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アレ・テタルの薬魔術師見習い  作者: HAL
3章 魔術学校1年目前期

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09 放課後の街歩き


 週の五日は授業、学校が休みである闇の日に金策。これがマユの生活の全てだ。彼女ほど隙間なく授業を詰めている生徒は他にはいない。

 魔術学校では必須教科以外の授業において、出席は義務ではない。そのため遠方からきている学生らは、授業を上手く組み合わせ、週に何日かにまとまった空き時間を作って、街での買い物や見物を楽しんだり、金策に励んだりしている。

 魔術理論に続いて魔力操作の授業を終えたマユは、背中に感じる強ばりを無意識にほぐした。操作の時間は半分実技だ。そのため肉体的、魔力的に消耗し、疲労がいつも残る。そのせいでこの後にある魔力属性では、自分の中にある複数属性の感知が上手くゆかないのだ。


「こっそり回復薬飲んじゃおうかな……」


 実習室で作った錬金薬のいくつかは手元に残してある。急いで部屋に戻り、補給すれば次の授業にも間に合うだろう。

 手早く教科書を片付け教室を出ようとしたマユを、廊下の向こうからエリカが呼び止めた。


「マユ、掲示板見た? 今日の魔力属性は先生不在で休講だって」

「え、知らない。いつ張り出されてたんだろう?」

「ついさっきみたいだよ」


 休講は授業中に急遽決まったらしく、一階の掲示板だけでなく、階段の廊下にも張り出されていたそうだ。エリカのように先に休講を知った生徒たちが、あちこちで友人に知らせている。

 回復薬を飲まなくても何とかなりそうだと、マユはほっと息をついた。


「じゃあ今から自習室って申し込めるかな?」

「そうじゃないでしょ!」

「え?」


 エリカが彼女の腕を抱え込むように掴んだ。そのままグイグイと引っ張ってゆく。


「待って、自習室の、申込みっ」


 抗ってみたが、三歳の体格差は大きい。エリカはマユの抵抗などものともせず、階段を下り、事務室の前を通り過ぎた。


「申込み……」


 昼前の薬草学の授業で、調合で試してみたい気づきのあったマユは、未練でいっぱいの顔で遠くなる事務室を振り返っている。


「もう、マユったら。せっかくできた休みなんだよ、ちょっとは息抜きしようよ」


 学校を出て、魔法使いギルド側に出る通路を歩く間も、エリカはマユの腕をしっかりと握って放さない。


「マユって冒険者ギルドと露店市場以外のアレ・テタルを知らないでしょ」

「知ってるよ。孤児院と、医薬師ギルドと、安い古着屋と、薬草園のあるお屋敷」


 そうじゃない、とエリカは大きなため息をつく。


「最近評判のお菓子の店とか、全部違う刺繍リボンの店とか、評判の読み本を読ませてもらえる店とか!」

「……エリカ、詳しいね」

「そこまで詳しくないけど、そういう店があるって聞いたからさ、行ってみたいじゃない?」


 アレ・テタルの街は、近隣では王都に次ぐ大都市である。ヘル・ヘルタントとの国境が近いこともあって、交易も盛んだ。また魔法使いギルドが存在することにより、他国の魔術師やその関係者の出入りも激しく、さまざまな国や地方の文化がごっちゃ混ぜになっている。道行く人を眺めるだけでも楽しめる街だ。

 田舎町サガスト出身のエリカとしては、学校の生活にも慣れたのだから、そろそろ大都会でしか楽しめない娯楽を経験したいと考えていた。地元出身の学友たちから情報を集め、マユの空き時間に一緒に楽しもうと思っていたのだ。


「なのにマユが自由になるのは闇の日だけでしょ。平日は予習と復習で私も余裕ないし、学費稼ぐって決めてる日を遊びに変更するのは、先々が不安で嫌だしね。でも勉強ばかりじゃつまらないじゃない?」


 つまらなくはない、と返しかけて言葉が出なかった。

 学びと稼ぎに忙しい日々に充実を感じているマユだが、同時に自らを急かすことで息苦しさを、休みない授業になかなか解消できない疲労も感じはじめていた。唯一の息抜きが、朝と夕にエリカたちととる食事だが、それも課題があれば掻き込むだけの時間だ。


