第80話 Red Herinngは彼女なのだろうか?
【ライナーノーツ】
タイトル元ネタ:東方Projectの「U.N.オーエンは彼女なのか?」とニシンの燻製から。
どちらも小説「そして誰もいなくなった」に関連します。
「ことの始まりは、カンナギが急襲されたことより始まりました」
ヒヅルとマサヒコが剣を交えていた頃。
ミランダとジェイは伊忌島での戦いの顛末を、ナギヒコに報告していた。
脚色や語り一才の無い、あるがままの事実。
いつもよりワントーン低い、ミランダの毅然とした声が厳かで暗い部屋に響く。
カーテンの隙間から差し込む光が彼女を照らす。
「…………そして、ヒヅル・オオミカがアマテラスを駆り、同士討ち寸前の状態でラインハルトを打倒。
敵陣の撤退により勝利の形となりました。
以上です」
「ふむ、ありがとう。船出の前から君達には苦労をかけさせてしまった。
艦長・副艦長に、チョウやクルー達。そしてヒヅル……誰が欠けても沈んでいたことは明白であろう」
ナギヒコが赤い瞳を、鋭い眼光をそれぞれ見つめる。
言葉には安堵と労い、そして深い優しさが込められている。
「だが、誠に気がかりなことが多いことよ」
「フム、お前も……いや、ナギヒコ様もそう思いますか」
「ジェイ、艦長として皆を疑いたくはありませんが……」
ミランダがひと呼吸おく。
一寸の沈黙に、部屋の空気がわずかに緊張の色を帯びる。
「スパイが潜んでいる」
考え直せばおかしいのだ。
カンナギ隊の結集地点がバレていることも。
ヤクシャやキャーシャの機体データが敵に漏れていることも。
ガーンディーヴァのデータが改竄されていたことも。
他にも不審な点は数多くある。
秘密裏に何かしらの工作があると疑わざるを得ない。
「いる、ということか。ネズミが」
「その通りかと。艦長、申し訳ないが乗員リストを見せてくれないか」
「用意してあります、こちらです」
ミランダの小さな手から、ナギヒコの厳しい手にタブレットが渡る。
文字の羅列が、画面の上を流れゆく。
マテオ・ガルシア、ハイム・エーデル、フィオナ・ベッシ……。
ところがそこまで来たところで、ナギヒコの手が止まる。
「ム、この『フィリス』という者は?
選抜者の中にこんな名はいなかったはずだ」
差し込んできていた光が消える。
太陽が雲に遮られたのであろう。
途端に部屋の空気が薄寒くさへ感じる。
「し、しかし彼女は最前線で敵と命のやり取りをしてきました。
そんな彼女が裏切り者とは、私には考えられません」
少々弱々しく、か細くなりつつある声で己が思いを主張する。
強い言葉で否定したかった。
しかし、彼女が素顔を見せたがらないことや出自がとんと不明なことなど、キッパリと否定できる要素が無かったのも事実だ。
「艦長、ワシにも気持ちはわかる。
違うと信じることは信頼とも言えるが本当にそうだった時は、たかを括って寝首をかかれたとも言える。
対策を講じるに越したことはないだろう」
それは、確かにそうなのだ。
改めて鑑みれば、見た目からして怪しげなひとを無条件に大丈夫だと言えるだろうか。
ミランダは深く息を吐くことしかできない。
「わかりました。フィリスの、いえ彼女含め主要な乗員の監視を強化し、その行動を詳しく調査します。
ただし、彼女を疑っているという素振りは見せないよう気をつけます」
ナギヒコは頷いた。
「辛い判断をさせてしまったな」
「いえ、責任であれば」
「ワシからも、セキュリティシステムの見直しを提案します。
データへのアクセス権限を厳格化は必須だろう」
ナギヒコはウム、と頷く。
「だが、真のスパイが誰かは未だわからぬ。
眼前の事象に目が眩むなかれ、常に視野を広くもつのだぞ」
無言が続く。
3人の足が、カーペットに深く沈み込んだ。




