1
研究者たちに催眠をかけられて、まだ少し朦朧とする頭を抱えてアッシュが部屋に戻ったとき、イルダスはミルサを呼び出して三日前の戦闘の振り返りをしていた。
「お、おかえりー。アッシュ」
「今日もやってるのか」
「ああ。今度はこっちが見下して高笑いしてやるぐらいの気持ちで臨もうと思って。前は雷撃が剣のほうに流れたから、直接叩き込むか雷撃以外の攻撃手段を考えねえと……」
「……そうか」
だんだん尻すぼみになっていくイルダスの言葉に短く返事をし、アッシュはラフな格好に着替えるとベットに寝転がった。
無機質な石の天井を眺めていると、徐々に睡魔が襲ってくる。そのまま目を閉じようとしたとき、アッシュの目の前で水浅葱色の光が定期的な点滅を繰り返した。
(! このリビドーの色は………!)
ハッと目を見開くと、アッシュは光の点滅を読み取ろうと目を凝らす。
『アッシュへ。カリル・イーゼハイト』
(やっぱりカリルか!)
アッシュの顔が瞬時にほころぶ。もしイルダスがそれを目撃していれば、そしてそのとき飲み物を口に含んでいたとしたら、間違いなく吹き出していただろう。それだけ、アッシュの仏頂面が崩れるのは珍しいことだったのだ。
アッシュは気を落ち着かせると、幼なじみの顔を思い浮かべながら自身のリビドーを発動させた。
この世界で遠隔地と連絡を取る方法は二つある。ひとつは発達した鉄道網やアヴァターラを駆使した手紙の配達。もうひとつは、人のリビドーを利用した光通信だ。光の明滅で音を表し、それを繋げて言葉にするのだ。
その方法は、通信したい相手の顔を強く思い浮かべ、リビドーを発動させる。そして自分がどこの誰なのかを点滅で名乗る。相手が通信できる状態であれば、相手も同じようにリビドーを自分のもとへ発現させてくれるので、そこから『会話』するというものだ。望む相手に繋がらないこともままあるのが欠点だが、しかし手紙と違って現在進行形で意見を交わせるので、大衆は光通信を積極的に使っていた。
アッシュがカリルへ名乗り返してすぐ、光の明滅パターンが変わった。
『久しぶりだな、アッシュ』
「ああ。久しぶりだな、カリル。元気だったか? シャルロックは?」
光通信をするとき、人は声を出さない。光通信はリビドーの明滅を読み取り、またリビドーを点滅させるものだ。そこで声を出せば、ただ独り言を言っているようなものだ。
『あったり前だろ! 毎日毎日新しいことばっかりで、楽しんでしかいねーよ!』
ニカッと笑う幼なじみの顔と、踊るようにはねる声が想像できる。
『シャルのやつも元気そうだぜ。こないだは初めて一人で市場まで出たんだとよ』
「そうか。すごいな」
カリル・イーゼハイトとシャルロック・セルリア。アッシュが唯一心を許す幼なじみたちだ。彼らは今、遠く離れた極東の故郷にいる。姿も見えないし声も聞こえないのに、それでも大事な友だちの存在を感じて、アッシュは心がじんわりと温かくなるのを感じた。
つい、枕元に置いた本へ手が伸びる。これは二人が贈ってくれた餞別だった。だからこそ、リューガに触れられたときあんなに激怒したのだった
『お前のほうこそ、どうなんだ。中央の研……いや、学校なんかに送られてさ』
研究所、と言いかけた言葉を訂正する。
「……まあ、まだ五体満足だよ。むち打ちもされてねえし」
『そっか。よかった、ちょっと安心したぜ。……クラスメートはどうだ? 田舎者っつってバカにされてねえか?』
「それはないな……。ホモデメンスだっていって、妙に人気者ではあるが」
『人気者?』
「ああ。憧れもあり、やっかみもあり、ちょっとしたアイドルの気分だ」
『へぇ〜〜』
それは想像していなかったのか、カリルはそう返してきた。
アッシュはざっと学校生活を振り返ったところで、そういえばと思い出した。
「なあカリル、お前たしか見習い記者になったんだよな?」
『そうだぜー。今イチバン話題になってるのは、街長の選挙かな』
「どうせまたあの暢気なおっさんなんだろ」
『正解。今んとこ対抗馬もないし、ほぼ決定だろ。ま、いるはずもねえよなー。こんなうまみのねえど田舎で。これで四期連続十年目! 街長の任期に制限なんてないからさあ、今やあのおっさんがはたしていつまで街長を続けられるか、史上最長街長に挑戦だー! なーんてなってるぐらいだからな。アハハハッ!』
「ハハッ。それでさ、お前ブルーノって知ってるか? 街長の息子らしいんだが」
『ああ〜。聞いたことはあるぜ、直接見たことはねえけど。なんかすごい人らしいな』
「え?」
アッシュが知るブルーノは、長いものに巻かれろを地でいく男だ。
(ある意味では『すごい』かもしれんが……)
『そうそう。ブルーノ・オーガストだろ? なんか中等校を卒業するとき、監視光網使用免許を取得したらしいぜ』
「はあ? マジか」
思っていたよりも、たしかにそれは『すごい』ことだった。
監視光網とは、王宮や公共の私設、道路などを監視するもののことだ。
リビドー色は通常、一生色を変えることはないが、天賦の才と努力いかんによっては太陽光色にのみ変えることができる。太陽光色は、文字通り太陽の光と同じ色のことだ。明確な色がついている普通のリビドーの光と違い、これは言うなれば透明色のリビドーの光だ。この太陽光色にリビドーの色を変えることのできる者だけが、監視光網使用免許を取得する資格を与えられるのだ。
