02 クラス分けと自己紹介
学校長と副学長が去り、魔術師たちも数名をのぞいて講堂を出て行った。残された生徒たちはおちつかないようすだ。大講堂に奇妙なザワつきが満ちていった。
席に戻ったマユに探るような視線が向けられ、あちこちから疑問の囁きが漏れ聞こえる。
「まさか、一位合格なのか?」
「でも特待生じゃないよな?」
「どうなってんだ?」
マユを探る視線は、そのまま特待生三人にも向けられた。
取り巻きに守られたセリーナは、無遠慮な視線を睨み返し、最後にマユを憎々しげに見据える。デズモンドはニコニコと笑顔だが、口端や目尻が引きつっていて怖い。そしてグルグンドは無表情だ。何を考えているのか分からず不気味だ。
特待生三人の視線を遮るように移動したエリカが、小声で問うた。
「どうする? 事情、説明する?」
マユが己の事情を大っぴらにしたくないのは察しているが、このままでは教室での居心地が悪くなるのではないかとエリカは心配のようだ。どうしよう、と友人を見上げたマユが口を開くよりも先に、鮮やかな赤毛の少女に肩を掴まれた。
入寮初日に食堂でマユを小馬鹿にしたフランチェスカだ。
「あんた、トップ入学なの? 確か師匠なしって言ってたわよね? なのに特待生じゃないの? なんで学費稼ぎなんてするのよ、必要ないでしょ。なんで?」
フランチェスカは無遠慮で不躾で失礼だったが、しかし今はありがたかった。
「て、手続きで間違えてて、学費を自分で用意しなくてはならなくなったから、です」
「ふうん、手違いね。一位合格なのは否定しないんだ」
フランチェスカの鼻の上にシワが寄る。目を細めた彼女は、チラリと特待生らを横目で見て、「いい気味」と小声でつぶやいた。
「おもしろいじゃない。あんた気に入ったわ、わたしが面倒見てあげる」
「え、あなた薬魔術科なんですか?」
「魔道具科よ。専門は違ってても、必須授業は一緒なんだし、優秀な人は利よ……友達になっとかないと損じゃない。これから二年間一緒に頑張りましょうね」
初対面のときとは正反対の笑顔で手を差し出されたマユは戸惑うしかない。彼女の手を握り返してよいのか迷い、助けを求めるようにエリカとセオドアを見あげた。二人は好きにしろと苦笑いだ。
「ちょっと、わたしが手を差し伸べてるのよ、無視する気?」
「あ、ええと、よろしくお願い、します?」
強引に手を取られたマユは、戸惑ったまま挨拶を返した。
パンパン、と。教師の一人が手を叩く。
「静かに。教室に移動するぞ。その後、組み分けと自己紹介、明日からの説明だ」
教師たちの中で一番若く見えるヘイルスが生徒たちを導いた。
校舎二階は中央の階段を境に、一年と二年に分けられている。横長の建物には長い一本の廊下があり、向き合うように教室が連なっていた。廊下の突き当たりにある教室に入ると、ひとまず好きな席に座れと言われる。マユはエリカたちと並んで座った。
四人の教師が並んで立ち、それぞれ自己紹介をはじめる。
「薬魔術科と治療魔術科を担当するヘイルスだ」
黒髪に緑の瞳、温厚そうな容貌の彼を、一部の女子生徒がキラキラとした目で見ていた。ヘイルスは二つの魔術職にあり、そのどちらも中級位にある。魔術師は複数の魔術職を有する者も多いが、副術職は黒級にとどまるのがほとんどだ。だがヘイルスは、治療魔術は黄、薬魔術は白を得ている。その優秀さに女子生徒は目を付けたようだ。
「私は魔道具・魔武具科のエラリーですわ」
ヘイルスの横に立つ橙ローブの中年女性は、黒い髪をキリッとひっつめている。ぶ厚い眼鏡で瞳の色はわからない。
「ダーグルだ、攻撃魔術科を担当する。実践重視でビシビシ鍛えるから覚悟しておけ」
四人の中で最も上位の赤級攻撃魔術師は、体も大きく若々しい。火属性らしく、髪も燃えるような鮮やかな赤をしていた。授業の過酷さを示すように、彼が魔火花を散らした。鼻先に炎を突きつけられた攻撃魔術科の多くが震えるなか、エリカとセオドアの目は輝いている。現役の冒険者である二人にはダーグルのような教師は相性が良さそうだ。
「錬金魔術科を担当するスティアナです。よろしく」
