倒になる。そう判断したディアーナは、食事の前に自習室の空きを問い合わせると決めた。
「混む前に食事を終わらせて、ロビーに集合でいいだろうか?」
「わかった。エリカ、それまで黙ってろよ、いいな?」
セオドアとディアーナがテキパキと話をまとめ撤収を決めた。何も言わずに放り出した謝罪と、待っていてくれた礼を言う暇もない。マユはディアーナとオッジに手を引かれ、エリカはセオドアに腕を掴まれて、混み合ったギルドロビーから引っ張り出された。
入り口から出るとき、こちらを見ていたブレナンと目が合い、ニヤニヤと下世話な笑みを向けられたのが、ちょっとムカムカした。
+
早々に夕食を終えた五人は、運良く確保できた個室の自習室に集まった。テーブルを端に寄せ、椅子だけを集めて座る。
マユの椅子の前に、四人が椅子を並べた。扉を背にして、しっかりと退路を封じている。
「三本の剣なんて知らないって、マユは言ってなかった?」
エリカの目尻が引きつっていて、笑顔が怖い。
「本当に知らなかったんだけど」
「でもあの三人とは知り合いなんでしょ? 名前で呼び合うくらい親しいんでしょ?」
「こ、孤児院で一緒に育ったから」
報酬の分配のために個室を確保したと思っていたマユは、自習室の戸が閉まるなりエリカとディアーナに詰め寄られ、レオンたちとの関係を吐かされた。
「マユを追いかけてきたなんて、情熱的なんだな!」
「ねえねえ、マユの本命は誰? 黒髪が綺麗なクールな感じのオリー? それとも赤毛で純朴そうなジャスパー?」
「何を言ってるんです、熱血レオンに決まってるでしょう。彼のあの熱い視線を見たでしょう? 独占欲丸出しだったじゃないですか!?」
「じょ、情熱? 独占、欲?」
二人が何を興奮しているのか本気で分からないマユは、説明を求めてセオドアとオッジを見るが、二人は報酬の分配計算の真っ最中だ。気配を感じてチラリとマユに目を向けるも、声のない口の動きが「自分でがんばれ」と助けを拒まれた。ひどい。
「あの熱視線を何とも思わないなんて、マユはまだまだ子どもね」
三本の剣の私的な情報と狼狽するマユを堪能して満足したらしいエリカは、それでどうするのかとたずねた。
「どうするって?」
「三本の剣がマユのためにアレ・テタルに移籍したのは間違いないんだよ。せっかく再会したのに、そのあたりの話とかしなかったの?」
「魔術師を勧誘したいって言ってたけど?」
パーティー名の通り、彼らは剣士三人組だ。狩猟ではなく魔物討伐、それも上位の魔物討伐依頼を成功させるためには、仲間に魔術師がいたほうが良い。
エリカとディアーナの瞳がキラリと輝いた。
「それってマユの勧誘じゃないの? 同じ孤児院出なんだから、一緒に冒険者しようって誘いでしょ?」
「そうかなぁ? そんなことはひと言も言ってなかったと思うけど……」
エリカは絶対にそうだと断言するが、マユはイマイチ実感が湧かない。レオンたちとの会話を思い出しても、やはりマユにはエリカの言うような勧誘とは思えなかった。マユは薬魔術師見習いだし、彼らが求めているのは攻撃魔術師だ。
「そこはちゃんと確かめたほうがいいと思うぞ。俺たちが魔術師資格を得られるのは、卒業後なんだから」
それまでマユたちの話を傍観していたセオドアまでが、もし三本の剣がマユをあてにしているのなら、説明しておかなければ揉める原因になると心配そうに口を挟んだ。
「違うと思うけど……わかった。ちゃんと確認してみる」
今日は再会を喜び合っただけで別れてしまったし、次の闇の日にレオンたちに詳しい話を聞こう。レオンたちのことだけでなく、孤児院がどうなっているのかも、カーラ師匠のことも、ちゃんと聞かなくてはならない。
+
