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 何組かの後、ユーウェンの名前が呼ばれた。

 「次! ユーウェン・ネストリアス、モーダン・サルバトーレ!」

 「ふっ、ようやくか。さすがに少々待ちくたびれたな」

 「がんばれー」

 「華麗なるユーウェンとその化身、初の舞台にてかく戦えり、というのを見せて差し上げよう」

 髪をかきあげたユーウェンの隣で、レベッカが声援を送った。堂々とした態度でドアに歩み寄るユーウェンだったが、対戦相手はそこにいない。

 「モーダン? モーダン・サルバトーレ? どこ行ったんだ、こいつは」

 ジロットが不審そうに言ったとき、彼の真上から声は降ってきた。

 「ここっす」

 「うおお!?」

 ジロットの真後ろに立っていながら、彼は気づかれなかったらしい。

 「向こうで見ていたので、呼んだのが聞こえませんでした。すんませんっした」

 「お、おう。そうか……。まあ、うん、じゃあ実習室入って、準備をしてくれ」

 「はい」

 モーダンはするするとクラスメートたちの間を抜けて、ドアを開けて待つユーウェンの下へ近づいた。

 「ずいぶん背が高いな、君は」

 「二メートル三ある」

 「それはそれは。驚異的な背丈だ」

 気負った感じのない会話を交わしながら、二人は実習室のドアをくぐった。

 「あいつあんなでけーのに全然気がつかなかったんだけど。アッシュは気づいてたか?」

 イルダスがモーダンを指差しながらアッシュに尋ねる。モーダンがジロットの後ろに立ったとき、驚きの声を上げたのは、ジロットだけではなかった。

 「いいや。よっぽど気配を消すのが巧いんだな」

 「え、そういう問題なの? 影が薄いとかじゃなくて?」

 モーダンはボサボサの伸びた髪の毛に眼鏡をかけ、吹けば飛ぶような痩せた体躯をしていた。声も小さくて、低かった。目立ちそうといえば目立ちそうだが、目立たないといえば目立たないだろう。

 「……両方じゃね?」

 イルダスが投げやり気味に答えた。そして、部屋の中を覗き込んだ。

 ユーウェンとモーダンはそれぞれブレスレットを掲げ、自分のアヴァターラを呼び出した。

 「遠き眠りの淵より、目覚めよカゾール」

 「起きるんだ、僕のヴィーナス」

 ユーウェンのアヴァターラは、緑の羽付き帽子をかぶり、緑のケープを身につけ、緑のズボンをはいていた。全身緑の中で、帽子の横で揺れている赤い羽と金のボタンがやたらと目立っていた。