「……そうだね。美味しいお菓子を、また一緒に食べようって言ってたのに」


 マユの部屋でのお茶会以来、あのカップは使われないままだ。お菓子を持ち寄って、お茶と雑談を楽しむ時間は一度もとれていなかった。


「でしょ? 休講はちょうど良いチャンスだと思ったんだ」


 だから少々強引だとは思ったが引っ張ってきた。そう言ってエリカが彼女を引っ張っていったのは、服飾店や宝飾店の並ぶ通りにある、間口の小さな店だった。

 表面に光沢のある塗料を塗った看板には、上品な装飾文字で「糸細工の店」とあった。刺繍とリボンの図柄も添えられている。


「……すごく、高級店っぽいよ?」

「そ、そうだね」


 小さな店だが、扉は研かれてツヤツヤだし、店内をうかがうことのできる窓には、透明なガラスがはめられていた。陽の光を反射して眩しいそこには、繊細なレースで作られたつけ襟が飾られている。


「そ、そんなに高くないって聞いたんだけど、な……」


 エリカの声が裏返っていた。学友からすすめられたとき、こんな高級店だとは聞かされていない、と尻込みしている。


「誰に教えてもらったの?」

「同科のディアーナ」

「彼女、貴族だよ……」


 魔術騎士を目指す彼女は、気さくで庶民的だが、父親は騎士爵だ。


「え、そうなの? だって床に寝転がるのも平気だし、練習着の破れは自分で繕ってるし、自分で洗濯もしてるんだよ」


 寮では、部屋の掃除も着衣の洗濯も、すべて学生がやらねばならない。裕福な庶民であるフランチェスカやセリーナは、入寮直後にかなり苦労したらしい。だがディアーナは初日から掃除も洗濯も完璧で、慣れない彼女らに手を貸していた。言葉遣いは少し硬いが、普段の態度も気さくなため、エリカが平民だと思い込んだのも仕方がないのかもしれない。


「どうする、入ってみる?」


 貴族の出入りする店と知って尻込みするエリカの腕を、今度はマユが引いていた。


「間違って汚しちゃったら怖いよ」

「でもせっかく来たんだから、見るだけ見てみようよ」


 窓ガラス越しに見える繊細なレースが気になるのだ。マユは尻込みするエリカを引っ張って、店の扉を開けた。


「わぁ、ステキ」

「凄いね……」


 入り口から真正面に見える壁に、刺繍によるテーブルクロスが飾られていた。うっとりと見とれる。


「マユ、思ってたより手が届きそうな値段だよ」


 小さな、けれど弾むような声がマユをレースから引き剥がす。

 素早く表示された値段を調べたエリカが、リボンの棚にマユを誘導した。赤や黄色や若芽色の生地に、色とりどりの小花や星が刺繍されたリボンが所狭しと並んでいる。エリカが目を輝かせるのも当然で、値段は五マール(50センチ)二百五十ダルと、贅沢品ではあるが手の届かない値段ではない。

 エリカは赤地に白の小花刺繍のと、黄地に若葉刺繍の二本の間でしばらく迷っていた。


「買うの?」


 突発的に街に連れ出されたマユは、あいにく小銭程度の持ち合わせしかない。エリカにしても二百五十ダルは端金ではないはずだ。心配するマユに彼女は「今度の闇の日の稼ぎでね」と囁いた。四人での金策討伐は軌道に乗っており、このくらいの贅沢は許容だ。


「あ、このレース……」


 マユの目を引いたのはリボンではなく、レースのモチーフだった。花や植物を編んだ小さなレースの中で、香草のような葉と実を編んだ一枚が目に留まる。繊細で精巧なレースのモチーフは、彼女に「買え」と訴えかけていた。値段を確かめ、エリカを真似て、次の闇の日の稼ぎで買おうと決める。

 刺繍とレースの店を出たエリカは、露店市場に近い通りにある、庶民的な店構えの菓子屋にマユを案内した。


「ここ、ダッタザートにある菓子店で修行した職人さんのお店なんだって」


 ウェルシュタント国の南東の国境にある、砂漠に隣接したダッタザートの街では、近年、競うように新しい菓子が生まれている。そんな珍しい甘味や菓子がアレ・テタルでも食べられると評判らしい。


「アリーのおすすめは、しゅーくりーむ、っていう甘味らしいよ」


 エリカは攻撃魔術科の友人(アリー)にすすめられた菓子を注文した。手のひらに乗る大きさの菓子が一つ四十ダル。屋台の焼き肉を挟んだパンが五十ダルするのを考えれば少々高いが、マユも同じ菓子を注文した。


