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この日、アッシュは久々にイルダスに付き合って模擬戦を観戦しにいくことになった。
「マジで!? 行けんの!? やっほーい!」
両手を上げて喜んだイルダスは、アッシュの気が変わらないうちにと背を押して一階へ連れて行った。
アッシュはたまたま時間が空いていたから観戦に訪れたのだが、実習室の前に佇む人を見て、さっそく来たことを後悔した。
「おお。なにやら久しぶりのような気がするな、アッシュ。元気だったか?」
「失礼します」
「うおおおおい! 帰るな、帰るな!」
レグルスに気づかれると同時にアッシュはきびすを返そうとし、慌ててイルダスが引き止めた。
「相変わらずつれない奴だな。どうだ、『深紅の騎士団』に入る気にはなったか?」
「どれだけ待っても、俺の答えは変わらないんで」
「そこも相変わらずか。しかし、今日ここで会えてよかった。クラスを訪ねる手間が省けたというものだ」
途端に、アッシュの眉間にしわが寄る。
「まだ俺に用があるのか」
「そう目くじらを立てるな。次の休暇のとき、お前をウチの別荘へ招待しようと思ってな。もちろん、イルダスも一緒だ」
「は「ええっ⁉」
アッシュの声は、イルダスの声にかき消された。
「べ、別荘て、ていうか招待? オレをですか? な、なんでまたオレなんかを……」
「そうだ。他にも誘いたい奴がいるならば言うといい。これはべつに、派閥の集まりじゃない。俺が個人的に声をかけているだけだ」
「ま、ますます恐れ多いじゃないですか」
「そんなに畏まるほどではない。同じ学校の先輩と後輩で共に過ごそうというだけの話だ。夏休暇は盛夏の折から初秋まで、約二ヶ月ある。それのわずか一週間ばかしの話だ」
「……盛夏から初秋まで?」
何かがアッシュの中で引っかかった。
「そうだ。初等・中等の頃より長いだろ? 信じられなければ、手帳の学年暦を確認するといい」
アドバイスに従って手帳を開けば、たしかに夏の休暇は初秋までかかっていた。
(これは……)
「まあ、まだまだ先のことだ。少し検討してみてくれ。色よい返事を期待しているが」
難しい顔をしているアッシュの胸中をどう解釈したのか、レグルスはそう言った。そして、イルダスに向き直ると意地悪く笑った。
「ところで、この間ブルーノに派手に負けたらしいな。イルダス」
「! いやー、はい。情けないことにズダボロでした。さすがに悔しかったですねー」
一瞬イルダスの顔が強張ったようだったが、すぐにへらっと笑って頭をかいた。
「なんか予想もしない攻撃ばっかで、なかなか読めなくて」
「アレの戦い方は一風変わっているからな。あいつと同じ戦い方をしている奴は、ひょっとしたらこの世界にはいないんじゃないか」
「そうなんですか? まあ今度はちゃんと研究して、対策を練ってから挑みますんで! 勝ちますよ!」
「ほう。言ったな」
レグルスは目を細めて口元を吊り上げた。
「であれば、しっかり見るべきだな、イルダス。今、この中で模擬戦をしているのは件のブルーノだ」
「えっ! ホントですか!?」
すぐさま実習室の窓に張りついて、目を凝らした。
「では、楽しみにしているぞ。イルダス」
「はいっ!」
レグルスはイルダスにそう一声かけて、立ち去っていった。
ミカエルの「予言」を思い出したアッシュも、並んで実習室の中を見る。メイド服を来たアニマが、炎を操るアニムスと相対していた。
「あっちの光の剣を振り回しているほうが、ブルーノのアニマだったか」
「おう。……って、せめて「さん」ぐらいつけろよ」
「つけるような相手じゃないだろ」
イルダスはその開き直りの良さに呆れたようだったが、否定はしなかった。
炎がトルネードのように螺旋を描いてサンドラへ迫っていく。彼女はそれをかわしてファントムソードをのばしたが、相手のアニムスは炎を目くらましにも使って、自分のいる場所を悟らせないでいた。
「な〜るほど、上手いな。炎は攻撃性にも優れているから追いつめることもできるし、ああやって自分の姿も隠せる。やっぱりサンドラには物理攻撃以外がいいよなあ」
「……なんで物理攻撃以外がいいんだ?」
ぶつぶつと呟いているイルダスに、アッシュが遠慮がちに尋ねた。答えが返ってこなければそれはそれで構わなかったが、イルダスは目を離さないまま答えてくれた。
「サンドラのあの剣、ファントムソードっつーんだけど、伸縮自在で障害物も避けれるうえに、斬撃の威力もあるから、たいがいのものは切れる。剣で受け止めようにも、たぶん切先が回り込んでくるだろうな。だから、遠くからの非物理的攻撃が効くんじゃねえかっていう話だ。けど、ミルサの雷撃避けられたんだよなー。念を入れて水まで用意したのに……」
「水……? どういう算段だったんだ?」
「伝導性のいい水をサンドラに浴びせることで、雷撃の命中率を上げようと思ったんだ。水自体で足止めしようっていう気持ちもあったし。けど、上手く水の流れから脱出されたあげく、雷撃があの剣のほうに流れて当たらなかったんだよ!」
「光の剣にどうやって雷撃が流れるんだ?」
「知らね。なんか細工でもあるんだろ」
食い入るように模擬戦を見つめるイルダスにつられて、アッシュもサンドラの動きを凝視する。
広い室内をファントムソードが動き回り、乳白色の軌道が赤い炎に映える。
それが、夢の中の街と重なった。
(……あ)
唐突に、それこそ雷撃のように、ある仮説がアッシュの中にひらめいた。
「グランツェ!」
「うお!?」
イルダスが痛いと思うぐらい力をこめて、アッシュは彼の肩を引いた。
「な、なんだよ?」
「お前に調べてもらいたいことがある」
声をひそめて、イルダスの耳元で囁いた。
「ブルーノに知られないように」
イルダスは訳も分からず、首を傾げるだけだった。




