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アレ・テタルの薬魔術師見習い  作者: HAL
3章 魔術学校1年目前期

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04 選択教科・魔力属性


 魔力属性の学習内容は、必須科目の魔力理論と魔力操作の延長線上にある。これを選択するのは攻撃魔術や魔道具、錬金魔術を学ぶ学生がほとんどで、薬魔術科からはマユ一人だ。

 移動した教室をのぞき込むと、入り口で躊躇っているマユに気づいたエリカとセオドアが手招きした。


「こっちだよ、マユ」


 二人がいるのは中程の窓側の席で、前後はエリカたちの緑色クラスの攻撃魔術師見習いばかりだ。遠慮がちにエリカの隣に座った。


「ちょっといいか?」


 前の席の栗毛の男子生徒が振り返った。黒い瞳をギラつかせてマユに問う。


「セオドアに聞いたんだけど、あんたも冒険者なのか?」

「あ、はい」

「ちょっと、オッジ。あんたじゃないでしょ。マユよ、マユ。それにいきなりすぎるでしょ」


 エリカが身を乗り出すオッジを遮った。


「ごめん。あたしやマユが冒険者やって学費を稼いだってウッカリ言っちゃったから」

「なあマユ、冒険者って本当に儲るのか?」


 いきなり問われて目を丸くするマユに、オッジは早口で続けた。


「俺、後期の学費をどうやって稼げばいいか悩んでてさ、セオドアたちは闇の日に冒険者やって稼ぐっていうけど、どう計算しても無理だろ? エリカは間に合うって言うけど信じられないし、あんたも冒険者やってるって聞いたからどうなのか教えてもらおうかと思ってさ」


 オッジはウェルシュタント国の農村出身だ。六歳で魔力があると判定されてから自主学習し、この春から魔術学校の生徒になった。前期の学費はどうしたのかと問うと、村長が出してくれたのだという。


「田舎だし、村は裕福じゃないから学費の援助は前期だけって言われてんだよ。後期と来年のは自分で稼げってさ、だから冒険者だけど、稼げるのか?」

「どう、かな……エリカたちとは稼ぎ方が違うから、参考にならないと思うよ?」


 エリカとセオドアは魔獣の討伐、マユは薬草の採取だ。同じ冒険者であってもその活動内容は全く異なる。またパーティーとソロとでもずいぶん違う。ソロは危険も多いが、換金した全額が自分の収入だ。パーティーでの討伐は安全に大物を狙えるが、人数で分配されるので高収入は期待できない。


「オッジは冒険者の経験がないの?」


 農村の子供、特にオッジのような好奇心旺盛な少年なら、冒険者登録をして小銭を稼いでいそうなのだが。


「俺は畑を手伝ってたからな、討伐とか町の仕事は無理だ。畑仕事なら慣れてんだけど、農業ギルドには、週一日しか働けないんじゃ仕事は紹介できないって言われててさ」

「魔獣の解体経験があるなら、冒険者でも何とかなると思うけど」

「角ウサギの解体ならやったことあるけど、それで学費、稼げるのか?」

「た、たぶん?」


 マユと同じ薬草採取の腕があれば、成績免除を受けた金額なら、週に一日の稼ぎをコツコツ貯めればおそらく大丈夫だ。免除がなくても長期休暇中に頑張れば何とかなる。だがオッジも同じだけ稼げると保証はできない。


「何だよ、トップ入学なのに、そんなことも分からないのかよ」

「もう、そういうのはやってみなくちゃわかんないんだって言ったでしょ。あんたは冒険者登録して、実際に採取とか狩猟とかやってみてから自分で考えなさいよ」


 エリカが不満そうなオッジの肩を押して前を向かせた。そのタイミングで授業のはじまりを知らせる鈴が鳴る。

 魔力属性の授業がはじまった。


   +


「一般的に、魔術は魔力属性に左右されないと考えられている。だが今後実習で攻撃魔術を習得すれば、属性は行使する魔術に強く影響を与えていると実感できるはずだ。だが魔術師と名乗りたければ、属性によって得意、不得意があってはならない。この授業は、己の魔力属性を熟知し、不得意あるいは相性の悪い属性とどう折り合いをつけるか、それを学んでゆくためのものだ」


