05 小さな魔力を探る
早めに夕食を終え、洗い場で体の汚れを落として部屋に戻る。マユは明日の授業の予習を軽く済ませたのち、魔力属性の書かれた用紙を取り出した。
「火と風と土の魔力」
ほんのわずかとはいえ、すべての属性魔力があると知ったことで、マユは特定錬金薬が低品質になる原因をぼんやりと掴んでいた。確証を得るために薬魔術の教科書をめくる。
「解毒錬金薬のレシピは……」
教科書に記載されている標準レシピを確認する。マユが教わった製法との違いは一箇所、素材が違っていた。
標準レシピの素材は、ダトン蔦の花とサヒン草の種、そして糸瓜の水が使われる。マユはいつも糸瓜の水の代わりに、自分で作り出した魔力水を使って錬金薬を作っていた。
「これ以外に考えられないよね?」
意識できないレベルで混在する水以外の魔力が、錬金薬の完成度に影響しているに違いない。自分の魔力で作った水と糸瓜の水とで、解毒錬金薬を作り比べればはっきりするだろうか。幸い薬草素材はそろっている。糸瓜の水だけは買わねばならないが、すぐにでも検証は可能だ。
「実習室、申し込まなきゃ」
明日の朝、授業の前に事務室で申し込むが、マユの空き時間は星の日の五限目だけだ。今週が埋まっていれば、来週までお預けになる。空きがあるのを祈った。
「火の魔力って、どんなのだろう」
風と土の魔力もだ。慣れ親しんだ水の魔力はつつみこむやさしさがあり、でも少し冷たい。火の魔力はやはりあたたかいのだろうか。風は? 土は?
『属性は行使する魔術に強く影響を与えている』
『魔力の属性を理解することは、攻撃魔術の安定性だけでなく、魔物素材や魔石の扱いにも応用できる』
「原因は、私の魔力水だけじゃないかも……」
教師の言葉を思い出し、はたと気づいた。素材となる薬草の属性も失敗に影響している可能性がある。
「ええと、ダトン蔦は土の力の強い場所でよく採れて、サヒン草は水の多い場所でよく育つ。糸瓜の水は属性に偏らない性質があって……」
使用する薬草の量と、自分の作った魔力水に含まれるであろう他属性魔力を計算して、マユは頭を抱えた。計算が間違っていない前提だが、自分の魔力水に含まれる他属性魔力は微々たるものだ。だがこれが低品質の原因だとしたら、糸瓜の水が手に入らないときに解毒錬金薬が作れないではないか。
錬金薬とはこんなにも繊細なものだったのかと、マユは認識を改めた。
一日に採取できる糸瓜の水の量は限られている。師匠はその日に必要とされる錬金薬を予測し、一滴たりとも無駄にならないよう気を配っていた。それでも不測の事態は発生する。冒険者ギルドからの追加納品の依頼や、スタンピードによる増産命令だ。そういったときには師匠も魔力水で錬金薬を作っていたが、品質が低下することはなかった。
「私がお店を持って、緊急増産を命じられたときに困りそう」
例えば有毒魔物のスタンピードが起きたとき、兵士や冒険者の命がかかっているのに、効果の薄い解毒錬金薬を供出するわけにはゆかない。
「……魔力の属性を理解すること」
水の力にまぎれて感じ取れない他属性魔力を知らなくてはならない。特徴を掴み、見分けられるように、可能ならば仕分けられるようにならなければ。
マユは腹に手を置き、自身の内側にある魔力を意識する。馴染んだ水属性の力。この中に紛れ込んでいる他属性をどうやって探れば良いのだろうか。
「水の魔力を、もっと深く理解できればいいのかな?」
少しずつ試していくしかない。
この日より、マユは毎晩の魔力鍛錬が習慣になった。
+
専科授業を終えて教室で合流したとたん、エリカが目を輝かせて言った。
「風の属性魔力は分からないから、水のほうを強く意識するようにしてみたんだ。そしたらね、ちょっとだけだけど、水槍の力が強くなったような気がしたんだよ」
攻撃魔術の専科実習で確かな手応えを感じたとエリカは嬉しそうだ。逆に火の属性しかないセオドアは、いつも通りだったと少し残念そうだ。
「マユはどうだった?」
「属性魔力については、まだ実感できることはなかったかな。でも実習はすごくおもしろかったよ」
薬魔術専科の初実習は、前期の課題でもある体力回復薬と魔力回復薬だった。生徒の全員が師匠の監視下で調合の経験があることから、まずは体力と魔力の得意なほうを作成することからはじめたのだ。体力回復薬と魔力回復薬のテーブルに分かれ、それぞれ作りはじめたのだが、完成前の段階でヘイルス先生のダメ出しが続いた。
「薬草の量が違う」
「配合のタイミングがズレている」
「抽出に魔力を注ぎすぎだ」
「余計な錬成をするな。手癖が酷いな」
完成した錬金薬はどれも品質検査で水準を満たしていたが、決して良品とは言えないものばかりだ。
「教科書の手順通りの者は一人もいなかったな」
見習いたちには師匠の癖がそのまま受け継がれていた。マユも魔力の回復薬の手順でタイミングが早いと注意を受けている。
「錬金薬の完成品は、基準を満たしていれば流通は許される。だが基本の製法を疎かにしてはならない。応用の前に基本を徹底して身につけておかねば、お前たちが身につけている応用からの応用は難易度を高くするだけだ。基本があってこそ、わずかな応用が大きな差を生むんだ」