 彼は姿を見せると同時に、帽子を取って観客に向けて一礼した。

 それに見とれる一方、モーダンのアヴァターラは、現れた瞬間見ていた者たちの度肝を抜いた。

 「うおおお……! すげー!」

 「えー、ウソでしょ?」

 「最っ低……」

 「マジで? え、マジで? ありかよ、あんなの」

 モーダンのアニマは裸だった。ふわふわと浮く細長い布だけが、胸元と腰部を隠しているだけで、とても頼りない。

 黄緑色の半透明な肌とはいえ、シルエットは女性型。男子はやんやとはやしたて、女子は盛大に眉をしかめていた。

 モーダンのアニマを見て、さしものユーウェンも目を見開いていたが、彼女のアニムスは平然と、両手を広げてアニマに歩み寄った。

 「これはお美しい。あなたのような方とは、このような乱暴な戦場ではなく春の野原でお会いしたかった」

 そして片膝をついてアニマの左手をとると、甲に軽く口づけた。

 「はじめまして、マドモアゼル。私はカゾールと申す者。以後、お見知りおきを」

 「……はじめまして、カゾール。私はヴィーナス。あなたが良識ある方で良かったわ」

 「恐縮です」

 ヴィーナスの軽い皮肉も、さらりと流す。カゾールは立ち上がって距離をとりながら、大げさに嘆いた。

 「しかし、なんという残酷な運命か。あなたの柔肌を、我が身ではなく我が魔術でおおわねばならぬとは」

 「まるで自分が勝つとでもいうようなくちぶりね」

 ヴィーナスは自分の豊かな金髪を弄びつつ、目線をカゾールに流した。

 「いや、これは失敬」

 カゾールは帽子を少し持ち上げたが、言い直そうとはしなかった。ヴィーナスもそれ以上は言わなかった。

 「よし。じゃあ、よーい……スタート!」

 かけ声とともにドアが閉められる。

 「ヴィーナス、擬態シミュレイトだ」

 「はい。我が父にして母なるマスター」

 先に動いたのはモーダン側だった。ヴィーナスの体が、足先から順に消えていく。

 「ほう」

 ユーウェンはあごに手を当てた。

 「面白いな。それが君のアヴァターラの固有能力か?」

 「……ヴィーナスの固有能力名はアーティストだ。これだけと決めつけないでくれないか」

 モーダンがぶすっとした顔で、眼鏡を押し上げた。

 「アーティスト……芸術家、か。なるほど。芸術家にとって、表現技法など一つでないのは当たり前か」

 ヴィーナスは微笑みながら、姿を消していく。

 「それはどうしてなかなか。初見で攻撃を見破るのは困難を極めそうだな。しかし……」

 ユーウェンがパチンと指を鳴らした。

 「固有能力・ミンスタール。攻撃の多彩さにおいては、カゾールも負けてはいない」

 カゾールが両手を広げ、何も持っていないことを示す。そして両手を合わせて離すと、そこには金色のハープが生成されていた。ポロンと軽く弦を爪弾き、ニコッと微笑んだ。

 「んん? あいつ今、銀の玉持ってたか?」

 「ううん、持ってなかった……。よね?」

 レベッカが隣で見ていた友人に尋ねる。

 「うんうん。持ってなかった」

 彼女もレベッカに賛同する。

 「すごいねー」

 「手品か……。器用なことをするな」

 「つかよ、あんなまねする必要あったか? ずいぶん目立ちたがりなアニムスだなー」

 「あのネストリアスのアヴァターラだぞ。派手好きの目立ちたがり屋でも、おかしくはない」

 「あー……。たしかに一理ある」

 実習室の中にヴィーナスの姿はすでになかった。どこからかカゾールを狙っているのだろう。

 カゾールはぐるりと三六〇度見回すと、おもむろに弦を弾いて詠唱した。

 「割れるデー 弾ける空砲、聞こえざる歓声 総てを打ち、砕け」

 とたんに、カゾールの周りでパパパパンという破裂音が起こった。

 「な、何!?」

 驚いて何人かの生徒が耳を覆う。窓から反射的に身を引いたアッシュも、すぐに覗き込んだ。あの破裂音を経て、どうなったのかを見るためだ。

 「うっ……く……」

 カゾールのすぐ近くに、ヴィーナスが倒れていた。何が起こったのか全く理解できなかったイルダスが、室内を指さしてアッシュのほうを見た。

 「な、なあ、アッシュ。カゾールが何やったのか分かるか?」

 「……俺の想像でしかないが」

 そう前置きして、アッシュは今の攻撃を彼なりに解説した。

 「パンパンという破裂音と、ネストリアスのアニムスが詠唱していた『弾ける空砲』や『総てを打ち、砕け』という呪文から、空気を圧縮させたものを一気に解放した威力でサルバトーレのアニマを打ち倒したんだと思う」

 「ど、どういう意味だ?」

 「たとえば、ゴムボールを力込めて握ったとする。そのあと手を開けば、元に戻ろうとしてゴムボールは膨れるだろ? 握る力が強ければ強いほど、その還ってくる力は大きい。縮こまっていた空気が元に戻ろうとする反動を全身に受けることは、強烈なラッシュを受けているに等しいだろうな」