 攻撃魔術科の生徒が多いせいか、教師の説明は彼らに向けられていた。


「魔術理論で教えたが、属性は火・水・風・土の四つ。六歳の判定で属性まで調べる者は少ないが、ここにきた者なら己の属性は把握しているだろう」


 師匠のいる見習いは属性を調べている者ばかりだ。マユは師匠に調べられた覚えはないが「水の属性だね」と言われ分かっている。師匠のいないエリカやセオドアだが、彼らも己の属性は把握していた。日常生活で活用していればどの属性かは自然とわかるからだ。

 教師が一人の生徒を指名した。


「ゴーリック、属性は何だ?」

「風です」

「本当に風か? 属性判定の結果か?」

「え……いえ、風が起こせるから風属性だって父ちゃんが」


 巻き毛の少年は不安そうに友人らを振り返る。攻撃魔術科の見習いのほとんどが農村や田舎町の出身だ。義務である六歳の判定は避けられないが、それ以上を調べようとする者はいない。日常生活で自然と判明するのだから、金を掛けるのは無駄だと考えるのだ。


「ディアーナ、属性は?」

「はい。私の属性判定は、水が八、火が二です」


 背筋をピシリと伸ばした、亜麻色の髪の少女が、ハキハキと答えた。

 ディアーナが二つの属性があると聞いて、教室がざわめいた。


「魔術ではなく、魔力で攻撃した経験はあるか?」

「師匠の監督下で、何度もあります」

「火弾は撃てたか? 水矢は?」

「……水矢は撃てましたが、火弾はできませんでした」

「水矢の威力は低かったのではないか?」


 無言で頷く彼女に、それは属性の影響だと教師が説明を続ける。


「魔力に頼って攻撃しようとすれば、どうしても属性の力に引っ張られる」


 火属性が二割しかないディアーナは、水の力が強すぎて火の魔力を打ち消すため火弾を作れなかった。水矢攻撃も、二割の火の魔力が枷になって水属性の力を充分に発揮できない。


「彼女のように複数の属性を持つ場合、相当に魔力操作の技術を磨かねば、魔力頼りの攻撃力は上がらない。属性は有利にも不利にも働く」


 有利にも、不利にも。

 それは攻撃だけではない、錬金薬作りにおいても同じだとマユは実感していた。

 マユは特定の錬金薬を作るときだけ、頻繁に失敗をする。その理由が分からなかったが、教師の説明で納得できた。自分にも他属性の魔力が備わっている可能性がありそうだ。


「これより全員の魔力判定を行う。呼ばれた者から順に前に出てきなさい」


 どうすれば属性判定を受けられるのかを考えはじめていたマユは、授業で調べてもらえると知ってほっとした。多くの生徒らも同様のようで、順番はまだかと教室が落ち着かない。

