真実 (1)
ノックスは憤然と教室へ足を踏み入れた。
歩調はやや速く、鋭い眼差しで周囲を一掃する。
カバンを無造作に席の横へ放り出し、勢いよく椅子に腰を下ろすと、
眉間に深い皺を寄せ、表情は険しかった。
隣の席にいたカスパは、ノックスの異変に気づき、眉をひそめた。
(……あの、いつも氷みたいに冷静なノックスが、こんな顔するなんて。)
これまでのノックスは、常に他人事のような無関心さを漂わせ、どんな出来事にも心を動かさないような雰囲気を持っていた。
だが今の彼からは、張りつめた糸のような緊張感が伝わってきて、教室の空気まで重くなっているようだった。
カスパは思わず椅子を少し引き、距離を取る。
何か声をかけようとしたが、その言葉は喉元で止まり、そっと筆記に戻ることにした。
横目でノックスをうかがうと、彼は黙々と教科書を開き、ページを睨みつけている。
握ったペンには力が入り、指の関節が白く浮き出ていた。
(……今日は絶対に関わらないほうがいいな。)
そう判断したカスパは、静かに自分のノートに意識を向けた。
そのとき、教室の扉が開かれ、一人の教師が姿を現した。
深い青色の教袍に身を包んだ女性教師――セナだ。
彼女の髪も同じく濃紺で、短く整えられており、鋭い視線と常にピリッとした雰囲気を纏っている。
教科書の束を抱えたまま、彼女は教室に入り、まっすぐノックスの方へ視線を向けた。
「ノックスくん。」
名指しで呼ばれたその声には、有無を言わせぬ迫力があった。
「練習場へ行きなさい。今、あなたを呼んでいる人がいる。」
ノックスは顔を上げ、少しだけ眉を寄せた。
「練習場、ですか?」
彼は戸惑いを隠さず尋ねた。
通常、生徒が呼び出されるなら事務室や会議室などが妥当なはず。
練習場というのは、あまりにも不自然だ。
「先生、それって……」
ノックスがさらに聞こうとした瞬間、セナは腕を組み、顔をわずかに傾けて低く言った。
「聞かなくていい。早く行って。」
彼女の表情には、いつもの厳しさとは違う、どこか焦りのようなものが混ざっていた。
数秒沈黙の後、ノックスはそれ以上何も言わず立ち上がり、教科書を閉じて席に置くと、そのまま扉へ向かった。
カスパは思わず小声で呼び止める。
「な、なに? どういうこと? なんで急に練習場なんかに……?」
ノックスは短く、「知らない」とだけ答え、淡々と教室を出ていった。
その背中はいつもと変わらず落ち着いて見えたが、その歩みに混じるわずかな警戒心は、カスパの目にもはっきりと映っていた。
ノックスは学園の廊下を抜け、練習場へ向かう。
頭の中では、呼び出した人物の正体と、なぜ練習場という場を指定してきたのかを繰り返し考えていた。
(練習場……また、厄介な何かじゃなければいいけどな。)
そう心の中で毒づきながらも、ノックスの足取りは止まらなかった。
◇
ノックスが訓練場の扉を押し開けた瞬間、目に飛び込んできたのは予想していた“誰か”ではなく――見慣れた顔ぶれだった。
場内の端に立っていたのは、アイデンと、彼の両親。
思わず足を止めたノックスは、眉をひそめ、胸の奥にさらに濁った感情が渦巻くのを感じた。
朝家を出たとき、家には誰もいなかった。
それなのに今、彼らが揃ってここにいる。それがまた一層、状況をややこしくしていた。
彼は無言で歩み寄り、苛立ちを隠さずに声を発した。
「何してるんだ、こんなところで。」
先に口を開いたのはアイデンだった。
相変わらずの飄々とした笑みを浮かべたまま、軽く言う。
「今朝、セレナと鉢合わせたとき、かなり困惑しただろう?」
ノックスは冷ややかな視線をアイデンに向ける。
