第38話 焔ちゃんでシてる正義のヒーロー
女性は微笑みつつ俺を見下ろしている。
「こちら、よろしいですか?」
「えっ? いえ、待ち合わせがあるので……」
なんだろう?
まさか俺なんかを逆ナンなんてことは無いだろう。それはわかる。
「いいじゃないですか。お兄さん素敵なんで、一緒させてもらいたいんです」
「俺が素敵?」
確かに今日はいつもと違ってかなりキメて来ている。
もしかして今の俺って、自分が考えている以上にイケていたりして……。
「ねえ、こんなところじゃなくて、もっと楽しいところへ行きませんか?」
「いえ、ですから待ち合わせがありまして」
「そんなのキャンセルしちゃって、ね」
女は俺の腕を取って胸へと押し付ける。
……しかし俺はなにも思わない。
まるで賢者のように心を乱すこと無く、平静でいられた。
おかしいな。
童貞の俺ならば、美人にこんなことされたらドキドキしてしまうはず。なのになんとも思わない。昨日の夜もひとりで致したが、あれからずいぶん経ってるし……。
まあそれはともかく、
「大事な約束なんで、すいませんけども」
「えっ?」
俺の言葉を聞いて女性は意外そうな表情をする。
そりゃそうだ。
これほどの美人から誘われて断るなんて、普通ならありえない。しかし今日は焔ちゃんと約束があるのだ。例え親が危篤でも、これだけは破ることはできない。
「は、はあ? 断るとかありえないんだけど。ここまでさせてさ」
「いや、そんなこと言われても……」
「あんたみたいなダサいおっさんにあたしが胸まで押し付けてるんだけど? それなのに断るとかマジムカつく」
「ム、ムカつくってそんな……」
最初の清楚なイメージとは打って変わって、なんか怖い雰囲気になる。もしかして美人局かなんかだったのかなぁと、今さらになって思う。
「いいから来なさいよ。来ないなら痴漢されたって大声出すよ」
「ちょ、やめてくださいっ」
女は俺を引っ張って無理にでも連れて行こうとする。
やっぱり美人局だ。連れて行かれたら怖いお兄さんが出て来て「俺の女に手ぇ出すとか、にいちゃん良い度胸しとるのぉ」とか言われて金を揺すり取られる。
そんなの絶対に嫌だ。
しかしついて行かなきゃこの場で痴漢にされてしまうかもしれないし、どうしたものか……。
困りながらわずかに抵抗する俺。
助けて正義のヒーロー!
この窮地を助けてくれるヒーローはいないものか。
そんなことを考えながら周囲を見渡す。と、
「ちょっと待ちなさい」
そこへ聞き覚えのあるかわいい声が。
見ると、そこにはマスクとサングラスを顔にかけた仁王立ちの女の子がいた。
「その人を離しなさい」
「は? なに? 関係無いなら引っ込んでなさいよ」
「関係ならあるよ。だってその人と待ち合わせてるのわたしだもん」
あ、やっぱり。
マスクとサングラスで顔を隠しているが、あの声と背丈、そして体躯に似合わないたわわで大きなおっぱいは間違い無い。
「あんたみたいなガキがこんなおっさんと待ち合わせ? パパ活かなにか?」
……やっぱそう思われるよなぁ。
年齢差を考えるとしかたないけど。
「ううん。違うよ。その人わたしの彼氏」
「は?」
「ええっ?」
女のほうも驚いたようだが、俺はもっと驚いた。
俺が焔ちゃんの彼氏?
