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「よし、反省文組以外は全員そろっているな?」
一階の実習室前に、楽しそうに表情を緩めたフォーティアの生徒たちが並んでいた。
「ここが第一実習室。隣が第二実習室だ。フォーティアの授業で使うのは、主に第一のほうだから、間違えるなよー」
アッシュは『模擬戦闘実習室利用案内』と印刷されたプリントに目を落とした。
一つの実習室は広さ約二百平方メートル、高さ八メートル。廊下に面した壁の顔の位置にずらりとはめこまれている窓は強化ガラス製らしい。このガラスと出入りするためのドア一つ以外は、衝撃緩衝材で床から天井まで、全面覆われているとのことだった。授業で使われていなければ、誰でも自由にここを使えるようだ。
ジロットがリビドーで実習室の中を照らし、ひとまず全員中に入れた。
「まー、見ての通りだいぶ広いが、ここはアヴァターラ同士による模擬戦を想定して設置されているし、実際アヴァターラの戦闘能力を上げるための訓練を目的に、ここの利用申請をする奴がほとんどだ。もし、授業時間外に利用するときがあったら、お互い譲り合うなりなんなりして気をつけろよ!」
『はーい』
「あと、今回の実習はあくまで手合わせだ。その目的は、クラスメートのアヴァターラがどんなものかを知ることと、アヴァターラの試合がどういうものになるかってのを、分かってもらうことにある。五分経ったらオレが指示を出すから、すぐに部屋から出てこい。人によっちゃあ不満もあるかもしれないが、時間内にここにいる全員を回さなきゃならねえんだ。うだうだ言わず従えよ!」
素直に返事をするかたわら、「つまんねー」「決着つくまでやろうぜー」と言う声も僅かながらに聞こえた。が、ジロットはそれを黙殺した。
「じゃあさっそく始めるぞ! 何度も言うが、今回はあくまで手合わせだからな。相手を叩きのめすことが目的じゃねえぞ!」
ジロットはそう声を張り上げると、名簿を見て二人の生徒の名前を呼んだ。彼ら以外は外に出て、ガラス越しに見学だ。
「なあなあ。ちょっと楽しみだよな。誰がどんなアヴァターラを持ってるか気になってたんだよー」
一戦目に名前を呼ばれなかったイルダスが、同じく呼ばれなかったアッシュに話しかけた。
「まあ、そうだな」
そして頭一つ分高いところから、盛り上がるクラスメートたちを見回した。
(確かに個々のアヴァターラがどんなものかに興味はあるが……。チッ、模擬戦か)
不満そうに眉を寄せたアッシュに気づかず、イルダスは肩をぐるぐると回した。
「くー、腕が鳴るぜ! 早くオレの番になんねーかなー」
「まるでお前自身が対戦するような言い方だな」
アッシュは嘆息して壁にもたれかかった。イルダスも両手を首の後ろに回して横に並び、壁に背中を預けた。
「あー、でもマジで久々だなー。週三の模擬戦の授業が、受験前だからって週一回に減らされたんだぜ? 受験前のほうがストレスたまんのに、どこで発散するんだっつーの」
「週三回も模擬戦をやっていたのか? 三年間?」
珍しく怪訝そうなアッシュの声に、むしろイルダスが驚いたように目を白黒させた。
「え? それが普通じゃねえの?」
「俺は二年生の一時期体育でやっただけだった」
いい思い出はない。誰と対戦するにしても、自分が呼びだすアヴァターラは男性形のアニムス。向けられる視線は侮蔑と恐怖を多分に孕んでいた。
そのころを思い出して下唇を噛んだとき、
「幼きユーウェンは、体育の授業の一環で毎年十回ほどやっていたな」
「うおお!」
いつの間にかイルダスの横に立っていたユーウェンが会話に混ざってきた。イルダスが派手に体を仰け反らせる。
「いたのかよ、お前!」
「いたとも」
「さっきお嬢のほうにいたじゃん」
「彼女はすぐに、一獲千金を狙う輩に取られてしまったよ」
ユーウェンは残念そうに肩をすくめたが、そこには若干の不満があった。
「傷心中のそこへ、君たちの会話が聞こえてきたというわけさ。……週に三回も模擬戦の授業があるとは、おそらく君のような授業体系のほうが珍しいぞ? フルーティ。もしや君は、このメトロポリスの出身かね?」
