06 選択教科・身体学/実習室での検証
身体学の授業が行われる教室にいるのは、治療魔術科の四人と、攻撃魔術科から一人、そしてマユの合計六人だ。自分の他にも専科外の生徒がいると知ってほっとする。四人と一人は三つも机を離して座っていた。
音を立てないように扉を閉め、マユも一人で座ろうとしたとき、グリーズが彼女に気づいた。マユを見て不思議そうに瞬き、首を傾げる。
「やあ、マユは薬魔術科だったよね? 前回までの授業にはいなかったけど、受講してるのかい?」
「はい、週に一限を申し込んでいます」
試験は受けなくてはならないが、成績の評価対象にはならない。それを理解しているグリーズは苦笑いで「物好きだね」と言った。
「私には必要だと思うので」
「まあ、さすが入試成績一位は余裕ですのね」
マユの返した小さな声に、グリーズの後ろの席にいた淡い栗毛の、治療魔術科でたった一人の女性ホーリーが、二人の間に割って入った。
「身体学は私たち治療魔術科の四人が、ほぼ毎時間受講しても追いつかないほど難しいのに、優秀な方は違いますね」
「羨ましいよ、週に一限なら評価対象にもならないし、気楽でいいね」
ホーリーの率直な嫌味を後押ししたのは同じく治療魔術科のハンクだ。こちらは笑顔で敵意を隠すことすらしていない。
「まあまあ、身体学が難しいのは当然だよ。治療魔術の効果を高めるためには、人体の知識は必要なんだから。薬魔術だって体を癒す魔術の一つだ、知識はきっと役に立つはずだよ」
同科生をなだめるようにグリーズが割って入ったが、その笑顔は妙に胡散臭さを感じる。なにより穏やかでやさしく聞こえる言葉の端々がチクチクとしているのだ。
マユは「授業がはじまるから」と会釈して、四人とは離れた席に着いた。
治療魔術科の露骨すぎる嫌味の連続に傷つくよりも、呆れや疑問が大きかった。彼らはいったい自分の何が気に入らないのだろう。治療魔術科の四人とは必須授業で顔を合わせているが、休み時間も放課後も寮でも、すれ違ったり見かけたりすることはあっても、個人的に会話をした事はなく、敵意を向けられる覚えはないのだ。
「まぁ、いいか」
モヤモヤを追究している暇はない。はじめての身体学の授業は、彼らが言うようにとても難しかった。集中していても分からないことばかりだ。これでは授業中に妨害をする余裕はないだろう。当然、マユも彼らにかまけてはいられない。はじめて聞く専門用語を必死に書き取りながら、マユは授業に集中した。
四限目の終わりを告げる鈴が鳴り、教師が去った。次は必須科目の魔力操作の授業だ。教室移動中に絡まれると面倒なので、マユは真っ先に教室を出て行こうとしていた。
「あなた、侮辱されたのよ、悔しくないの?」
意外にもマユを呼び止めたのは、もう一人の受講生だった。攻撃魔術科のディアーナを振り返ると、彼女の水色の瞳は抑えた怒りで濃く揺らいでいる。
「……そうですね、不思議だなとは思います。私を蔑んでも成績が上がるわけじゃないのに」
「なっ!」
うめき声をもらしたのはディアーナではなくホーリーだ。ハンクは絶句し、グリーズはぷっと吹き出している。
「私は私が目指す薬魔術師に必要だと思ったから授業を選択しただけなのに」
「ふふ、そうね。私は目指したい攻撃魔術師にも必要だと思ったからこの授業を取ったわ。私が戦う相手は魔物ではなく人なの、だから身体学を学ぶ必要がある」
彼女の不穏で挑発的な言葉と意味深な流し目に、グリーズ以外の三人が顔色を変えた。
傷つけるため、殺すために身体学を学ぶという彼女に、治療魔術科の四人は強い嫌悪感を持っている。だからあんなにも席を離していたのだろう。
目を細めた彼女は、マユに向き直ってりっこりとほほ笑んだ。
「あなた、気に入ったわ。私は魔術騎士を目指しているディアーナよ」
「魔術騎士というのははじめて聞きました。薬魔術師を目指すマユです」
「そうでしょうね、魔術騎士は私が勝手に名付けたんだもの」
ディアーナは治療魔術科の四人を無視し、マユを促して教室を出た。
