暴露 (2)
アリアンは午後の授業をふわふわした気分で過ごしていた。授業内容など一切耳に入らず、頭の中ではノックスの朝の言葉が何度もリピートされ、考えれば考えるほど頬が熱くなる。
鐘が鳴ると同時に彼女は即座に教科書をまとめ、まるで飛び出すように教室を出た。
廊下の角を曲がったそのとき、ちょうどノックスの姿が視界に入る。声をかけようとした瞬間、ノックスが彼女の手を無言で取り、少し急ぎ気味な口調で言った。
「時間が惜しい。早く来て。」
アリアンは一瞬固まり、心臓がドクンと跳ねた。
ノックスの突然のスキンシップに驚きつつも、頬は一気に赤く染まり、耳まで熱を帯びる。
彼のもう片方の手には、何やら重そうな箱が握られていたが、彼はそれを意に介することもなく、しっかりとした足取りで歩き続けた。
(え……なにこれ、もしかして……サプライズ? 特別なプレゼント? 告白イベント……!?)
頭の中が完全に恋愛脳で埋め尽くされていくアリアン。
だが、現実は無情だった。
ノックスに連れられて着いた先は──訓練場だった。
中にはすでにカイルとタロスが待っており、カイルは満面の笑みで手を振ってきた。
「おっ、来たな! 思ったより早いじゃん、さすがだね!」
アリアンの顔が一瞬で凍りつく。
胸に広がっていた期待は一瞬で氷水をぶっかけられたように冷え切った。
口元がピクピクと引きつり、内心で叫ぶ。
(なんだよこれ!! 特別なイベントとかじゃないの!?)
怒りと羞恥で顔が赤くなった彼女は、ノックスの手を思いっきり振り払って睨みつける。
「ノックス! そういうの、ちゃんと最初に言ってよねっ!」
ノックスはキョトンとした顔で返す。
「何を?」
アリアンは言葉を詰まらせ、口を開けたまま固まった。
(ああ……完全に私の勘違いじゃん……)
ノックスは彼女の反応を一切気にすることなく、持っていた箱を彼女に渡した。
「今日はそれを使え。」
そしてカイルの方へ視線を向ける。
その目は普段とは違い、どこか真剣さを帯びていた。
「今日は二対二でやる。本気で。」
カイルはその言葉に目を見開き、驚き混じりに言った。
「二対二? マジで?お前がそんなこと言うなんてな……これは本気っぽいな!」
アリアンは完全に取り残された気分で、あわてて抗議の声をあげた。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私、絶対足引っ張るから無理だってば!」
だが、ノックスは彼女の不安を一蹴するように言った。
「最近、鍛えてるって言ってただろ。それに、この銃を試すのにちょうどいい。」
彼の合図で、アリアンは箱を開ける。
中にはコンパクトで洗練されたデザインの銃と数箱の弾丸が収められていた。
銃身には複雑な符紋が刻まれており、見るからに高精度なカスタム品だった。
「これって……」
アリアンは驚きの声を漏らし、ノックスを見つめる。
「まさか、私に……?」
「うん。」
ノックスは短く肯定し、感情を感じさせない口調で続けた。
「この銃はお前に向いてる。弾もこの仕様専用に設計してある。今日はそれを使って、効果を試してみろ。」
アリアンは一瞬口を閉ざし、視線を箱の中へ戻す。
複雑な気持ちを押し殺しながら、ゆっくりと頷いた。
「……わかった。やってみる。」
彼女は慣れない手つきで弾を装填しながら、ぽつりと呟いた。
「ねえ、この銃……どこから持ってきたの? すごく手に馴染むんだけど。」
ノックスは淡々と答えた。
「前の課題で作ったやつだ。」
それを聞いたアリアンは驚きで目を見開く。
「え!? あの“失敗作”ってやつ!? よくそれ私に渡せたね、怖いよ!」
