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それから三日経った後、ついに相手が仕掛けてきた。
「よ〜う。アッシュ・ディーストン」
教室を出ると、ブルーノが取り巻きを連れて待ち構えていた。
「何か用か?」
「先輩に対してなんて口のききかただ。やっぱりてめえの行動は目に余るな」
「俺に敬語を使って欲しいなら、敬意を払ってもらえるような先輩になることだ」
ブルーノのこめかみがぴくりと動き、周囲の人間も忌々しげにアッシュを睨みつける。
「……まあ、いい。ちょっと付き合えや」
ブルーノがくいっと親指を自分の後ろへ向ける。
「断ったら?」
「断れるつもりか?」
それを合図に、取り巻きたちがアッシュを囲むようにこちらへよってきた。
「……おい、アッシュ」
不穏な空気を読み取って、イルダスがアッシュに囁きかける。
喧嘩素人な生徒を蹴散らすことなどアッシュには容易い。だが、ここは廊下。遠巻きにこちらを見ている無関係な生徒もいることだし、ここで暴れるのは得策ではなさそうだ。
「いいぜ」
「アッシュ!?」
ニィとブルーノの唇がいやらしくつり上がる。
「よーし。賢い奴は嫌いじゃないぜ。ついてきな」
ブルーノが先頭を切って歩き出し、アッシュが続き、さらにそのあとについていこうとしたイルダスは止められた。
「お前はダメだ」
「はあ!? なんでですか、アルバートさん! オレも一緒に……」
「お前はお呼びじゃねえからだよ!」
アルバートがイルダスの肩を強く押し、彼は派手に尻餅をついた。
「いって!」
「ふんっ。とっと部屋に戻んな」
見下された上にそう言われ、意地でもついていったろかとイルダスが考えたとき、アッシュが首だけ彼のほうに振り返った。
「お前一人が来たところでどうにかなるもんかよ。自分のできることだけしとけ」
そしてさっさとブルーノのあとを追って歩き出してしまった。
「だとよ。見捨てられたなあ」
アルバートはそう言って笑い、彼もまた立ち去っていった。
(……?)
だがアルバートが気づかずとも、イルダスにはアッシュの目が言葉以上のものを語っているように見えた。アッシュの言葉の意味を噛み砕いて噛み砕いて、ようやく理解したイルダスはあるところを目指して走り出した。
一階へ下りるのは予想済みだったが、実習室ではなく講堂へ向かうのを見て、さすがにアッシュはおかしいと思った。
『君は近いうちに必ずブルーノと対戦する』
ミカエルはそう言っていたし、ブルーノが本気でアッシュを潰そうとするならアヴァターラに頼ってくるはずだと、アッシュも思っていた。
「おい、どこへ行くんだ。実習室じゃないのか」
「あ? 見りゃわかんだろうが。おい、開けろ」
さっと前に出た取り巻きの生徒が講堂のドアを開ける。
講堂へ踏み入るのは入学式以来二度目だが、あの時とは大きく違っていた。
まず、椅子がない。代わりに、講堂の中心を広くあけて数十人の生徒が円形に並んでいた。ドアが開いたのを見ると、一部の生徒たちがさっと左右に分かれて、中心へ続くための道ができた。
そこを通りながら、集まった生徒たちを観察する。
(一年生が多いようにも見えるが……。どうせ、俺のことを疎んじている連中ばかりだろうな)
見回しているうちに、人と人との間からリューガやウェズリーの姿を見つけたアッシュは、その仮定が正しかったことを確信した。
「さあて、アッシュ・ディーストン。今日てめえを呼んだのは他でもねえ」
ブルーノはもったいぶって振り返ると、アッシュに指を突きつけた。
「てめえに男同士、一対一の決闘を申し込むためだ!」
「……決闘? 模擬戦、ではなくか?」
「そうだ。おれは『深紅の騎士団』に属している者として、これ以上てめえの身の程知らずな振る舞いを見過ごすわけにはいかねえと判断した。だからこそ、この決闘だ。まさかここまできて、断るなんて言わねえよな?」
ブルーノは手首をふってサンドラを喚び出した。それを見て、いつもより深くアッシュの眉間にしわが寄った。
(なんとも勝手な言い分だが……それより、アヴァターラを喚び出すくせに実習室を使わないのか?)
アヴァターラの戦闘力は生身の人間を大きく上回る。故に、試合目的でアヴァターラを使用するときは国が定めた安全基準を満たした場所でしか許可されていない。この世界では、子供でも知っていることだ。それをブルーノが知らないはずがない。
ニヤニヤと笑いながらこっちを見ているブルーノの考えていることは、わざわざ推し量るでもなくすぐに察せられる。
(俺をできるだけみっともなく倒し、自分の権力誇示と憂さ晴らしをすること。この前のグランツェと同じだな)
ざっと目を走らせてみたが、この決闘に合わせて講堂に何か新しく物を設置した様子は無い。
(こいつは何を狙ってわざわざリスクの高い講堂を選んだ? 自分のアニマを喚び出したということは、俺にもアヴァターラを喚び出せってことだろうな。場所を指定したのは向こう……)
目的は分かった。状況も把握している。では、その意図は?
(アヴァターラの行動制限か!)
グッと拳に力が入る。
(サンドラとやらは伸縮自在なうえに、障害物の回避が可能なファントムソードを有している。この大勢の観客や防護設備のない講堂に傷をつけることなくカルヴァリーレを攻撃できるだろう。だがカルヴァリーレは主に大剣を使う、どちらかと言えば力技の攻撃方法だ。万が一にも、生徒を傷つけたり設備を壊したりしたら、俺だけが全ての責を背負わされるんだろうな)
うまく誘い込まれたものだ。だが、こちらも無策でこんなところへ来るほどお人好しではなかった。
「さあ、どうした。返事は?」
まだ日は高い。講堂内には燦々と陽光が窓から降り注いでいた。
「……いいだろう」
アッシュも右手をふり、カルヴァリーレを喚び出した。
「そのタイマン勝負の決闘、受けてやる!」
うまく誘いに乗ってきたと言いたげに、ブルーノが笑った。
「よーし、言ったな! お互い他の奴には絶対手出しさせねえ、完全なタイマン勝負だ。男に二言はねえな?」
「ない」
「けっこうだ」
そしてブルーノがアルバートに目配せをする。アルバートは頷くと手を挙げた。
「それじゃあ、構え!」
審判というよりは、ただ合図を出すだけの役のようである。
サンドラが刀身のない柄を生成する。アッシュは、いくつかの銀の玉と一緒に準備していたあるものをカルヴァリーレに渡す。
「任せたぞ、カルヴァリーレ」
「そちらも、抜かりなくな」
カルヴァリーレは渡されたものを握りしめ、一歩踏み出した。
双方の用意が整ったのを見て、アルバートが手を振り下ろした。
「よーい、はじめ!」