 「なるほどー」

 室内では、同じことをモーダンがユーウェンから聞かされていた。

 「……と、いうわけだ。どこにいるかは分からなくても、必ず自分に攻撃を仕掛けてくる。ならば、自分の周囲を無差別に攻撃すればいい」

 「そうくるとはな……」

 苦々しそうな声音で、モーダンがうめいた。

 「無色になったヴィーナスに対して、無色の攻撃を仕掛けてくるなんて……」

 「おや、それは有色だったら防ぐ手段があったということかな?」

 「……っ!」

 一瞬返答に詰まったモーダンを見て、ユーウェンは唇をつりあげた。

 「図星のようだな。君は駆け引きのある戦闘には向いていないと見える」

 「……好きに言うといい。どんな攻撃だって、ヴィーナスを傷つけることはできない」

 「では一つ、確かめさせてもらおうか」

 ユーウェンが手をパンパンと叩いた。それだけで主人の言いたいことを承知したかのようにカゾールはうなずくと詠いだした。

 「湧きあがるツェー 矛盾、解放、泪の聖母

  深淵の水逆巻き、泥と土に伏して生きるもの 自らの天幕へ降れ」 

 カゾールの足下から水が湧き出てきて、彼が手を挙げるとそれに従ってせり上がった。

 「それでは、失礼」

 いまだ倒れ伏したままのヴィーナスに向けて、カゾールは手を振り下ろした。大量の水が滝のようになだれ落ちる。

 「うわっ! えげつねえ!」

 誰かがそんな感想を漏らした。しかし、ヴィーナスにもモーダンにも焦りの色はなかった。

 「カラーコーディネート、対青ブルー!」

 モーダンの指示がどんなものだったのか、生徒たちにはよく見えなかった。ヴィーナスの反応が見える前に、水がヴィーナスの姿を隠してしまったからだ。

 二撃、三撃。大量の水がカゾールの腕の動きにあわせて、鞭のようにヴィーナスが倒れているところに叩きつけられる。

 「うわー、容赦ないねー」

 「あれってこの授業の趣旨的にいいのかね……って、はあ!?」

 次の瞬間起こったことに、驚きの声があちこちで上がった。

 「がっ!」

 「カゾール!?」

 カゾールが水をぬって平然と近づいてきていたヴィーナスに殴られたのだ。

 「あいたたた……」

 「……今度はこちらがしてやられたか」

 ユーウェンの頬がひくひくと引きつっていた。

 床に倒れているカゾールを見下ろしているヴィーナスの肌はオレンジ色だった。

 「私が無色の攻撃に耐えられないのは、それが見えないから。見える有色の攻撃なら、ぜんぜん問題ないのよ。ま、無敵と言うつもりもないのだけれど」

 「……ご謙遜を。私に膝をつかせた者など数えるほど。まったく、感服の一言」

 「ついでに降参してくれると、とっても助かるのだけど」

 「いやいや。まさか、そんな」

 立ち上がったカゾールは服の埃を払い、ハープを構えなおした。

 「リベンジということで、もう一曲お付き合いしてもらっても?」

 「ふん。見くびらないで欲しいわね」

 ヴィーナスの肌がもとの黄緑色に戻り、ふわりと宙に滑りだしたところで、

 「盛るゲー 灰被る君よ 円と渾然、燈える結晶に開く花 皎潔きょうけつの空に根付く大樹へ

  閉塞した世界、臨在する神 大地の底より目覚め来たれ、我が下」

 カゾールが次の呪文を唱えた。火柱が三本、四本と立ち上り、上空から火の雨が降り注ぐ。

 「カラーコーディネート、対赤レッド

 ヴィーナスの肌があっという間に緑に染まり、火柱の中を突っ切ると、腕を一・五倍ほど伸ばしてカゾールに殴りかかった。

 それを警戒していたカゾールは、今度は軽々とそれをかわした。

 「しかし嘆かわしい。せっかくの美しさが、その歪曲した腕で台無しではないか!」

 「あら、そんなに殴られたのがショックだった? 色男さん」

 伸びた腕は一瞬で元に戻る。唇に手を当て、ヴィーナスは淑やかに微笑んだ。

 「私の美しさは、この自由な体にあるの。自由に動くからこそ、どんな仕草も表現もできる」

 「……輪るハー 火車に色、鬼に衣

  さおりてさのぼる浄化の円 参らせ、釜の縁」

 今度は、ヴィーナスを捕らえるための赤や白の光の輪が浮かぶ。

 「面白いことを言うひとだ。同じ芸術の徒として、貴女との出会いを神に感謝しよう」

 この模擬戦は、今までのどれよりも激しかった。宙を行くヴィーナスに攻撃するために、カゾールが水を、炎を、自在に踊らすからだ。

 「なかなかやるな、あの美しきアヴァターラは」

 「君のもね。正直、あの詩才は欲しい」

 「残念だが、やれんな」

 呆気にとられる生徒たちを尻目に、室内の二人は普通に会話を交わしていた。どちらのアヴァターラも、決して相手の本体オリジナルの邪魔をしないからだ。

 「とはいえ、能力的に見事なものだ。姿を消したりするから、最初はカゾールと同じ魔術型かと思ったぞ」

 「そう思っても、君はそうだと決めつけていなかったはずだ。相手のタイプの見極めは、勝利に関わるからな。慎重で、決して傲らない。ものすごく面倒な相手だ」

 「ほめ言葉として受け取っておこう、美の聖人よ。まあ、身体強化型か魔術型かの二択でしばらく迷ったがな」

 「正解は身体強化型だ。でも、僕を相手にそこまで考える奴は普通いない。そんなこと考えなくても、僕自身やヴィーナスを見てたやすく勝てると思いこむからだ。君はずいぶん変わり者だ」

 「そうか。そういう意味で変わり者と呼ばれたのは初めてだ。……それで? これほどの実力を持つアヴァターラだ。ナメられて君たちはどうしたのかね」

 「もちろん、完膚なきまでに叩き潰してやったさ」

 ドガっという鈍い音がした。ヴィーナスの意外に重い一撃を、カゾールは防衛術式メカニクル・ディフェンスの内のひとつ、反動リアクションで受け止めていた。

 それを見て、モーダンはやれやれと首を振った。

 「……今のでしとめられないとか。君のアヴァターラ、おかしくないかい?」

 「それも、ほめ言葉だな」

 ユーウェンはにんまりと満足そうに笑った。

 結局、この組は決着がつかないまま五分が経ち、強制終了となった。


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