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パンゲア王国の異端児譚  作者: 霧ヶ原 悠
第二章  出会いは人に不幸せと幸せを運ぶ
8/21

 一つ階を上がり、ユーウェンとクラリネス(とレナ)が教室のドアをくぐったとき、一気に教室の中が騒がしくなった。

 アッシュと少し遅れていたイルダスは目を白黒させて立ち止まった。ドア付近一帯に生徒が集まり、とても入れそうにない。

 「あの、クラリネス・レインハート様ですよね」

 「ええ、そうですわ。あなたは?」

 「あ、えっと、私、ナタリア・カルロと申します。クラリネス様とは以前一度だけですが、パーティーでご一緒させていただいたことがございまして……」

 「ああ、思い出しましたわ。イエレッタ市の前々市長の娘さんでしたわね。同じクラスになれてうれしいですわ。これからよろしくお願いしますね」

 「!! は、はい! こちらこそ、よろしくお願い致します」

 「あ、あの! クラリネス様! お久しぶりでございます!」

 「あら、あなたは……」

 「はい、ウェズリー・バロニッタでございます!」

 「バロニッタ社の者ですね。そちらの化粧品は、私もよく利用させていただいていますわ」

 「光栄でございます! ありがとうございます!」

 「クラリネス様!」

 「レインハート様!」

 「……なるほど」

 クラリネスは、方々から聞こえる声一つ一つにきちんと返事をしていた。純粋な好意やただの興味、下心もあるだろう。その横で、レナが油断なく目を光らせていた。

 「さすが。レインハートの名前は伊達じゃないな」

 「そういえば、お前はいいのか」

 「オレ? いやー、今行かなくてもクラスメートなんだから、交流する機会はあるって」

 「そうか」

 教室のドアは二つあり、目の前のドアからは到底入れそうにないので、もう一つのドアから入る。

 そして気が付いたが、クラスの生徒全員がクラリネスのところに集まったわけではなかった。何人かは、遠巻きにそれを眺めているだけだった。

 「座席表は……見当たんねーな」

 黒板にも、どこにもそれらしきものは見当たらない。ただまばらに、机の上に指定鞄が置いてあるだけだ。

 古今東西座席の法則『前の席は好まれない』を信じて、一人で前の席へ行こうとしたアッシュは、肩をイルダスに掴まれ、つんのめった。

 「おい」

 「なあなあ。ちょっと聞きたいんだけどさ」

 抗議したげなアッシュをさらりと無視して、イルダスは自分たちのすぐ近くの席で前後に座って話していた女子生徒二人に声をかけた。

 いきなり声をかけられた女子生徒たちは、驚き怯えたようだった。

 「は、はい!? な、なんでしょうか……?」

 彼女たちの警戒心を溶かすように、イルダスはニコッと笑って教室中を示した。

 「席って自由な感じ? 好きなとこに座っていいのか?」

 「た、たぶんそうです、はい……」

 「そっか。ありがとな」

 キラッと白い歯を光らせて、イルダスは片手をあげた。二人はそれを見て、小さく「キャー!」と黄色い声をあげていた。

 「すっご! かっこいいー」

 「こんなイケメンがいるとか、超ラッキー!」

 それを特に気にした様子もなく、イルダスはアッシュのほうを向き、教室を見回した。

 「だってよ。どこに座る?」

 「……罪作りな奴め」

 「え、そう? 照れるなー」

 ナハハと笑うイルダスを見て、アッシュは思った。

 (あの二人にさっきまでのこいつを見せてやりたい……)

 幻滅することは必定だろう。

 「どこか空いてるところあるか?」

 「さあな。座っていてくれれば分かりやすかったんだが、ほとんどがレインハートの方へ行ってしまっているからな」

 「前の方なら空いてるかもなー」

 「そうだな」

 連れ立って机と机の間を歩いていると、突然アッシュは何かにつまづいて前に倒れた。

 「アッシュ!?」

 前を歩いていた友人がいきなり倒れ込んだので、驚いたイルダスが慌てて手を伸ばす。幸い、アッシュは片足をつくことができたので、無様に顔を冷たい床にたたきつけることはなかった。

 「あ、わっりー。オレ足長くてよー」

 いすから足を伸ばした男子生徒がニヤニヤと笑っていた。周りにも同じように笑う男子生徒が二、三人おり、そろいもそろって制服をだらしなく着崩していた。内の一人は音を立ててガムをかんでいた。

 (絵に描いたようなチンケな野郎どもだな)