最後は黄級錬金魔術師だ。軟らかそうな栗毛をゆったりと編んで肩に流し、緑の瞳はやさしげに微笑んでいる。錬金科の生徒がほっとしていた。
「今期の新入生は四十六名、これを二つの組に分ける」
そう言ったヘイルスはエラリーと教壇の右手に、残る二人は左に移動した。別れて立つそれぞれの横に、色の付いたリボンを持った助手が控えていた。
「ダーグルとスティアナが担当するのは緑クラス、俺とエラリーの担当が茶クラスだ。名前を呼ばれたらリボンを取りにきて、自己紹介をするように。では――薬魔術科、マユ」
「……あ、はい」
まさか最初に呼ばれるとは思っていなかったマユは、エリカに小突かれて慌てて立った。ヘイルスのもとに行き、茶のリボンを受け取る。
「リボンは制服のボタンと一緒に身につけるように。さ、自己紹介だ」
宣誓式直後と同じような興味津々な視線が一斉に向けられた。どの表情も圧が強くて怯みそうになる。その中でエリカとセオドアだけがニコニコと笑顔だ。それにほっとして、マユは小さく会釈し、短く名乗った。
「シェラストラルから来ました、薬魔術科のマユです。よろしくお願いします」
「それだけか?」
「はい?」
席に戻ろうとして止められたマユは、他に何かいうことがあるのかと首を傾げる。
「まあいいか。次、魔道具・魔武具科のグルングド」
最前列に座っていたしかめっ面の少年とすれ違った。彼も茶リボンだ。
「ナモルタタルから来た、グルグンド。魔道具・魔武具科です」
「錬金魔術科、デズモンド」
「デズモンド・ホーリックだ。実家は王都のホーリック子爵家である。ギルド長と同じ貴族錬金魔術師になるべく励みたい。将来は貴族魔術師として王家に仕える予定だ」
はきはきとした口調と優美な笑顔。けれど先の二人をチラリと見た彼の目は、蔑みを帯びていた。デズモンドの態度に、彼の担任であるスティアナの眉間が険しく寄った。
「デズモンド、ここでは実家の地位をひけらかしても意味はありませんよ」
「ひけらかしてなどいません」
デズモンドの笑みが強張った。細められた目の奥で、蔑みと怒りの色がよぎる。スティアナはそれを見逃さなかった。
「魔術師に身分は意味をなしません。同様に魔術学校でも身分は一切考慮されません。そして願望を決定としての発言は許されません。あなたはただのデズモンドであり、ひとりの魔術師見習いでしかありません」
「しかし、ギルド長が貴族なのは間違いありませんよね?」
この国の魔術師の頂点にいるのは貴族である。その意味を分かっていないのかと、デズモンドの顔が歪んだ。貴族の認識では子爵家や男爵家の嫡子以外は平民とたいして変らない存在だが、決して平民ではないのだ。平民が侮るようなことがあれば貴族は容赦しない。それを思い知らせてやろうと、デズモンドが口を開いたそのときだ。
「うあぁっ」
デズモンドの左手で雷が弾けた。
全身に流れた痺れで、彼の膝から力が抜け崩れ落ちる。
動揺と悲鳴のまじる声があちこちから聞こえた。驚き呆然とする者、震えて身を寄せ合う者、平然と、あるいは興味深げに凝視する者、と生徒たちの反応は様々だ。
「な、何だコレは?!」
「誓約痕が発動したんだよ」
床に膝を突いたデズモンドに触れたヘイルスが、小声で呪文を唱える。するとデズモンドから痺れが消え、体に力が戻ってきた。
「入学手続きのときに説明したはずだ。魔術学校では平民も貴族も同等に扱う、と。地位や特権を根拠に他者に強要はできない、とな」
「先ほどの宣誓式であなたたちの手に刻まれたのは、魔術学校の規則に従うと了承した証しです。違反に値する行為に対して、このように懲罰魔術が発動します」
これは生徒の身を守るものであり、規則を守らせるものでもあるとのエラリーの説明に、生徒たちは不安げに己の手を検める。
先ほどの光の輪が、生徒たちの手首に薄い線を残していた。ある者は興味津々に、ある者は薄気味悪げに、あるいは泣きそうな様子の生徒もいる。
「学校規則を守って普通に行動していれば、懲罰魔術は発動しません、安心なさい」
不安がっていた生徒たちはその言葉にほっとした。手首を遠ざける生徒が何人かいたが、安全とわかったとたん、多くの生徒が上位魔術師にしかできない契約魔術に興味を持った。