次の闇の日、ギルドでエリカたちと別れたマユは、三本の剣への伝言を頼もうと受付に向かった。話しかける前にマユを見た受付職員はニコニコで後ろを向き、ブレナンに合図を送る。気味の悪いニヤニヤ顔と猫なで声で現れたブレナンは、貸部屋の番号札を投げ渡した。
「三本の剣が待ちかねてるぜ」
「……え、どうして?」
「闇の日にって約束してたんだろ? 朝一番に押しかけて、打ち合わせ室で待機してる。早く行ってやれ」
具体的な時間の約束はしていなかったのに、レオンたちはずいぶんとせっかちになったようだ。マユは急いで指定の小室に向かう。ノックをして扉にある挿入口に札を入れると、勢いよく扉が開いた。
「マユ、待ってたんだよ!」
ずっと扉の前で待っていたのだろうか、満面の笑みのレオンに室内に招き入れられた。小卓に着いているオリーとジャスパーは呆れ顔だ。
「早いね、みんな」
「レオンがうるさくてね。話もしたいけど、マユは稼がなくちゃいけないんだろう? 昔みたいに採取しながらでどうかな?」
「私は助かるけど、いいの?」
「マユが稼げる日は少ないし、その貴重な一日をギルドの貸部屋で浪費するのはもったいないだろ」
同じ孤児院出身の彼らは、マユが今日稼げなかった分を、次の闇の日に無理をすると理解していた。いくら同級生らと行動していても、魔術師見習いだけでの討伐や採取がどれほど危険かを彼らはよく知っている。
「遠慮するなって。俺らも軽く稼ぎたいからさ」
オリーとジャスパーの言葉に、レオンの意見はどうなのかと見上げると、彼はニコニコ顔だ。
「マユの行きたいところについてゆくよ」
「それじゃぁ、南の森はどうかな? まだあっちで採取したことないんだ」
攻撃魔術師見習いがためらう場所だが、実力をつけたレオンたちなら問題はないだろう。三人の討伐にくっついてゆき、邪魔にならない程度に採取できればマユは充分だ。
「南の森の採取地っていったら、中域だな」
「場所を知ってるの?」
「俺たちも討伐の帰りにちょこちょこ採取してるんだ」
討伐冒険者が薬草を卸すのは珍しいらしく、レオンたちはギルドに一目置かれているらしい。
「移籍したばかりでギルドの役員に直々に頼まれたし、いろいろと便宜も図ってもらってる。マユが採取のコツを教えてくれたおかげだよ」
レオンの言葉に、マユの頬が緩む。王都でのマユは、成人した彼らに守られながら薬草を採取していた。間違いなく足手まといだったはずで、彼女はいつも彼らに迷惑がかからないよう大慌てで採取を終わらせていた。レオンたちの邪魔してはいけないと必死だったが、そんな経験が少しでも役に立っていたと知って心が軽くなった。
ギルドを出た四人は、さっそく南の森の採取場に向かう。三本の剣がよく採取をするのは、双尾狐の狩り場近くだ。
「ここは奥にゆくと銀狼の縄張りがあるし、最近はレッド・ベアの目撃情報もあるんだ。できるだけ俺たちの近くで採取してくれるか?」
オリーとジャスパーが見張りに立った。マユの隣で膝を突いたレオンは「手伝う」と薬草に手を伸ばす。しばらく会わないうちにずいぶんと手つきが良くなっている。安心して任せられそうだと、レオンにユーク草を頼み、マユはサフサフ草の根に集中する。
「王都の話を聞かせて。孤児院のみんなは元気? 院長先生は?」
「孤児院は変わらないよ。院長も相変わらず眉間に縦じわ作ってた。けどマユを心配してた」
「うん、手紙書くね。カーラ師匠は?」
「……カーラさんは、俺たちが王都を出るよりも前に、店で見かけなくなったんだ」
「え?」
「ずいぶん前から、体の調子が良くなかったらしい。店の錬金薬、マユが作ってたんだろ?」
「……知ってたんだ?」