 アッシュが彼らを睨み、何かを言う前にイルダスが食ってかかった。

 「お前! 今のわざとだろ!」

 「は~? 知らねえし~」

 「そいつが勝手に転んだんだろ~」

 「て、てめえら……」

 イルダスが拳を握りしめる。

 「つーか、そいつアニムスを喚びだしたんだろ? 男のくせにな。きっも!」

 「女じゃないなら脱いでその証拠を見せてみろってな!」

 「むしろ、去勢してちゃんと女になってんじゃねえだろうな。それはすっきりしただろうな!」

 「そいつはいいや! 傑作だな!」

 ギャハハハと男子生徒たちは下品な笑い声をあげた。

 「いい加減にしろよ、てめえら! 聞いてて胸くその悪い……「落ち着けよ、グランツェ」なんで!?」

 つかみかかろうとしたイルダスを止めたのはアッシュだった。勢いよく振り返った不平満々のイルダスに、アッシュは制服の埃を払いながら言い聞かせた。

 「こいつらは図体がデカいだけの子供なんだ。それにあわせて癇癪を起こすなんて、もっと子供な奴がやることだぞ」

 「……あんだと?」

 アッシュの足を引っかけた男子生徒が、顔を歪ませた。しかし、それにビビるような繊細な神経を持ち合わせているアッシュではない。

 「大人になって相手をしてやれ」

 「あ゛!? なめてんのか、てめえ!」

 言い方がカンに障ったのだろう。男子生徒は立ち上がったが、すでにアッシュは一番前の隅の席へ歩き出していた。

 「……そーだな」

 イルダスも続いたが、まだ頬はピクピクとひきつっていた。

 「相手がガキじゃしょうがねえ。オレたちはもう大人だもんなー」

 「あ、あいつら……!」

 男子生徒たちはそれぞれ苛立たしげに歯を食いしばっていた。

 「てか、今オレの名前呼んだよな! な!」

 左右から交互に顔をのぞき込んでくるイルダスに、素直には賛同しがたく、アッシュは憮然とした表情で屁理屈をこねた。

 「……名字だ」

 「どっちでもいいんだって! いやー、やっと呼んでくれたかー。くぅ……! オレはうれしいぞ、アッシュ!」

 「……二度と呼びたくなくなった」

 「なんでだよ!?」

 感激の涙まで流しているイルダスがうっとうしくて、アッシュはふいっと顔を背けた。

 無事に一番前の端の席に座れたアッシュは、おもむろに一冊の薄い本を取り出してページをめくった。アッシュの後ろの席に座ったイルダスが、それは何かを問う前に、やや疲れた様子のユーウェンがやってきてイルダスの隣の席に腰を下ろした。

 「やれやれ。ようやく抜け出すことができたか」

 「ん? ああ、クラリネス嬢と一緒にいたもんなー。お前も一緒に囲まれてたのか?」

 「驚くべきことにな。この華麗なるユーウェンをもってしても、あれほどの人数に囲まれたことはない」

 「お貴族さまも楽じゃなそうだなー」

 イルダスが手の平の上にあごを置いてため息をこぼしたとき、後ろで「やっぱムカつく!」という大声とともに、ガゴンッという音がした。

 アッシュ以外のクラスメートの視線がさっきの男子生徒たちに集まる中、彼らはドカドカと足音荒くアッシュのほうに近づいてきた。

 しんと静まり返る教室。

 「てめえだよ、ホモデメンス野郎!」

 「なんだよ、お前ら。まだ……」

 「お前はいいんだよっ!」

 立ち上がりかけたイルダスは、取り巻きの一人に突き飛ばされて、またいすに座り直す羽目になった。

 「いって!」

 「何事かね、これは」

 「べつに。初等学生がつまんねえ喧嘩ふっかけてきただけだよ」

 ユーウェンに質問に対して、イルダスは吐き捨てるように答えたが、間髪入れずむこうずねを蹴られた。

 「だっ!?」

 「うるせえ! 黙ってろ!」

 イルダスは蹴られた箇所を押さえ、いすの上に抱え込んだ。ユーウェンは粗暴きわまりない相手のふるまいに、密かに柳眉をしかめた。

 「おい、おれらがガキだのなんだの、好きに言ってくれたな、あ?」

 男子生徒がすごんで見せても、アッシュはそれをちらっと見ただけで、すぐに本のほうに目を戻した。

 「聞いてんのかよ、おい! この学校は世界随一のエリート校で、ここに入学できた時点で、おれたちには安定した将来が約束されてんだ。なのになんで、てめえみたいな出来損ないのクズがここにいるんだよ!」