マユは手首の線を指で撫でた。目を凝らせば、線ではなく文字、それも魔術言語だと分かる。マユがそれを読み取ろうとしたとき、デズモンドが声を上げた。
「契約魔術で縛るなんて、聞いてない! 外せ! 今すぐ解除するんだ‼」
「ではデズモンドの入学は取り消しとなる」
「は? そんな馬鹿な。僕は特待生だぞ。貴族で、しかも優秀な魔術師見習いを切り捨てていいのか?」
彼の抗議に四人の教師がどう答えるのか、生徒たちは固唾を呑んだ。
エラリーは眼鏡の端を指先で押し上げ、ダーグルは不敵に笑い、ヘイルスがため息をつき、スティアナが首を横に振った。
「思い違いをしているようですね。あなたは貴族ですが、魔術師ではありません。ギルド長は魔術師として名を上げ、結果貴族となりました。同じではない、それを理解できない者はここでは何も学べないでしょう」
「そんな馬鹿な」
「よろしいか? 新入生の中には他にも姓を持つ者や貴族に縁のある者が何人かいますが、ここでは身分をひけらかすのは無意味です。魔術師としての実力不足は身分では補えません。それをよく覚えておきなさい」
スティアナの言葉で多くの生徒が安堵していた。困ったような気配と、苛立たしげな気配がチラホラ感じ取れたが、マユもエリカも気づかないふりをしている。
入学を取り消すか、呑み込んで学ぶか、明日までに決めろと言われたデズモンドは、ふらふらとした足取りで席に戻った。
「次は薬魔術科のセリーナ」
「リアグレンからまいりました、セリーナです。黄級薬魔術師ハルビットの弟子ですわ。みなさま、よろしくお願いします」
「……セリーナ、魔術学校に入学したからには、師匠の教えは忘れてもらいます」
「何故でしょう?」
「師の教えを守りたければ、ここで学ぶ必要はありません。それに師の色級はあなたの評価ではありません。勘違いはしないようにね」
「……はい」
デズモンドの雷撃懲罰を見ていた直後である。それを怖れたのか、セリーナは不貞腐れた顔で緑のリボンを受け取り席に戻った。
ここまでの流れで、全員が気づいていた。名を呼ばれるのは入試成績順だと。とたん、名を呼ばれていない生徒たちがソワソワしはじめた。魔術学校は入学初日から競争意識を煽る方針のようらしい。
全員が名を呼ばれ、クラス分けと自己紹介が終わった。残念ながらマユは、エリカとセオドアとは別れてしまった。二人は緑のリボン、マユは茶だ。
「二つの組に分けたが、必須科目は二クラス全員、専科は魔術職ごと、選択科目は個別で授業を受けるため、日常ではこの組み分けを意識することは少ないだろう。だが課外講習や後期の最後に行われる研究発表は、この組み分けで競われる。できる限り交流を深めるように」
組み分けは生徒数の多い攻撃魔術科と魔道具・魔武具科を均等に振り分け、錬金科教師のいる緑組に錬金科の三名を、治療魔術師のヘイルスが担当する茶組に治療魔術科の四名を振り分け、残った薬魔術科の六名を三・三に分けていた。
「生徒指導も私たちが担当します。何か質問があれば各色組の教師に相談してください」
「申請の類いや提出物、緊急連絡も担任だ、間違うなよ」
明日からの授業の説明も行われた。必須科目の授業は今いるこの部屋で、各魔術職の授業は廊下を挟んだ向かい側に並ぶ各専門職の教室で行われる。授業の内容によっては使用する教室の変更もあるため、毎朝一階ロビーにある学年掲示板を確認すること。専科や選択授業の変更や休講、補講なども全て掲示板に貼り出されるそうだ。
「入学承認の契約が終わり、お前たちは無事魔術学校の生徒と認められた。卒業まで二年だ。これを長いと思うか短いと思うかは個々の自由だが、いいか、卒業できなければお前たちは魔術師にはなれない」
「見習いのままでいたくなければ、死に物狂いで学ぶのですよ」
「全員が二年で卒業できると思うなよ。留年もできるが、学費さえ払えばいつまでも在席していられるわけではない」
「他人を構っていられる余裕はないと覚悟しておくように」
講堂での下らないザワつきを揶揄するような厳しい言葉だった。
※魔術師の階級色
(低い) 黒・灰・白・黄・橙・赤・青・濃紺・薄紫・紫 (高い)