「え? ああ、そうだけど……。あれ、オレお前にそんなこと言ったっけ?」
「なに、少し考えれば分かることだ」
片目をつぶって人差し指を立てたユーウェン。イルダスが答えるよりも早く、
「……ああ、なるほど」
その横で一連の会話を聞いていたアッシュが頷いた。
「コロッセオか」
「正解だ」
にんまりとユーウェンは笑った。
「ええ? コロッセオってなんで……ああ! そっか!」
ようやく得心がいったのか、イルダスが手をポンと叩いた。
コロッセオ。メトロポリスの西に隣接された、闘技場という意味の名前を持つ円形の巨大な石造物だ。ここは、年に二回登録してある選手たちのアヴァターラがトーナメント式で優勝を巡って戦う場所だ。
程度の差はあれ、人の身以上の戦闘力を有するアヴァターラ。誰もがそれを持つようになれば、当然どちらのアヴァターラが優れているか、腕試しをしようという流れが起きる。そこで作られたのがコロッセオという場所でありシステムだ。
これを野蛮だと謗り、本来のアヴァターラの意義から外れすぎていると主張する意見はあるが、それはほんの一握りの、少数派の意見だった。
「やっぱコロッセオの覇王とかは憧れだよなー。カッコいいし。強くなりたいってのはよく分かる」
イルダスのような若者の意見も、コロッセオの存続に一役買っている。特にメトロポリスは、すぐそばにコロッセオがあるせいか、その選手の育成に力を入れている学校が多いのだ。
「アヴァターラの本分は戦いじゃない。生徒にアヴァターラ同士を戦わせる技術を教えたところで、メリットはない。それなら、もっと他のことを学ばせたほうがいい」
「それなのに、フルーティ。君は週に三回もアヴァターラの模擬戦の授業を受けていたと言う。そんな特殊なことをするのはメトロポリスの学校ぐらいだ。まあ、田舎でもそんなことをしている学校はあるかもしれないが、君が議員の息子だと考えると、間違いなく出身校はメトロポリスの学校だろうよ」
「なるほどなー。つか、本当に他の地域の学校って、模擬戦の授業少ねえんだな」
「……アヴァターラはものじゃないんだぞ。そんなに闘いが見たければ、人間が闘えばいい」
コロッセオに反感を持つ、数少ない人間の一人であるアッシュは、嫌そうに顔をしかめた。なんと答えたものか、イルダスが頭を悩ませたとき、ジロットの怒鳴り声がして飛び上がった。
「そこ! ちゃんと見てんのか!?」
「す、すいませーん」
慌てて窓辺に近づき、室内をのぞきこむ。ちょうど、腰布だけをつけた筋骨たくましいアニムスが、剣と盾を構えたアニマの体の横スレスレに、棍棒を振り下ろしたところだった。すかさずアニマが剣をアニムスの顔面めがけて突きだす。
「おおー。白熱してんなー」
「ふむ。見たところ、魔術型ではなさそうだな。身体強化型か?」
「どうだろうな。あまりに強すぎる魔術型固有能力を持っているせいで、普段は使わないようにしているのかもしれないぞ」
アヴァターラも生命活動を行う生物なので、不可視のエネルギー・リビドーを有している。これをアヴァターラは固有能力という形で、様々な『力』として顕現させる。力の顕れ方には個性があり、魔術型や身体強化型、超能力型などに大別される。全てのアヴァターラに共通する基礎能力としては、銀の玉を核にした武器生成能力と防衛術式と呼ばれる六種類の防御魔法だけだと言われている。
しかし、アヴァターラは人の無意識を具現化したモノであるが故に、人の身以上の力を発揮することができる。アヴァターラのリビドーの使用に関しては、十分に気をつけなければならない。そういったことを学ばせるという意味合いも、この実習には含まれているのかもしれない。
「よし、そこまでだ!」
ジロットがドアを開けて、声を張り上げた。
途端に二人のアヴァターラはぴたりと動きを止め、二言三言、言葉を交わしてがっしりと握手を交わした。生徒同士もにこやかに話をしながら帰ってくるのを見て、よしっと頷いたジロットは、次の二人の名を呼んだ。