 アッシュは表情も変えない。聞く価値もない……。そう言いたいのだろう。

 「無視すんじゃねえよ! スカした顔しやがって!!」

 苛立ちが頂点に達したのか、男子生徒が乱暴にアッシュの手から本を奪い取った。その瞬間、アッシュの顔つきが変わった。

 「どんな汚ねえ手使って……がっ!?」

 アッシュの左ストレートが男子生徒の顔ド真ん中に決まった。吹っ飛んだ男子生徒が机やいすの上に倒れ込んだので、さっき以上に派手な音がした。誰かが悲鳴を上げる。

 「おっと」

 「ああああアッシュ!? お前何やってんだよ⁉」

 足の痛みも忘れて立ち上がったイルダスが、アッシュの肩に手を置こうとする。しかし、アッシュの全身から放たれる威圧感に圧倒され、手は空中をさまよった。

 男子生徒の手から離れて宙を舞っていた本をそっとつかみ取ると、ページのしわを丁寧に伸ばし、表紙を払った。

 「……るな」

 「え?」

 「薄汚ねえ手でこいつに触るな!!」

 アッシュの一喝に唖然としていた生徒たちだったが、いち早く我に返ったとりまきの一人がアッシュに殴りかかった。

 「ふざけんじゃねえよ! このカマ野郎!」

 アッシュは伸びきった相手の腕をつかみ、反対方向に投げ飛ばした。

 「ぎゃっ!」

 「どあ!」

 アッシュからみて右手にいた別のとりまきを巻き込んで、悲鳴を上げながら彼らは床にぶつかった。

 「おお、見事なものだな」

 パチパチと遠くからユーウェンが拍手を送った。彼女は、最初にアッシュが男子生徒を殴り飛ばしたとき、巻き添えを食わないようにとっさに奥へ跳び退っていた。

 「……悪い」

 「なに、気にするな」

 ユーウェンはそう言ってヒラヒラと手を振り、近くの人が座っていない机に腰かけた。そして足を組むとあごを手の甲に置き、愉快そうに唇をつりあげた。

 「面白い見せ物ショーだよ」

 その声がアッシュに届く前に、復活した男子生徒が拳を振り上げた。

 「やりやがったな、てめえ!」

 冷静に、アッシュは体をひねってそれを避けると、足を引っかけてやった。男子生徒は勢いよく倒れ込み、鼻筋をいすに強打した。

 「いっでぇーー!」

 「さっきのお返しだ」

 床をのたうち回る男子生徒に冷たく言い放つ。

 起き上がってきたとりまきたちもまた、意味のない叫び声をあげて向かってきた。

 「だああ!」

 「おりゃあ!」

 それすらも軽々と受け流し、投げ飛ばすアッシュ。

 どうしたらいいか分からないまま、ただ見守っているクラスメートたちの中で、レナだけがクラリネスの耳にささやいた。

 「お嬢様。やはりあの灰色の男、とんでもない野蛮人のようですね。もう二度と、不用意に近づかないほうがよろしいと思います」

 クラリネスは曖昧にうなづきながら、ポツリとつぶやいた。

 「とても静かに、きれいに戦われますのね。あの方は……」

 結局、現れた担任の手で、暴れていた者は全員一度廊下に連れ出され、説教をくらった。

一通り叱り終えたあと、ジロット・サイオンという名の若い教師は、短い髪をかきむしった。

 「ったく。アヴァターラを使った模擬戦の前に、人間同士で実戦をしやがって」

 それを聞いて、正座させられていた男子生徒が目を輝かせた。

 「アヴァターラの模擬戦すか? やったぜ!」

 「模擬戦っつーか、ニュアンスとしては手合わせだな。今日のウチの授業はそれだけだ……。が、リューガ・ロット以下三名! お前らは教室に残って反省文五枚書いてからだ! 書き上げてからじゃないと、模擬実習には参加させないからな!」

 「は!? なんで!」

 「おれたちもすぐにやりてえよー!」

 いっせいに文句が出る。しかし、ジロットはそれを一睨みで黙らせてしまった。

 「いいか? お前たちは問題行動を起こした。その罰を与えるのは、学校側として当然だ」

 「……なら、俺はどうなんだ」

 説教を受けているとは思えないような涼しい顔をしていたアッシュが、いぶかしげに聞いた。

 「リューガ・ロット以下三名……。そこに俺は入っていないようだが?」

 廊下に座らされていたのは全員で四人だった。

 「お前だけは別だ。一緒に書かせたらまた喧嘩しかねんだろ。お前は授業後に書いて提出だ。それに、今後の扱いを決めるためにも、お前は絶対に今回の手合わせに参加してもらわなきゃならねえしな」

 「ふん。そんな特別扱いしてもらわなくても、他の奴らとべつに変わんねえよ」

 トゲのあるアッシュの言い方に、ジロットは「あー」と困ったような声を漏らした。

 「お前の言い分はもっともだが、まあ諦めて参加してくれや」

 「……そこまでバカなことは言いませんから、ご安心を」

 眉間のしわを消しきらないまま、アッシュは教室に戻っていった。

 (メンドーなものを押しつけられたもんだぜ……)

 ジロットは大きくため息をついた。


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