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アレ・テタルの薬魔術師見習い  作者: HAL
3章 魔術学校1年目前期

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08 はじめての魔力討伐


 マユは新しい薬草の生息地を探し、春の森を歩き回った。


「ここはヘルテルの木がいっぱい生えてて、サヒン草の株は小川が目印。ダトン蔦はちょっと奥だから、ギルドの魔物情報を確かめてから」


 場所を見失わないように自分の魔力をこめたクズ魔石を近くに配置した。


「マユ、こっちにフェイタ草が生えてるぞ」

「惜しい、これは雑草。葉裏の葉脈を見ればわかりやすいよ」


 薬草の近くにはよく似た雑草が必ず生えている。採取前に確認は必須だ。オッジの飲み込みは早く、マユの簡単な説明ですぐにコツを掴んだ。

 手分けして薬草を探し、手早く摘んでゆく。

 サフサフ草の根を抜いていたマユの袖を、オッジが小さく引っ張って囁いた。


「……マユ、銀狼だ。どうする?」


 五本ほど並んだ木の向こうに、銀色の毛皮が見えた。

 マユたちの居る場所が風下なせいか、銀狼はこちらに気づいていない。


「三匹、かな」

「エリカたちを呼んでも間に合わないよね?」

「俺は石礫を一つしか作れない。上手く一匹を倒せても、残る二匹に襲われたら終わりだ」

「逃げるのは……難しい、かも」

「ああ」


 まだ風向きは変わっていない。だが銀狼は何かを探すようにこちらに移動していた。この距離では、二人が後退する動きは確実に伝わるだろう。


「マユ、水の魔力で攻撃できないか?」

「……やったことないよ」


 囁きよりも小さな声で問われ、マユは視線で否と答える。飲み水に、手洗いにと便利に使ってきたが、攻撃手段として使った経験はない。


「じゃあ水の塊で銀狼を溺れさせるのはどう?」


 マユが作った水で銀狼を包み込んでしまえば、呼吸を邪魔できる。その間は反撃できないはずだ。その隙にオッジが石礫で仕留める作戦だ。うまく屠れなくても、反撃は封じられるし、逃げるチャンスも作れる。

