呪い その2
「……わかりません。私が着いた時には、もう既に全壊しておりました」
……そんなの、言えるわけがなかった。
頭に浮かんでしまった可能性。それが拭い切れるまでは話すのはリスクだ。
「じゃあ、宗太郎くんはなんでボロボロに倒れてたの?」
(……いたって当然の質問だ)
しかし、それに対する回答も持ち合わせているはずだ。
「現場に到着した途端、背後から何者かに襲われたのです。おそらく、第二防衛基地も背後から襲われた何者かによって壊されたものかと……」
顔色1つ変えず、冷静になって桃鈴様の顔色を伺う。俺の回答を受けての桃鈴様の顔は、こちらを見守るようなにこやかな笑顔のままだが、今の俺にはその笑顔をすら怪しく感じてしまった。
俺と桃鈴様の間には数十秒の静寂が流れた。それは心地よい静寂でも、親密だからこその雰囲気でもない。あまりにも嫌過ぎる苦しい……気まずい雰囲気。
正直、俺を含めた護衛騎士団と桃鈴様の仲は悪くはないと思っていた。だが、それも過去の話だと、ひたいから流れ落ちる冷や汗がそれを物語っていた。
その静寂に俺は何も答えることができなかった。いつもなら出てくる雰囲気を変えるための言葉も、桃鈴様の笑顔を前に、喉に蓋をされたかのように出てこなかった。
よって、静寂を切り開くのは必ず桃鈴様からになる。そして次に出てくる言葉は、俺の返しが本当かどうかの再確認のはず。少なからず問い詰められるはず。そう思っていた俺にとって、静寂を開くために使った桃鈴様の言葉には大層驚かされた。
「……そっかぁ。大変だったね……ほんと、お疲れ様」
「…….え」
桃鈴様の口から出たのは、問い詰めるための言葉ではなく、その真反対に位置するねぎらいの言葉だった。
「ふふっ、なにその顔」
あまりに自分がすっとんきょうな顔をしていたのか、母性を感じる微笑みから柔らかい声が漏れ出た。なんとも美しくかつ可愛らしい。これが自分に向けられていると思うと、気持ち悪い笑みが顔に出そうになる。
それと同時に自分が恥ずかしくなる。こんなにも俺のことを心配して、助けてくれただけでなく、わざわざ俺の目が覚めるまで待っていてくれていたのだ。生半可な感情の矢印ではここまでやらない。
それに、少し様子がおかしかったのも、戦争に参加しているための緊張感と考えれば少しもおかしくない。むしろ超人たる桃鈴様に残った女の子の部分と考えれば正常でとても可愛らしく映る。
(そうだ……やっぱり、桃鈴様は桃鈴様のままだ……心優しい、桃鈴様のまま……)
「ふふ……とにかく、目が覚めてよかった。心配だったんだよ? でもなんだかんだ元気そうだし、僕はこの辺で失礼しよっかな!」
桃鈴様はピョコンと少し跳ねた後、俺に少し会釈をし、俺に背を向けた。
(桃鈴様……)
俺の体から桃鈴様の熱が引いていく。嫌だ。言って欲しくない。名残惜しい。様々な言葉に出せない嫉妬深い感情が渦めいていく。
「ぁ……」
もう少しだけ……たった6文字の言葉すら出てこない自分の口にも、桃鈴様が様々な人に必要とされていることを知っていながら、自分のために時間を使ってほしいと思う自分自身にも腹が立つ。
でも、こんな数秒でその感情の整理はできなくて、複数の動作を行ってフリーズしたパソコンみたいに伸ばしかけた腕がピタリと止まって。
「あ……もう、どうしたの? もうちょい居て欲しいの?」
それに気づいて、桃鈴様が振り返ってくれるのが嬉しくて――――
「大丈夫だよ。橋波くんが嘘をついているのはわかってるから! 次は尋問しに来るねー」
「……ふぇ?」
脳どころか、脳髄まで動かなくなるのが感覚でわかった。