「んじゃ、次なー。イルダス・グランツェ、ユーウェン・ネストリアス!」
「お?」
「ほう」
イルダスはキラキラと目を輝かせ、ユーウェンは唇を吊り上げた。
「お前とかー。よろしくな、ユーウェン!」
「ふっ、つくづく縁があるらしいな。お手柔らかに頼むぞ、フルーティ」
「いーや。お前は強敵だとオレの直感が告げている。最初っから全力で当たらせるからな」
「ならば、仕方ない。華麗なるユーウェンとその化身、初の舞台にてかく戦えり、というのを見せて差し上げよう」
そしてニヤリと笑い合うと、二人は同時に振り返って言った。
「アッシュー。ちゃんと応援しといてくれよー!」
「我が素晴らしきアニムスの戦いを、ぜひともその綺麗な目に焼き付けてくれたまえよ、灰色狼」
「いいからさっさと行け」
呆れた顔で手を振る。
二人が室内で十分な距離をとったのを確認して、ジロットが指示を出した。
「よーし。じゃあ二人とも自分のアヴァターラを呼びだすんだ」
二人とも利き腕とは逆の腕を前につきだした。鉄製のブレスレットがチャリッという軽い音を鳴らす。
「了解! 起きろ、ミルサ!」
「承知した。……遠き眠りの淵より、目覚めよカゾール!」
ブレスレットの一部が声にあわせて開き、中から黄緑色の物体が飛び出してきた。それらは空中で人の姿を成すと、静かに床に降り立った。
アヴァターラは、人間の姿をしているが、その肌の色は半透明の黄緑色である。とはいえ目や鼻などの凹凸はくっきりしており、男性形と女性形の違いもはっきり表れる。
「久々の戦いね? わお、楽しみー!」
両手を組んで体をくねらせたイルダスのアニマは、全体を上から下まで埋め尽くさんばかりに小さな花が刺繍された服を着ていた。それがまた赤や緑、黄色やオレンジなどカラフルな色づかいであったため、少し目に痛いぐらいだった。明るい茶髪の上に、濃い緑色のとんがり帽子をかぶって、なぜか腰には角笛を下げている。
ひるがえってユーウェンのアニムスは、緑の羽付き帽子をかぶり、緑のケープを身につけ、緑のズボンをはいていた。全身緑の中で、帽子の横で揺れている赤い羽と金のボタンがやたらと目立っている。腰のベルトには、布製の鞘に納められた短剣があった。彼は姿を見せると同時に、帽子をとって観客に向けて一礼した。
「はじめまして、美しいマドモアゼルたち。私の名前はカゾール。どうぞ、お見知りおきを」
黄色い声とともに、何人かの女子生徒が拍手をする。それに手を振って答えるカゾールを見て、ミルサは唇を尖らせた。
「何あれ、感じ悪ーい。あたし、ああいうの嫌い!」
「おい。そういうのはせめてもう少し小さい声で言え。相手に聞こえんだろ」
「聞こえるように言ってんのよ!」
ぽかっとイルダスは自分のアニマの頭を叩く。しかし、カゾールはまったく気にせず笑顔で答えていた。
「いやいや、あなたのそのふくれた顔も実に愛らしい。とても魅力的な女性だ」
「……あたし、そういう上っ面だけの褒め言葉が一番嫌いなのよね。だから、あなたのことは気に入らない。ぼっこぼっこにしてあげるわ」
「それは恐ろしいことだ」
カゾールは肩をすくめると、どこからともなく取り出した銀の玉を握り、金の竪琴を生成した。
「私をぼこぼこにするなど……さて、あなたにできるかな?」
「やれないはずないでしょ?」
強気な笑顔を浮かべ、ミルサはポケットから直径一ミリほどの小さな銀の玉を取り出して握り込んだ。
「よーい、スタート!」
しかし、ジロットがGOサインを出しても、アヴァターラたちはすぐには動かなかった。
「あれ、なんで動かないの?」
「早くしろよー」
ヤジがとぶ中、アッシュは冷静にアヴァターラたちの行動を分析した。
(……本物の戦闘において、先手必勝が通じることは少ない。相手が自分と相性の悪いタイプだったら最悪だからな。普通は相手の出方を見て、その能力を見極めてから仕掛けるものだ。今回は特に、前情報がない状態だからな)
室内の二人も同じ考えだった。が、このままでは模擬戦の意味がない。そこでカゾールはミルサに提案した。
「ではレディ・ファーストということで、あなたから攻撃をどうぞ」
