真実 (4)
アリアンは気を取り直したように、少し明るい声で言った。
「そういえば、今日は学院の理事会の日なんだって。理事たちが校内を見回るとかで、先生が“今日は大人しくしなさい”って言ってたよ。」
カスパがすぐに反応する。
「そうそう、うちの母さんも理事の一人なんだよ。学園の設立にも出資してるし!」
アリアンは驚いたように目を見開き、すぐに微笑んだ。
「へぇ、そうだったんだ。すごいね、お母さん、学園に大きく貢献してるんだね。」
褒められて得意げになったカスパは、胸を張って言う。
「でしょ? うちの母さん、結構偉いんだから。でもさ、母さんがよく話すんだ。『学院に本当の影響力を持ってるのは、理事長のエリオット氏だ』ってね。」
その名前を聞いて、ノックスの目が一瞬揺れる。
彼は低くつぶやいた。
「エリオット……父さんのことだ。」
水を飲んでいたアリアンは思わずむせそうになり、慌ててカップを置いた。
「えっ……え? 今、なんて?」
ノックスは静かに頷く。
「理事会の理事長。それ、俺の父さんだ。」
カスパも目を見開いてノックスを凝視する。
「うそだろ!? 今まで一度もそんなこと言ったことなかったじゃん!?」
ノックスは肩をすくめ、相変わらず無表情で答えた。
「俺もさっき知ったばかりだ。」
二人は顔を見合わせ、驚きで口を開けたままだった。
カスパはようやく声を絞り出す。
「いや、さすがにそれは隠しすぎだろ……俺、お前って普通の家の出だと思ってたよ。」
アリアンはノックスをじっと見つめ、少し困ったように言う。
「でも本当に知らなかったの? 理事長ってかなり有名だし、どこかで聞いたことあると思うけど……」
彼女はふと何かを思い出したように、問いかけた。
「ねえ、前に言ってたよね。お父さんは“学者”だって。」
ノックスは一度目をそらし、再び彼女を見据えて静かに答える。
「そう聞いてたし、そう思ってた。」
そう言いながらも、ノックスの内心は激しく波打っていた。
父はただの引退した悪魔狩人だと思っていた。
けれど、それはほんの一面でしかなかった。
彼は心の中で自嘲気味につぶやいた。
「伝説なんて、ありえないと思ってた。」
だが、今日見たあの姿――戦場のような練習場で、迷いもなく魔獣を撃ち抜いていく姿――それは、年月や傷をものともしない、まさに“生きる伝説”だった。
さらに、父が学院の設立に深く関わっていたという事実。
アイデンの理想を、最初から共に描いてきたという事実。
ノックスはその重みを理解しきれず、ただ黙って皿の中の食事を見つめていた。
だが、食欲は一向に湧いてこなかった。
「父さんは……一体、どこまでを俺に隠してたんだろう。」
カスパとアリアンの会話は耳に入らなくなり、ノックスは一人、胸の中に渦巻く感情と向き合っていた。
あの事故、父の怪我、アイデンの沈黙、カルマの微笑みの奥にある悲しみ――
それらはすべて、ただの偶然や優しさでは片付けられない。
「きっと、まだ何か隠している。」
ノックスはそう確信しながら、静かにスプーンを置いた。
ノックスが手にしていたスプーンをぎゅっと握りしめ、その指先が白くなっていくのを、アリアンは黙って見つめていた。
いつもは涼しい顔で何事にも動じない彼が、今はまるで別人のように、心の奥底で何か重いものに押し潰されそうになっている。
彼の横顔には沈黙が張りつき、まるでこの場に存在していないかのような遠い目をしていた。
それは単なる無関心や無口ではない。心の中で何かと必死に向き合っている証のように見えた。
「ノックス……大丈夫なの?」
アリアンはそう問いかけたくなったが、声にすることはできなかった。
いつもは軽口を叩いて彼に絡むのが日常だったのに、今日はなぜか、その沈黙を壊すのが怖くなった。
彼の中には、自分たちが知り得ない何かがある――
そう感じたアリアンは、静かに視線を外し、小さく息を吐いた。
ノックスが「そう聞いてたし、そう思ってた。」と言ってからというもの、彼は完全に口を閉ざしてしまった。
食事に手をつけることもなく、ただ黙々と俯いている。
その姿は、周囲の空気さえ重くしていた。
いつもは鈍感なカスパでさえ、異変に気づいた。
今のノックスは、ただの無関心ではない。
言葉にはできない何か――混乱、怒り、悲しみ……それらが混ざり合った複雑な感情が、彼の中で渦巻いているのだと。
「おい、ノックス……」
カスパはついに声をかけた。探るような口調で、
「大丈夫か? その……お父さんのこと、そんなにショックだったのか?」
だがその言葉は、ノックスの冷たい視線一つで遮られた。
目が合った瞬間、カスパは「これ以上言うな」と無言で告げられたように感じ、すぐに口を閉ざした。
「いや、でも、普段はあんなに冷静なやつが……今日は本当に変だぞ……」
カスパは黙りつつも、心の中でそう思わずにはいられなかった。
アリアンはカスパの不用意な発言に口を挟まなかった。
しかし、鋭い視線でじっと睨むことで、その代わりとした。
カスパはその視線に気圧され、思わず目をそらしながら、
「ご、ごめん……悪かったよ……」と、しおらしく謝った。
しばらくして、ノックスがようやく口を開いた。
「これは、俺の問題だ。君たちには関係ない。」
それに対し、アリアンはすぐさま首を振り、真剣な口調で言った。
「関係ないわけないでしょ。友達なんだから。友達って、そういうものでしょ?」
その言葉に、彼女はカスパに目を向け、暗に「あなたもでしょ?」と言わんばかりの表情を浮かべた。
カスパは一瞬ぽかんとしたが、すぐに頷きながら賛同した。
「そ、そうだよ! 俺たち友達だろ? 何かあったら一緒に考えようぜ。なあ?」
ノックスはそんな二人を見つめ、言葉にはしなかったが、その心には確かに何かが届いていた。
彼はそっと息を吐き、手にしたスプーンを静かにテーブルに置いた。
「友達か……」
その言葉が、彼の胸に不思議な温もりを残した。




