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当初の予定では、第三章でイルダスとユーウェンはそれぞれ別の相手と戦っていました。ですが文字数を圧迫したので、急遽二人が戦うことになりました。せっかくなので、その別バージョンも載せたいと思います。
ちなみにイルダスの相手はその後も登場しましたが、ユーウェンの相手は登場しませんでした。一応、朝の食堂でアッシュとぶつかるも何の反応も示さなかった男子生徒という設定がありました。
「よーし、さくさくいくぞー! 次、イルダス・グランツェとレベッカ・ファクトリフ!」
「おお、オレか」
意気揚々と歩き出したイルダスは、ジロットに睨みつけられてピタッと動きを止めた。
「今度は、オレの話を聞いていたな?」
「もちろんですよー」
アハハと笑うイルダスの頬は引きつっていた。
クスクスという小さな笑い声がさざ波のように広がる。ばつの悪い思いを抱えつつ、ドアのほうに目を向けると、見た顔の女子生徒がやはり肩をふるわせていた。
「あれ? 君さっきの……」
「はーい、そうでーす。私がレベッカ・ファクトリフでーす」
レベッカは、イルダスが教室で席は自由かと尋ねた相手だった。
「すごくかっこいい人だーと思って近づきにくいねって友だちと話していたのに、意外とお茶目でびっくりしたよー」
レベッカはそう言ってまた笑った。
レベッカ・ファクトリフは、眼鏡をかけた小柄な女子だった。イルダスが彼女と話をしようと思うと、目線を下げなければならない。すると自然に目にはいるのが、
(でっけぇ……)
レベッカの体の動きにあわせて揺れる豊満な胸だった。
(……まさに眼福)
制服を押し上げる柔らかそうな双丘。年頃の男子ならば、そこに目がいっても仕方がないと許されるだろう。
そう理屈づけて、イルダスは自然を装いつつ、こっそりと眺めることにした。
「いやー、参ったな。女の子にはかっこいいオレを見てもらいたかったんだけど」
「スキのないかっこよさよりも、多少茶目っ気があるほうがいいって!」
レベッカはそう言ってイルダスの二の腕をポンポンと叩いた。
「そうかなー。いや、やっぱり男としては……」
「いやいや、そうだって!」
「ほら、さっさと入れー」
「あ、はーい」
ジロットに促され、全面白く塗られた実習室内に足を踏み入れる。
「うわ、やっぱ広いなー」
「本当。さっき皆で入ったときも広いと思ったけど、二人だけだとなおさらだねー」
二人が十分な距離をとったのを確認して、ジロットが指示を出す。
「よーし。じゃあ二人とも自分のアヴァターラを呼びだすんだ」
「はい!」
二人とも利き腕とは逆の腕を前につきだした。鉄製のブレスレットがチャリッという軽い音を鳴らす。
「起きろ、ミルサ!」
「起きて、アルテール!」
ブレスレットの一部が声にあわせて開き、中から黄緑色の物体が飛び出してきた。それらは空中で人の姿を成すと、静かに床に降り立った。
アヴァターラは、人間の姿をしているが、その肌の色は半透明の黄緑色である。とはいえ目や鼻などの凹凸はくっきりしており、男性形と女性形の違いもはっきり表れる。
「久々の戦いね? わお、楽しみー!」
両手を組んで体をくねらせたイルダスのアニマは、全体を上から下まで埋め尽くさんばかりに小さな花が刺繍された服を着ていた。それがまた赤や緑、黄色やオレンジなどカラフルな色づかいであったため、少し目に痛いぐらいだった。明るい茶髪の上に、濃い緑色のとんがり帽子をかぶって、なぜか腰には角笛を下げている。
ひるがえってレベッカのアニムスは、白い開襟シャツと黒いスラックスを身につけ、栗色の短い髪と薄茶色の瞳を持った青年だった。
「がんばってね、アルテール」
レベッカが拳を握って声援を送ると、アルテールは困ったように頬をかいた。
「うーん……。僕、ああいう肉食系の女性って苦手なんだけど」
「もう! 最初っからそんな弱気でどーするの!」
「ごめん、ごめん。ちゃんとがんばるから」
ポカポカとレベッカに背中をたたかれ、アルテールは苦笑を浮かべた。しかし、今回の手合わせをする相手を見る目は鋭かった。
(こういうのに慣れていそうな雰囲気だな)
アルテールの視線に気がついたのか、ミルサがニコッと笑ってこちらに手を振った。それに手を振り返しつつ、アルテールの頬を汗が伝った。
(なんて余裕だよ。僕とは大違いだ)
「準備はできたかー?」
ミルサとアルテールがそれぞれの本体から離れ、中央付近まで歩み寄ったとき、ジロットがドアから声をかけた。
「はいはーい。大丈夫ですよー」
「いけます」
ミルサは腰に手を当てて、アルテールは屈伸をして体をほぐしながら、答えた。
「制限時間は五分だ」
ジロットが時計に目をやる。
アルテールはグッと手を握りしめた。
(相手の能力は不明。かつ、僕よりも場慣れしていそうな実力者。となったら……)
「よーい……スタート!」
ジロットのかけ声と同時に、アルテールは左の手の平をミルサに向かって突き出した。
(先手必勝!)
