第41話 疑心暗鬼のスパイラル ~ suspicion table~
日を遡ること数日前。
九重評議会 議会室。
「た、大変です!」
一人の男が評議会議員円卓の静寂を破る。
「どうしたのだい、そんなに急いで」
黒い狼や狐のような亜人『 八尾木 義光』が静かに響く声で、その流し目を向ける。
「シ、シキ・ヤサカの乗っていた輸送船が、撃墜されたとの報告が入りました!」
9人の代表達に衝撃が走る。
陰謀を唱えるもの、互いにいがみ合うもの、顔に手を当て俯くもの。
その反応は皆様々であった。
「彼の『ネクステージシリーズ』の開発への輸送は極秘、我々以外知りようがない。どこから情報が漏れたのか」
ヤオギが腕を組み、聡明そうな瞳で空を見つめる。
「アナタの差金ではなくて?許・紫苑?」
「何言ってるネ、サンティ。ワタシ疑われるコトしてない。
アナタこそ太極図システム、反対してたネ」
「あなたこそ、ブラダガム旧中華帝国地区から離反した土地の出身……九重全体を恨む理由があってよ?
その開いてるのかわからない細目、かっ開いて差し上げますわ」
台湾連邦代表、キョ・ショエンと南米代表のナキア・ホセス・ピノツェト・サンティが醜い女の闘いは無様極まりない。
「落ち着き給え、皆の衆!!シキ氏及び登場者の生存確認は?」
「それが……あまりにも酷い燃え方で、捜査は難航中です」
「なれば、敵に拘束された可能性もまだあるであろう。
それも良い結果では、無いがな」
「しかし、ヤオギ氏。
これではヒヅル・オオミカの能力研究も進みませんことよ」
サンティがヤオギに異議を投げかける。
かたや疑心に駆られたものも、当然存在する。
「俺が思うにだが、いるだろう。『エージェント』が」
「ほう、タージ氏。インドでは内通者は普通の行為なのネ、汚い地域ネー」
ショエンが、いの一番にトゥイバ・チャンドル・タージに噛みつく。
誰も彼も互いを信用できない、確かにそれ自体『罪』である。
インドの一代表であるトゥイバの発言以前に、その信頼が薄氷であった議会の責任は、重い。
「ショエン、貴様のような帝国への離反国も分が悪いことを忘れるでない。
それ以前に」
ヤオギが言葉を切り立ち上がる。
ガタイの良い彼は長身からか大きな壁にすら見える。
「我々の信頼関係がここまで薄かったことに、私は絶望している。
人と亜人が融和して生きる我ら連合国、どうして人と人でいがみ合う必要があるのだね」
人を侮蔑するのか。
この腹黒狐。
ヤオギ様を侮蔑する貴様が悪だ。
などと余計に皆々騒ぐばかりだ。
それを見て、憂えた目を円卓へ向けるヤオギ。
無理もないだろう、9つの国と地域のトップがここまで烏合の衆であれば嘆きたくもなるものだ。
「しずk……」
「皆様、静まりなさい」
ヤオギが口を開こうとした瞬間、重々しい扉を開け、一人の女性が親衛隊とともに声を上げた。
黒紫に艶のある長髪。
凛とした、未来を見据えるような瞳。
神聖な雰囲気の白いヴェール。
落ち着いた佇まいは神々しさすら感じる。
「こ、コトハ様……なぜこのようなところに」
「ヤオギ、私に質問する前にお座りください。立ったままではお辛いでしょう」
彼女こそが、九重共和国の”象徴”、近衛家の長女、近衛 言霊葉である。
「皆様が不安に陥り、同胞を奪い去った者と疑うお気持ちは分かりますわ。
ですがそのような時だからこそ、我々は団結すべきではないのでしょうか。
このような我々の誓いを引き裂くための術に踊らされてはいけません。
まずは互いを心より信じ、一つの目標に向けて手を取り合わなければなりません。
これは、私の祖父にして評議会最高議長、近衛 凪彦のお言葉でもございます」
最高議長の名を出され、一人を除き全員がたじろぐ。
その一人は、というと……
「でもネ、コトハ様。
情報が流出してない証拠ないですヨ。
特に先のカンナギの襲撃……偶然と思えないネ」
ショエンが臙脂色のショートヘアをいじりながら不安げな顔を浮かべる。
コトハも少々目を伏せる。
「カンナギ隊に関しては……あの艦には私の大事な人がおります。
ゆえに、私も不安ですわ。
ですが、今はその大事な人から届く言葉を、信じるしかありませんわ」
「それはナギヒコ様のご意向でしょうか。
ともかく、聡明な判断の元でカンナギ隊と密に連絡を取れる体制を敷いておられるとは」
「うふふ……ちょっと買いかぶり過ぎですよ、ヤオギ」
美しい、端正のとれた美しい顔がヤオギを見つめる。
「それと、コトハ様。
箕輪 國仁ですが……ナギヒコ様はどのようなご意向でしょうか」
一寸だけ、目を曇らせコトハは押し黙る。
その後
「その男は死んだ、とのことです」
とだけ伝えた。
「……ナギヒコ様の心中、お察しいたします。
して、我々はこれからどうすればよろしいのでしょうか」
「まずは、私達は今知る限りのことを元に判断をするしかありません。
シキ様の無事を祈り、そして進めていたことは別の形で実現する。
それしか私達にできることはありません。
そのために、頭を切り替え判断をすべきですわ。
少し厳しいことを私自身が言っていることも理解しております。
そろそろヴァッカ連邦にも、一度使者を送るべき頃合いかと。
そして平和のために、あなた方が正しい判断をできることも私は知っております。
どうか、或りし花の神の導きがあらんことを。
それでは、ごきげんよう」
そう言い残し、コトハはその場を去った。
あとに残されたのは静寂のみであった。
「……コトハ様の仰るとおりだ。
少なくとも、シキの安否を確認しつつ、従来の武装開発とブラダガムに抵抗する力をつけるべき、ぞ。
これが我々の優先事項。
無論、内通者の存在に気を配り高度な暗号化は必要と思われる。
皆の衆、それをゆめゆめ忘れぬように」
ヤオギの言葉を最後に、議会員は皆足早に去ることしかできなかった。
全員が去った中、がらんどうの円卓に座りヤオギは溜息混じりに重々しく放つ。
「クニヒト……帰ってはこれぬのだな」
その言葉は、薄暗くも広い室内に掻き消えるように消えるのみであった。