 銀狼とオッジの顔を見比べたマユは、自分の魔力を探った。


「水を作って、維持するだけなら、何とかなりそう」

「よし、俺はいつでも大丈夫だ。マユのタイミングでやってくれ」

「うん」


 オッジが石礫を作って構えた。

 マユは銀狼たちを見据えたまま、大きく息を吸い込む。

 魔力で水を作り出す。いつも意識することなくやっているそれを、少しばかり大量に作り、そして維持する。

 できる。

 両手を頭上にあげた。

 マユの動きに反応した銀狼が、一団となって襲いかかる。


「水っ!!」


 瞬時に出現させた水を、叩きつけるように両手で振り下ろした。

 銀狼三頭を一度に取り込むためには、寮の個室と同じくらいの容積が必要だ。マユは魔力を絞り出して水の塊を大きく膨らませていった。


「ん、なっ?!」

「オッジ、はやくっ」

「お……おう!」


 もがき足掻く銀狼たちを、長く水の中に閉じ込めてはおけない。三頭を水の外に出さないよう、マユは必死に魔力を維持する。


「石礫!」


 オッジの撃った石礫が、一番近い位置でもがく銀狼の頭にめり込んだ。

 銀狼の動きが止まり、だらりと力尽きた。

 二発目は水に邪魔されて威力が落ちた。

 三発目もだ。


「……も、もう、無理、ごめんっ」


 マユの膝が崩れるのと同時に、三頭の銀狼を閉じ込めていた水が消える。


「石礫!!」


 当たらなくてもいい、追い払えればそれでいい。

 そんな気持ちで撃ち放った四発目は、銀狼の尾をかすめて外れた。

 屠れなかった。だが追い払うことはできたようだ。二頭は水に濡れたまま森の奥へと逃げていった。


「たすかった……」

「と、とどめを、お願い」


 肩で息をするマユの声で我に返ったオッジは、解体用ナイフを握って倒れている銀狼に恐る恐る近づいた。銀狼は息をしていなかった。念のためにと喉を切り裂いておく。


「マユ、大丈夫か?」


 血の気がなく、真っ青だ。今にも地面に倒れそうな様子に、オッジは慌てて彼女を支え、木にもたれさせた。


「……フェ、イ、タ草、ちょう……だい」

「これか、どうするんだ」


 オッジが指先まで冷え切った手に採取したばかりの薬草を握らせると、彼女はそれを口に運んだ。


「え、食べるの?!」

「ま……力が、足りな、い、から」


 銀狼三頭を丸ごと包み込む量の水を作り、それを維持する間にどんどんと魔力が消費された。今のマユは昏倒寸前だ。森で意識を失うのは命取りになる。自分だけでなく、オッジを命の危険にさらすわけにはゆかない。

 必死にフェイタ草を噛んで飲み込んだ。


「エラ、ム草、ある?」

「あるけど、これも食べるのかよ?」


 返事をするのも億劫で、マユは瞼を上下させて頷きの代わりにし、大きく口を開けた。


「……食わせろ?」

「……ん」

「不味くても、文句言うなよ?」


 オッジは恐る恐るにエラム草の葉を一枚、マユの大きく開いた口に放り込んだ。咀嚼して飲み込んだマユが再び口をパカリと開ける。オッジは嫌そうに、マユが満足するまで二種類の薬草を口の中に放り込み続けた。


「あ……ありが、とう。やっと、楽になった」

「……美味かったか?」

「美味しいわけないでしょ。お水で口をすすぎたいけど、魔力がもったいないからできないんだよ」


 大きなため息をついたマユは、ゆっくりともたれていた木から体を離した。


「さっきの水球で、魔力が底をつきかけたから……」

「それで薬草食ったのか? そんなんで回復するのかよ?」

「錬金薬にはかなわないけど、十分の一くらいは戻ったかな?」


 頭と首を回し、腕を上げ、足の力を確かめて立ったマユは、薬草袋からユーク草を取り出して口に入れた。魔力が激減しているからこそ体力に頼らねばならないのだ、しっかりと予防しておく。


「銀狼解体して、戻ろう。ちょっと奥にきすぎたみたいだし」

「あ、ああ、そうだな。解体は俺がやるよ、慣れてるから」


 マユに荷物を預けて、オッジが手早く銀狼の皮をはいだ。言葉通り、ナイフは迷いなく動いている。村でも狩りをしていたのだろう。オッジは魔石も取り出して皮と一緒にまとめた。


「銀狼って討伐報酬はあったっけ?」

「なかったと思う。あ、牙も売れるからとっといて」


 死骸を埋める前に慌てて犬歯を回収したオッジは、そろりそろりと穴を埋めた。

 まだふらついているマユから荷物を受け取って手を貸す。周囲を警戒しつつ、二人は森の入り口まで戻った。

 木々の向こうに畑が見えるあたりで腰を下ろした。かなり遠いが、畑で働く農夫の姿が見える。ここまでくれば大丈夫だという安堵から、二人の体から緊張が抜ける。


「冒険者って、大変すぎるだろ」

「うん、そうだね」

「町全員が登録って、絶対無理」

「わかる……スタンピードは稼ぎ時って考え方、すごいよね」

「俺、攻撃魔術師になれるかなぁ」


 銀狼の素材を見て、オッジがため息をついた。マユはその横に置いた複数の薬草袋と同級生の顔を見比べる。


「オッジは攻撃魔術師になりたかったから、魔術学校に入学したんじゃないの?」

「……俺は親父の跡を継いで農夫をやりたいんだ。けど魔術師級の魔力があるってわかったらさ、村長が頭下げるんだよ、魔術師になってくれって」


 オッジは農村ではじめて魔術師基準の魔力を持って生まれた子供だった。彼の土属性の魔力はかなり村に貢献していた。そのまま土の魔力使いとして村で暮らすつもりだったのだが、村の人々に魔術師になってくれと頼まれた。

 農夫は畑を耕し作物を育て実らせるのが仕事だ。憂いなく農作業に打ち込む環境を維持するため、村長が冒険者を雇って魔獣や魔物を討伐してもらうことはあっても、村人を戦わせはしない。もちろん目の前に魔物や魔獣が現われ襲われたら反撃はする。だが自ら追いかけて討伐はしない。逃げられるなら逃げる、それが普通だった。


