正体
田中伸太。その男に対しての俺の最初の印象は、"どこにでもいる一般の高校生"だった。
どこにでもいそうな顔立ち、平均的な身長、平均的な体重、平均より少し悪い位の学力、弱すぎるスキル、筋肉がついているわけでも、デブというわけでもない体格は、やつに唯一の長所がなければ、ザ・モブと言いきっていいほど普通のやつだった。
その唯一の長所とは……桃鈴様に、特別な感情を向けられているということ。
その特別な感情というのが、恋愛感情なのか、家族と同じように扱う親愛からなるものなのかは定かではない。ただ、側から見て並々ならぬ感情を向けられているのは明確だった。
当然のことだが、桃鈴様は我ら護衛騎士団以外からも尊敬と畏怖を集める崇高なお方だ。
しかし、そのほとんどが感情を表に出してもあしらわれ、かわされ、ふれあいたい欲求を抑えながら過ごしているのだ。
そんな中で、桃鈴様から積極的に話しかけられ、それをあたかも当然のように受け止め、挙句の果てには断ったりもする。そのような存在がいるという光景を目の前で見せられて、嫉妬の感情を抑えられる者はいなかった。
そうして始まったのが、学校全体で行われた嫌がらせだ。嫌がらせのレベルは多岐に渡り、ハブったりするものや単純に暴力を振るったり、今考えてみれば嫌がらせの範疇を超えたものもあった。
そんな一般的な人間でありながら、嫉妬した者たちの嫌がらせを一心に受け、それと同時に桃鈴様の寵愛も一心に受けてきた人物。
それこそが田中伸太。"無能力者"というレッテルを張られた唯一の人間である。
それが今……黒ジャケットの正体として、目の前に現れた。
「ほ、本当に……本当に田中なのか?」
正体を知って1番最初に出てきたのは、当たり障りのない再確認の言葉だった。それを聞いて黒ジャケット……いや、田中伸太はため息を吐いて答える。
「俺の顔を忘れちまったのか? どこからどう見ても田中伸太だろ? お前らが散々いじめてきた田中伸太じゃねぇか……忘れたとは言わせねぇぞ」
忘れるわけがない。ただの嫌がらせの対象ならまだしも、お前の名前は1番尊敬する存在から、湯水のように溢れ出てきていたのだから。
「ゆ……行方不明だと……聞いていたのだが」
田中伸太はある時を境に姿を消した。その時から桃鈴様は少し様子がおかしくなっていった。
最初のほうは友達を失ってしまったショックによる一時的なものだと思っていたが、それが思った以上に長く、深く続いてしまった。
「んあ? あー……確かに、そんな話だったな……で? それがなんだ。俺は東京派閥でお前の言う通り行方不明になった。そんで黒ジャケットになったんだ……なんもおかしな話じゃないだろ?」
「…………」
(た、確かに……確かに黒ジャケットなる存在が現れたのは、田中が姿を消したのとほぼ同時期に現れた……おかしな話じゃない……おかしな話じゃない……が……)
田中の方をチラッと見やる。そこにいるのは、黒いジャケットを見に纏った田中伸太の姿。だが、そこに立っているだけではなく……いや、田中からしたら立っているだけなのかもしれないが……
(この気迫……ただ者ではないオーラは……!)
桃鈴様からも時折感じる強者の風格。それを田中はただ突っ立っているだけで、こっちを見ろと主張するかのように放ち続けていた。
(俺の知る田中はこんなじゃなかっただろ……!? こんなの……俺ら……なんて……)
「で、だ。俺はこうしてお前の前に姿を見せたわけだが、取って食おうってわけじゃないんだ」
「……あ?」
(取って食おうって……わけじゃない?)
その言葉が妙に俺の心の隅に残る。
「簡単に言うとだ。利用されて欲しいわけ」
すると、田中はポケットから小さなビー玉サイズの鉄球を取り出した。
「これを飲んでもらう。こいつはお前の体に住みついて、飲んだ後に言う俺の命令に逆らったら、お前の腹の中で爆発する……」
「…………」
「自分が死ぬぐらいだったら簡単に言いそうだからな。お前は……だから爆発の範囲も相当な広さにさせて貰った。爆発しちまえば、お前の周り……それこそ、お姫様も危ないかもな?」
「……姫」
違う。そこは問題じゃない。取って食おう? お前が? 無能力者のお前が? 俺に向かって?
心臓の部分からぐわぐわと吐き出したくなるような何かが侵食し始めて、視界が歪んでいくのを感じる。血が沸騰し、その勢いで血管が切れる。
「……ふざけるな」
(お前ごときが……お前程度の人間が……)
「桃鈴様に可愛がれられてるだけの……お前がああああああああああ!!!!」
デュールウィングを手に取り、思いっきり振り上げた。
明らかに冷めた目をした田中伸太に向かって。




