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パンゲア王国の異端児譚  作者: 霧ヶ原 悠
第一章  意味を持たないことに、意義は見出せない
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 サボエラと無言で睨み合いながら手続きをすまし、食堂へ向かった。込み合う時間は過ぎていたのか、人はまばらだった。

 日替わり定食を注文したとき、「アッシュ!」と声をかけられた。誰であるかは見なくても分かる。あえて無視していると、「無視すんなよー」と肩に手を回された。

 「今から飯か? オレもオレも。帰ってきてすぐ部屋にこもってたからさ、危なく食い損ねるところだったぜ。最初はオレのアニマに取りに行かせようと思って廊下に出したんだけど、すぐ寮監のアニマに『イルダス・グランツェ君、食事は食堂でお願いします』って怒られてよー。なに、もしかして寮生全員のアニマが誰のものか覚えてんの?」

 その手を払い落とし、定食を受け取る。そして、軽くイルダスのほうに顔を向けた。

 「『帰ってきて』? どこに行ってたんだ」

 「ん? 本屋だよ。今日が新刊の発売日だったからさ。それ一気読みしようと思って」

 注文したパスタが出てきて、イルダスは目を輝かせながらそれをもらった。

 「あ、ついでにお菓子も買ってきたからあとで一緒に食べようぜ」

 「……たしか、正門は普段閉まっているんじゃなかったか?」

 「え?」

 「違うのか?」

 「全然ちげえよ。どうしてそんな誤解をしてるんだ?」

 「さあ……」

 「さあって、お前なー」

 イルダスはしかたねえなという顔で、トレーを持って席についた。そして、アッシュが空いている自分の前に座らないとは微塵も思っていないのか、勝手に話し始めた。

 「いいか? 北と南にあるこの学院の正門は、そのまま六階から始まる役所への入り口になっている。お前もここに来たとき、正門のすぐそこから上にのびる階段を見ただろ?」

 幼なじみ以外と食事をすることを好まないアッシュだが、このまま宙ぶらりんというのも据わりが悪い。渋々イルダスの前に腰を下ろした。

 「……まあな」

 「つまり、役所が開く十時から、閉まる五時までは正門は開きっぱなしってことだ。逆に言えば、それ以外の時間帯は閉められていて、絶対に正門からは出入りできない。そこで利用するのが、通用門だ」

 「通用門?」

 「そ」

 ごくんと一度パスタを咀嚼してから、イルダスはセットでついてきたサラダのレタスにフォークを突き立てた。

 「正門の横にある小さい門だよ。ここが警備員の詰め所になっている。三交代制で、夜間もしっかり警備してるらしいぜ。自宅生や下宿生の通学とか、街に用がある寮生とかアヴァターラは、ここを通らなきゃいけないんだ」

 「なるほどな。おそらく、その役所が開いている時間以外は通用門しか通れないってところばかりが強調されて、おかしくなっていたんだな。実質、用がある奴は通用門を通れってことだろ?」

 「そうなるな。十時から五時っていったら、普通に授業のある時間だし。ちゃんとこういうことは、手帳に書いてあるぞ。ちゃーんと読んだのか?」

 「……いや。だが、今日のようなことがないように目を通しておく」

 緩くまぶたを下ろし、アッシュは静かにそう答えた。そしてスプーンをトレーに戻し、軽く手を合わせる。途端に、

 「え!? お前もう食い終わったのか!?」

 と、イルダスが手と口をせわしなく動かし始めた。さっきまでの真剣な雰囲気は幻覚だったのかと疑いたくなるほどの変貌ぶりだった。

 バクバクと上品さのかけらもない食べ方をしていたイルダスが、アッシュの広げた用紙を見て一度手を止めた。

 「何してんだ、それ」

 「いつ何をどれだけ食ったかを記録している」

 「ああ、カロリーとかか」

 イルダスは勝手にそう解釈した。それをわざわざ訂正する気もないアッシュは、黙々と今日の夕飯を詳しく用紙に記入した。

 「……オレもやろうかな。寮生活でデブになったらヤだし」

 フォークをくわえたイルダスがもらした独り言が何かと重なり、アッシュはつい、

 「三日坊主で終わるんじゃないか」

 と言ってしまった。

 次の瞬間、互いに信じられないものを見たような顔をつきあわせた。そして、

 「アッシュー!」

 イルダスが感激したように両手を広げた。

 「ようやくオレとまともにしゃべってくれるようになったかー!」

 アッシュはそれをすばやくかわし、瞬間移動の速さでトレーを返却すると、食堂を飛び出した。

 「ふぁふぇひょ、ふあっひゅー!」

 何事かを叫びながらイルダスが追いかけてくるが、無視して一直線に自室を目指す。

 (なんで俺はあんな軽口を……! あいつらと同じだと思ったのか? くそっ……!)

