真実 (2)
銃を静かに床に置いた炎は、ノックスの方を振り返り、淡々とした声で言った。
「銃と弾の設計、悪くない。十分な潜在力がある。ただ――もう少し改良の余地はあるな。」
その言葉に、アイデンが眉を上げて笑った。
「ほら、絶対そう言うと思ってたよ。ヨル、今回の課題はどうやら合格だね。」
炎は練習場に散らばる灰と光の残滓を見つめ、珍しく口元に笑みを浮かべた。
「合格どころか……かなり優秀な成果だ。」
そう言って、彼はノックスの頭にそっと手を置いた。
その手つきは驚くほど優しく、ノックスは一瞬、硬直した。
幼い頃から見てきた父は、いつも冷静で厳格だった。
こんな風に触れられた記憶など、ほとんどない。
戸惑う彼の様子に、アイデンはニヤリと笑いながら言った。
「へぇ、エンさんがそんなこと言うなんて。触れるなんて、なおさら珍しい。」
炎は彼の軽口に構わず、スクリーンに映し出されたデータに目を落とした。
そして、眉を少しひそめて呟く。
「これが……限界か。」
そう言って、再びゆっくりと車椅子へ戻り、脚部の装置を丁寧に外し始めた。
その手つきには、長年の慣れが感じられた。
アイデンはタブレットを片付けながら答える。
「現段階ではね。でもここまでくれば、かなりの進歩さ。あとは継続と最適化。」
炎は装置を脇に置き、ふとノックスを見て言った。
「この銃……お前は、誰かのために作ったのではないか?」
その言葉にノックスは目を見開いた。
そして、一瞬だけアイデンに視線を向ける。
まさか――何か漏らしたのかという疑いの目だった。
アイデンは肩をすくめて言った。
「何も言ってないさ。でもまあ、その弾、量産の手配はしておくよ。一つ一つ作ってたら、さすがに非効率だろ?」
ノックスは困惑と警戒を隠しきれず、彼らを交互に見つめる。
父が突然立ち上がり、あの銃で実戦さながらのテストが行われた上に、その意図すら見透かされたような気分だった。
その時、カルマが近づき、彼の肩を軽く叩いた。
「ふたりとも、あまりヨルちゃんを困らせないでよね。まだ子どもなんだから。」
ノックスはその言葉に反応してカルマを見たが、反論はせず、ただその場に立ち尽くした。
(……一体何なんだ、これは。)
そのとき、学院の職員が練習場へ入ってきた。
アイデンと炎に一礼し、恭しく告げる。
「アイデン校長、エリオット様、理事会の時間が迫っております。会議室へご移動をお願いいたします。」
炎は軽く頷き、職員に返す。
「分かった。すぐ行く。」
そしてカルマに向き直り、落ち着いた口調で言った。
「後のことは、君に任せる。」
カルマは胸に手を当てて笑顔で答えた。
「了解。任せてちょうだい。」
ノックスは二人の背を目で追いながら、数えきれない疑問が胸中に渦巻いていた。
だが、炎とアイデンの落ち着いた様子を見ると、それ以上言葉を発することができなかった。
彼はただ、カルマと共に練習場を後にする。
カルマは彼の隣を歩きながら、軽く口を開いた。
「ねぇ、ヨルちゃん。今なら少しは話せるわよ。知りたがってることで、話せることは。」
ノックスは視線を向けたが、口を開かなかった。
その代わり、静かに歩調を合わせ、話を聞く体勢を取った。
カルマは少し息を整え、静かに語り出す。
「……十年前くらいかしら。私とパパは、ここに引っ越すことにしたの。あのとき、アイデンはもう“学校を作る”って言い出しててね。」
「人間と悪魔が、共に生きられる場所を作りたい――それが彼の願いだったの。」
「でもね、もっと大きな理由があったの。それは、“あなたみたいな子”が普通に育てる環境が必要だったから。」
ノックスは眉をひそめた。
「……俺みたいな子?」
カルマはくすっと笑って、頷く。
「そうよ。人と悪魔の間に生まれた子。半分ずつ、どちらでもあって、どちらでもない存在。
そんな子が、安全に、誰にも迫害されずに過ごせる場所。……それを作るのが、私たちの夢だったの。」
