07 闇の日、四人で森へ
食堂が開くのと同時に朝食をとったマユたちは、オッジを連れて冒険者ギルドに向かった。まずはオッジに冒険者登録をしてもらわねばならない。
魔術学校在籍であることが身元の証明となり、即日で正式な冒険者証が発行された。オッジは農村の身分証と冒険者証を見比べて首を捻っている。
「どっちもあんまり変わらないんだな」
一番安価な素材の冒険者証は、ギルドの紋章以外は町や村の住人証とさぼと変わらない。
オッジの感動が薄い、とエリカが言った。
「嬉しくないの? 冒険者証だよ!」
「稼げるなら嬉しいんだけどさ。どうなんだよ」
「稼げるわよ。サガストは成人した人はほとんど持ってるし。まわりの農村でも登録してる人は多いよ」
「農夫なのに冒険者登録するのか?」
「農夫だからするんでしょ?」
二人のかみ合わない会話に、マユとセオドアは顔を見合わせた。
「セオドアの街もそうなの?」
「まさか。王都はどうだよ?」
「人が多いからなんとも。でも成人したら全員というのはありえないと思います」
「俺の村だって、冒険者登録してるのは腕っ節を自慢したい馬鹿だけだよ」
村という狭い範囲で、己の強さに過剰な自信を持った者が街で冒険者となる。しかし思ったように稼げずに、数年後に身を持ち崩して腕輪付きに落ちるか、諦めて村に戻ってくることが多い。
三人に否定され、オッジの村の認識を聞いて、エリカは心底驚いた。
「ええ、じゃあスタンピードが起きたらどうするの? 戦えないよ?」
「どうするって、役所に知らせて、兵士と冒険者が討伐するよね?」
「じゃあ街の人たちは戦わずに何してるのよ?」
「普通に暮らしてるけど……」
「稼ぎ時なのに、もったいない!」
「も……もったいない?」
エリカの叫びに、三人は絶句した。
通りすがりの人がビクッと跳ねるように振り返る。話は街門を出てからだと、セオドアがエリカの背を押し、マユとオッジも駆け足で北門を目指した。
街を出て北の森を目指しながらエリカの話を聞いた。
彼女の生まれ育った町の近くには、深魔と生魔の森という、ウェルシュタント国内でもっとも広大かつ魔物の強い森がある。森のすぐそばには腕自慢の冒険者が集まってできたハリハルタという町があり、そこであぶれた冒険者が住み着いた村がサガストの町の前身だ。
どちらの町も、周辺の村々も、身近に脅威がある環境のため、男女とも成人と同時に冒険者登録をして、魔物討伐と森での生き方を学ぶのだという。
「私は親も居ないし、面倒を見てくれてたおばさんが冒険者だったからさ、小さいころからずっと冒険者の見習いをやってたんだ。スタンピードは良い小遣い稼ぎだったなぁ」
うっとりとした思い出し笑いのエリカとは対照的に、マユたちの顔は引きつっている。
「スタンピードで」
「こ、小遣い稼ぎ……」
「なんでそうなるんだよ?」
スタンピードを知らせる鐘が鳴れば、安全な場所に逃げ込んで後は専門家に任せる、それが力のない住人にできる討伐支援だ。マユも一度だけ経験があるが、孤児院の建物にこもって、終結が宣言されるまでは外出を控えて息を潜めていた。スタンピード中は街門が閉ざされ、人の出入りも制限される。兵士と冒険者と魔術師が忙しく働いていた覚えがあった。
「生魔の森で魔物があふれたら、ハリハルタの冒険者が総出で討伐になるからね。後方支援とか物資の運搬とか、そういう雑用仕事の冒険者が足りなくなるから、近隣から駆けつけるんだよ」
エリカによれば、スタンピードの討伐は国から支援金が出るため、いつもより討伐報酬も高いし、あふれた魔物によっては素材が高く売れるので、冒険者にとっては稼ぎ時なのだそうだ。
「毎年、多いときは二、三回は起きるし、冒険者登録してないとスタンピード戦には参加できないからみんな登録してるよ」
「スタンピードが年に何回も起きるの?」
ギョッとしたマユだ。王都ではスタンピードは数年に一度あるかないかだ。オッジもこれまで二度しか経験が無いと言う。
「……よくそんな町で暮らしてるね」
「生まれたときからそうだったからなぁ。それにスタンピードがなかったら学費稼げなかったし」
エリカはギルドからの支援金に、スタンピードの後方支援で稼いだ分を足してアレ・テタルまでの旅費と学費としたのだそうだ。
「……おれ、冒険者で学費を稼げるのかな」
オッジが不安そうにローブの胸のあたりを掴んだ。
農村に現われる魔獣や魔物を、自分の土属性の魔力で狩ったり追い払ったことはあるが、エリカのように目的を持って狩った経験がないのだ。
「オッジ、エリカを基準にしちゃダメだよ」
「そうですよ、冒険者の稼ぎ方は討伐だけじゃないから」
「けどセオドアはエリカと同じ討伐中心なんだろ? 武器は使えないよ、俺」
「討伐だけど、攻撃は全部属性魔力を使ってる」
「それもだよ。俺のは土属性だからさ。魔力使いだと石を飛ばすくらいしかできないんだ」
「どんな感じか、試しにやってくれるか?」
セオドアの求めに応じて、オッジは周囲を見回し、大丈夫そうだと確認してから地面に手を突いた。
魔力を集めてるのだろう、眉間にシワが寄る。
「石礫っ」
ぽこっと拳くらいの石が地面から飛び出た。