しかし冗談を言ったのだろうとすぐに思った。
「こんなしょぼいおっさんが彼氏だなんて、なんかの冗談? それとも相当なもの好きとか?」
「もの好きでも冗談でもないよ。とにかくその人はわたしの男なの。勝手に触らないでくれる? 別に痴漢だなんだって騒いでもいいけど、わたしが庇ったら都合が悪いんじゃない?」
「くっ……」
分が悪そうに女は表情を歪める。
それからややあって俺の腕を離し、店の出入り口へと歩いて行った。
「はあ……」
美人局女が離れてくれて、俺はホッと一息つく。
「ありがとう焔ちゃん。助かったよ」
「ふふ、本当はあの人と楽しいところへ行きたかったんじゃないの?」
「とんでもないっ」
悪戯っぽく笑いながら向かいの席に座った焔ちゃんへ言う。
「焔ちゃんとの約束があるし……と言うか、あれはたぶん美人局だよ。ついて行ったら怖い人が出て来てお金を揺すり取られてたよ」
「そうかもね。けど、あんな美人に誘われたら普通はついて行っちゃいそうだけど」
「うん? うんまあ、普通はそうかもね」
「わたしとの約束が無かったらついて行っちゃってた?」
「いや、それでもついて行かなかったかな」
普通はあんな美人から誘われたらこれはチャンスと喜んでついて行きそうだ。しかし俺はあの人からまったく女性を感じなかった。女の子に縁のない俺があんなことをされたらドキドキとして取り乱しそうなものだが……。
「どうして?」
「それは……あの人から女性を感じなかったからと言うか……」
俺はきっと改造人間となって、性欲が衰えてしまったんだ。
もしくはドラゴンの遺伝子を入れられたことで、トカゲに興奮するようになってしまってきているとか……。
「ふーん」
イスから立ち上がった焔ちゃんはおもむろにこちらへと近づき、
「ひゃあっ!?」
俺の腕を取って自分の胸へと押し付けた。
「どう? わたしからも女を感じない?」
「い、いい、いや、もうこれは……あふ」
大興奮である。
心臓バクバクと高鳴り、ガンガンと下半身へ血液を送っていた。
「甚助さん顔真っ赤だよ? 大丈夫?」
「だ、大丈夫だけど……ふぉっ!?」
胸に押し当てられていた腕が谷間に飲み込まれて行く。
も、もうダメだ。
興奮で頭がどうにかなりそうだった。
「甚助さん……最近はわたしでしかしてないでしょ?」
「えっ? し、してないって……なにを?」
「ナニを、だよ」
と、焔ちゃんは軽く拳を握って上下に動かす。
「ほ、焔ちゃんっ」
「わたしでしてるんでしょ?」
ニヤニヤ笑って俺に聞いてくる。
焔ちゃん、なんで俺にそんなことを聞いてくるんだ。
いやしてるけどね。てかするでしょ。毎日毎日、焔ちゃんに興奮しっぱなしだよ。エロ過ぎるんだこの子は。
けどしてるとか言えない。いや、言えないでしょ普通……。
「どうなの?」
「い、いや、そんなことは……」
「してるんでしょ? ホムニー」
「ホ、ホムニーっ?」
なんだその造語は?
いや、意味は理解できるけど……。
「してるのはわかってるんだから。だってさ、わたしの裸を見ちゃったんだよ? こんなかわいい女の子の裸を見たら、もう他の女じゃ興奮しなくなっちゃうもんね」
「そ、それは……」
言われてみれば、風呂場で焔ちゃんの裸を見て以降、他の女性では興奮しなくなったような……。しかしあれだけ美しくエロい裸を見てしまったのだ。これはもう当然とも言えた。
「甚助さんはね、わたし以外じゃ興奮できなくなっちゃったんだよ」
「そ、そうなのかな?」
「そうなの。けどこれは困ったね。わたし以外の女を女として見れなくなったんじゃ、甚助さんはもう他の女とエッチできなくなって一生童貞かも」
「い、一生童貞……。えっ? いや、と言うか俺、焔ちゃんに童貞とか言ったことあったっけ?」
「童貞感あるし」
「そうですか……」
否定できないのが辛いところ。
「これはわたしが責任を取らなきゃダメかも」
「えっ? せ、責任って……」
「あ、そろそろ行こうか。見たい映画があるんだ」
「あっ」
抱かれた腕をそのまま引かれて俺はついて行く。
責任を取るってなんだろう?
さっきは俺のことを彼氏とか言っていたし……。
まさかの可能性に俺はドキドキとしていた。