 まずは攻撃魔術科の生徒からのようだ。エリカ、セオドアと順に呼ばれた。


「俺は火属性だけだったよ」

「あたしは水属性が九割で、残りが風属性。今まで風を起こせたことなんてなかったから、不思議な感じがするなぁ」


 攻撃魔術科が終わると、魔道具・魔武具科、錬金科と続き、最後は薬魔術科のマユだった。

 呼ばれて教卓に近づく。黒い毛氈を貼った金属板があった。四方に魔石が埋め込まれている。その上に両手を置くようにと言われた。


「両方の手のひらの全体から、均等に魔力を押し出しなさい。均等であれば勢いは弱くても構わない」


 均等を意識して魔力を注ぐと、手が触れているあたりから毛氈の色が変化してゆく。全体の色が変わるまで注いだところで止められた。


「……ふむ、おもしろいな」


 教師のこぼした言葉に、マユの背筋がひやりとした。

 カーラ師匠もマユに対して、同じ言葉を言っていた。おもしろい、と。それが良くないことの前兆のような気がして、マユは両手を引っ込めた。


「マユは水属性が八割、残る二割を火と土と風で分け合っている」

「え……?」

「水属性の強い全属性だ。全属性は滅多にいないし、過去の全属性はほぼ均等だった。一属性だけ突出しているのは珍しいぞ」


 判定結果を書いた用紙を差し出された。属性割合だけでなく、魔力量も記載されていた。


「あの、これは……良くないんですか?」

「さあな、それはきみが自分の属性をどう活かしてゆくかで変るだろう」


 自分次第だと言われ、彼女は戸惑いながら判定結果の書かれた紙を受け取った。

 席に戻ったマユに、エリカとセオドアが興味津々に「どうだった?」と問う。

 戸惑いのまま「全部」と返すと、二人が首を傾げた。


「どういうこと?」

「水属性が突出してて、残りわずかを他の属性で分け合っているらしいです」

「他の全部って、火と風と土を?」

「全属性って、すごくない?」


 魔術史に名を残す偉大な魔術師の半数が、全属性であったというのは魔術師なら誰でも、そして受験のために学んだ見習いも知っている。

 驚きで声が大きくなりそうな二人のローブを慌てて引っ張り、マユは凄くはないと否定した。


「全属性でも、そんなに立派な人たちとは違うよ。私のは自覚できないくらい少ないのだし」


 事実、判定した教師も水属性以外の魔力の割合を正確に測れていないのだ。大きな期待はできないし、全属性だからといって特別な何かがあるわけではないはずだ。今までだって何も無かった。だが。

 マユは判定の結果に目を落とし、小さく微笑んだ。

 この結果を活かせるかどうかは自分次第、そう考えると楽しくなる。ずっと疑問だった特定錬金薬の失敗率の答えを見つける鍵になるかもしれない。


「全員の属性判定が終わったところで、今後の課題を与える」


 教師の声で教室内のざわめきがびたりと止まる。


「自分の属性魔力について、レポートを作成してもらう。単一属性の者はより深く、今回新たな属性魔力を持つとわかった者は、それについて詳細に自己分析しまとめるように。魔力の属性を理解することは、攻撃魔術の安定性だけでなく、魔物素材や魔石の扱いにも応用できる」


 魔力属性によって攻撃魔術の威力が変化するのは知られている。攻撃魔術科の見習いは、得意を伸ばす、あるいは不得意をなくすために学ぶ。

 魔道具師・魔武具師科の生徒は、魔石に含まれる魔力を属性に関わらず均等に扱う術を学ぶ。製作する魔道具に応じ、もっとも適した属性魔石を使うと、魔道具の性能が高まるのだ。

 ありとあらゆる素材を熟知し、それらを駆使してさまざまなものを産み出す錬金魔術は、魔力属性にもっとも敏感でなければならない。異なる属性魔力を均衡させたり、落差をつけることで新しい素材や魔術を産み出すのだ。

 教師の説明に、生徒たちの目が輝いた。


「それぞれが目指す魔術職もからめて、しっかり属性魔力を理解するように」


 レポートの提出期限は前期終了前だ、と教師が言ったところで、授業終わりの鈴が鳴った。


「新しい属性魔力の分析かぁ。どうやればいいんだろう。マユはどうする?」

「まずは感じ取るところからかなって思う。ずっと水属性だと思ってたから、他の属性魔力なんて意識したことないし、どういうふうに使うのかも、使えるかもわからないからね」

「だよね、風属性か……どんな感じかなぁ」


 エリカはうんうんと唸りながら自分の中にある魔力を探っている。


「セオドアはどういうレポートにするの?」

「俺は火の単独だからなぁ。理解を深めるって方向でまとめようかなって思ってる。得意を伸ばすのはやってきたけど、不得意をなくすってのはまだだから、そのあたりかな。マユは?」

「まずは感じ取れるようになって、そのあとは何ができるかの検証かな」


 それぞれの特性を掴んで、複数魔力を同時に使った場合や、一番強い水魔力との均衡をどう取れば良いか、試したいことはいくらでもある。


「そこの三人、そろそろ教室を出なさい」


 声をかけられて顔を上げると、教室には自分たちの他には誰もいなかった。今日の授業はこの魔力属性考が最後だから、早々に寮に戻ったのだろう。瞑想は寮に帰ってからだとエリカの肩を揺すって立ち上がる。


「薬魔術科のマユだったな」


 そろって教室を出ようとしたところで、教師に呼び止められた。名指しされてマユの表情が緊張に固まる。一歩ほど離れて足を止めたセオドアとエリカが、心配そうに振り返った。


「魔力属性考を選択したのは薬魔術科できみ一人だが、その理由を聞いても良いだろうか? 魔道具や錬金なら属性魔力の攻略は必要だが、錬金薬作りにはそれほど影響しないはずだ。どうしてだね?」


 興味津々に問われ、マユはゆっくりと考えをまとめて答えた。


「薬草には微量の魔力が含まれていますが、採取した場所によって魔力の含有量が違うのは知られていますよね? 薬草園で働いていたときに、肥料として魔石粉が使われていました。薬草の種類によって異なる属性の魔石粉を配合しているのを知って、薬草の含有魔力の違いは、魔力属性の影響があるんじゃないかと思いました」