「わぁ、やわらかそう」

「パンみたいな見た目だけど、意外に重いよ」


 シクの葉に包まれた菓子は、見た目の軽さからは想像できないずっしりとした重みがあった。それを手に広場に移動し、腰を下ろせる場所に並んで座る。

 シクの葉をめくって、菓子をじっくり観察した。

 赤キツネの毛皮のような焼き色の、ころんとした丸いパンに見える。


「これ、どうやって食べるの?」

「アリーはがぶっといけ、って言ってたよ」

「見た目は柔らかそうなのに。もしかして硬いのかな?」


 二人は息を合わせて同時にしゅーくりーむにかぶりついた。


「ん、んんっ」

「う……まっ」


 パンのような表面がサクッと割れ、中からやわらかくて甘いものが飛び出した。


「わぁ、とろとろ」

「こぼれる、もったいないよ!」


 噛み口からにょろっとはみ出たものを慌てて口で追っかける。


「……美味しい」

「どうしよう、あっという間に口の中で消えちゃった……」


 サクッとした生地の中に閉じ込められていたクリームは、まるで飲み物のように口の中に広がって、味わう間もなく喉の奥に流れて消えた。舌に残った粘度のあるクリームの残滓を、なんとか引き止めてやわらかな甘さを楽しむ。


「牛乳のクリームよりも濃くて、後味が甘くて最高じゃない?」

「牛乳のクリームは食べたことないけど、これはとても美味しいと思う」


 はじめて食べる菓子をじっと見つめるマユは、どこか懐かしく感じるのは何故だろう、と首を捻った。

 興奮するエリカの口端には淡い黄色のクリームがついている。マユも自分の唇を指で拭った。人差し指に着いたクリームを、行儀悪くペロリと舐める。このクリームは一滴たりとも無駄にできない美味しさだから仕方がない。


「すごいね、こんなに甘くてやわらかくて美味しいお菓子が、たったの四十ダル」

「こんなお菓子がいっぱいあるのなら、ダッタザートを拠点にするのもいいかも」


 エリカは卒業後の拠点を故郷ではなく甘味の地に本気で変更しかねない表情だ。


「もう、アリーが言うからがぶっとやったのに、もっとじっくり味わいたかったよ」


 手に残った半分のシュークリーム、その皮の端っこを少しずつかじっては、クリームをペロリと舐めてゆく。マユもエリカを真似て、ちびりちびりと残りの甘味を味わった。


「闇の日の帰りに」

「買いたいね」


 二人は甘味でトロリとした表情でしっかりと頷き合う。学費とは別に稼ぐ目標が、また一つ増えてしまった。

 残り少ないシュークリームを楽しみながら、閉店に向けて値引きのはじまった露店市の賑わいを見物していた。広場には同じようなシクの葉包みを持った若い女性が何人もいる。きっと同じ菓子店で甘味を購入したのだろう。ちょうど新たに広場にやってきた少女が、二人の前で足を止めた。


「あれ、エリカとマユじゃない」


 制服ローブのボタンは二人と同じ青だ。


「シュークリーム、美味しいでしょ?」

「美味しかったよ、すっごく。けどさアリー、これはがぶっとかじっちゃいけないお菓子だよ!」

「やだ、本当に大口でかぶりついたの?」


 冗談だったのに、と笑ったアリーはエリカの隣に座った。


「狩猟帰り?」

「そう。これ稼いだ帰りの、自分だけのご褒美なんだ」


 彼女は週のうち二日の午後を空けていて、その時間を学費稼ぎを兼ねた実家の食料調達に使っている。魔術学校は街中に家があっても入寮が義務づけられるため、アリーの家族は家での役割を入寮後も継続することを条件に入学を認めたのだそうだ。

 魔術学校の制服ローブから見える使い古された鞄には、土と血痕と思われる汚れがついていた。人の血ではないだろう。おそらく魔物か魔獣だ。何を狩ったのだろうか。

 マユの視線に気づいて、アリーが顔をしかめた。


「ああ、この汚れ? 気になる?」

「魔獣の血だと思うけど、乾いて変色してないってことは、獣系?」


 食用になる魔獣や魔物の血は、乾燥すると暗く沈んだ色に変化するが、昆虫系の魔物や可食肉をとれない魔獣の血の場合は、元の血の色とは反対の色に変わるのだ。赤い血なら緑に、青い血なら橙に、紫なら黄色だ。


