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パンゲア王国の異端児譚  作者: 霧ヶ原 悠
第三章  魅せる、其は鮮やかなりし舞台なり
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 「ウェズリー・バロニッタ! ミツヤ・ランダート!」

 数名の遅刻者も含め、これで最後の一組を除いたクラス全員が呼ばれたことになる。

 「なあ、アッシュ。お前、まだ呼ばれてないよな?」

 「そうだな」

 「トリかよー。やったじゃん!」

 イルダスは何が楽しいのか、笑ってアッシュの背中をバシバシと叩いた。

 「あと残ってんのは誰だろうな。お前と一番に戦えるとかラッキーな奴。オレ、お前のアヴァターラが一番気になってたんだよ。楽しみだなー」

 「……そんなに俺を嗤いたいか?」

 アッシュがひときわ強く睨んできたので、イルダスはため息をついて唇を尖らした。

 「あのなー。すぐにそういう方向に考えるの止めようぜ。暗いぞ」

 まだ疑わしげなアッシュに、珍しく真面目な顔つきでイルダスは言い聞かせた。

 「だからさ。本当に、純粋に楽しみなんだって。正直オレからすれば、男が喚び出したとか女が喚び出したとか、アニマだとかアニムスだとかすら、どうでもいいんだよ。大事なのは、アヴァターラの性能だろ」

 イルダスの目は、アッシュを騙そうとするものでも懐柔しようとするものでもなかった。それが妙に嬉しいやら、気恥ずかしいやら。

 「……性能じゃない。個性とか、せめて能力とか言え」

 結局、アッシュはイルダスから目を逸らして、悔し紛れにそう言った。

 「はいはい、悪かったな」

 イルダスが肩をすくめたとき、「待って下さい、先生!」という声が上がった。

 「なんだ、ウェズリー」

 「このままだと、クラリネス様とそこのホモデメンスが対戦することになりますよね。それってどうなんですか?」

 一瞬、その場に戸惑いの沈黙がおりた。

 「それのどこが問題だと思うんだ?」

 「どこがって、え。大問題じゃないですか! だって、クラリネス様は高貴な身分の御方なんですよ? そんな人が、得体の知れない野蛮で危険なホモデメンスと対戦して怪我でもしたらどうするんですか!」

 「……は〜?」

 顔を歪めてまず不満を示したのは、イルダスだった。壁から体を起こして、ウェズリーに数歩近づく。

 「アホか、お前。アヴァターラは意味もなく人を傷つけたりしないし、怪我なんて普通しねーだろ」

 「そんなの分からないじゃないか。突然変異種の未知の相手なんだぞ! だいたい、人間のほうがどういう命令を出すかも分からないしな!」

 ウェズリーがアッシュを指差した。

 「みんなもさっきのを見てただろ! あいつはさっき、いきなり言葉もなく殴りかかっていた! 暴力的で危険じゃないか! クラリネス様は言わずと知れた世界の要人。そんな人の対戦相手に、なぜわざわざホモデメンスを選ぶ!? ありえない!」

 イルダスとユーウェンは、呆れと腹立たしさが交じり合ったその気持ちを上手く言葉にできず、ただ拳を握りしめ歯ぎしりをしていた。一方、「そうだ、そうだ!」とウェズリーの主張に賛同する数人が声をあげている。その他の大部分の生徒たちはお互いしらけたような顔を見合わせていた。

 三種のタイプの生徒たちの面倒を見なければならないジロットは、黙って頭を抱えた。

 「……バロニッタさん」

 そんな中、憂いを帯びたため息をついて、彼の後ろからクラリネスが遠慮がちに声をかけた。

 「私は問題ありませんわ。レナもいますし……。人様のことをそのように言うのは……」

 「何を言われますか!」

 ぐるりと振り返ったウェズリーは、鼻息荒く訴えた。

 「あなたの身に危害が加えられないように目を光らせるのは、同じクラスとなった者の務め。あんな気味の悪い奴は庇わなくてけっこうです。あなたの代わりに、自分があれと対戦します! いいですよね、先生?」