 ふむふむ、と教師は前のめりになって頷き、続きを促した。


「薬草に属性があったとして、それがどのように役立つと考えるのかね?」

「水属性だと思っていた私の場合ですが、水の魔力の強い場所で育った薬草を食べると体調の回復が早いんです。だから錬金薬も属性ごとに作り分けられるかもしれないと思いました」


 攻撃魔術が属性によって威力を増幅できるのなら、属性を持つ者に特化した効果を発揮する錬金薬も作れるのではないか。そう思ったのだ。そのために魔力属性について学ぼうと思った。


「おもしろいな。だが、属性魔力を持つ者にしか効果がないのであれば、その錬金薬は特定の魔術師に限定したものになるな」

「あ……そうですね」

「錬金薬を必要とするのは主に冒険者だ。魔術師でなくとも魔力を保有する者もいるが、冒険者の中では少数だろう」

「……あ」


 実用化できても需要は多くはない、むしろオーダーメイドに近い錬金薬になるため、工程は増えるし、素材も多くなるだろう。それらを価格に転嫁すると、気軽に服用できない金額になる。それに気づいたマユは、ガッカリしてうつむいた。

 そんな彼女を見つめる教師の目はあたたかい。


「わかったようだね。実用化できてもいろいろと難しいかもしれんが、発想は画期的だと思うぞ。研究する過程で君が困難だと思う点の解決策も見つかるかもしれない。そのためにも魔力属性をしっかりと学ぶといい。レポートを楽しみにしているよ」


 落ち込んだマユをはげまして、教師は三人を教室から送り出した。


   +


 足早に教室を離れ、一階に降りる。校舎内に生徒の姿はない。そろそろ八の鐘が鳴ってずいぶん経つ。寮の食堂が混みはじめるので、部屋に戻らずそのまま夕食にしようと話しながら戻ってきたときだった。


「おまえら、遅いよ」


 寮の玄関で、教科書を持ったままのオッジが立っていた。自室に戻らず待ち構えていたようだ。


「さっきの続き、飯食いながらでいいから教えてくれよ」

「続き?」

「冒険者の稼ぎ方だよ。金、稼げるんだろ」

「オッジ、いい加減にしなさいって。あんた強引すぎ」

「それ以上は迷惑行為だぞ、寮監に報告するからな」


 マユの手を掴んで引っ張ってゆこうとするオッジを、エリカとセオドアが阻んだ。有益な情報を独占するのかと、オッジの顔が怒りに歪む。


「俺は魔術師にならなきゃならないんだ。エリカならわかるだろ、学費をどうにかできなきゃ安心できないんだ」

「う、それは……、わかる、けど」


 矛先を向けられてエリカが言葉を詰まらせた。彼女も二年目の学費は自力で調達しなければならない身の上だ。同じような境遇のオッジに同情して、いろいろと情報を共有していたのだろう。


「なぁ、どうやったら稼げるんだよ? 教えてくれよ」

「……ごめんなさい、私は薬草を採取していて、一般的なことしか分からない」

「なんだよ、くそっ」

「オッジ!」


 八つ当りから庇うようにセオドアが前に出て、オッジを押し離した。


「焦るのも仕方ないけど、そういうのはダメだ。学費は自分でどうにかしなきゃ」

「うるさいっ、金持ちの坊ちゃんにわかるもんか」

「そうだね、分からないよ。でも八つ当りしたって学費が用意できないくらいは知ってる」

「……」

「オッジはさ、入学案内を最後まで読んだか?」

「……読んだよ」

「学費についてのところも?」

「年に三万ダルだろ。成績優秀者には減免があるってのも知ってる……俺の成績じゃ、絶対無理なんだ」


 彼の自己紹介は四十六番目だった。


「他にも書いてただろ」


 セオドアの呆れ声に、オッジは顔をしかめた。学費納入に関する項目は何度も読み直したので見抜かりはないはずだと睨み返す。


「学校生活で不安や疑問がある場合は、担任教師か寮監、学校事務室に相談すること」

「それがなんだよ」

「だから、来期の学費の相談をしたらいいんじゃないか?」


 軽いセオドアの口調に、オッジは目を丸くした。マユとエリカの口もぽかんと空いている。セオドアはオッジの肩を掴んだまま続けた。


「俺の実家は商家でさ、取引先の売掛の回収が滞るようになったら、すぐに『相談』って名目で相手の経営に口を出すんだよ。あ、相手を買収しようとか、取り込もうとか、そういう相談じゃないよ。無理に回収して潰れられたら困るから、どういう条件でなら返済が可能なのかとか、そのためにできることはないのかとか、そういうのをじっくりねっとり相談するんだよ」