オッジが手を振ると、石が勢いよく飛んで、人の居ない道の端に落ちた。
「地面にめり込んでるし、威力はあると思う」
「角ウサギの角を折るくらいかな」
「ただ、時間がかかるのがちょっとなぁ」
魔物の動きは速い。魔力を掴んでから石礫を撃つまでに数呼吸も時間をかていては、その前に魔獣や魔物に襲われてしまう。
「作成次第かな、ちょっと考えてみるよ」
四人の中ではもっとも討伐経験のあるエリカがリーダーだ。発見した魔獣の討伐は彼女が方針を立てて指揮をとる。
「今日はおためしだから、大物は狙わずにおくね。角ウサギと双尾狐がみつかるといいなぁ」
「角ウサギを狙うのなら、トラント草も採取できるよ」
マユがオッジを振り返った。
「私は討伐よりも薬草の採取中心にしているよ」
「こういうと気を悪くするかもしれないけど、薬草はあんまり儲らないだろ?」
「そうでもないよ。例えば体力回復薬用の薬草だけどね、全種類を同じ数量納品すると、割り増しがあるんだよ」
「そうなのか?」
「あとは冒険者ギルドよりも魔法使いギルドのほうが高く買ってくれる。薬草によるけどね。それと……医薬師ギルドも買い取りはしているから試してみるのもいいかも」
最も高く買い取るのが医薬師ギルドだが、マユはそちらには卸していない。おそらく今の彼女なら、魔術学校の制服姿で持ち込めば丁寧に対応してもらえると思うが、持ち込むつもりはなかった。
「薬草って、アレだろ」
オッジが指さした畑の畦を見て、マユは瞬いた。野菜の新芽がどんどんと成長する畑の隅に、雑草とは異なる力強い緑が見えている。それが薬草だとオッジは認識できているようだ。
「分かるんだ?」
「村には錬金薬なんてないし、一般薬も贅沢に使えるわけじゃないだろ。だからちょっとした怪我とか軽い病気のときは、森で摘んだ薬草でなんとかしてた」
「それなら私と薬草採取を一緒にやってみない? 小物の討伐と薬草を合わせれば、それなりの額にはなると思うから」
まずは森の浅い場所で荷物にならない魔獣を探す。
トラント草の群生地で角ウサギの群れを見つけた。十羽ほどが芽を出したばかりの若い薬草を食んでいる。
「あたしとセオドアで狩ってみるから、見てて」
エリカに指示され、セオドアが反対側に回り込んだ。
彼女が指先をクルクルと回すと、水が現われた。
セオドアが手を上げるのと同時に、水は細く鋭い矢に変わり放たれる。
水の矢は三本。
一本目は角ウサギの背に、二本目は別の角ウサギの頭に、三本目は地面に刺さった。
襲撃を察知した角ウサギが跳び逃げた先にはセオドアが待ち構えている。彼は手のひらを突き出して「火弾」と魔力を撃ち出した。
石礫ほどの火の玉が飛び出して、向かってくる角ウサギの頭部を焼いた。
「エリカ、頼む」
「水!」
全身が燃える前にエリカの作った水が角ウサギの火を消す。
「慣れてるんだな、二人とも」
「エリカもセオドアも、攻撃魔術、凄いでしょ」
友達をほめられたマユは、自分のことのように嬉しそうに笑う。
「うん、狙いも的確だよね。でも、あれは攻撃魔術じゃないよ」
「え、そうなの?」
「属性魔力を使った攻撃だから、魔術じゃない」
驚くマユに、オッジは「薬魔術科だから教わらないのかな?」と首を傾げながら説明する。
「攻撃魔術っていうのは、火弾なら火弾を作り出す魔術式ってのがあって、そこに自分の魔力をのせてする攻撃のことをいうんだ。魔術式さえ正確に描ければ、火属性しかなくても水矢とか風刃の魔術を使える。けどさっき俺が作った石礫もだけど、属性魔力の力を引き出して作り出したものは、魔術じゃない」
「そういえば……魔術理論の教科書の、真ん中くらいにそんな記載があった気がする」
「俺の住んでた村では、属性魔力を使う者のことを、魔力使いって呼んでた」
収穫したハギを乾燥させる風を起こす者を風の魔力使い、各家に火種を作って回る者を火の魔力使い、と。
「せっかく討伐に来たのに、何難しい話してるのよ」
角ウサギを回収したエリカが呆れ顔で二人を見ていた。
「エリカたちの手際が良いって話だよ。解体するのか? 手伝うぞ」
「じゃああのあたりに穴を掘ってもらえる?」
「あっちにシクの葉が生えてたから、採ってくるね」
オッジは廃棄物を埋める穴を掘り、マユは梱包と消臭用の葉を集めた。
ついでに薬草も採取だ。角ウサギに囓られていないトラント草の葉を摘んでゆく。
「薬草はできるだけ同じ大きさの葉を丁寧に摘んでまとめるの」
「買い取りが高くなるのか?」
「値段は変わらないけど、査定職員の印象は違うよ。オッジだって野菜を乱暴に扱わないでしょ?」
錬金薬を一番消費するのは冒険者だ。自分たちの命と安全のための素材が乱暴に扱われていて気持ちが良いはずがない。
「うん、そうだね。町の市場に露店を出してた村長も、野菜は丁寧に扱ってた。町のお客はそういうのを気にするからって」
オッジはマユの手元を観察しながら、自分でもトラント草を採取する。農村出身なだけあって植物の扱いは上手く、マユが教えることはほとんどなさそうだ。
ここからは二手に分かれて行動することにした。エリカとセオドアは双尾狐か銀狼を探しに、マユとオッジは薬草の採取だ。