アルテールの手の平に赤い「i」という文字が現れた。
「i! 緋の衣を振りかざし、汝が身を焼き尽くさん!」
iの文字がアルテールの手から浮かび上がり、床に落ちる。するとそこから火の手が上がり、ミルサへ迫った。
「おおー!」
見学している生徒たちからもどよめきが起こった。
「典型的な魔術型だな」
ユーウェンがあごに手をやる。
アヴァターラも生命活動を行う生物なので、不可視のエネルギー・リビドーを有している。これをアヴァターラは固有能力という形で、様々な『力』として顕現させる。力の顕れ方には個性があり、アルテールのような魔術型の他、身体強化型や超能力型などに大別される。全てのアヴァターラに共通する基礎能力としては、シルバーブレットと呼称されている銀の玉を核にした武器生成能力と防衛術式と呼ばれる六種類の防御魔法だけだと言われている。
しかし、アヴァターラは人の無意識を具現化したモノであるが故に、人の身以上の力を発揮することができる。アヴァターラのリビドーの使用に関しては、十分に気をつけなければならない。そういったことを学ばせるという意味合いも、この実習には含まれているのかもしれない。
自分に迫る炎の波を見つめながらも、ミルサは余裕のほほえみを崩さなかった。そしてダンッと床を踏みならし、
「打ち消し!」
と叫んだ。その瞬間、ミルサの足下から衝撃波にも似た風が吹き、アルテールの炎をかき消した。
「うそっ!?」
レベッカの目が見開かれる。今まで防がれたり避けられたりしたことはあれど、炎自体を消されたことはなかった。
(しまった……!)
その原因に思い当たるところがあり、アルテールは強く唇をかんだ。
「じゃあ、次はこっちの番ね! いくわよ!」
ミルサが銀製の一ミリ玉を取り出し、空中へ投げ上げて一枚のカードを生成した。
「レトワール!」
飛来するカードがどんな性質のもので、どんな威力があるか分からない。アルテールは跳び上がって、空中に逃れた。
(彼女は僕よりもリビドーの潜在量が多いのか! なんてことだ、さらに分が悪くなった……!)
全てのアヴァターラに付与されている六種類の防衛術式だが、その威力には個体差がある。訓練次第で強化することもできるが、そこにはリビドーの潜在量が多いほうが能力値が高いという絶対性がある。
(僕の固有能力・グロッソラリーをあんなにもあっさり弾き飛ばすなんて……。あの攻撃もきっと並みのものじゃないだろうな)
アルテールは再び手の平をミルサに向けた。
「e! そびえ立つ極致の……!」
しかし、ミルサの投げたカードが床に触れた瞬間、カッと光を放った。
「うわっ!?」
「キャッ!」
「! まっぶっしー!」
「いったー!?」
アルテールやレベッカどころか、見学していた生徒たちもその光に目をやかれた。
「くっ……!」
目を覆い、呪文がとぎれたアルテールの肩にミルサが触れた。
「しまっ……!」
「抑圧!」
「うああ!」
ミルサの手から高い圧力がかかり、アルテールは床にたたきつけられた。
本来は防御魔法である防衛術式も、こうして攻撃に転用することもできる。しかしそれが示すことは、場数を踏んで戦闘慣れした強敵だということだ。
「っ、つぅ……」
「アルテール!? 大丈夫!?」
まだ視力が治りきっていないレベッカが、目をこすりながら音がしたほうに顔を向ける。気を失うまでは至っていないものの、ダメージが大きかったのか身じろぎするだけで、声も出せないようだ。
「あら、もう終わり? つまんないの」
ミルサが肩をすくめてイルダスの方へ戻る。
「いやいやいや。何やってんだよ、ミルサ。誰が相手をボコボコにしろって言ったよ。だいたい、お前は戦闘向きだけど、相手はそうじゃないかもしれないだろうが」
「だってひさしぶりの戦闘だったんだから……。つい盛り上がっちゃって」
テヘッと舌を出したミルサの頭をイルダスは黙って叩いた。
それをアルテールは床に倒れたまま、薄目を開けて見ていた。左腕をゆっくり動かして伸ばすと、手の平を広げて口の中で呪文を唱える。
「u、ざわめく平和のゆらぎ」
uの文字が手の平に刻まれ、浮かび上がる。
「萌え育ち、鞭となりて……」