マユに調合を叩き込んだカーラは、いつのころからか販売用の錬金薬もマユに調合させていた。必ずカーラが立ち会い、しっかりと工程を監視し、できあがった錬金薬もしっかり検品していたが、本来ならば無資格の弟子による錬金薬は販売してはならない――それをマユはアレ・テタルにきてはじめて知った。
おそらくマユを弟子にとったころから、カーラの体調は錬金薬を作るのも苦労するほど悪くなっていたに違いない。
「師匠、大丈夫なのかな……」
「療養できる田舎に移したってミリーアさんが言ってたから、心配はないと思うぜ」
実際にカーラが旅立つのを見た者はいないし、誰も伝言を受け取っていないことから、真偽は不明だ。さすがに実祖母を粗末に扱いはしないだろうと思い、レオンたちは小さな懸念をマユには教えなかった。
「店はミリーアさんが続けてるけど、あんまり評判は良くない」
端数薬草の買い取りをやめてしまったことで駆け出し冒険者の足が遠のき、後輩の支援にと店で錬金薬を買っていた熟練も立ち寄らなくなった。常連も錬金薬の効きが悪くなったとぼやいていたし、一般薬の品質も低下しているらしい。
「……そんなことに」
ミリーアはカーラ師匠と同じ灰級薬魔術師のはずで、マユよりも高品質の錬金薬が作れるはずなのだ。
「マユはさ……王都に戻って、カーラさんの店を取り戻したいか?」
問われた内容に、そしてレオンの真剣な様子に、マユは目を丸くして見返した。
「魔術師は血縁じゃなくて弟子に道具とか本を継承させるものなんだろ? 孤児院長もカーラさんがマユを正式に弟子登録してたって言ってた。マユにはちゃんと権利があるんだぞ?」
マユが権利を主張するなら、取り戻すために手伝う。まっすぐに見つめてそう言うレオンに、彼女はゆっくりと首を横に振った。
「師匠のお店は、孫のミリーアさんのものだよ。取り戻すっていうのは、自分のものだったときに使う言葉でしょ。私は弟子だけど孤児で見習い、ミリーアさんは弟子で孫で、立派な灰級薬魔術師だよ」
彼女が引き継いで当然なのだ。マユは最初から、師の店を手伝いはしても継ぐなど考えたことはなかった。
「騙し打ちで追い出すんじゃなくて、ちゃんと説明してもらいたかったけどね」
無一文に近い状態でアレ・テタルに辿り着いてからの苦労を思い出して、それだけは少し恨んでいるとぼやく。
「でも店を開きたいって、言ってたじゃないか」
店番を終えて孤児院へ帰るマユを何度も送り届けた、そのときに瞳をキラキラさせて師匠の店のような小さな薬店を持ちたいと語っていたではないか。
気持ちが変わったのか、とレオンが眉をひそめる。オリーとジャスパーも、マユの返事が気になっている様子だ。
「開きたいよ。でもそれは自分で頑張る。譲られるのを期待して待つなんて、何かやだし」
「……そっか」
「私のことはもういいよ。レオンたちは魔術師を探しに来たんでしょ? 組めそうな人は見つかったの?」
晴れ晴れとしたマユの表情を見て、店を追い出され師に捨てられたことは、もう彼女にとっては過去であり、吹っ切れているのだとレオンは実感したようだ。
「フリーの魔術師が思ったより少なくて、苦戦しているよ」
マユの問いに答えたのはオリーだ。三本の剣のリーダーは、魔術都市なのに魔術師が少ないとぼやいた。
「長くフリーで活動している魔術師には問題のある人が多くてね。妙な癖のある魔術師と組むと大変だし、かといって新人を見つけるのも時期的に難しい。在学中から約束を取り付けろってブレナンさんに言われてる。マユの学友を紹介してもらえたら嬉しいんだけど、どうかな?」
「友達かぁ。ちょっと難しいかも」
「先週マユが一緒にいた人たちはどう?」
「エリカは故郷のギルド支援で進学してるから、絶対に帰らなきゃいけないらしいよ。ディアーナは魔術騎士を目指してるから冒険者にはならないと思う。オッジも村のお金で通ってるから、卒業したら戻るだろうし……紹介するならセオドアかな」
