暴露 (1)
それからの日々、学園はまるで何事もなかったかのように、静かな日常へと戻っていった。
セレナは再び学園に姿を見せることはなく、符紋室での「|冥域の霊(めいいきのれい」に関する件も、特に新たな進展はなかった。
ノックスの生活は、徐々に一定のリズムを取り戻していく。
カイルやタロスは時折彼を模擬戦に誘いに来た。最初こそ躊躇いがあったノックスだったが、今ではほぼ毎回、笑みさえ浮かべてその申し出を受け入れていた。
攻撃も防御も、目に見えて技術が向上しており、一戦ごとに充実感を得ていた。
カイルは時おり皮肉混じりに褒めてくるが、その真剣な眼差しに、ノックスは内心わずかな誇らしさを覚えるのだった。
アリアンとカスパも相変わらずノックスの傍にいた。
一人は何とかして彼から何かを学ぼうと必死になり、もう一人は奇抜なアイデアを次々と投げかけてくる。
それが、彼の静かな日常に少しずつ賑やかさをもたらしていた。
アリアンの身体検査については、保護者の同意書が得られないという理由で保留のままだった。
アイデンが時折、簡易的な診断を行っていたが、これといった異常は見つからなかった。
すべてが、少しずつ流れる日常の中に溶けていくようだった。
ある日、放課後のこと。
アイデンがノックスの元を訪れ、小さな金属製の精巧なケースを手渡した。
中にはノックスが課題として制作した符紋銃と、試作されたばかりの弾薬がいくつか収められていた。
「これは初期ロットの弾だよ。テスト済みで、性能も申し分ない。銃も調整しておいた。弾が無くなったら、また言ってくれ。」
そう言って、アイデンはいつものように穏やかに微笑む。
ノックスは受け取りながら眉をひそめた。
「初期ロットって……製造は相当手間がかかったんじゃないのか?」
「もちろん手間はかかるさ。でも君の作ったものは、それだけの価値がある。まあ、これは研究の一環ってことでね。」
ノックスは銃の符紋部分に指を滑らせながら、淡々と「ありがとう」とだけ呟いた。
アイデンはその反応に、少しからかうような笑みを浮かべた。
「これだけ揃ったなら、アリアンに渡してもいいんじゃない?」
ノックスの表情がすぐに険しくなった。
「誰が彼女のために作ったなんて言った?」
アイデンは肩をすくめ、口元に皮肉っぽい笑みを浮かべる。
「でも軽量で反動も少なく、安定符紋まで刻んである。どう見ても彼女に最適な設計だよ?」
ノックスはしばし黙り、再び弾薬に視線を戻す。
「彼女が直面していた問題を参考にしただけだ。使い道があれば無駄にはならない、それだけの話だ。」
「本当に? 君の顔を見る限り、ただの“参考”って感じじゃないけどね。」
アイデンの冗談にもノックスは取り合わず、淡々と立ち上がりながら言った。
「好きに思えばいい。俺が分かってれば、それでいい。」
最後に一言、「余計な詮索はやめろ、アイデン」と冷ややかに釘を刺してから、ノックスはその場を立ち去った。
アイデンはしばしその背中を見つめた後、苦笑を浮かべた。
その様子からして、今回は本当にノックスの言う通りなのかもしれない――彼は、アリアンに対して特別な感情を持っているわけではないのだろう。
それでも、アイデンは思う。
彼は年齢に似合わぬ落ち着きと知性を持っているが、だからこそ──その若さゆえに、未だ「感情」に本気で向き合っていないだけかもしれない。
だからといって、他人がどうこう言う話でもない。
「……アリアンちゃん、今回は本当に分が悪いね。哀れだなあ。」
そんな風に、彼は誰にも聞こえない声で呟きながら、笑みを浮かべた。
◇
ノックスは銃を手にした後、自身の設計にある程度の満足感を覚えながらも、どこか腑に落ちない部分を感じていた。
「実戦で試さなければ、本当の性能はわからない」
そう思った彼は、完成した符紋銃を携えて、特異科の訓練区域へと向かった。
訓練区では、カイルとタロスがちょうど談笑していた。
ノックスが近づいてくるのを見て、カイルは明らかに驚いた表情を浮かべた。
普段は誘われて渋々ついてくるタイプのノックスが、自ら足を運んでくるなど、かなり珍しいことだった。
「ノックス?」
カイルは眉を上げ、からかい混じりの笑みを浮かべながら言った。
「今日はどんな風の吹き回しだ? まさか新作の披露か?」
ノックスは手にした金属のケースを少し持ち上げ、それを指差して答えた。
「放課後、これを試したい。模擬戦で効果を確認したいんだ。」
カイルの視線が箱に移ると、急に興味を持ったように目を細めた。
口元には楽しげな笑みが浮かんでいる。
「おお? そいつはお前の新作か? なるほどな、珍しく自分から誘ってくるなんて……これは断れないな。放課後、練習場で待ってるぜ!」
タロスも腕を組んだまま、静かに頷いた。
「滅多にないことだな。お前がそこまで言うなら、実力を見せてもらおうか。」
ノックスは軽く頷くだけで、それ以上言葉を交わすことなくその場を離れた。
彼の背中を見送りながら、カイルが小声で呟く。
「……あいつ、今日はなんか変じゃないか?」
◆ ◆ ◆
昼休み。予想通り、アリアンがノックスの元に現れた。
彼女はいつものように明るい笑顔で近づいてきて、椅子を引いて座るなり問いかけた。
「ねぇノックス! 放課後の予定って、何かある?」
ノックスはちらりと彼女を一瞥し、いつもの冷静な口調で答える。
「ちょうど誘いたいと思ってた。行きたい場所がある。」
アリアンは一瞬きょとんとした後、目を輝かせて身を乗り出した。
「私を? どこ行くの?」
ノックスは淡々としたまま言った。
「行けばわかる。」
その曖昧な返答にアリアンはしばし黙ったが、次第に彼女の思考は暴走し始める。
この無愛想な彼が、どうして突然誘ってきたのか?
しかも「行けばわかる」とは、まるで何か特別な演出でもあるかのようではないか?
──まさか……これって、デート? 告白……とか??
一瞬で顔が赤くなり、耳まで熱を帯びる。
彼女は必死に弁当をいじるふりをして口元の緩みを隠そうとしたが、頬がふわりと上気しているのは隠しようもない。
その頃ノックスはというと、黙々と食事を進めていた。
彼の頭の中はすでに放課後の実戦テストでどう銃を試すか、そればかりだった。
向かい側で勝手に盛り上がっている少女の様子など、まったく気付いていない。
一方、その様子を見ていたカスパは、無言で眉をひそめ、ボソリと呟いた。
「……また妄想が始まったな、アリアン。」




