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パンゲア王国の異端児譚  作者: 霧ヶ原 悠
第二章  出会いは人に不幸せと幸せを運ぶ
5/21


 翌日は、入学式にふさわしい晴れたいい天気だった。

 イルダスが目を覚ませば、「一緒に行こう」とやかましいだろうことは容易に想像できた。なのでアッシュは、イルダスが熟睡しているのを確かめ、さっさと制服に着替えて荷物も持つと、部屋を出た。

 この学院の制服は、男子も女子も白を基調としている。男子は、左前でボタンを留めるタイプの袖が折り返されているジャケットで、下は普通のスラックスだ。女子はワンピースタイプで、丈は膝上か膝下かどちらかを選べるらしい。男子の縁取りとネクタイは青で、女子の縁取りとリボンの色は赤だった。

 アッシュはまだ早いかと思っていたが、食堂にはそれなりに人がいた。

 「! おい、あれ……」

 「うわっ、マジか」

 ホモデメンスが入学してくることは、ウワサとして聞いていたのだろう。誰か一人がアッシュを指差して隣の人間に囁けば、それはあっという間に広がった。

 「……」

 水を打ったように静まり返った食堂に、コッコッというアッシュの固い靴音だけが響く。

 そのとき、新たに食堂に姿を見せた男子生徒数人が、アッシュに気づかずぶつかった。

 ぶつかった生徒は、すぐに顔を上げて「ごめんなさい」と言おうとしたのだろう。しかし、アッシュが例のホモデメンスだと気がついたとき、彼ののどからこぼれたのは短い悲鳴だった。

 「ひっ!?」

 彼の友人も同じようにどよめき、数歩下がった。

 「髪と目が光を持たない灰色だ!」

 「おい、こいつ例の奴だろ!」

 「お、お前どうすんだよ! ぶつかったりして!」

 「へ、変なものとか付いてないよな? 大丈夫だよな?」

 彼らは後ずさりながら、口々に言い合った。わざとなのか、単に気がつかなかっただけか、音量は全く下がらなかったので、アッシュにもそれは聞こえていた。自然と眉根は寄り、男子生徒たちを睨みつけているように見える。それに、ますます彼らは萎縮した。

 「ちょ、聞こえるって!」

 「こ、怖え……」

 「おい、風呂行こうぜ、風呂」

 ぶつかった生徒が服を払っているのを見て、別の生徒が彼の背中を押した。

 「今ならまだ入っても時間的に間に合うって」

 「本当、今日は入学式だっていうのに、気分最悪……」

 (人を病原菌みたいに言いやがって。どっちの気分が最悪だ!)

 食堂から去っていく生徒たちを見送って、アッシュは大きく舌打ちをした。



 「なんだ。そんなに入学式が楽しみで待てないのか? ホモデメンスが」

 サボエラが唇を歪めてアッシュを嗤った。

 階段を下りるためには寮監室の前を通らなくてはならない。だが今日からは、もう出入録をつける必要はないので、無視して通り過ぎる。

 「チッ、偉そうに」

 サボエラのつぶやきは、アッシュには届かなかったようだ。

 一階まで下りたアッシュは講堂のドアを押したが、鍵がかかっているのか、まだ開かなかった。

 しかたなく、アッシュは外を見て回って時間を潰すことにした。考えてみれば、このシナル宮殿の周りを見ることなく建物の中に入ったので、外がどんな風なのかまったく知らないのだった。

 重い学校の入口は、夜は閉まっているが今の時分には開け放たれていた。

 ゆっくりと、時計回りに歩く。合金製の柵にはお洒落に蔦が絡まり、所々でかわいらしい花が咲いていた。また、花壇やベンチも多く設置されており、意外と過ごしやすそうではあった。ただ、シナル宮殿は薄紫色の磨かれた石で外壁が作られていたので、それが反射して少しまぶしいのが難点だ。

 ちょうど反対側の正門の階段にさしかかった時だった。階段の向こう側から、一つの人影がひょっこりと覗いた。

 (こんな時間、こんなところに人が?)