「けど俺が攻撃魔術を使えれば、獣害やときどきやってくる魔物も退治できるだろ。冒険者を雇う金も節約できるし」


 遠距離攻撃の魔術師なら、接近戦の冒険者と違って安全だ。村からも援助をするからと村長に頭を下げられ、魔術学校に入学した。


「オッジは、魔術師になりたくないんだ?」

「なりたくないわけじゃないよ。でも魔術師にならなくても、魔獣を狩ったり魔物を追い返すのは魔力使いでもできるじゃないか。わざわざ魔術師になる必要ないって思わないか?」


 どうなのだと見返されて、マユは目を分からないと首を振った。


「錬金薬を作って売るためには、薬魔術師になるしかないから。だから、ならなくてもいい、とは言えない」


 マユは自分の店を持ちたかった。自分の作った錬金薬を売る店だ。錬金薬を作って自分で使うだけなら、魔術師でなくてもできる。だがギルドに卸したり店で販売するためには、薬魔術師の資格がなければならない。


「村長さんが攻撃魔術師になれって言ったのも、ならなければいけない理由があるのかもしれないよ?」

「あるのかなぁ……」


 そう呟いたオッジの視線の先は、春の芽吹きで賑やかな畑に向けられていた。懐かしむような、羨むような表情は、少し悲しそうにも見える。

 エリカたちを待つ間、近辺で薬草を探して採取し、お腹が減ったので乾し豆と乾燥果実を二人で分け合って食べた。マユの保存食を申し訳なさそうに食べるオッジが、近くに練り芋があったと言った。