フワフワと文字が床を滑るように移動し、ミルサのすぐ後ろに落ちた。淡い緑色の光が広がり、それに気がついたイルダスが鋭い警告を発した。
「ミルサ! 後ろだ!」
「!?」
ミルサが回避行動をとろうとするが、一瞬遅かった。
「汝が身をなぎ払わん!」
uの文字から恐るべきスピードで枝が伸び、ミルサの腹を直撃した。
「がっ……!」
「ミルサ!」
ふきとばされたミルサは壁にぶつかり、そのまま床に座り込んだ。
「すごい! すごいよ、アルテール!」
レベッカが両手をたたいて賞賛を送った。アルテールはまだ痛む胸を押さえて、激しくせきこみながらも立ち上がった。
「ゲホッ、ゲホッ! ……はあ。どうだ、ミルサ」
ミルサは壁にもたれて座ったまま、伸ばしていた右足を引き寄せて片膝を立てた。
「フフッ……」
手を目に当て、薄いピンクの口紅をひいた口をつりあげた。
「アハハッ!」
そして、天井を仰いで大笑いした。
「アハハ! これは意外や意外。まんまといっぱいくわされたわ!」
しばらく続いた笑いが収まったとき、指の間からのぞく大きな猫のような瞳は爛々と輝き、完全に先ほどのものとは違っていた。
「それじゃあ、あたしも少し本気を出そっかな」
ミルサは立ち上がり、服の埃を払って、アルテールのほうへ近づいてきた。その動作ひとつひとつにスキがなく、全身から放たれる威圧感に、アルテールはつばを飲み込んだ。
「あなたの固有能力は、その文字みたいね?」
「……そうだ。僕の固有能力・グロッソラリーは、文字を基点に攻撃を仕掛ける」
アルテールの右手に『d』という文字が浮かんだ。
「文字で攻撃の開始地点を指定し、呪文で攻撃の種類を指定するんだ」
「つまり、一つの文字につき攻撃の種類は複数あり得る……。さっきのでいえば、『i』の文字に炎以外の攻撃も可能ってことね」
「正解。君の能力は、そのタロットカードか」
「へーえ。よく分かったわね、あたしのカードがただのカードじゃなくて、タロットカードだって」
ミルサはカードを一枚生成し、くるりとひっくり返した。図柄は、今のミルサと同じような格好をしてラッパを吹いている男のもの……『愚者』のカードだった。
「さっき投げつけられたカードの図柄が見えたからね。あれは『星』だった」
ぱちぱちとミルサを手をたたいた。
「ブラボー! あなたはとても優れた目を持っているみたいね」
ミルサは愚者のカードを左手に乗せ、右手をかぶせると、バッと両手を広げた。
「あたしの固有能力はトリックスター。大アルカナ二十二枚と小アルカナ五十六枚があたしの武器!」
カードがバタバタと音を立ててひっくり返り、七十八枚全ての図柄がアルテールに向けられた。
「あなたの能力についてばっかり聞いてたら不公平よね。だから、今度はあたしの能力について教えるわ」
「それはどうも、ご親切に」
ミルサはカードを右手に集めた。その山札から一枚引き抜き、アルテールに図柄を見せる。杖のⅣだった。
「あたしの場合は、あなたと違って一つのカードにつき攻撃形態は一つ。『星』のカードだったら、光るしか能がないってことね」
「それでも七十八種類の攻撃があるんだろ? 気休めにもならないよ」
ミルサがもう一度カードを引き抜いた。今度のカードはⅧの『力』だった。
「そう思うのは、あなたが戦いに慣れていない素人だからね。ちょっとでも腕に覚えのあるアヴァターラなら、たったの七十八種類としか思わないもの」
ミルサはさらにもう一枚カードを引き抜いたが、それはひっくり返して図柄を見せようとしなかった。
「そう。あたしのカードは、一枚につき一つの攻撃しかできない。でも……」
ミルサの大きな目がキラッと光る。ハッとアルテールは身構えた。
「複数のカードを組み合わせれば、その攻撃の幅は飛躍的に広がるの!」
杖と力のカードがアルテールめがけて飛んできた。それを横っ飛びに跳んで避ける。
しかし、二枚のカードが床でぶつかった瞬間、うねる巨大な四本の枝がアルテールに向かって伸びてきた。
「なんだ!?」
「さっきのお返しよ!」
「くっ……!」
ミルサが楽しそうに笑う。アルテールは床を蹴り、枝と枝の間をくぐり、それをかわし続けた。
(まさか、植物である『杖』の成長力を、『力』のカードで増幅させたって言うのか!)
