第40話 絶望のラインハルト
伊忌島に夜が訪れる。
夜の闇、というのはただでさえ本能的にヒトの恐怖を煽り立てる。
それは視界がないことへの恐怖からか、はたまた闇自体が人と世界の境界をとっぱらい溶け合ってしまうためなのか。
だが、今のヒヅルには夜の闇は怖くは無かった。
フィリス、ウォルノ、クニトモ。
彼らの仲間としての温かい気遣いそれそのものが、彼を彼として強固にしているからだ。
「こんな夜の闇にも負けない、この国を照らす希望になるんだ。
そうなれば、きっと。
あぁ、きっとセイラも僕を思い出してくれるに違いない」
海岸線をC爆弾を抱えて埋め込むヒヅル。
彼が星の海を眺めながら、自分に言い聞かせるように口にする。
言霊、という言葉があるように発声という行為は実に不思議な力を持つ。
声に出し、想いを口にすると物事はそのために因果が動きやすくなる。
その実態たるや、おそらくは口にしたその言葉を実現しようとその人が行動する。
そのためのきっかけが想いを口にし、それを脳が本当の目的として処理しているだけのことなのだが。
「これで指定のポイントに規定数設置完了……と。
策を考えて、みんなでやりきっただけのことはあるなあ」
どこまでも広い海岸線。
敵の上陸時への備えは万全になった。
空を広く見渡すと、雲ひとつない夜空に星が明るく瞬く。
「……僕もああいう風な、誰かを照らす希望の星になれるのかな」
「ハッ!『きぼう』なんて下らねえ言葉を使ってるうちは無理よ、無理!」
突然に聞き慣れない声が、ヒヅルの独り言へ返答をする。
「!!誰だ!!!!」
ヒヅルは声の方向を向き、咄嗟にナイフを構える。
(敵か、しかし一体どうやってここまで……!)
「オイオイ、初対面だってのにやたら仰々しい歓迎だねえ、ニイちゃんよぉ」
……待てよ、この声。聞いたことがある。
「き、貴様程が!何故ここに!!」
そうだ、ヤツは。
「ほう、光栄だなあ!知られてて!
エースパイロットさんよお!!」
そこにいたのは
「……ヴラドミール・ラインハルト」
「ここで敵兵に出逢っちまうとは、俺も絶望的だなあ〜」
白銀の髪をオールバックにした壮年の戦士は、右の眉尻をポリポリとする。
いきなり敵の大将首と相対してしまった。
ヒヅルは言葉は威圧的に振る舞うものの、その内心は、腕に震えが出るほどだ。
それに対して眼前の老兵の、なんと飄々としたことか。
まるで自室のようにタバコを吸っている。
「なるほどなあ、ちょいと偵察してみりゃ砂浜の終わり、崖っぷちになってるとこは監視の目が薄いって訳か。
甲斐があるってもんだ、そうは思わねえか?」
右手に持ったタバコの煙が揺らぐ。
「何をしにきた。夜襲のつもりか?」
「オォ?威勢がいいな。仕掛けてきな」
ふざけた男だ。
だがヒヅルとて白兵戦の訓練をしていないわけでは無い。
敵の隙をつければ、勝機はある。
そう思った折、ラインハルトがタバコの火種を落とした。
ライターを取ろうと左手をポケットへ持っていく瞬間を見逃さなかった。
(今だ……!)
利き手と逆であろう左手側に回り込み、低姿勢から一気に切り込もうとする。
「……へっ、甘いな。絶望的に甘ぇよ」
ラインハルトが左上腕を、突き出したヒヅルの腕に沿ってスライドさせる!
そのまま、二の腕を掴まれてもう片手でヒヅルの固く握った手をチョップで強打された。
ナイフが砂浜へ、切先から柔らかくめり込む。
「良い眼を持ってる。が、残念、俺は両利きだ」
落ちたナイフを蹴り飛ばし、そのまま裏拳を喰らうヒヅル。
視界に稲妻が走り、一瞬暗くなる。
「ガキ、お前の基本戦術は聞いてるぜ」
地に伏した青年に向けて、ゆっくりとしゃがみこむ。
「さっき何をしにきた、って言ったよなあ?
そら簡単よ!
俺は戦争って名前のゲームをしにきてんだよ、こんな辺鄙な島だろうとなあァァ!!」
その一言に、痛みすら忘れるくらいフッと沸き立つ。
「……ッッ!貴様……は!
楽しんでるのか!人殺しを自分のためにッ!」
「何が悪い?
部下って駒を、能力に合わせて動かして!
時には己の手で情報を得て!
最後は果てにゲームを制する!
楽しいに決まってるよなーーーあ?」
こいつは狂ってる。
直感的にそう感じざるを得ない。
ゆらりと立ち上がるヒヅルは、彼と比べると尚のこと細く見える。
「人の幸せを踏みにじっていいものか!
正義であるものか、それが!」
「正義で」
すぐさまラインハルトの拳が、ヒヅルの鳩尾に入る。
「飯が食えるか!人が救えるかぁーーーッ!!」
もはや滅多うちにされ、その細い体は起き上がることすらできぬ。
太い腕に髪を乱雑に握り掴まれ、ヒヅルは問いかけられる。
「じゃあ聞くぜ。お前はなんのために戦ってるんだ?」
「僕は……」
幽かな音が、喉から押し漏れる。
「僕は、みんなの……希望になるため。
みんな……僕、期待……思い出す、セイラも……」
はぁ〜〜と大きな失望の眼差しが刺さる。
「たわごとみてぇに『きぼう』ですかあ。
そんなもんはな、ねぇんだよ」
太い手が髪を手放す。
「あったとしてなぁ、マシなんだよ。
んなモン与えられない方が。
簒奪による絶望たるやガキには想像もつくまいよ……」
ラインハルトは立ち上がり、夜空に少し目をやったかと思うと
「分かるか?分からねえだろうなぁ?
そんな世界のあり方も理解してすらいないお前が!
人に何かを与えられる訳ぁねえーーェだろ!」
急にヒヅルの頭を踏みつける。
砂の味、それを初めて知る。
「変わらねえ。俺も、お前も!
変わらねえんだよ!
自分の目的のために戦って、人殺して!
その目的がなんであれ、戦争を使ってるうちはなぁ!
下手したら俺の方が真っ当さ!
お前は独りよがりの正義の押し売りよ、それが!
押し付けがましいこと。
思想の押し売りなんざ、迷惑極まりねえ!
だから言ったんだよ、『正義で人が救えるか』ってなぁ!」
その言葉を最後に、近くに見えた星の海がどんどんと遠くの闇へ消えていった。
「あぁ、死んだか?
こんなタイマンの喧嘩で死ぬくれぇなら、せめて戦争ゲームの敵駒として死んでくれや。
じゃあな、近いうち試そうじゃねえか。
お前と俺。どっちの言い分が選ばれるかをよ」
そう言い残し立ち去るラインハルト。
だが最後に投げかけられた一言は、既に闇に溶けたヒヅルの意識には入ってはこなかった。