「火があれば食べられるから掘ってくるんだけどな」

「……オッジって、薬草冒険者に向いてると思うよ」

「そうかな?」

「うん、私が指摘する前から、ちゃんと小さい芽や株には手を出さなかったし、次の採取のためにいろいろしていた意味を説明しなくても理解して実践してたでしょ」


 農村での経験が薬草採取に活かされているとマユがほめた。


「今日採取した薬草は、たぶん一千ダルを越えると思う。一人五百ダルくらいかな」

「思ってたより稼げるんだな」

「でも毎日じゃないからね。毎日こんなにたくさん採取したら、薬草がなくなっちゃう」

「だよな。やっぱり狩猟なのかな」

「両方やればいいんじゃない? 私の孤児院仲間……冒険者になった孤児院の仲間は、討伐帰りに薬草を採取してたよ。どっちかだけにする必要はないと思う」

「そっか……」


 オッジは銀狼の皮を撫でた。

 食べてしまった分の薬草を補充しているうちに、エリカとセオドアが戻ってきた。二人は背負袋をパンパンに膨らませている。


「大猟だね」

「銀狼二頭、角ウサギ三匹、双尾狐一羽、あと小さめの魔猪も狩れたんだよ」


 二人はすべて解体し、必要な素材だけを荷造りしていた。


「あれ、マユとオッジも銀狼を狩ったんだ?」

「気がついたら目の前に居て逃げられなくて、なんとか」

「大変だったんだよ、マユが魔力切れを起こしてさ」


 どうやって討伐したのか、その後の薬草を食べるところまで説明すると、エリカは真っ青になった。


「もう半分くらいは回復してるから大丈夫」

「ホントに?」

「うん、一人で歩けるし、頭痛もないから。もう一回襲われたら助からないと思ったから先に戻ってきてたの」

「魔力切れか……」


 考え込むセオドアの眉間に皺が寄った。


「薬草が錬金薬の代わりになるのなら、俺たちもそのへんの知識をちゃんと身につけていたほうがいいかもしれない」

「そうだね。マユ、教えてもらえないかな?」

「いいよ。その代わり、私にも攻撃魔術を教えてもらえないかな?」


 エリカの頼みに頷くのと同時に、マユは自分にも、とまっすぐに見返した。


「森で採取していたら今日みたいなことはいくらでも起きる。一人でいるときに魔獣や魔物に襲われたら、今の私には反撃する手段がないから」


 エリカとセオドアは困ったように顔を見合わせた。オッジもマユとセオドアたちを交互に見て、困っていた。

 マユが自衛のために攻撃手段を欲するのは当然だし、攻撃魔術が一番効率が良いのも分かる。だが攻撃魔術科の三人はマユの頼みに頷けない。


「私たち見習いが攻撃魔術を教えることは禁止されてるんだ」

「同じ魔術師見習い同士なのに?」

「うん。攻撃魔術を習ってる俺たちですら、まだ学校以外での使用は禁止されてるくらい、危険で繊細な魔術だからって」

「……」

「マユだって、錬金薬の作り方を俺たちに教えられないだろ?」

「……うん、作れるか作れないかじゃなくて、薬の危険性を熟知していない人には、怖くて教えられない」


 薬は体を治すためのものだ。だが使い方次第で、調合次第で、人を害する物にもなる。ちょっとした間違いで命にかかわることもあるのだ。


「わかった、攻撃魔術は諦めるけど、魔力を使った攻撃のコツなら教えてもらえる?」

「ああ、それなら大丈夫よ、ね?」

「魔力を持ってる者が工夫して身につける技術だから、それなら問題ないよ」

「良かった」


 討伐と採取の二手に分かれるのは危険だとわかったので、来週からは四人で行動し、討伐と採取を並行すると決めた。お互いにコツを教え合うのだ。


「それならさっそく……角ウサギのお肉、一羽分もらっていい?」

「いいけど、何するの?」


 街に向かって歩く道すがら、マユは畑を見回して誰かを探しているようだった。点在する農夫を順番に確認し、一人の男を見つけて表情をほころばせる。


「こんにちは。以前はお世話になりました」


 畦を踏み潰さないように畑に入って、大柄な農夫に挨拶する。マユを見てすぐに思い出してくれたようだ。立派になったな、と彼は目を細めて頷いた。


「久しぶりだね。薬草かい?」

「はい。毎週闇の日が学校の休日で、来期の学費を稼ぎに採取に来ています。今年も畑縁の薬草を採らせてもらってかまいませんか?」


 お礼に、とエリカが狩った角ウサギの肉の包みを差し出した。


「そっちの三人は仲間か?」

「同級生の魔術師見習いです。一緒に採取させてください」

「「「よろしくお願いしますっ」」」


 声を揃えた三人の緊張を、農夫はからりと笑い飛ばした。


「畦を壊さなければ良いよ。それと俺の畑は用水路のこっち側までだから、気をつけなさい」

「「「「ありがとうございます!」」」」


 角ウサギ肉を渡し、今日も少しだけ採取させてもらった。

 オッジはもう採取のコツを掴んでおり、セオドアやエリカの間違いや畑の歩き方を指導している。週に一度の頻度なら、毎回たっぷりの薬草が採取できそうだ。

 大荷物を抱えて戻った冒険者ギルドで、それぞれ換金する。マユとオッジはすべての成果物を半分でわけた。


「あれ、マユは薬草を全部売らなかったのか?」

「実技実習で使う薬草が必要だから」


 体力と魔力の回復薬の素材を少し多めに、解毒錬金薬の素材は三回分を手元に残している。


「どうだった、冒険者で稼げそう?」

「ああ、俺は討伐も採取もどっちもいけそうだってわかったから安心した」


 それに、とオッジは照れくさそうにマユを見る。


「もし学費が貯まらなくても貸し付けがあるから、無茶はしなくても大丈夫だ。でも森で学べることは多そうだから、これからも採取に一緒に行っていいか?」

「私はいいよ。エリカとセオドアはどう?」

「もちろんいいよ」

「四人ならできるコトも増えそうだし、歓迎だ」


 あらためてよろしく、と手を握り合った四人は、ギルドのロビーにあるテーブル席で、これからの討伐と採取の方針と、成果物の分配方法をしっかりと打ち合わせした。



【マユのお財布】


前日の手持ち残高 1300ダル


本日の収支

 薬草       1020ダル

 銀狼の素材(半分)  120ダル

 乾燥果実2種類  -60ダル

 炒り豆3種類  -120ダル


現在の手持ち現金  2260ダル


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