彼は他の三人のようなしがらみはないはずだ。裕福な育ちではあるが、孤児院育ちのマユを見下すことも無かったし、金銭感覚以外は問題もない。
「なぁ、マユじゃダメなのか?」
レオンの言葉に、マユの口がぽかんと開いた。同時にオリーとジャスパーから、またか、というような深いため息が漏れる。
「マユが学校を卒業したら、魔術師としてパーティーに加わればいいんだよ」
「私、薬魔術師だよ。攻撃魔術師じゃない」
「でもマユは魔力で攻撃できるじゃないか」
「できるけど、あれは身を守る程度で、魔物には通用しないよ」
それはレオンも知っているはずではないか。まさか二人も同じ意見なのかと、マユはオリーを振り返る。
「レオン、マユは店を持ちたいって言ってるんだ。冒険者になりたいわけじゃないんだ」
「薬草冒険者なんだから、薬魔術師で冒険者やってもいだろ? マユは魔術師になったら冒険者やめるのか?」
「やめないけど、私じゃみんなの討伐についてけないよ」
「マユは俺たちと一緒のパーティーはイヤなのか?」
摘んでいたユーク草を放り出したレオンが、マユの手を掴んだ。
「俺はマユと一緒のパーティーがいい」
「レオン……私だってみんなと一緒がいいよ。でも」
チラリと、彼女の視線がオリーとジャスパーを向く。二人の困ったような顔は、マユと同じだ。
「私がいると、レオンたちは夢を叶えられないよ? 二つ名で呼ばれるような、一流の冒険者になるんでしょ?」
「マユと一緒でもできる。俺はマユと一緒がいいんだ」
何を頑なになっているのかわからないが、不可能だとマユは首を振る。
「私だって、昔みたいにみんなと一緒に採取したいよ。でもたまにならよくても、ずっとは無理だよ。私がいると討伐対象は制限されて、思うような活動はできないよ」
最初はいいかもしれない。だが三人がもっと強くなれば、自分は足手まといだ。レオンたちは思うような討伐ができず、マユはおまけの採取だけでは満足できず、お互いに不満が膨れあがるだけだ。
「それにみんなと転々としてたら、私は店が持てない」
「……それはっ」
唇を噛んだレオンは、マユから目を逸らせうつむいた。オリーとジャスパーがやっと理解したかと呆れたような、けれど少し悲しそうにレオンを見ている。自分と再会したことでレオンが暴走したんだなと、二人はそれを止められなかったんだなと察した。
「ありがとう、レオン。私を心配してくれたんだよね? 大丈夫だよ、私、立派な薬魔術師になるから。いつまでもレオンに心配かけないように頑張るから。だから私のことでレオンが我慢するのはやめて?」
「……我慢じゃないんだけど」
「でもいつかは我慢の限界で爆発するよ。私、みんなと仲違いしたくないよ」
孤児院の大切な仲間と喧嘩別れするのだけは嫌だ。
「私はレオンたちに余裕があるときに、今日みたいに南の森の採取場に連れてきてもらえるので充分だよ。それじゃダメかな?」
「……じゃあ、闇の日の採取は絶対に俺が護衛する」
「エリカたちも一緒なんだけど、いいかな?」
学校の友人たちも同行すると聞いてレオンは不満そうだったが、オリーとジャスパーはぜひにと頷いた。
「護衛の訓練になりそうだし」
「攻撃魔術師見習いを紹介してもらえるんだろ、期待してる」
そうして半分拗ねたレオンを叱咤しつつ、ひさしぶりにマユは満足ゆくまで薬草を採取した。
【マユのお財布】
前日の手持ち残高 3325ダル
本日の収支
薬草
回復薬一式(7セット) 250ダル
解毒薬一式(3セット) 120ダル
治療薬一式(10セット) 400ダル
魔力回復薬一式(5セット) 200ダル
三本の剣への護衛料 -150ダル(友人価格)
現在の手持ち現金 4145ダル