 「いいわけあるか」

 苦虫を噛みつぶしたような顔で、ジロットは腕を組んだ。

 「何を勝手に話を進めている。この模擬実習は、入学前に提出されたアヴァターラに関する資料をもとにして組み合わせが考えられている。お前一人の感情的な理由で組み合わせを変えていいもんじゃない」

 「だからクラリネス様とホモデメンスを対戦させると? 絶対おかしいじゃないですか!」

 「はぁ……。なぜそう思う?」

 疲れたようなジロットに、ウェズリーは力説した。

 「クラリネス様は高い身分の方ですから、我々にはその安全を確保する義務があります。もしクラリネス様の身に何かあれば、ことは責任・管理問題にまで発展しますからね」

 そこまではまだいい。

 ジロットはうなずいた。彼の気持ちとしては納得がいかないが、そういう側面は確かにあるからだ。

 「かたやホモデメンスは、突然変異種で得体が知れず、さらには先ほど見せた暴力性。あまりにも危険すぎる! クラリネス様の安全が保証されていない!」

 ダァンッッ!

 突然響いた大きな音に、全員が体を跳ねさせた。

 「言いたいことは、それだけか?」

 聞く者を凍りつかせるような固く、冷たく、低い声。さっきの音は、どうやらアッシュが全身の力をこめて床を踏み鳴らした音だったようだ。

 「俺はべつにどっちでもいいんだよ。アンタが相手でも、レインハートが相手でもな」

 ポケットに両手をつっこみ、ウェズリーのほうへ近づいていく。全身から立ち上る、押さえつけられているが故に表出する怒りのオーラが、その場にいる者たちを動けなくしていた。

 「お、おまえ……! い、今クラリネス様のことを呼び、呼び捨てにした、な!? し、失礼、だっ、ぞ!? ホ、ホモデ……」

 ただ一人、ウェズリーだけが勇気をふりしぼって非難の声を上げたが、

 「うるせえよ」

 アッシュの迫力にのまれて、声にならない悲鳴をもらして固まった。

 「いい加減うんざりなんだよな。妙な偏見で、人をはかりやがって」

 ウェズリーとアッシュの身長差はゆうに一〇センチある。苛立っていて、不機嫌なアッシュは、ウェズリーからたった一歩分の間をおいて立ち止まった。

 「そういう意味では、アンタが相手のほうがいいかもな」

 「…………へ……?」

 ウェズリーののどから息とともに洩れた音が消えぬ間に、アッシュは彼の胸ぐらをつかんで引き寄せた。

 「ひっ!?」

 「どさくさにまぎれて、遠慮なく殴ることができるからな。さすがに女子は殴ろうとは思わねえ」

 ニィとアッシュは笑った。かかとが完全に浮いているウェズリーは、全身から血の気が失せて、体が細かく震えているのが分かった。

 今、この状況で、笑まれることの恐ろしさといえば。

 「俺の憂さ晴らしに付き合えよ」

 冗談などではなく、本気で言っているのだと気づくには、十分だった。

 「……はいはい、そこまでだ」

 ジロットが二人を引き離す。アッシュが離れたとたん、ウェズリーはその場に座り込んでしまった。それをアッシュは軽蔑したように見下ろす。

 腕を組み、二人を交互に見てジロットは言い聞かせた。

 「組み合わせは変えん。アッシュのアヴァターラの安全性も、本人の精神安定性も既に確認されている。だから、これ以上その話はするなよ。いいな?」

 その場にいる生徒たちを見回して、ジロットは繰り返し言い聞かせた。

 「いいか、オレの授業では、誰も特別扱いはしねえ。良家の子女だろうが、世界初の珍種だろうが、同じフォーティアの生徒なんだ。他の奴らも妙な警戒心や敵対心を持つなよ。仲良くやれ。言われなきゃできん年でもないだろ、お前らは」