「あのね、レディ・ファーストっていうのは、女のことを一番に考えるってことであって、女を一番に持ってくるってことじゃないのよ」
ミルサは不満そうに言い返した。それは予想済みだったのか、特に何かを言い返すことなく、カゾールは竪琴を構えた。
「ならば、私から手札を切らせてもらいましょうか」
「その上から目線が腹立つわね。……いいわ、なんでもきなさい。返り討ちにしてあげるから!」
ピンッという澄んだ竪琴の音が合図だった。
「生まれるE 崇拝せよ、讃美せよ、感謝せよ
春の息吹とともに、真空の刃は羽ばたかん」
ヒュンヒュンといううなりを生じて、風の刃がミルサに襲いかかる。
「正義!」
カードを一枚生成し、ななめに振り下ろした。するとミルサの前に見えざる強固な盾が現れ、カゾールの攻撃を防いだ。さらには一本の巨大な光の刃が、カゾールを一刀両断にせんと放たれた。カゾールはそれを上空へ飛び上がって避ける。
「ほう、あれを弾くか」
ユーウェンは軽く目を見張り、あごに手をあてて呟いた。
ミルサは得意そうに声を張り上げる。
「正義は悪を滅ぼす剣であり、悪を寄せつけぬ盾でもあるのよ!」
「なるほど、おもしろい」
ミルサはさらにカードを一枚生成して、カゾールに投げつけた。
「さあ、あなたはこの清浄な光に焼かれて、地に倒れ伏すといいわ! 星!」
カゾールはミルサの言葉の意味を推し量るように一瞬目を細めたが、すぐに竪琴を爪弾いて唱えた。
「堂々たるF 聖なる青、蒼海を越えて
顕現、構築、そびえ立つ回廊 凍れる命は満ち満ちて」
カゾールの目の前に蒼く輝く氷の壁が築かれた。
(これで熱は防げるはずだ……)
しかし、ミルサの投げたカードが蒼氷の厚い壁に触れたとき、爆発的に広がったのは高温の風でも炎でもなく、光だった。
「くっ!?」
「キャッ!」
「! まっぶっしー!」
カゾールだけでなく、見学していた生徒たちも悲鳴を上げて顔を背けたり、目をつぶったりした。
(ただの目くらましか……! 当てが外れたな。次はどっちから仕掛けてくる?)
目を閉じたまま、耳に全神経を集める。右のほうでカツッという小さな音がした。
「そっちか!」
すぐさまカゾールはその場を飛び退き、竪琴を構えた。見破られたミルサはぱちくりと目をしばたいた。
「へえ、耳がいいのね。すごい! ……けど」
大きく腕を振りかぶる。
「関係ないのよね!」
「巡るA 吐息の流れは火の巡り……」
「抑圧!」
ミルサの握り拳から凄まじい圧力のかかった衝撃波が放たれ、カゾールは壁にめり込む勢いで叩きつけられた。
「がっは!」
「カゾール!?」
美しく勝つことを信条とする自分のアヴァターラが、何もできずに吹っ飛んだことにも目を見開いたが、何よりもユーウェンを驚かせたのは、ミルサのその攻撃だった。
「……話に聞いたことはあったが、まさか本当に使う奴がいるとはな」
ユーウェンの手に汗がうっすらとにじんだ。
「防衛術式の攻撃転化……。しかも非常に強力と見た」
全てのアヴァターラに付与されている六種類の防衛術式だが、その威力には個体差がある。訓練次第で強化することもできるが、そこにはリビドーの潜在量が多いほうが能力値が高いという絶対性がある。また、本来は防御魔法である防衛術式も、こうして攻撃に転用することもできる。しかしそれが示すことは、場数を踏んで戦闘慣れした強敵だということだ。
「さすがは世界一の高等学校。集められたアヴァターラの質も、地方とは段違いか」
だが、とユーウェンは笑んだ。
「どう? すごいでしょ!」
腰に手をあてて、胸を張るミルサは気がついていない。
「圧するD 疾く去ね、夜の馬 私に眠りを与えるな……」
カゾールが指先だけで小さく竪琴を奏で、次の呪文を紡いでいることを。
「……かつて」
「え?」
ミルサがユーウェンを振り返る。彼女と目を合わせてユーウェンは、
「何度となく世界に囁かれたことだろうよ、愉快な愚者……。『過ぎた自信はその身を滅ぼす』とな!」
「全ては醜く平伏す弱者のために!」
ユーウェンのセリフと同時に、カゾールの呪文も完成した。
