縁 (6)
ノックスが部屋に戻ってしばらくすると、カルマがマグカップを手に、そっと彼の部屋のドアを押し開けた。
彼は机に向かって資料をめくっていたが、その目は虚空を見つめているようで、意識は明らかに別の場所にあった。
額には疲労の色が濃く、眉間には深い皺が寄っている。
「ヨルちゃん、お腹は空いてない?」
カルマはドア枠にもたれながら、軽やかな声をかける。
けれど、その瞳には隠しきれない心配の色が滲んでいた。
ノックスはぼんやりと彼女を一瞥し、首を横に振った。
「……大丈夫、食欲ないから。」
カルマは無言で彼の机にマグカップを置くと、傍の椅子に腰を下ろした。
「さっき、パパがギルドに連絡して確認したらしいわ。
今日あなたを襲った少女、今最年少のデビルハンター——名前はセレナっていうらしい。」
そう言ってから、彼女はほんの一瞬だけ言葉を切り、まるで情報の重みを測るように視線を逸らした。
「ただ……なぜ彼女があなたを狙ったのかは、まだ不明よ。」
「……最年少のデビルハンター……」
ノックスは小さくつぶやき、セレナの紅い瞳と冷酷な殺意を思い出す。
あの一瞬の凍てつく気配が脳裏を過るたび、背筋がぞわりとした。
だが、すぐに別の疑問が頭をもたげる。
彼はふと視線を上げ、疑念を込めた口調で言った。
「……俺が襲われたっていうのに、君たちの反応、ずいぶん落ち着いてたよな?」
カルマは片眉を上げ、皮肉気に微笑んだ。
「そんなに緊張してほしかった?」
「そうじゃない。」
ノックスは首を横に振る。
「ただ……まるで、こうなることを最初から知ってたみたいだったから。」
カルマはその言葉にしばし沈黙し、ふっと苦笑する。
「……図星ね。正直に言えば、私たちの家には、昔からちょっとした厄介事がつきまとうのよ。
理由は……まあ、色々とあるけど。だから、小さい頃からあなたに戦う術を教えてきた。
いざという時のためにね。」
その言葉に、ノックスは思わず眉をひそめた。
自分の家庭が普通でないことは、薄々感じていた。
けれど「襲撃に慣れている」と言われるほどとは、予想の範囲を超えていた。
「だったら……なぜ学院では戦闘の授業を受けさせない?」
彼は、疑問を率直にぶつけた。
「目立ってほしくなかったのよ。」
カルマは肩をすくめて言う。
「あの場所じゃ、目立つ子は何かと面倒を呼ぶでしょ。」
「……目立つな。」
ノックスはその言葉を反芻し、胸の奥に違和感が広がるのを感じた。
彼が今日、鋭い直感で攻撃をかわさなければ、今ここにはいなかったかもしれないのだ。
沈黙の後、彼は意を決して口を開いた。
「……五年前、一体何があった?」
カルマの笑みがぴたりと消える。
一瞬、目が揺れた。言葉が喉に詰まったように、彼女は口を開きかけて、閉じる。
「……今は、話す時じゃないわ。」
マグカップを指差しながら、まるで話題を逸らすかのように、明るい口調で言った。
「もう遅いし、それ飲んで早く寝なさい。明日も授業あるんでしょ?」
「答えたくないんだな。」
ノックスの声には、静かな怒りが滲んでいた。
カルマは立ち止まり、ふと振り返って小さく息を吐く。
その目にはどこか申し訳なさが漂っていた。
「……ごめん。でも、今は本当に……まだ早いの。」
そのまま彼女は部屋を後にした。ドアが閉まる音が、やけに重く響いた。
ノックスは椅子に座ったまま、扉を見つめていた。
指先で机をトントンと叩きながら、胸の奥に渦巻く無力感と苛立ちを抑えきれなかった。
この家には、語られない秘密が多すぎる。
父と母の静けさ、五年前の謎、今夜の襲撃——すべてが、何かひとつの見えない線でつながっている気がした。
ノックスは拳を握りしめ、心の中で静かに誓った。
「……話してくれないなら、自分で突き止めるしかない。」