 自分のことはすっかり棚に上げて、アッシュは警戒して立ち止まった。その音を聞きつけたのか、人影がゆっくりとアッシュのほうを向く。

 ふわふわとカールした色素の薄い金髪と足首まであるような長いスカートの裾が風になびいている。大きなぱっちりとした真っ青な瞳が、二度ゆっくりまばたきをした。白い肌に、小さな鼻と唇。まるで、絵本の中のお姫様がそのまま出てきたかのようだった。

 「まあ」

 そして、彼女はそう言うと両頬に手を当てた。

 「よかった、人がいらしたわ」

 こちらへ二、三歩近寄ると、スカートを少し持ち上げて膝を曲げた。

 「ごきげんよう。貴方も新入生でいらっしゃいますの?」

 アッシュは無言で頷いた。

 おそらく彼女は、俗に言う『お嬢さま』なのだろう。それはアッシュにとって未知の生物であり、妙な緊張を感じていた。

 そんなアッシュの気持ちなどつゆ知らず、女子生徒は嬉しそうに笑った。

 「でしたら、入学式が行われる場所を教えて下さりませんか?」

 「は?」

 何を今さら。

 これ見よがしに眉を寄せたアッシュの顔は、もとの端正なものとあいまって、凶悪なものになっていた。

 だが彼女はまったく恐れる様子はなく、もう一度アッシュに頼んだ。

 「恥ずかしながらわたくし、この入学式というものが楽しみでじっとしていられなくて。車から降りるとすぐにふらふらっと歩き出してしまったのはいいのですけれど、肝心の入学式がどこで行われるのか知らないのです。ですので、教えていただけませんか?」

 (こいつ……。マジか)

 呆れてものも言えないアッシュは、手をくいっと南に向けるだけですまそうとした。役所への入り口は、北と南の二つの階段を上った先に一つずつあるが、学院への入り口は南側一つしかない。

 アッシュは、ここから反対側に行けば分かると言いたかったのだが、何を勘違いしたのか女子生徒は、こう言った。

 「こちらの階段を上ればよろしいのですね? ありがとうございます」

 「はあ?」

 思わずもらしたアッシュの本音を、彼女はまったく気にとめなかったようで、そのまま階段を上っていこうとした。

 「いや、まてまて。おい」

 彼女を引き止めるために、その細い肩に手を置こうとしたのと、

 「はい?」

 彼女が振り返るのと、

 「お嬢様に触れるな! 蛮人!」

 アッシュの背後から喉元に白刃が突きつけられるのは同時だった。

 「!」

 「レナ!」

 女子生徒が咎めるような声を上げた。

 「貴様、お嬢様に何をしようとしている? 害をなす気なら、今すぐ切って捨てるぞ!」

 目の前の女子生徒が呼んだ名やその声から、アッシュとそう年の変わらない女だと分かる。アッシュは、ふざけるなと怒るべきなのか、それとも呆れるべきなのか、その中間ぐらいの気持ちをこめて女に言った。

 「……主の危機とみるか、早とちりをするかは紙一重だということを、今後はよく覚えておくことを強く薦めるぞ。優秀なボディガードさんよ」

 「なんだと?」

 女はきつく眉根を寄せ、さらに鋭く研ぎすまされた合金製のナイフを押し当てようとしたが、女子生徒がもう一度「レナ!」と呼ぶと、不満そうにナイフを止めた。

 「レナ、この方は親切にも私に入学式が執り行われる場所を教えて下さったのですわ。その方に失礼だと思いませんの?」

 女は渋々とナイフを納め、アッシュと女子生徒の間に割って入った。

 「お嬢様。場所が分からないのでしたら、勝手にお一人で行かれないで下さい」

 「だって初めて通う学校ですもの。楽しみでしょうがなくって!」

 頬に手を当てて、嬉しそうに身をよじる女子生徒に、女は大きなため息をつくばかりだった。

 アッシュは血が出ていないのを確かめるも、二人の脇を通りすぎた。

 「あ、お待ちを! 今お詫びとお礼を……」

 「興味ない」

 にべもない返事を返し、アッシュはさっさと道沿いを歩いていってしまった。

 それを見送り、女が腹立たしげに言った。

 「なんだあの男は! お嬢様が呼び止められたというのに……無礼な奴め!」

 「そう滅多なことをいうものではありませんわ、レナ。もしかしたら、ひどく緊張していらっしゃるのかもしれませんのよ」

 「そうは思えませんでしたけどね」

 女は今のやりとりを思い返した。あの男は、刃を喉元に突きつけられても、一切の狼狽を見せなかった。度胸があるのか、それともそれが普通の生活を送っていたのか……。

 「なんにせよ、お嬢様。もうあのような男とは関わらないようにしたほうがよろしいかと思います」

 自分よりも頭一つ分小さい主人を見下ろして女は忠告したが、当の本人は、

 「そういえば、あの方の名前を伺っていませんわ。こちらも名乗ってはおりませんし。同じ新入生だと仰ってましたから、また会う機会はあるかもしれませんが……」

 「……私の話を聞いていましたか、お嬢様?」

 


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