ミルサの周りにだけ、普段より何倍もの重力がかかる。
「うあん!」
ミルサがベシャッと音を立てて床に倒れ、そのまま動けない。
「ミルサ⁉ くっそ、同じ圧力系でかえすとか、負けず嫌いかよ、お前ら!」
「勝ちたいと願うならば、当然のことではないかね」
うぅ……と呻きながら、ミルサは立ち上がろうとして、すぐにまた床に叩き付けられるということを繰り返していた。
「ふう……。無理に立ち上がろうとすると疲れるだけですよ? マドモアゼル。心配しなくてもすぐに解除されますから……。ほら」
ふっとミルサを押さえつけていた重力が消え、彼女は激しく咳き込んだ。
「ゲホ、ゲホ、ゴホッ!」
ミルサが床にうずくまって咳いている間に、カゾールは服に着いた埃をはらい立ち上がっていた。
「どうです、私の詩も妙々たるものでしょう?」
「まったくね!」
がばっとミルサは立ち上がった。その猫のように大きな瞳は、さっきよりも爛々と輝いていた。
「ここまでのしてやられた感は久しぶりだわ。けど、もう油断はしないわよ!」
「それはこちらのセリフですよ、マドモアゼル。今度こそ、私の固有能力・ミンスタールで美しく散らせてあげましょう!」
カゾールが竪琴を構え直した。
「やれるもんならやってみなさい。私のトリックスターで完膚なきまでに叩き潰してあげる!」
ミルサが二枚のカードを投げ放った。それを横に飛んでかわしたカゾールは、その一瞬の間にカードの図柄を読み取った。
(杖のⅣとⅧの『力』か……)
ミルサの固有能力は、タロットカード七十八枚を用いたものだ。一つのカードにつき攻撃形態は一つだが、カードを複数枚組み合わせることで、より多彩な攻撃が可能になる。
(カードの意味がそのまま攻撃になるとも限らない。初見の試合では、何が来るか見極めることはほぼ不可能か……!)
いまカゾールにできるのは、どんな攻撃であっても対応できるように距離をとることだけだった。
二枚のカードが床でぶつかったとき、うねる巨大な四本の枝がカゾールに向かって伸びてきた。
「なんとっ!?」
「どう? それは敵を捕まえるまで消えないわよ!」
「植物である『杖』の成長力を、『力』のカードで増幅させた? 素晴らしい!」
枝と枝の間をくぐり、床を蹴り、カゾールは軽々と避けながら賞賛を送った。
「当たり! ほんと、腹立つぐらい読みのいい男ね!」
「お誉めにあずかり光栄至極。ではその礼として、良きものをお見せしましょうか」
「良きもの?」
ふっとカゾールは微笑み、ポロロロンと長めに弦を爪弾いた。
「灼き尽くすG」
たったその一言で、踊り狂っていた枝に火がつき、あっという間に燃え落ちた。
「うっそ! すごい!」
ヒューッと甲高くミルサは口笛を吹いた。
「あなたの呪文って短縮できるのね。ひどいじゃない、こんな裏技を隠しとくなんて」
「あなたを驚かすことができたなら、それは重畳」
クイッと軽く帽子のつばを押し上げて不敵な笑みを浮かべるカゾール。それに対して、ミルサは流れてもいない涙を拭う振りをした。
「ほんとにひどい。おかげで目論みが少しずれちゃったわ」
「目論み、とは?」
ミルサの右手でカードが光る。
「あなたの魔術は発動までに時間がかかるうえに、他の魔術型のアヴァターラと同じく本人の運動能力はわりと低め。だから……」
光が消えたとき、彼女の両手には輝きを放つ剣が握られていた。
「勝負を決するには、直接的な物理攻撃に限るっていう目論みよ!」
言い終わる前に、ミルサはカゾールに向かって切りかかっていった。カゾールは少々困ったような顔で上唇をなめた。
「なんと乱暴な……。しかし、そう思われているならそれはそれで不本意」
「何をぶつぶつ言ってるの……っかしら!」
カゾールはミルサの一撃を短剣でいなし、足払いをかける。バランスを崩したミルサだったが、器用にも剣を握ったままバク転して距離をとり、体勢を整えるとすぐにまた切り込んできた。
「そう簡単に私を倒せるとは思わないでもらいたいものだ!」
「上等!」
結局、この組は決着がつかないまま五分が経ち、強制終了となった。




