01 入学式/契約宣誓
大変遅くなりました。
3章目の投稿を開始します。
しばらくの間よろしくお願いします。
マユは先日購入したレシャ色のワンピースに袖を通し、制服の見習いローブを羽織った。襟元の青いボタンを留めると、守りの魔術がふわりと全身を包み込む。
ガラス窓に映る姿をチェックし、繕った部分がしっかり隠せているのを確かめた。
「……前髪、邪魔かな」
マリーに切りそろえてもらった髪はこの三ヶ月で少し伸びていた。横や後ろはまだ肩につかないが、前髪はそろそろ視界の邪魔をしはじめている。目つきのキツさも相まって、窓ガラスに映る己の顔は暗くて陰気だ。切りたいがハサミがない。解体用ナイフを片手に、どうやって毛先を整えようかと悩んでいると、エリカが呼びに来た。
「何やってんの!」
ナイフを握ったままのマユを見て、妙な誤解をしたらしいエリカに、憤怒の顔でナイフを取りあげられた。
「やっと入学だってのに、なんで? 食堂でも思ったけど今日は顔色悪いし。マユ、何があった? セリーナにいじわるされた?」
「ち、違いますっ。前髪を切りたくて!」
「前髪?」
首振り人形のごとく何度も頷いたマユは、目にかかる前髪を指でつまんだ。あまり目つきが良いとはいえないのに、前髪で隠れたらもっと印象が悪くなる。それに勉強の邪魔になりそうだから、との言い訳を聞いて、エリカは安堵の息を吐いた。
「だからって解体用ナイフで切るのはやめときなさいって。危ないでしょ。ハサミ借りてきてあげるから、それまで我慢しよ?」
食堂でいつもより無口だったのと、寝不足の様子が気になっていたのだと言うエリカは、ナイフを鞘に戻してマユに返した。
「寝不足って、分かるかな?」
「あたしは見慣れてたから気づいたけど、他の人はどうかな。なんで眠れなかったの? 入学式なんて座って先生の話聞いてるだけだし、緊張なんてしないでしょ」
「……実は」
マユは顔色を誤魔化そうと頬を揉みながら、新入生代表の宣誓に困っているのだと打ち明けた。
「代表宣誓? え、マユ、入試で一番だったの?!」
「あ、うん」
「なんで特待生じゃないのよ?!」
エリカの驚きはすぐに怒りに替わった。特待生なら学費調達に奔走する必要はなかったはずだ。マユの苦労を知る彼女は、何故そのようなおかしな事になっているのかと追及する。なんなら学校事務局に怒鳴り込もうという勢いだ。
「学費免除ってのはマユみたいな子にこそ必要なのに!」
魔術学校の学費は、王都の上級学校に比べれば格安だ。もともと経済的に困っていない豪商のセリーナや子爵家のデズモンドなら余裕で支払える額である。彼らが特待生待遇を得ることに批判的なエリカは、本気で腹を立てていた。
「金で脅された? いや、それだと働く必要ないもんね。じゃあ子爵家に脅された?」
「違いますっ、実は……」
自分のために怒ってくれるエリカになら話してもいいだろうと、マユは師匠の孫娘に入学試験をすすめられたあたりから今日までの出来事をざっくりと説明した。
「うわぁ、なにその薬魔術師、卑怯すぎるでしょ!」
「私が邪魔で追い出したいなら、ちゃんと言ってくれればいいと思うよね?」
「いや、追い出すもなにも、騙して路頭に迷わせようとするなんて酷すぎるでしょ。ミリーアだっけ? そいつマユに嫉妬してるんだよ。血縁の自分よりマユのほうが師匠の評価が高いから、店を奪われるかもってそういう行動に出たのかも」
「……まさか、そんなわけないよ」
ミリーアは師匠と同じ灰級薬魔術師だ。魔術学校で学んではいないが、十五歳で魔術師試験に合格し、その五年後には灰級に昇級している。複数の修業先で経験を積み、師匠の店に戻ってきた。接客も上手いし、彼女の作った錬金薬は冒険者によく売れていた。見習いの、薬草の扱いしか取り柄のない自分に嫉妬するなどありえないと、マユは半笑いで首を振る。
自己評価が低いと、エリカはマユを小突いた。
「ま、今さらその女なんてどうでもいいよ。マユは魔術学校に入学するんだし。良い成績で卒業して、立派な薬魔術師になってそいつを見返してやればいいよね」
「見返すのはどうでもいいけど、成績はなんとか上位に入りたいかな。学費の一部免除の額は大きいから」
「そっちも上位の十人くらいだよね……わたしには無理だわ」
はぁ、とエリカは切なげな息を吐く。学費調達に頭を悩ませているのはエリカも同じだが、彼女はまず大物をいくつ討伐すれば良いかと計算してしまう。冒険者に近い脳筋寄りの対策しか考えつかない彼女は、立派な攻撃魔術師見習いだった。
リリリ、リリリ。
時の鐘よりも軽くて涼やかな音が響いた。
「あ、まずい。入学式がはじまっちゃうよ。行こう、マユ」
マユが遅いので呼びに来たエリカは、話し込んでいる間に時間が迫っているのを忘れていた。
部屋を駆け出し、階段を駆け下りる。
二階の踊り場で待っていたセオドアが「遅いよ!」と二人を急かした。
「寮に残ってるの、俺たちだけだぞ」
「ごめんなさい」
「急がなきゃ! 新入生代表が遅刻はマズイって!」
「え、エリカが?」
「違う、マユよ」
「そうなのか? あれ、でも特待生じゃないよな、なんでだ?」
「それは」