そんな戦い方があるなんて……!
迫り来る枝にばかり注意を向けていたアルテールは、一瞬ミルサの存在を忘れた。
「やっぱりあなたは素人ね」
アルテールが声の主を捜し当てる前に、右の肩口と服の左裾に剣が刺さって、アルテールと壁を縫い止めた。
「なっ……!」
慌てて前を向いて、そしてひゅっと息をのんだ。
「ほら、あたしの勝ち」
アルテールの真っ正面で、ミルサが彼の喉元に剣を突きつけていた。
「……さっき引いて、僕に見せなかったのは剣のⅢだったのか」
「そうよ。どう、参った?」
「ああ、もちろんだよ。これ以上ないぐらい、僕の完敗だ」
アルテールは眉を下げて、少し悔しそうに笑った。それを聞いて、ミルサは満足したようだっが、剣を握っていない手のほうの人差し指をアルテールにつきつけた。
「それじゃあ、『ぎゃふん』といいなさい」
「え?」
「勝負事で、負けた人が勝った人に『ぎゃふん』と言うのは常識でしょ?」
(……そうだっけ?)
アルテールは内心で首をひねった。「ぎゃふんと言わせてやるんだから!」という言い回しは確かにあるが、あれはあくまでたとえであり、絶対勝つぞという意気込みのセリフだ。
「ほらほらー」
ミルサにせかされ、やや納得がいかないながらもその言葉を口にする。
「……ぎゃふん?」
「よろしい!」
ミルサはさっと剣を引いて、伸びくねった枝も指を鳴らして消した。そこへ、
「アルテール~!」
「わっ!」
レベッカが抱きついてきた。
「大丈夫? どっか痛めてない?」
「うん。全然大丈夫。剣も服に刺さってただけだしね」
アルテールはそう言って、レベッカの頭を撫でた。ミルサはそれを見て、ばつが悪そうに言った。
「うーん。やっぱりあなた、どちらかといえば家庭的なアヴァターラよね? けっこう頭は回るみたいだから、さしずめその子のお目付役的な?」
「まあね。僕のオリジナルっておっちょこちょいだから。僕がちゃんと面倒をみてあげないと」
「ちょっと! それどういう意味よ!」
レベッカが唇をとがらせるが、アルテールはそれを無視する。
「あーあ。せっかく勝ったのに、なんか自慢しにくいわよね」
「そういうことばっかり考えない! 相手に合わせた戦い方を学べってことだろーが」
いつの間にかこちらに近寄ってきていたイルダスがまたミルサの頭をはたく。そしてレベッカに言った。
「いやー、悪いな。うちの戦闘狂が」
「ううん。ちゃんと手加減してくれてたと思うし、アルテールにもいい経験になったと思うから」
「そういってもらえるとありがたいな」
状況が落ち着いたのを見てか、ジロットがドアから顔をのぞかせた。
「なんだ、終わったのか?」
「あ、はい」
「あれ、まだ五分経ってませんでした? そういえば」
「そろそろ五分ってところだな。終わったのなら出てくれ。次の組を入れる」
「はーい」
アルテールとミルサをブレスレットに戻し、二人は実習室から出てきた。
「じゃー、次行くぞー」