 ドアを解錠し、勢いよく開けたその先。廊下と違い、そこは真っ暗だった。思わずたたらを踏む。

 「『室内の明かりは各自のリビドーで調節しろ』って寮の案内書に書いてあっただろー」

 そのとき、ようやく追いついてきたイルダスが両手をパンパンと叩いた。すると室内が淡黄色の明かりで照らされた。そういえば、昨日からずっとこの色の光で室内は照らされていたようにも思う。

 「手帳にも書いてあるし。にしても、お前歩くの速いな~。あー、疲れた」

 「……昨日からずっとこの部屋を照らしていたのは、アンタのリビドーだったのか?」

 アッシュが天井を見上げると、拳二つ分ぐらいの大きさの発光体が浮かんでいた。直接見続けるには眩しすぎるため、アッシュはすぐに目をそらしてまばたきをくり返した。

 「おう。……って、今さらかよ」

 いすに座り、呆れたように答えた。

 「気がつかなかったのか?」

 「ああ。家ではランプを使っていたから、ここでもそうかと思っていた」

 「へー。この街じゃ、商店や街灯、公共施設はガス灯やランプを使ってるけど、普通の家庭ではリビドーを使うんだぜ。ここだと、各部屋以外はガス灯が使われているみたいだな」

 「どうりでさっき見た窓の光が色とりどりだったわけだ」

 リビドーとは、生物の内を流れる不可視のエネルギーのことだ。人は、それを『色の付いた光』として顕現させることができる。生まれ持った色を完全な別の色に変えることは出来ないが、それ以外は特に制限もなく、自由に使うことができる。

 ちなみに、イルダスのリビドー色はサンシャイン・イエローという。

 「そうなんだよ! 他の地方とかだったら、特別な記念日とかだけ、いろんな色のランタンを吊して街を飾るんだろうけど、この街は一年中そんな感じなんだ! まさに世界一の夜景!」

 イルダスの自慢話を聞き流しながら、アッシュは無言で左手の指を鳴らした。彼の前に小さな猩々火色の発光体が現れる。

 リビドーを顕現させる方法は人それぞれだ。誰もが「顕現しろ」と念じるだけでリビドーは顕現させることができるのだが、それは他者を不必要に驚かすので、好まれない。皆が各々違った方法でワンクッションを置くのは、そういう理由からだ。

 「お、それがお前のリビドーか? 綺麗な赤だなー」

 イルダスの賞賛になんの反応も示さず、アッシュは無言で生徒手帳を探し出すとベッドに上がった。

 「アッシュ?」

 「気がつかなくて悪かった。これからは、自分に必要なものは自分で用意する。もう気を使ってくれなくていい。至らないところがあったら言え」

 そしてカーテンをさっとひいた。

 イルダスは、リビドーを調節しながら、唇を尖らしていじけた。

 「ちぇー。なんだなんだ、そんな言い方しなくてもいいじゃねえかー」

 それは当然アッシュの耳にも届いていたが、手帳の隅々まで目を通すことに没頭したフリをして、それを無視した。

 (あいつは俺の監視役だ。誰もが俺を嗤い、恐れるんだ。心を許すな、隙を見せるな。取り込まれるぞ……)

 心の中でそう繰り返した。

 「アッシュー。お菓子もいらねえのー?」

 バリバリとスナック菓子が砕かれる音がする。元々その手の菓子が好きではないアッシュは、軽い皮肉も込めて言ってやった。

 「けっこうだ。夜食のスナック菓子は太るというからな」

 「……余計なお世話だ!」

 ヤケになったような声とともに、ひときわ大きくスナック菓子が砕かれる音がした。


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