第75話 振りかざす太刀の下こそ地獄なれ
ヒヅルは突然の名指しに困惑する。
眼前の男は剣道着にカンナギ隊のマークを入れていることから、少なくとも自分達の仲間らしいことは伺える。
「自己紹介遅れた、宮本 雅彦ってんだ。よろしくな。
元々カンナギ隊に所属だったんだがな、色々あって合流が遅れたってわけだ」
「!?おい、ヒヅル……やめとけ、この人はお前じゃ勝てねェよ」
どうやらウォルノは彼を知ってるらしい。
この気品あふれるおじ様は、彼をビビらせるほどなのだろうか?
剣道は従軍した時にオガワ司令官に鍛えられたし、腕に覚えはある。
「マサヒコさん、いいでしょう。受けて立ちます!」
「ホウ、いい目だ!オジサン張り切っちゃうねえ」
基地内、道場。
ヒヅルとマサヒコは剣道防具の出で立ちで相対している。
「ハァ……アイツやめておけってのに」
「ウォルノ、そんなにまずいのかしら?」
「アー、見てりゃア分かるぜ。もっとも……見えるならだがな」
あぐらをかき、頭を抱えるウォルノ。
フィリスとともに、日差しのさす道内で彼らの試合を見る。
ヒヅルとマサヒコが一礼し、3歩進む。蹲踞をし一瞬の静寂。
主審が試合開始を宣告する。
ヒヅルは最初、スキを見つけて面を打ち込めば一本取れると思っていた。
だが
(スキが……一部もないッッッ!)
マサヒコはただ竹刀を構えて立っているだけなのだが、とんでもないプレッシャーを放っている。
その途端、マサヒコがすり足で近づいてきた。
今だ!踏み込め!!
「メェェーン!!!」
ヒヅルは勢いよく叫び、竹刀を振り下ろした
が、眼の前にマサヒコはもういなかった。
「おいおい、もう一本取っちゃったよ」
後ろから爽やかに声をかけられる。
!!!
さっきまで眼前にいたマサヒコがいつの間にか後ろにいる!
何が起きたのか、万に一つも理解ができなかった。
「い、いつの間に!
確かに僕は打ち込んでいたはず……!」
「ちょーーーーーっと期待外れだなあ、少年!
考えずに振りかぶった太刀は地獄へ一直線だぞぉ?
そうだ、ハンデつけようか。俺は目隠ししようかあ」
手ぬぐいで目を覆い、面を被り直して構える。
2本目は始まっているということか!
何が起きたかわからぬ混乱を、心に抱えたまま神経を研ぎ澄ます。
竹刀を少し近づけると、すぐにその距離を離す。
まるで竹刀の先まで神経が通っているようだ。
(確かに視界は覆ってたはず!まるで見えてるかのように!!)
「隙あり!はい、面」
今何が起きた!?
だが、打ち込まれた瞬間も分からぬ。
手元が動き、踏み込んだことはかろうじて見えた。
だが、いつ竹刀が動いたのかも、視認できなかった。
「隙だらけだし、見えるものしか見ていない。
戦場での君の剣の扱いはそんなもんじゃなかったろ?
恐れて相見えれば、それは死地。
その恐ろしい場所の先にこそ、目的とするものがある。
ゆめゆめ忘れぬことよ」
思考が停止する。
常識の領域外の強さに、脳髄が理解を拒絶する。
そうだ、ウォルノ!
「ぼ、僕は一体彼に何をされて……」
「ハァ……、正直いうとな。俺には分からなかった」
「わ、私もよ……」
側から見てた人間でも分からないのか!
「一本目は俺が意図的に崩した隙に、君が飛び込んできたんだ。
だからそれで生じた隙に胴で切り抜けた。
二本目は、"視界の認識外"から見えない一撃でとっただけさ」
視界の…認識外?
解説をされて尚のこと分からないことをマサヒコは淡々と笑顔で語る。
「なぜ目隠しをしても僕の場所と動きが!?」
ヒヅルが驚嘆と困惑の入り混じった、ひっくり返った声を上げる。
その問いを聞いて、マサヒコはパチクリとした後、笑い声をあげる。
そして一言告げた。
「だって、見えなくても当たるもん」
「もうその辺にしとけ。ヒヅルよォ」
ウォルノが立ち上がる。
「この人は、剣道にて最強無敵の男……世界で1番強い剣士。
一本も取らせない"見えない剣"の使い手、『常陸国の天狗』宮本雅彦だぜ。
お前では足元にも及ばねえよ……」
快活にマサヒコが笑う。
明朗で、どこまでも明るい躁のような男だ。
「ハハハハハハハッ!
少年時代に呼ばれた二つ名は恥ずかしいもんだね、ニイちゃん!
だが、解説としては不十分だな。
今はカンナギ隊・剣術指南でパイロットでもあるがな!
よろしくねぇ。オジサン、楽しみになってきたよお?」
彼は顎をさすりながら、にこにことヒヅル達を真っ直ぐに見つめている。
差し込む日差しが、マサヒコを明るく照らし出していた