同じ錬金薬を、今度は教科書の手順通りに作るようにと指示される。師匠の癖をそのまま身につけている見習いたちが、たどたどしく基本の手順で作った錬金薬の多くは、流通基準を満たせなかった。
マユの作成した魔力回復薬は、ギリギリ基準を満たしていたが、手癖のままに作った錬金薬と比べると、完成度はかなり低かった。
「調合試験は完成品だけでなく、製作過程も評価の対象となる。基本製法をしっかり身につけるように」
高基準の錬金薬を作れば良いと考えていた見習いたちは慌てた。師匠の教えとは異なる調合手順に反発を感じる者もいる。それでも評価の基準を教えられて、それを無視できる生徒はいない。はじめての実技実習が終わったとたん、見習いたちは実習室の使用申請に走っていた。
「マユは申し込まなくていいの?」
「私は朝一番に提出してるから」
マユは前期のすべての星の日の五限目に予約を入れた。本来ならば予約の先取りは推奨されないのだが、マユの時間割を確認した事務局が、学びの保証にあたるとして予約を受け付けてくれたのだ。公平性の観点から、一人の生徒が実習室を利用できるのは、最大で週に三日までと制限されるらしい。
「あたしも運動室の申込みがあるんだった」
「急ごう、出遅れてるぞ」
攻撃魔術師科の実技自習は、防護魔術がしっかりとかけられた三階の運動室だ。こちらも実習室と同じく、使用申請が必要だそうだ。
慌てる二人を追いかけて、マユも階段を駆け下りた。
+
マユたちは学校から寮に戻ってすぐ、部屋に帰る前に食堂に向かう。
図書室で居残って勉強する者や、実技実習、校外活動にでている生徒らが多く、夕食の提供がはじまった直後の食堂は、三人で座るのにちょうど良い小テーブルが空いているからだ。
今日も中庭に近い小テーブルで夕食をとっていた。
「なあマユ、空いてる席、いいか?」
四人がけのテーブルの空席を指して、オッジが遠慮がちに相席の許可を求めた。他にも空席はたくさんあるし、彼といつも一緒にいる友人らは別テーブルでこちらの様子をうかがっている。エリカとセオドアに視線で問うと、二人は小さく頷いた。
「……どうぞ」
マユの返事に、オッジは詰めていた息を吐き、安心したように肩の力を抜いて座った。
「何か、用事?」
「あ、うん。きちんと謝ろうと思って。昨日はごめん。俺焦ってたとはいえ自分勝手すぎた」
あれからオッジは寮監を通じて学校に学費の相談をし、足りない分は貸し付けを受けることにしたそうだ。
「お金借りて、大丈夫なの?」
「卒業後に魔法使いギルドの専属として一定期間は働かないといけないらしい。でも二年間の学費全額を借りた場合でも、拘束されるのは最長三年らしいんだ。足りない分だけ借りるのなら、たぶん一年間専属として働けば返せるだろうっていうからさ」
「たった一年なの?」
エリカが驚いて問い返した。
学費の心配がなくなったオッジは、つきものが取れたようなスッキリとした顔をしている。借金奴隷のように、十年、二十年と長期に拘束されるか、あるいは実入りは良いが危険な場所で働かされるかと敬遠していた彼女は、オッジの選択に興味を持ったようだ。
セオドアの言ったとおりになったなと、マユは感心していた。同時にギルドの貸し付け条件を知りたくなった。学費が足りなくなる可能性は自分にもあるのだから。
「卒業後の専属というのは、攻撃魔術師だけなの?」
「魔術職を限定はしてないって言ってたよ」
「他所に就職はできないのかな?」
「できるって。でも専属のほうが拘束期間は短かったからさ。他所で働きながら返済だと、五年くらいかかりそうだったんだ。俺は故郷に戻らないといけないから、そんなに長く拘束されたくないし」
「それってさ、利息、どれくらい?」
エリカが声を潜めて問う。彼女ももしかしたら貸し付けに頼る可能性があるからか、その表情は真剣だ。
「学費は無利子だって。実技自習用の素材の代金も学費扱いで無利息だから、薬魔術科とか錬金科も安心だと思う」
素材調達の資金が増える分、借金は増えるが、無利子ならば気が楽だ。それに返済方法もこちらの都合に合わせてくれるのは助かる。いざというときは頼っても良さそうだ。
「それでさ」
オッジは遠慮がちに三人を上目遣いで見た。
「借りる額は少ない方がいいのは間違いないから、俺も冒険者やって稼ぎたいんだ。今度の闇の日に冒険者ギルドに登録しに行くんだけど、冒険者の先輩としてアドバイスもらえないかな?」
マユはエリカとセオドアに視線で「どうする?」と問うた。
「俺はいいと思うよ」
「あたしも、一度くらいならいいかな」
「どうだろう?」
オッジの期待するような視線に、マユは小さく頷いた。
「私は薬草冒険者だから、エリカたちとは違うし、オッジとも違う稼ぎ方になると思う。参考にならないと思うけど、それでいいなら」
「ありがとう、よろしく頼む!」
入学してはじめての闇の日の朝一番に、四人でギルドに向かうと約束した。