 『……はーい』

 一応クラス全員が返事をしたが、中には不満そうに渋々とした者も少なくはなかった。

 「さて、それじゃあ再開するぞ。ウェズリー、ミツヤ、準備を……」

 と言いかけたジロットだったが、座り込んで歯の根があわないほど震えているウェズリーを見て、またもため息をついた。

 「……無理だな」

 「……! ……!」

 ウェズリーは何度も首を縦に振った。

 「しょうがねえな。組み合わせは変えられないが、順番なら変えられる。アッシュ・ディーストン、クラリネス・レインハート。先にお前らがやれ」

 「分かった」

 「分かりましたわ、先生」

 アッシュが先に立ってドアを開ける。その後ろにクラリネスが続き、また当然のようにレナがついてきた。

 「アンタも一緒に入るのか?」

 「もちろんだ。私はお嬢様を守る義務がある。それがどんな場合でもな。学校側も了承済みだ」

 アッシュがチラッとジロットのほうを見ると、彼はずいぶん渋い顔をしていた。

 「なるほど。お貴族様の権力は教育者をも上回るってわけか」

 背後に注意を払いつつ、実習室に足を踏み入れる。

 「……そう、なんですのよね」

 「は?」

 思わずふりかえる。てっきり、「無礼な!」という声とともにナイフの一本ぐらい飛んできてもおかしくはないと思っていたのだが、返ってきたのは意外にも、寂しそうなクラリネスの謝罪だった。

 「申し訳ございません、ディーストンさん。バロニッタさんの、あのような礼を欠いた振る舞いには、おそらく私の『家』が関わっています。彼ばかりを恨まないでもらえませんか?」

 「……アンタに謝られてもな」

 片手をポケットにつっこみ、空いた手で後ろ髪をかく。

 「アンタだって嫌がってただろ。あのポンコツのうっとうしい演説に」

 「……そこまでは言いませんが」

 クラリネスは苦笑を浮かべたが、すぐにその長いまつげをふせた。

 「私、学校というものに通うのは初めてですの。ずっと家庭教師でしたし、同年代の方たちと一緒に遊ぶということもそんなになくて。ですから、お友だちと一緒にご飯を食べたりお話をしたりするのが楽しみでしたの。……でも、やっぱりそううまくはいかないようですわね…………」

 「お嬢様、あまりお気になさらず……」

 眉を下げるクラリネスをレナが慰める。

 「……まあ、あれだ」

 「え?」

 あからさまに慰めようとは思わなかった。だが、自分の意思とは関係なく築かれた他人と自分の間の壁による疎外感を、アッシュはよく知っていた。だからこそ何も言わないのもなんとなくきまりが悪くて、アッシュは振り返らないままボソリと声をかけた。

 「アンタの家に取り入ろうとするポンコツもいるだろうが、そんなことまったく歯牙にもかけない気のいいバカもここにはいる。そんなに気に病むことねえだろ」

 「! は、はい!」

 パアッと光がさしたようにクラリネスの顔が明るくなった。

 「ありがとうございます、ディーストンさん。あ、手合わせのほうも、よろしくお願いいたしますね!」

 頭を下げたあと、嬉しそうに左手のブレスレットをチャリッと鳴らした。

 「……ああ」

 アッシュはクラリネスの真向かいに立って、自分のブレスレットをいじりながら思った。

 (ある意味、こいつも気のいいバカか)

 「じゃあ、自分のアヴァターラを呼び出せ」

 「はい。……起きてくださいな、イフミール。出番ですわよ!」

 ジロットの指示に従い、クラリネスが自身のアヴァターラの呼び出す。

 (俺を見ても何も言わないし、普通に接してくるし……)

 アッシュの心の内を、わずかな嫌悪感と怯えがよぎる。

 男が喚び出すのは女性型のアニマが通例だ。なのに今から自分が呼びだすのは男性型のアニムス。好奇と侮蔑の視線にさらされ続けた記憶が否応なしに蘇ってきた。

 「おい、アッシュ? どうした?」

 訝しげにジロットが呼びかける。

 「……いえ、大丈夫です」

 深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、返事をする。

 (何を怖がる。ここで止めることのほうがバカにされるだろうが!)

 スッと利き手と逆の腕を伸ばした。

 「起きろ、カルヴァリーレ!」

 ブレスレットの一部が開き、黄緑色の半透明な物体が飛び出してきた。

 「ようやくおめみえってか」

 イルダスは窓枠に手を置き、身を乗り出した。ユーウェンも隣で頷く。

 「このクラスの采配には、どこまでも感謝だな。レインハートのご令嬢のみならず、名高き異端者まで共に学ばせてくれるというのだからな」



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