「じっくり」

「ねっとり……」

「うん。干渉にならないぎりぎりの口出しして、絶対に売掛は回収する。取引先の業務が改善するから、わりとウチの『相談』って歓迎されてるんだけどね」


 ニッコリと微笑んだセオドアは、マユとエリカにもしっかりと言い聞かせる。


「学長も言ってただろ、魔術学校は学生に学びの機会と環境を平等に与えるって。だから学費のことだって相談すればいいよ」


 マユとエリカは口を開けたまま顔を見合わせ、オッジの表情から険しさが抜ける。


「……学費の割り引き交渉なんて、できるのか?」

「さすがに割り引きは無理だろうけど、何かの方法はあると思うよ。まずは相談してみないとね」


 もちろん自分で調達する努力は忘れてはならないけれど、自分たちは学生なのだ。魔術学校に在席するために働かねばならず、学業が疎かになるというのは、学校としても見過ごせないだろう。勝手に諦めたり自暴自棄になる前に、全部打ち明けて相談するべきだ。

 セオドアの言葉を聞いて、オッジの顔が明るくなった。


「ありがとう、セオドア。寮監に相談してみるよ」


 すぐさま寮監室に駆けていきそうな彼を、セオドアは離さなかった。


「俺へのお礼だけじゃないだろ。マユに暴言を吐いたのちゃんと、謝れよ」

「あ……ごめん」

「もっとちゃんと」

「いいよ、大丈夫だからっ」


 お金のない辛さ、不安はマユも嫌というほど知っている。将来のために入学した学校が、お金がないために続けられないのがどれほど悔しいか、マユはよくわかる。


「ごめん、マユ。俺……八つ当りしてた」

「もういいよ。わかってくれたみたいだし。良い結果が得られるといいね」

「……ありがと」


 気まずそうに、照れくさそうに目を伏せて、オッジは寮監室へと踵を返した。

 食堂でなんとか三人で座れる席を確保し、夕食をとる。豆と野菜のスープに、角ウサギ肉の香草焼き、パンの表面はカリッとしていて美味しかった。デザートにデュベリー(甘瓜)の水煮が添えられていた。シャキシャキとした歯ごたえと、ほのかな甘みが美味しい。


「ねぇセオドア、さっきの相談ってやつ、どうなるのかわかる?」

「私も聞きたいです」


 食べ終ってスプーンを置いたエリカが問うた。学費の悩みは彼女も抱えている。不安を解決できるのなら自分も相談してみようか、と迷っているようだ。マユも頷いてセオドアを見あげた。


「俺に聞くんじゃなくて、寮監や先生に直接聞けばいいよ」

「でもセオドアは、先生がどういうことを言うのか想像ついてるんでしょ。教えてよ」

「ウチの親父ならこうするかなって思っただけだけど、貸し付けするんじゃないかな」

「借金かぁ」

「学生だし、魔術学校だから、利息はすっごく安いか、無利子だと思うよ。たぶん返済は卒業後にはじまるやつか、あるいは期間を定めてギルドで働いて返すかじゃないかな」


 卒業後に師匠の元に戻れる学生はいいが、そうでない場合は働き口を見つけなくてはならない。攻撃魔術師は冒険者から引く手あまただが、薬魔術師はどうだろうか。卒業と同時に自分の店を持つのは難しいし、どこかに勤めて経験を得るのなら、ギルドで働くのも悪くない。


「……そういう選択もあるのか」

「え、マユ、借金するの?」

「頑張って稼いでも、成績が落ちたら貯金じゃ足りなくなるかもしれないし、そういう方法も悪くないかなって」

「あたしは借金したくないなぁ。腕輪付きに落ちたやつを何人も見てきたし、何もかも管理されて自由はないし、恥ずかしいし」


 エリカの育った貧民街には、借金で身を持ち崩した者が多くいて、それらを見て育った彼女は金を借りるということに良い感情がない。


「あたしは頑張って稼いで、がんばって勉強するよ。マユもそうしよ、ね?」


 セオドアが呆れるくらい本気で心配されて、マユは借入は最後の手段にすると約束した。



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