「羽が付着していないから、角ウサギか縞小熊を狩ったのかなって……トラント草、どれくらい食べられてた?」


 マユの返事を聞いて、アリーはシュークリームの存在を忘れてぽかんと口を開けた。


「……まさかそういう分析がくるとは思わなかったわ」

「間違ってました?」

「ううん、正解。角ウサギを狩ったよ。北の森でね。トラント草はけっこう食べられてたかな。近くに複数の角ウサギの巣ができてたから、再生が追いつかなくなるかも」


 この季節は角ウサギの繁殖時期だ。子ウサギに食べさせるために、トラント草の群生地近くに巣を作る習性がある。


「じゃあいっぱい狩れたんだ?」

「まさか。一番凶暴な時期だからね、時間もなかったし今日は三羽だけ」


 角ウサギの巣の数、群生地の生育具合を聞き取ったマユは、悔しそうに唇を噛んだ。


「次の闇の日は、トラント草、あんまり採取できないかも」

「薬草がだめでも、討伐があるでしょ。一緒に角ウサギ狩ればいいじゃない」


 レースのモチーフもシュークリームもお預けになりそうだと落ち込んだマユだが、たくさん狩ればいいのだと意欲的なエリカの言葉に励まされた。


「あんまり狩りすぎないでね。買取価格、少し下がってたよ」


 これ以上下げないでね、と苦笑いのアリーが釘をさした。彼女は二人よりも頻繁に冒険者ギルドに出入りしており、街の情報に詳しい。何かお得な情報はなかったかと聞くエリカに、彼女は楽しそうに目を細めた。


「アレ・テタルの冒険者ギルドに新風が吹いたよ」


 得意げに耳打ちするアリーの頬が、心なし赤く染まっているように見えた。


「先週、すっごく格好いい冒険者パーティーが、王都からこっちに移籍してきたんだ」


 数日前に見た姿を思い出しながら、アリーは自慢するように細かく語る。

 新しくアレ・テタル冒険者ギルドに登録されたパーティーは、王都出身というだけあって、田舎くささがなくて洗練されている。清潔で顔かたちも良く、言動に乱暴なところもないため、女性冒険者の多くがあっという間に狙いをつけたらしい。

 アリーの口からこぼれる賛辞を聞いても、マユにはピンとこなかった。エリカもそういった興味は湧かないようだ。


「見た目だけの冒険者は好きじゃないしなぁ」

「それが腕も良いらしいよ。ギルドがもう指名依頼出してたから間違いないね」


 ギルドの指名依頼は実力の証明でもある。実力第一主義のエリカの目が輝いた。


「ベテラン? 若いの? メンバーに魔術師いる?」

「若いよ。私たちより少し上かな。剣士ばかり三人で魔術師はいなかった。アレ・テタルに移ってきたってことは、魔術師探しで間違いなさそうだよ」

「男パーティーか……やっぱり男の魔術師がいいのかな?」

「女を指定して募集してたら要注意だけど、そうじゃないなら応募したいなぁ」


 アリーとエリカは声を揃えて、もし募集が張り出されたら、殺到してすぐに決まってしまうだろう。見習いの自分たちに応募資格がないのが悔しいと、悲しげにため息をつく。


「あたしが卒業するまでずっと募集中ならいいのに」

「他所と比べてフリーの魔術師は多いから、早々に決まっちゃうだろうなぁ」


 興奮から諦めへと慌ただしく変化する二人の会話を、攻撃魔術師の就職も大変そうだなとマユは他人事のように聞いていた。攻撃魔術師は組む相手次第で収入や環境が変わる。まだ一年目の前期であっても、将来を見据えて情報を集めなければならないのだろう。

 薬魔術師の就職についても、早めに情報を集めておいたほうが良さそうな気がしてきた。相談するのは学校で良いのだろうか。斡旋はやはり医薬師ギルド? 避けてきたが、そろそろ薬草納品をして顔つなぎをはじめるべきだろうか。

 そんなふうに考えに沈んでいたマユを、アリーの問いが引き戻した。


「マユは王都出身でしょ、知らない?」

「え、何を?」

「王都出身のパーティーだよ」


 そのパーティーへの就活の話題から、いつの間にやら好ましいパーティーそのものへ話題が移っていたらしい。


「マユはシェラストラルでもギルドに出入りしてたんでしょ? 男前三人組を知らない?」

「知り合いなら紹介してもらえないかな?」


 少しでも情報を得ようとエリカとアリーは前のめりにマユに迫った。


「三人組の冒険者なんて、数えるのも面倒なくらい沢山いたからなぁ」

「けど顔が良くて腕利きはそんなにいないでしょ」

「そんなに、いたよ」


 王都には元貴族の冒険者も多く、そういった者は容姿も飛び抜けていたし、実力もそれなりにある。条件を満たすパーティーはマユが知るだけでも十はあった。


「あんなカッコイイ男三人組が、そんなにいっぱいいるの?」

「うらやましい……卒業後はダッタザートじゃなくて、王都にしようかな」


 噂を聞いただけでまだ実物を見て確かめたわけでもないのに、エリカはうっとりと思いを馳せている。故郷に帰らねばならないのでは? と思わずツッコミを入れたくなった。


「三本の剣ってパーティーなんだけど、本当に知らないの?」


 パーティー名を聞いても、マユには思い当たる冒険者はいない。


「そんなパーティー、いたかなぁ?」



【マユのお財布】


前日の手持ち残高 3125ダル


本日の収支

 シュークリーム  -40ダル


現在の手持ち現金  3085ダル


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