「セオドア、説明は後。走るよ!」
エリカがマユの腕を抱えるように掴んだ。それならばとセオドアも反対の腕を抱える。
二人の胸の下までしか背のない小さなマユは、両脇から持ち上げられ足を宙に浮かせた。
「え? あ? えぇ?!」
「いくよーっ」
「落とすなよ」
「大丈夫」
「えぇぇぇぇ――っ」
マユを両脇から支えたまま、二人は学校まで全力で駆け運んだ。
+
入学式は校舎二階の大講堂で行われる。
三人が階段を駆け上がったとき、扉はすでに閉まっていた。
「間に合わなかったかぁ」
「いえ、まだ間に合いますが……初日からこれでは、先が思いやられますね」
扉の前に立っていた事務員のレットが、苦笑いで扉を少しだけ開ける。
のぞき込んだ講堂は、奇妙な形に整えられていた。
部屋の中央に台が置かれ、それをぐるりと取り囲むように椅子が並んでいる。そこには新入生が整然と座っていた。その背後を囲むのは多くの魔術師たちだ。彼らは皆ローブ姿で、手には杖を持って立っている。全員が学校関係者にしては多すぎるような気がした。
三人は扉の隙間から滑り入り、魔術師たちの視線から逃げるように、すばやく空いている後ろの空席に着く。
新入生の席は四十六。その全てが埋まったのを確認して、壇上の教師の一人が開式の辞を述べた。
「わぁ、紫ローブの人がいる。ギルド長かな?」
ぼそりとこぼされたエリカの声にさそわれて、マユは背筋を伸ばした。しかしマユがいくら頑張っても彼女に見えるのは体の大きな同級生の背中と後頭部だけだ。
マユのためにエリカとセオドアが小声で壇上の様子を説明する。
「青いローブのお爺さんが副学校長だって」
昨日マユに宣誓役を押しつけた彼だろうか。その隣には紫色のローブを着た女性が微笑んでいるそうだ。最上位の色を纏っているなら、彼女が学校長兼魔法使いギルド長で間違いなさそうだ。
「学校長、ウチの母さんより若く見えるけど、いったい何歳なんだろう」
「魔力量が多いと老けないっていうの、本当だったんだ……」
その年齢詐欺の学校長ではなく、お爺ちゃんな副学校長による簡素で短い式辞の後、進行役が「入学宣誓儀式を行う」と述べると、魔術師たちが一斉に杖を掲げた。
魔術師たちのそろった動きと、色とりどりの魔石と意匠を凝らしたさまざまな杖に圧倒され、生徒たちの間に緊張が走る。
「新入生代表、マユ。壇上へ」
「は、はい」
ざわり、と。空気が乱れた。
最後列で立ち上がったマユを新入生たちがいっせいに振り返る。多くの驚きの表情のなかに、鋭くチクリとした視線がまじっていた。マユはそれらを避けるように壇上に向かう。
壇上の中央では赤みがかった金髪の女性が待っていた。紫ローブの彼女は、あたたかな微笑でマユを手招き、向かい合う位置に立たせた。
トン、と。
彼女の花を模した杖が、二人の間の床を突く。
その瞬間、パアッと光が広がり、床に魔術陣が現われた。
「わあ……」
思わず漏れた生徒らの声を遮るように、取り囲む魔術師たちが杖を打ち鳴らす。
床から魔術陣が浮かびあがり、大きく笠のように広がって新入生らの頭上で止まった。
シャラン、シャランと、学校長の杖が細く高い音をたてる。
二人の足もとから、大きな光の玉がゆっくりと浮き上がってきた。その光の中に複数の言葉がひらひらと舞っている。
「……文字が」
「誓約の言葉よ。魔力をこめて読み上げなさい」
学校長は光の球体を支えるように片手を添えた。
マユは光球にそっと触れる。
ぬるく心地の良い熱を感じた。
手のひらを当て、魔力を流し込む。
すると、風に吹かれた花びらのように無秩序に舞っていた言葉が、マユの魔力に応えてひとつのつながりとなり、文となった。
「……いにしえの約束を果たすべく、我らは魔力を練り、智を研き、技を鍛え、魔の法を継ぐと誓う」
読み終わるのと同時に、言葉が激しくうねり、大量の魔力が吸い取られた。
瞬間、目の前が夜のように暗くなる。
「誓い、聞き届ける」
シャラン。
学校長の杖の音と、凛とした声で視界に光が戻った。
何だったのかと瞬きする合間に、マユの触れている光球が弾け飛んだ。
光と言葉は再び散り散りとなり、新入生らに降り注ぐ。
「あ……」
弾けた光球の一部が、マユの左手に巻きついた。
彼女だけではなかった。新入生全員の左手に集まり、細く小さな輪を作っていた。
タン、タン、タン。
学校長が杖で床を叩き、動揺する四十六名の視線を集めた。
彼女の緑の瞳は一人一人の生徒の顔をしっかりと確かめ微笑んだ。
「おめでとう。この契約宣誓により、あなたがた四十六名は今よりアレ・テタル魔術学校の生徒であると認められました」
左手首に巻きついたのは奴隷の腕輪ではなく、魔術師見習いの証しであると学校長が告げる。二年間、魔術学校の生徒である間は、この輪と制服のローブが生徒を守るのだ、と。
「己の理想とする魔術師を目指し、励んでください。我々教師は導く者ではありません。あなたたちに寄り添う存在です。魔術学校は四十六名の新たな学生に、学びの機会と環境を平等に与えます。しっかり学びなさい」
最後に講堂を夜に変え、杖の花を咲かせて花びらのような魔力を降らせた学校長の祝辞で、入学式は終わった。




