第49話 正義の清掃員
しかしどうやって調べたらいいのか?
それは俺が心配せずとも、焔ちゃんが考えていた。
「こんな大胆な方法で調べられるのかな……」
焔ちゃんが考えた方法とは、清掃員としてバランドバーンの本社へ潜り込むことだ。俺たちは今は、清掃会社に雇われたバイトとしてバランドバーンの本社ビルにいた。
「大丈夫だって。調べるために清掃員として潜入するのは、漫画とかアニメでもあったしさ」
「だから不安なんだよ」
現実は漫画やアニメのようにはいかない。
しかし焔ちゃんが自信たっぷりに大丈夫と言うので、こうして付き合うことにしたわけだが……。
「正義の味方が便所の掃除をすることになるなんてね」
潜入ということで偽名を使って始めただけのバイトだが、仕事は仕事だ。指示された清掃の仕事はやらざるを得なかった。
「地味なことの積み重ねが大きな正義を為すことに繋がるんだよ」
そう言って眼鏡姿の焔ちゃんはブラシで男子トイレの小便器を擦る。
俺はともかく、焔ちゃんは超人気アイドルだ。
それが正義のためと平気で小便器を擦れるのだから、たいしたものである。
「私の見立てだと、そのうちここの社長があの白黒スーツ男に会うと思うんだよね」
「あのパンダが?」
「そう。あいつがバランドバーンと直接、繋がって悪いことしてるんだよ。だとすれば、そのうちここの社長と会うはず」
「そうかもしれないけど……」
それがいつになるのか。
ここに清掃員として働き始めてもう一週間だ。今のところ進展は無い。
例の報道で田島丘鉱業は世間から大きく非難され、対応に苦慮しているらしい。社長の服部涼八さんは逮捕され、DGから事情聴取を受けているとのことだ。
「このビルのあっちこっちに隠しカメラを仕掛けたし、いつどこから現れても逃がさないよ。だからこうしてればいつかは証拠を掴めるから」
「けどあんまり悠長にもしていられないよ」
「わかってる。大丈夫。わたしの正義センサーがもうすぐなにか起こるって言ってるし」
「そ、そう」
まったく大丈夫とは思えない理由だった。
「むむっ!」
「えっ? どうしたの?」
トイレの掃除が終わって昼休憩に入ると、焔ちゃんはスマホを眺めて唸った。
「仕掛けたカメラの映像を見てるんだけど、社長が社長室から出てどこかに行くみたいなの」
「それはまあ、社長室から出ることもあるでしょ」
1日中、社長室に籠ってるということも無いだろうし。
「エレベーターに乗った。もしかしたら白黒スーツと会うのかもっ。行こっ」
「あっ」
焔ちゃんは休憩室から駆け出て行ってしまう。
「カップ麺にお湯入れたところなのに……」
しかたないかと俺はついて行った。
……そしてやって来たのは駐車場だ。
「どこかへ出掛けるのかな?」
「違うと思う。ほらあれ」
「えっ? あっ!」
見覚えのある黒塗りの車。
その後部座席へ社長が乗り込んだ。
「たぶんあの車には白黒スーツ男が乗ってるね」
「けどこれじゃあわからないね」
マジックミラーになっているのか窓から中は見えない。
当然、なにを話しているのかも聞くことができなかった。
「大丈夫。車に乗り込む前に、あの社長へこれをつけといたから」
「あ、それって」
焔ちゃんが持っていたのは、以前、相良に使ったパチンコ玉サイズの超小型ドローンだった。
「ほら見て。スマホに車の中が映ってるから」
焔ちゃんが見せてくれたスマホには、車の後部座席へ乗り込んだバランドバーンの社長と白黒スーツの男が映っていた。
「……よお社長、景気はどうだい?」
「そんなつまらない話をしに来たわけじゃないだろう。用件はなんだ?」
映像は荒いが、2人の会話が鮮明に聞こえていた。
「ドラゴンブラックとシルバーライトが嗅ぎまわってるかもしれないって話は前にもしたな」
「ああ」
「あんたにも接触してくる可能性がある。そのときはこれを使えってゼラムス様からのプレゼントだ」
と、白黒スーツ男はサッカーボールほどの丸い物体を社長へ渡す。
「なんだこれは?」
「レーザードローンだ」
「レーザードローン?」
「レーザー兵器だ。俺のほど強力じゃないが、レーザーを撃つことができる。もしもあんたのところへ仮面ドラゴンブラックとシルバーライトが現れたらこれを使って撃退しろってな。ゼラムス様からプレゼントってわけだ」
「ふん。使うことがなければいいがな」
もはやバランドバーンとデッツの繋がりは明らかだ。
あとはこれを世間に公表すれば、田島丘鉱業へかけられた濡れ衣を晴らすことができる。
「それで、田島丘鉱業がオリハルコンを採掘してる場所は見つかったのか?」
「いや、まだだ。けど世間の連中は田島丘が反社と組んでオリハルコンの採掘を邪魔してると思ってるからな。頭にきてる探索者どもが必死になって秘密の採掘場を探し回ってるって話だ」
「ほう。ならば私たちがなにもしなくてもいずれ明らかになるわけか」
「そういうことだ。場所がわかったらそこもデッツがもらおう」
「しかし採掘の阻害が田島丘の仕業ということになると、今後は同じ方法でオリハルコンの独占をするのは難しくなるな」
「なに、模倣犯でも出たことにすればいい。田島丘が消えればオリハルコンはさらに高騰して俺たちはさらに儲けられるぜ。ぐはははっ!」
「そうだな。がははははっ!」
……悪人どもめ。
だが、その邪悪な企みもこれまでだ。
「焔ちゃん、これで証拠はばっちりだ。これをネットで公表すればマスコミの報道がデマだって世間に知らせることが……焔ちゃん?」
隣へ目をやると、なぜか焔ちゃんは小刻みに震えていた。
「……いいね」
「えっ? いいって?」
「なんかこういう、ステレオタイプの悪人って良いっ! 正義執行のし甲斐があるって言うかさ、なんか正義の味方として興奮してきちゃったっ!」
「焔ちゃん、喜んでいる場合じゃないよ。早くこれを公表して田島丘鉱業と涼八さんを助けないと」
「うんっ。この映像を早くネットに公開しなきゃねっ。それじゃあわたしは先におじいちゃんちへ帰ってるからっ。バイトはやめるって伝えといてねっ」
「えっ? あ、焔ちゃんっ!」
焔ちゃんはエレベーターに乗って行ってしまう。
「やめるって……仕事をやめることは最低でも2週間前に言わないと……」
まあ偽名でバイトしてる時点で今さらルールを守るも無いけど。
「しょうがない。焔ちゃんは急な事情でやめなければならなくなったことにして、俺はちゃんとあと2週間働くか……」
バックレが許されるのは10代までだよね。
俺はもう30歳の大人なので、このままバックレるには抵抗があるのだ。
と言うことで、2週間後にやめることを伝えた上で、俺は今日の清掃を続けた。