彼女はとても美しい亜麻色の髪を、後頭部でキュッとまとめてお団子にしている。その顔つきもキリリとしていて、確かに魔術師ではなく騎士のような雰囲気があった。実際彼女の歩き方や身のこなしは、お屋敷の門兵のようにキビキビとしている。
「騎士様ということは、ディアーナ……様は、貴族ですか?」
「様はいらないわ。父が一代騎士なの、私は平民よ。騎士になれば貴族だけどね」
「魔術師よりも騎士を目指しているのに、魔術学校にきたんですか?」
マユの疑問に、彼女は悔しそうに顔をしかめた。
「女騎士の見習い先が見つからなかったからね」
貴族の私兵や、領地や国の騎士は、男性ばかりだ。女性騎士もいなくはないが、彼女たちが働くのは、王族や高位貴族女性の護衛が主になる。そのためコネや血筋が重要視されており、平民身分のディアーナが食い込むとしたら、他にはない実力を示すしかなかった。
魔力が豊富な彼女は、魔術学校で攻撃魔術を学ぶことにした。他の騎士見習いから遅れるが、二年間の学びがあれば遅れなど一気に取り戻せると彼女は自信ありげだ。
「攻撃魔術を学んで、他の護衛騎士にはできない戦い方、守り方ができれば……騎士に叙勲される可能性が高くなると思った」
なるほど、彼女が戦う相手は魔物ではないと言ったのはそういう意味だったのか。
「私は週に二限、陽の日と風の日に授業を受けている。一年間よろしく」
「はい、よろしくお願いします」
+
星の日、四限の数学の授業を終えたマユは、一度寮の自室に戻った。
「回復薬と魔力回復薬の練習、それと解毒錬金薬の検証」
板紙に作成する錬金薬の種類と量、回数を書き留め、必要になる薬草を量って錬金薬ごとにまとめておく。実習室を使える時間は限られている。手早く必要な作業済ませるため、マユは準備を整えた。
「基本の製法でそれぞれ二回、解毒錬金薬は検証だから四回分。時間はギリギリかな」
準備した乾燥薬草と板紙を持って、実習室に向かう。
実習室の入り口には冒険者ギルドのようなカウンターがあって、そこに実習助手の魔術師が待機していた。
「予約の薬魔術科一年マユです」
「学生証をこちらに……はい、確認できました。錬金薬の調合練習ですね、予約の調合室は三番です。材料はどうしますか?」
スッと薬草一覧表が差し出された。値段もしっかりと書いてある。冒険者ギルドでの買取価格とほぼ同じ値段だ。
「用意してきました……あ、糸瓜の水がないので、購入します。ええと、五百ラル(グラム)ください」
一回の調合に必要な量は百ラル。検証には魔力水も使うので今回は五百ラルもあれば十分だ。
「そんなに少なくていいの? 他の生徒は一カレ(キロ)単位で購入するわよ?」
「薬草をたくさん持ってきていないので、五百ラルで十分です」
糸瓜の水は一カレ(キロ)三百ダル。こちらも格安だ。たしか魔法使いギルドの売店では一カレ五百ダルで売っていた。
マユは百五十ダルを支払って糸瓜の水の瓶を受け取り、予約していた調合室に入った。
一人用のテーブルと、その三方を壁で囲った場所が錬金薬の調合練習室だ。天井はないが、囲んだ壁が高いので、隣からのぞき込まれることはない。テーブルの下にある収納には、容器がたくさん入っていた。完成した錬金薬をこれに入れるのだろう。設置されている簡易調合魔道具はすぐに使える状態だ。
「先に回復薬から」
教科書の基本製法を確認してから、調合魔道具に魔力を注いだ。ゆっくり、丁寧に、教科書通りを意識する。
最初に完成した回復薬を容器に移し、二回目は教科書を見ずに、変化する薬草に集中して錬金薬を作った。魔力回復薬も同じように練習する。
次は解毒錬金薬の検証だ。
「まずはいつも通りで……」
錬金鍋に魔力水を注ぎ入れ、薬草を順番に入れて魔力で練り上げる。
完成した錬金薬に判定棒を漬ける。
「……うん、ギリギリ不可。いつもと同じだ」
効果がないわけではないので、軽度の毒なら十分に解毒可能な完成度だ。だが強い毒素や、累積された毒にはほぼ効かない。各ギルドでの販売は難しいし、自分としても堂々と売りたくない品質だ。
次は魔力水ではなく、糸瓜の水を使って調合してみた。手順は同じだ。
