第55話 策謀の天秤(リブラ)
コーヒーを淹れ、古き伝承を読み解く。
この時間は実に優雅だ。仕事の疲れを癒す。
最近は忙しいことが多かった。
ヴァルカン半島をはじめ、内紛を起こす民の鎮圧。
南米、九重共和国国境線での農地問題に端を発する紛争。
馬鹿とやり合うことは本当にうんざりだ。
しかしそんな中でも、こうして自分の時間を楽しむ余裕ができたのは喜ばしかった。
「シードル様、失礼します。伝令の者から伊忌島についての近況です」
この言葉が飛び込むまでは、だが。
「ようやくちっぽけな島を陥せましたか?
ずいぶんと遅かったですね」
本を目線からおろし、仏頂面で部下へ目をやる。
「いえ、それが……。
ラインハルト隊はカンナギの主砲がかすめた一撃、そうたったの一撃で約30%の兵力を失ったとのことです……」
青ざめた顔で、部下が報告する。
そうか、思った以上に早かったか。
ガーンディーヴァ、あの武器をここで使ってくれたことはなんと幸いなことか。
つい、口の端から笑みが溢れる。
「……シードル様?」
「ヴァッカ連邦首都、モーン・カツォーノへ伝令を派遣してください。
考えてもみてください、ナパームですら非人道的という風潮が高まっているのです。
これは、『九重共和国が戦術兵器を使った』という名目で糾弾するチャンスです。
この大義名分を元に、ヴァッカ連邦を中立から味方に引き入れるのです」
「ハッ!手続きを開始いたします。
さっそくノッキーン・ノルズ外務大臣へ連絡を」
「ストップ、此度は私も外務大臣に付き添います」
話の重さ、命の重さ、役割の重さ。
これらの駒を天秤に乗せ、その時何が大事かを人間は選択してしまう。
ヒトという生き物は簡単だ。
お題目というのはいつも円滑な仕事の足を引っ張る。
しかし、上手く使えば味方を作る力になる。
連邦に対し、共和国制圧への協力要請ができれば、より"選別"ができる。
何かを確信したシードルは、再び伝承に目をやる。
伝承の挿絵に描かれた神様は、真っ直ぐにシードルに微笑みかけているようであった。
ブラダガム帝国首都、開発室。
「カンナギが、戦術兵器を使った……?」
「先ほどなんかそんな感じのことを」
エンジニア達の雑談を聞き『そんなはずは』とシキは思わずにはいられなかった。
もしかしてガーンディーヴァを使用した?
その力も『来るべき脅威の時』以外に使えぬようリミッターをかけたはず。
「そう……ですか。
今後九重はどうなるでしょうかね」
顎に手を当て、俯く。
「難しいことは僕たち技術士には分かりませんなぁ。
だけんども、非難はされそうっすねえ。
それこそ、核兵器撃たれても文句言えないっすよ。
あ!僕ぁ、親族をグラウンド・ゼロ事件で失ってるから核が使われるのは嫌っすよ?
だから、新しいエンジンにも前向きになれませんで」
その言葉にシキの思考は即座に理系男子になる。
はぁ、ここにも核の違いが分からぬ技術者か、と頭を抱えずにいられなかった。
「あのですねぇ、『核分裂』と『核融合』は違った技術ですよ。
グラウンド・ゼロ事件は『核分裂』の実験失敗による大規模被曝被害です。
我々が今着手しているのは『核融合』エンジンです。
現物の開発に至る前に、しっかり勉強しないと自分が怪我をしますよ?」
シキはペラペラと両者の違いを話し出した。
周りはまた始まった、という顔を隠せない。
実際シキが連行・従事させられてからというもの、ブラダガム全体の技術力は大幅に向上した。
ゴブMK2や、今は遠距離射撃用量産機の『ロプス』も完成間近だ。
若くしてこれだけの智慧と引き換えにこの性格。
たまったものではない。
「結果、原子炉の暴走リスクを孕んだ核分裂と違い、核融合は連鎖反応が起きないため安定性が高い状態を保てる。
エンジンの小型化も可能なため、無駄な重量を省いた機体すら作れるのです」
「センセー、戻ってきてくださいな」
パン、とシキの前で手を叩く。
「あ、あぁすいません」
大きな音で我に帰る。
そうだ、ヒヅル達の今後について先手を打たなくては。
サイバーベルで地図を開き、一寸考えを巡らす。
シードルの思考を考えるんだ。
戦争名目としての士気高揚、それとも対抗戦術兵器の開発か?
いや、補給路の分断という手も。
次の一手を補給路を断つと仮定するなら、侵略、貨幣、貿易停止……。
!!!!
これは、まさか!
「席を外します。熱が入りすぎましたね。
先程は蘊蓄を垂れて申し訳ございません」
「いやぁ〜いいでさぁ先生。休みも重要っすよ」
たんまりと積まれた書類を椅子代わりに座る、くたびれた技術者達が手を振る中、静かに退室をする。
ゆっくりしてる場合ではない。
彼らに背負わせるには、重すぎる業になりかねない。
嗚呼、早く。
早くしないと、世界すべてがヒヅルの敵になる!!
【ライナーノーツ】
1 タイトル元ネタ:「リブラ」=天秤。または「重さ、重量」を表す。
2 機体について:
ロプス→サイクロプスより。モノアイの遠距離専用量産機です。
3 キャラクターについて
ノッキーン・ノルズ外務大臣→ノッキーン・ヒルズという強いお酒から。
ブラダガム中枢は名前に飲料系から取ってる人が多いです。




