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デビルアカデミア~ 悪魔学園の禁断の封印を解くのは俺だけでいい ~  作者: 雪沢 凛
第五章

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縁 (7)

 翌朝、ノックスは重い思いを抱えたまま学院への道を歩いていた。

  今朝は、家の様子がどこか普段と違っていた。出かけるとき、両親のどちらも家にいなかったのだ。

  いつもならどちらかはいるはずなのに——それだけで胸に小さな違和感が灯る。


 もしかして、昨日の襲撃と関係があるのか?


 考えを巡らせていると、背後から車輪が地面をこする音が近づいてきた。

反応する間もなく、誰かの手が勢いよく彼の肩を叩いた。


「おっはよー、普通生徒くん!」

 元気な声が耳に届き、ノックスが振り向くと、そこには自転車に乗ったアリアンがいた。

  彼女は陽気な笑みを浮かべながら、ハンドルに手をかけてこちらを覗き込んでくる。


「おはよう。」

  ノックスはそっけなく返し、再び前を向いて歩き出す。


 だが、アリアンはすぐに異変に気付いた。自転車で並走しながら問いかける。


「……なんか、顔色悪くない? どうしたの?」


 ノックスは皮肉混じりに口元を緩めた。

「君にまで気付かれるとは、今日は相当ひどい顔なんだな。」


「ちょ、なによそれっ!」

  アリアンがぷくっと頬を膨らませたそのとき、ふとノックスの袖に目が留まる。


「ちょっと、それ……袖、破けてるじゃん? これって……誰かに切られたの?」


 ノックスはチラリと袖口を見て、苦笑する。

「観察力、意外と上達したみたいだな。」


「それって褒めてるの? それともイヤミ?」

  アリアンは思わず睨み返すが、すぐに真剣な表情に変わる。

  「……昨日、何があったの?」


 ノックスが答えようとした、そのときだった。

  一台の黒塗りの高級車が二人の横を静かに追い越し、校門の前でぴたりと止まった。

  運転手が素早く降り、後部ドアを開けると、

  そこから降りてきたのは、黒髪の少女だった。


 整った制服に身を包み、どこか気品を感じさせる立ち姿。

  その少女の紅い瞳が一瞬、ノックスとアリアンの方を見やったが、すぐに視線を逸らす。

  その無表情な態度には、冷淡さすら漂っていた。


「……セレナ?」

  ノックスとアリアンがほぼ同時に名前を呟く。


 驚いたように目を合わせる二人。


「ちょ、なんであなた、私の妹の名前知ってるの!?」


「知らなかったよ……彼女が君の妹だとはな。」

  ノックスは肩をすくめながら、無表情で付け加える。

  「俺のこの袖を裂いたのが、彼女だったとは思わなかったけどね。」


「は……?」

  アリアンの目が見開かれる。


 ノックスは無言で黒髪の少女へと歩み寄る。

  その目には怒りと疑念が宿っていた。


 彼女の正面で立ち止まり、低い声で問いただす。

「なぜ、俺を襲った?」


 少女——セレナは、感情のない瞳で彼を見つめ返し、冷ややかに口を開く。


「知らない。あんたなんか。」


「知らない?」

  ノックスの声には怒りが滲んでいた。

  「昨夜、村の道で俺を切りかかったのは君だろう?」


「えっ……セレナ、本当に……?」

  アリアンは慌てて二人の間に割って入る。だがセレナは返事をしない。


 冷たい視線がノックスを刺す。

  まるで「それが何か?」とでも言いたげに。


「説明する気がないなら——君は“全ての悪魔”に、無差別に刃を向ける人間だってことでいいな。」

 その言葉にセレナの眉がわずかに動いた。だが彼女は、わずかに吐き捨てるように言う。


「……誤認だった。」


「誤認……?」

  ノックスは冷笑を漏らす。

  「それで済ませるつもりか?」


 緊張感が周囲に張り詰める。

校門近くの学生たちがざわつき始め、何人かが足を止めてこちらを見ていた。


 アリアンはセレナに向き直り、声を荒げる。

「ちょっと、セレナ!? 本当にノックスを襲ったの!? 何考えてるの!?」


 だが妹の反応は冷たいものだった。


「……悪魔に、説明する義理なんてない。」

 その一言が引き金となり、場の空気は一気に凍りついた。


 ノックスはその言葉を飲み込み、しばらく黙っていたが、やがて静かに背を向ける。


「もういい。好きにすればいいさ。」

 その背中には、怒りも、落胆も、そして諦めも入り混じった沈黙が漂っていた。


 彼は振り返らずに歩き去っていく。

  アリアンは彼の背中を見つめ、戸惑いを隠せないまま立ち尽くす。


「セレナ、なんで今になって学校に来たの? 最近ずっと来てなかったのに……」

  彼女は恐る恐る尋ねるが、セレナは答えなかった。


 ただ、ノックスの去っていく背を無言で見つめ、拳を固く握りしめる。

  その瞳には、揺れるような複雑な感情が宿っていた。


 それは怒りか、後悔か、あるいは——何か別の思いか。

 彼女の沈黙が、すべてを語っているようだった。


◇


 ノックスは足早に学院へ向かいながら、心の中で毒づいていた。


(全部、訳がわからない……!)


 昨夜、突然の襲撃。

  それに対する両親の異様なまでの冷静さ。

  そして今日、あの襲撃者に再び遭遇したかと思えば、そいつはまさかのアリアンの妹——セレナだった。


 あまりに都合よく繋がりすぎる出来事の連鎖。

  まるで見えない蜘蛛の糸に絡め取られ、もがけばもがくほど深みに沈んでいく感覚に、ノックスは苛立ちを募らせた。


(「勘違いだった」……)


 セレナが吐き捨てたその言葉が、喉に小骨のように引っかかり、何度頭を振っても振り払えなかった。


 あの冷淡な態度と、無造作な物言い。

 何もかもが、ノックスの怒りに油を注いでいた。


 そしてアリアン。

  彼女の驚きが演技でないことは明白だったが、無知な振る舞いが、さらにノックスの混乱を加速させた。


  ——本当に、彼女は妹の行動を何も知らなかったのか?


(わけがわからない……)


 ノックスは低くうめき、拳を強く握りしめた。

  指先が白くなるほど力を込め、無意識のうちに歩くスピードも速まっていく。


 怒り。

  困惑。

  焦燥。


 あらゆる感情が心の中で渦巻き、彼自身を掻き乱していった。

  ノックスは、生まれて初めてかもしれないほど強い怒りを感じていた。

  それはセレナに対するものではなかった。


 ——誰も何も教えてくれないこと。

  ——真実を知るために手を伸ばしても、誰も応えないこと。


 その無力感こそが、彼の怒りの正体だった。


(これは偶然なんかじゃない……)


 ノックスはそう確信していた。

  バラバラに見える出来事の裏には、必ず何か繋がりがある。

  そして、自分はすでにその中心に踏み込んでしまった。


 もう、後戻りはできない。

 ノックスは深く息を吸い、必死に怒りを押さえ込もうとした。

  だが、内側に燃え盛る炎は、簡単に鎮まってはくれなかった。


-第五章 (完)-

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