「やっぱり……!」
完成した解毒錬金薬の判定は、黒級の良品。はじめて販売可能な解毒錬金薬を完成させられた喜びに、マユの顔がほころんだ。
「それに、考えていたとおりだった」
糸瓜の水は純度の高い水属性の溶液だ。他の属性は一切含まれていない。やはりマユが魔力で作り出す水に他属性魔力が含まれていたため、品質が下がっていたに違いない。
「もう一度、魔力水で……水の属性だけを意識する」
大きく深呼吸して、体内の魔力を探る。毎晩、己の魔力と向き合っているが、いまだに水以外の属性魔力はよくわからない。だが水の属性はより近くに、鮮明に感じ取れるようになっている。マユはハッキリと分かる水属性の魔力だけに集中し、水を作り出した。
魔力水で再び解毒錬金薬を作る。魔力水以外は全て同じ素材、同じ手順だ。
完成した錬金薬に判定棒を浸す。
「……灰級の、良品」
まさかまさかだ。黒級の普通品を完成させられれば、他属性が妨害していた証明になると考えていたが、まさかの良品、しかも一つ上の色級の解毒錬金薬が完成してしまった。
「もしかして、糸瓜の水より魔力水のほうが、品質の良い錬金薬が作れるのかな?」
これは回復薬でも検証してみたかった。しかし薬草素材がない。チラリと受付を振り返ったマユは、ぐっと堪えた。薬草素材を購入すれば試せるが、際限がなくなってしまう。せっかく貯めたお金を検証のために散財はできない。
「闇の日に採取した薬草を検証用に残さなきゃ」
練習用と検証用、学費のため卸す分もあわせると、かなり頑張って薬草を採取しなければならない。今が芽吹きの季節で助かった。
調合台の正面の壁で、小さな赤い光が点滅した。予約時間の終了が近いという合図だ。マユは手早く調合魔道具を片付け、荷物をまとめる。
完成した錬金薬だけが机に残っていた。
「保管用の瓶、忘れてたなぁ」
練習や検証のことしか考えていなかったマユは、完成した錬金薬を入れる瓶を持ってきていない。中古でいいので十本くらい用意しようと書き留めたが、問題は目の前の錬金薬だ。見習いが練習で作った薬を売るわけにはゆかない。冒険者活動をしていれば自分で使う機会もあるため無駄にはならないが、持ち帰る方法だ。
「すみません、この瓶を少し借りてもいいですか?」
部屋に戻ってカップとヤカンに移し替えてすぐに戻ってくると言うマユに、助手は首を横に振る。
「備品は室外に持ち出し不可です。どういった理由であれ、貸し出しはしていないのよ」
「……せっかく作ったのに、もったいないし、どうしよう」
本気で困っているマユに、彼女は「売らないのか」と問うた。
「え? 売れるんですか? どこで?」
「生徒が実習で作った錬金薬は、学校が買い取っているのよ」
初耳だ。入学規則にも書いていなかった、と思う。
実習助手は薬草の価格費用一覧をひっくり返して差し出した。裏面には錬金薬の最低買取額が書かれている。
「品質確認した後、基準に達しているものはこの価格で買い取りしているわ。買い取った見習いの錬金薬は、学校の売店で生徒に向けて販売されるの」
体力回復薬や魔力回復薬は、攻撃魔術職が戦闘訓練で使用するほか、試験前にもよく売れるのだそうだ。
「一つだけ注意しておくと、見習いのあなたたちが錬金薬を卸せるのは学校だけです。学外で売る資格はありません、もし冒険者ギルドに卸したり、個人に販売したら、放校処分になります」
錬金薬を作れても、魔術学校に在籍している間はまだ見習いであることを忘れるな。
助手の言葉に、マユはしっかりと頷き返す。
マユは作成した錬金薬のすべてを売った。判定棒の結果を見た助手は目を丸くして何度も確認した後、マユに二百ダルを支払った。
「お金が増えちゃった……」
たくさん練習するには薬草が必要、と躊躇っていたが、少しでも現金化できるのなら薬草を惜しまなくてもいい。
マユは学校での小銭稼ぎの方法を見つけて笑顔になった。
【マユのお財布】
前日の手持ち残高 1250ダル
本日の収支
糸瓜の水 -150ダル
錬金薬6本 +200ダル
現在の手持ち現金 1300ダル