ノックスはじろっと彼女を一瞥し、少しだけ眉をひそめた。
「失敗かどうかは、使ってみりゃ分かる。文句言ってないで、さっさと準備しろ。」
「……はーい。」
アリアンは口を尖らせながらも、素直に準備を続けた。
その小声のぼやきは、ノックスの耳には届いていない──
「言うのは簡単だけどさ……こっちは命懸けなんだからね……」
ノックスは無駄のない動きで上着を脱ぎ、脇に置くと袖を手際よくまくり上げた。鍛えられた腕が露わになり、その目は訓練場に既に立つカイルとタロスを捉えていた。
「本気ってことは、怪我しても文句言うなよ?」
カイルは眉を上げ、軽くからかうように言った。
「問題ない。」
ノックスの返答は短く、だが自信に満ちていた。
一方、アリアンはまだその場に立ち尽くし、不安げな表情で手にした銃をぎゅっと握りしめていた。まるでそれがいつ暴れ出すかわからないかのように。
ノックスはちらりと彼女を一瞥し、淡々と告げる。
「余計なことは考えるな。ただ撃てばいい。準備できたら言え。」
アリアンは唇を噛みしめ、一度大きく深呼吸すると、意を決したように頷いた。
「……わかった、やってみる。」
カイルはその様子を見てくすりと笑い、隣のタロスの肩を軽く叩いた。
「今日は面白くなりそうだな。」
タロスはやや苦笑しつつも、低く呟いた。
「無理せず、頑張ってくれればいいけどな。」
「……行くぞ。」
ノックスの声は静かでありながら、どこか緊張感を帯びていた。彼の両手に火が灯り、揺れる炎がその深い瞳をより一層鋭く映し出す。
カイルはその変化に気づき、思わず眉を上げる。
「珍しいな、夜が初っ端から本気とは……タロス、まずはお前が行け。」
タロスは無言で一歩踏み出す。屈強な体格がその場の空気を一気に緊張させる。彼は防御姿勢を取りながら、ゆっくりと二人に迫っていく。
ノックスは一歩下がり、防御の構えを取りながらアリアンに低く言った。
「お前は撃てばいい。」
タロスはそのやり取りを見て、皮肉げに笑った。
「またか? お嬢ちゃんに頼るつもりかよ?」
ノックスは挑発に一切反応せず、次の瞬間、一気に間合いを詰めてタロスのパンチを前腕で受け止めた。
衝撃で体がわずかに後ろに押されるが、その表情はまったく動じていない。
「撃て!」
ノックスが鋭く指示を飛ばす。
アリアンは再び深呼吸し、歯を食いしばる。
「もう……なるようになれっ!」
そう叫ぶと同時に、彼女は銃を構え、トリガーを引いた。
――パンッ!
乾いた銃声が響く。しかし、彼女は予想外の感触に戸惑った。
(……後ろに跳ねない? こんなに扱いやすいなんて!?)
だが、その驚きはすぐに別の感情に変わる。
(でも、外した……!)
タロスはその軌道を見ながら、鼻で笑った。まるで避けるまでもない、無害な攻撃だと信じて疑っていない。
だが――ノックスの目がわずかに細められ、すぐさま横に飛んだ。
「反応に気をつけろ。」
その声と同時に、弾がタロスの目前で炸裂。強烈な衝撃波が炸裂点を中心に波紋のように広がり、タロスの身体を直撃した。
「ぐっ……!」
タロスの巨体が数歩後退し、思わず表情を歪める。
「……面白ぇな、これはただの弾じゃねぇ。」
カイルが笑いながら言う。瞳には明らかな興奮の色が宿っていた。
アリアンは呆然と銃を見下ろし、そしてノックスを見た。
「これが……符紋銃の威力……?」
ノックスは彼女を見返し、静かに告げた。
「撃ち続けろ。止まるな。」
その声は淡々としていながらも、なぜか抗えない重みがあった。
アリアンは無言で頷き、再び銃を構える。その手は、先ほどよりもわずかに震えが少なかった。