「七年前――ちょうどあなたが生まれた年に、エマロ学院はできたのよ。」
ノックスは黙ったまま前を見据える。
その瞳には、微かな戸惑いと、深い影が差していた。
カルマの口調が、わずかに真剣みを帯びる。
「私たちはずっと、ヨルちゃんがこの学院に通って、普通の生徒として生きていける未来を望んでいたの。でも……五年前、ある事件が起きた。私たち家族は襲撃を受けたのよ。パパは、その時の傷で車椅子生活を余儀なくされた。」
ノックスは拳を握りしめ、低く問いかける。
「……なぜ、襲撃を?」
カルマは小さくため息をつき、どこか諦めたような目をする。
「私たちが昔、ハンターとして活動していたこと。あるいは、この学院を設立したことが誰かの利益を損ねたのかもしれない……理由ははっきりしないけど、あの襲撃でわかったのは、今の世界にはまだ、私たちの理想を受け入れられない人たちがいるということ。」
彼女は足を止め、ノックスの方を振り返って目を合わせた。
「それ以来、私たちはあなたを守ることに全力を注いできた。でも、あっという間だったわね……あなたの成長は、私たちの想像以上だった。身体も、頭の回転も、すべてが。」
ノックスは顔を上げ、じっとカルマを見つめる。
「……だから、今はもう守るよりも、戦えるようにさせるってことか?」
カルマはうなずき、少し柔らかな笑みを浮かべた。
「そうよ。あなたはもう、ただ守られるだけの子じゃない。むしろ、自分で自分を守れるだけの強さを持ってる。だからこそ、今こそ私たちも立ち上がる時なの。五年前の襲撃者の正体――あれを突き止めるために。」
ノックスはカルマの言葉を黙って聞いていた。
それは、自分の在り方への新たな理解であり、同時に、両親の過去に対する重みを知るきっかけでもあった。
ふと、彼の脳裏にある名前がよぎる。
以前、両親の会話の中で聞いた記憶――それは、曖昧なまま心の隅に残っていた名前。
「……ソレイア。」ノックスは静かに口にした。
「その人も……関係しているのか?」
カルマの表情が、一瞬にして硬直する。
まるで時が止まったかのように、目を伏せ、しばらく何も言わなかった。
そして、小さく呟くように言う。
「……ええ。」
ノックスはその反応に、胸の奥がざわめくのを感じた。
軽く尋ねたつもりだった。けれど、その一言でカルマの表情が崩れるとは思わなかった。
彼は視線を外し、できるだけ軽く聞くよう努めて言った。
「……それで、彼女は――」
しかし、その先の言葉は喉に詰まり、続けることができなかった。
カルマの目に、一瞬浮かんだ深い哀しみを見てしまったから。
沈黙が落ちた後、カルマはゆっくりと顔を上げ、無理に笑みを作った。
「彼女は……私たちにとって、大切な存在だった。でも、もう終わった話よ。前を向かないと。」
ノックスはうなずいた。
それ以上は聞かなかった。
けれど、心のどこかで確かに感じていた――この名前、「ソレイア」。
それは彼の人生にも、いずれ深く関わってくるものだと。
二人は無言で歩を進める。
ノックスの中には、複雑な感情が渦巻いていた。
哀しみ、疑念、そして……微かな責任感のようなもの。
しかし、次に浮かんだのは別の名だった。
(……アリアン。)
五年前、事故に遭い、記憶を失った少女。
胸元には、まっすぐに走る傷跡。
その出来事と、彼ら家族が襲われた事件は、同じ年――。
(……単なる偶然か?)
カルマは何も言っていなかった。
だが、ノックスの中には奇妙な不安が芽生え始めていた。
(……本当に、無関係なのか?)
彼は心の中で何度も自分に問いかける。
けれど、答えは出ない。
ただ、心の奥底で何かが警鐘を鳴らしていた。
「……考えるな。今はまだ。」
ノックスはポケットに手を突っ込み、深く息を吐いた。
感情を沈めようと、自分にそう言い聞かせる。
だが、その胸中には、確かな「予感」が渦を巻いていた。