「困惑してるのは、それだけじゃない。」
その様子を見ていたカルマが、口元を綻ばせた。
「ヨルちゃんがそんな顔するなんて、珍しいわね。
何がそんなに気に食わないの?」
ノックスは答えず、黙って足元の砂を爪先で蹴るようにして目をそらす。
父と母に目をやるも、どうせ言葉を濁されるのは分かっていた。
空気が重くなったのを感じたアイデンが、わざとらしく笑って言った。
「まあ、セレナの件はほんの一部だろうな。
ヨル、最近“意味不明なこと”ばかりが君の周りをぐるぐる回ってる気がしないか?」
ノックスは眉をひそめ、抑えた声で言い放つ。
「言いたいことがあるなら、回りくどい言い方はやめてくれ。
俺は急いでるんだ。」
視線を炎に向ける。
「一体、何のつもりだ?」
炎は淡々とした声で返す。
「お前が知りたいことは、ちゃんと話すつもりだ。
だが今は、それより先にやるべきことがある。」
そう言うや否や、炎は車椅子から立ち上がった。
ノックスの目が大きく見開かれる。
父の足元――そこには機械式の義肢が取り付けられ、うっすらと符紋が光を放っていた。
驚きに固まるノックスに、炎はあくまで落ち着いた口調で説明を加える。
「今日ここへ連れてきたのは、これを試すためだ。」
炎がアイデンに目配せすると、彼はすぐにバッグからタブレットを取り出し、素早く操作を始めた。
練習場内の各スクリーンが次々と起動し、身体データや符紋エネルギーのグラフが映し出される。
そして炎は、小さなケースを開け、中に並んだ銃器と弾丸を取り出す。
ノックスの目が鋭く反応する。
「それは……俺の、符紋課題……?」
「全部で何発作った?」炎が短く尋ねる。
「七発だ。」ノックスは迷わず答える。
頷いた炎は、弾を一発抜き出してアイデンに放り投げた。
「ちょ、いきなり投げるなって……!」慌ててキャッチするアイデン。
「まったく、変わらないな。」
苦笑するアイデンをよそに、炎は残りの弾を手際よく装填し、銃を構えたその姿には、迷いも無駄もなかった。
ノックスは知らず知らずのうちに息を呑む。
(……経験の差だ。動きが洗練されすぎてる。)
「五発。」
炎は短く告げ、アイデンに目を向ける。
「始めてくれ。」
アイデンがタブレットを操作すると、練習場に赤い警告灯が点灯し、模擬戦闘モードへと切り替わる。
直後、五体の模擬魔獣が実体投影のように出現。その迫力は本物さながらだった。
ノックスは魔獣を見つめながらも、視線は次第に父へと戻っていく。
炎は銃を握りしめ、微動だにせず場の中心に立つ。まるで戦場の中心にいた頃のような、威厳に満ちた佇まいだった。
魔獣の一体が突進してくる。だが炎は微動だにせず、的確に銃を構え、撃つ。
――轟音。
衝撃波弾が空中で炸裂し、魔獣の頭部を貫いた光とともに消滅。
続いて二体目。側面から回り込むように襲いかかってきたが、炎はすぐさま対応し、また一発。
衝撃波が魔獣を吹き飛ばし、光へと還す。
三体目は正面からの突撃。巨体による圧倒的な質量攻撃――だが、炎は怯まず、連続して二発。
一発で動きを止め、もう一発で完全に粉砕。見事な制圧力。
最後の二体が左右から挟撃を狙う。炎は一瞬だけ位置をズラし、敵同士のラインを重ね合わせると――
一発の衝撃波で、両者まとめて吹き飛ばした。
全て終わるまで、一分もかからなかった。
練習場は静寂を取り戻し、残されたのは微かな振動だけ。
ノックスはその場に立ち尽くし、拳を握りしめる。
(これが……父の、本当の実力。)
彼はただ圧倒されるしかなかった。
「足が動かない今でさえ、このレベル……。昔の父は一体、どれだけ強かったんだ……」




