真実 (3)
カルマは、ノックスが深い思索に沈んでいるのを察し、足を止めて振り返った。
そして穏やかな声で言った。
「まだ整理しきれてないみたいね。いいのよ、時間がかかっても。もしまた聞きたいことができたら、いつでも聞いてちょうだい。」
ノックスは顔を上げ、カルマと目を合わせる。
その黄緑がかった瞳には、言葉にできない複雑な感情が揺れていた。
カルマは微笑んで、一歩近づき、ノックスをやさしく抱きしめた。
その動きはあまりに自然で温かく、まるで風が頬を撫でるようだった。
「ヨルちゃん。何があっても、あなたは私たちにとって一番大切な子よ。」
ノックスは戸惑ったように一瞬固まったが、拒むことはなかった。
ただ静かにその温もりを受け入れた。
胸の奥にあったざわめきが、ほんの少し和らいでいくのを感じながら。
「……ありがとう。」
小さな声で呟いたその言葉には、まだ不器用ながらも確かな感謝が込められていた。
カルマはノックスを放し、軽く肩に手を置いて笑った。
「さ、あまり考えすぎないで。私は校長室に行ってくるわ。会議が終わったら、また何か考えましょ。」
ノックスは小さく頷き、再び歩き出した。
まだ心の中は静まってはいないが、それでも、久々に感じた安心感に、少しだけ表情が柔らいでいた。
◆ ◆ ◆
ノックスが教室に戻ると、すでにその表情からは朝の険しさが消え、いつもの冷静さを取り戻していた。
カスパはそれにすぐ気づき、心の中で安堵の息をついた。
(よかった……あの空気、マジで胃が痛くなりそうだった。)
彼はノックスをちらりと見やったが、授業中だったため何も言わずに黙っていた。
そして、昼休みのチャイムが鳴ると、我慢できずに席を詰めて声をかけた。
「なあ、朝のあれ、なんだったんだよ? あんたがあんな顔するの、初めて見たぞ。」
ノックスはノートを閉じ、淡々とした口調で答えた。
「別に。」
それだけ言って立ち上がり、食堂へと向かう。
カスパは眉をひそめたまま彼のあとを追いかけながら、ぼやくように言った。
「絶対『別に』って顔じゃなかったけどな……」
それでも話を切り上げる様子はなく、話題を変えて続けた。
「そういえばさ、今日の朝、ハンター科の美人さん――セレナ嬢がまた来てたらしいぜ? 学院に顔出すの、めったにないのにな。」
その言葉を聞いても、ノックスは無言のまま歩き続けた。
カスパは軽く肩をすくめ、独り言のように言う。
「いや、あれだけレアキャラなら話題にもなるって……あ、来た。」
ちょうどその時、廊下の角から数人の学生が現れ、真ん中を歩く一人の少女にカスパの視線が止まった。
「まさかの、本人登場かよ……」
セレナは学院の制服に身を包み、肩までの黒髪をなびかせながら静かに歩いていた。
紅い瞳は冷ややかで、その端整な顔立ちは、ただ歩いているだけで周囲の視線を引き寄せるほどだった。
廊下のあちこちで学生たちが小声で囁き、足を止めて彼女を見送っていた。
カスパも思わず見惚れてしまい、ノックスに小声で話しかけた。
「見た目はマジで完璧なんだけどな……氷の壁って感じで、近寄りがたいよな。」
だがノックスはそれにも応じず、視線も動かさずに歩き続け、セレナとすれ違った。
そしてその瞬間――彼女の声が、冷たく空気を切り裂くようにささやいた。
「……次は、逃さない。」
ノックスは一瞬足を止めたが、すぐに口元をわずかに歪めて言い返す。
「――いつでもどうぞ。」
その短いやり取りは、まるで火花のような鋭さを持っていた。
言葉は少なくても、そこに漂う緊張感は圧倒的だった。
カスパは後ろから見ていて、その張り詰めた空気に思わず肩をすくめた。
(……なにあれ。なんかヤバくね?)
ノックスはそのまま食堂へと歩を進め、セレナも何も言わずに別の方向へ歩き去っていく。
二人の間に交わされた言葉の意味を知らないカスパだけが、ぽかんとした顔でノックスの背中を見つめていた。
「……もしかして、俺だけ蚊帳の外ってやつ?」
◇
ノックスは食堂の隅で、静かに昼食をとっていた。
いつの間にか、カスパもそれが当たり前のように感じていたのか、何も言わずにトレーを持って向かいの席に座った。
二人が黙々と食べていると、聞き慣れた声が近づいてきた。
「ここ、座ってもいい?」
ノックスが顔を上げると、そこにはアリアンがトレーを抱えて立っていた。
彼女の表情はどこかぎこちなかったが、返事を待たずにそのまま腰を下ろす。
ノックスは眉をひそめたが、追い出すこともしなかった。
「ごめん……」
アリアンは小さく呟いた。その声には、確かな誠意が含まれていた。
「セレナは私の妹だけど……あの子、家にもあまり帰ってこないし、連絡もほとんどないの。どうしてあなたを襲ったのか、本当にわからない。きっと何かの誤解があったんだと思う。本当に……間違いだった。」
その言葉を聞いたカスパは、まるで雷に打たれたかのように固まった。
「……え? ちょっと待って、今なんて言った? セレナって、君の妹なのか?」
目を見開いて、信じられないといった表情を浮かべている。
アリアンは顔を上げて頷き、静かな口調で答えた。
「うん、私の妹だよ。」
カスパは数秒沈黙し、ようやく口を開いた。
「マジかよ……学院の美少女が、君の妹って……いや、全然似てないじゃん!」
口に出した瞬間、自分がやらかしたと気付いたのか、慌てて言い直す。
「い、いや、そういう意味じゃなくて! 悪気はないんだ、本当に!」
しかし、アリアンは怒ることもなく、むしろ寂しげな微笑みを浮かべてうつむいた。
「よく言われるよ。もう慣れたから。」
カスパはさらに焦って、頭を下げながら謝り続けた。
「ご、ごめんって! 本当にそんなつもりじゃ……!」
アリアンは首を横に振り、手を軽く振って応じる。
「大丈夫。本当に気にしてないから。」
そのやり取りを静かに聞いていたノックスが、ようやく口を開いた。
「君は君だ。彼女とは関係ない。比べる必要なんてない。」
アリアンは一瞬目を見開き、ノックスの顔をじっと見つめる。
彼の表情はいつも通りの無表情だったが、その言葉はまるで心を温めるように、彼女の胸に静かに染み込んでいった。
「ありがとう。」
アリアンは小さく微笑みながら、心からの感謝を込めてそう呟いた。
その様子を見ながら、カスパは頬をかきつつ心の中で呟く。
(……なんだかんだで、この二人って、やっぱり特別な関係なのかもな。)