なぜ他の色でなく太陽光色でないとダメなのかと言えば、それが一番自然な光で、他の色だと国民に監視光網の存在が明示され、プライバシーを侵害していることが目に見えて明らかになるからだ。非難が集中するだろうことは想像に難くない。
だが免許を取得するためには、太陽光色に色を変えられたあとも、まだ訓練をする必要がある。監視光網は、太陽光色のリビドーで照らされた場所を脳内に映す技術だ。この、脳内で像を結び鮮明な映像として見続けるようになるのが難しい。
(この免許を取得した者は、ほぼ無条件かつ自動的に監視員の職に就く。拘束時間も長いし、神経を使う仕事だが給料はとても高い。中等校卒業時に免許を持っていたということは、引く手数多だっただろう。それでもこの学校に来たということは……)
自分を売り込みに行ったか。
アッシュは目を細めた。監視員はれっきとした国家公務員だが、議員や貴族などの権力者との癒着もまたよくあることだった。
『当時はだいぶ騒がれたみたいだぜ。なんせこんな田舎で、弱冠十五歳の少年が監視光網の免許を取ったんだからな』
「でも、全然覚えがないな」
『だってお前、それどころじゃなかっただろ。ちょうど、お前がカルヴァリーレを喚び出したのと同じくらいのときの話だぜ』
「……ああ、そうか」
楽しくもないことを思い出させてしまったことに気まずさを感じたのか、カリルは慌てて違う話題を振ってきた。
『そうそう! 今こっちで話題になってるのが他にもあってな、『年半ばの盗人』って言うんけど』
「なんだ、それは」
胡散臭げに眉をひそめる。なんというネーミングセンスか。
『ここ三、四年ぐらい頻発してる空き巣のことさ。オレもこっち出てくるまで知らなかったんだけど』
「空き巣?」
『そう。春祭りと秋の収穫祭の頃に被害が集中してるらしいんだ。だから、半年ごとに現れる泥棒ってことで、『年半ばの盗人』』
「由来は分かったが……三年も四年も連続して現れてるのに、まだ捕まえられてないのか?」
『そうなんだよ! 全然、しっぽもつかめてないんだってよ。ウワサも広がって、けっこう警戒してる家も増えてきてるってのに、その穴をつくように人がいない家だけをピンポイントで狙ってくんだってさ』
「組織的犯罪か? いや、未だにしっぽをつかめてないってことは、単独犯か?」
『さあ〜? 色んな紙が憶測を飛ばしてるけど、なんともー』
見習い記者として、自社のみならず他社の記事にも目を通しているらしい。
「空き巣に入られた家に共通点とかあるのか?」
『うーん。実行委員とか屋台の管理者とか、とにかく祭に何らかの形で関わってる人がほとんどってことかね、強いて言えば。けど、それ以外の人の家だって入られてるし、一概にゃ言えねえなー』
「偶然に偶然が重なっただけで、実は一件一件の空き巣は全て違う人物によって行われていた、とかはどうだ」
『そりゃねえな。全部の……その年半ばの盗人による犯行だと目されているものに関しては、どれも同じ入られ方をしているんだよ』
「同じ入られ方?」
『そっ。鍵穴に一切傷を付けず、窓も割らず、もちろん壁に穴をあけたり天井を突き破ったりもせず、まるで煙のように家に侵入して、室内を少しも荒らさず金品だけを盗んでいくんだ』
「大したやつだな。……?」
アッシュはふと違和感を覚えた。似たような話を最近聞かなかっただろうか。
「なあ、カリル」
『なんだ?』
「実はこの間、クラスで空き巣に入られたって話をしてる女子がいたんだがな」
『マジか。そっちでも空き巣流行ってんの? おちおち外に出ることもできやしねえな』
「空き巣は流行るというかは知らないが、聞いてる限りお前の言う年半ばの盗人と手口が同じだ」
『! へえ……』
面白いことを聞いたとでもいうように、 カリルは目を光らせたならぬリビドーを瞬かせた。
『詳しく聞かせろよ』
「と言われてもな。大声で話しているのを拾い聞きしただけだからな」
『構わねえって』
「たしか……家に帰って金庫を開けたら金がなかったそうだ。金庫を開けるまではなんの異変も感じなかったらしい。それで警察に届け出たはいいが、附属学院に通う生徒の空き巣被害が急増しているから気をつけるように、とだけ言われた……と言っていたかな」
『附属学院に通う生徒……? 他の人たちの被害はないのか? あ、てかその女の子の家族はどうしてたんだよ。なんか目撃したとか……』
「いや、そいつは一人暮らしだ。学生寮の抽選に落ちて、下宿を紹介されたクチだな」
『ふーん。面白そうじゃん。ちょっと調べてみっかなー』
リビドーの点滅だけで、カリルがウキウキしているのが分かる。
「ああ、そうだ。もう一つ」
『なんだ?』
「金庫の鍵は肌身離さずそいつが持っていたらしい。そう叫んでいた」
『なるほどね。たしかにコッチのケースと似ているか』
「ま、それこそ偶然かもしれないけどな。なんせ国の中央と寂れた田舎町での話だ」
『だから調べてみる価値があんじゃねえか』
「ふっ、そうかもな」
アッシュが口元を緩めたとき、机を二つ挟んで隣のベットからイルダスが間延びした声で注意を促してきた。
「アッシュー。もう消灯時間だぜー。見回りの寮監に見つかったらうるせえぞー」
「……っ!」
たしかに時計を見れば、就寝時間をわずかに過ぎている。妙にアッシュのことを目の敵にしているサボエラに規則違反が見つかれば、色々と厄介そうだ。
「……すまん、カリル。寮の就寝時間になってしまった」
『あ、マジか。早いのな』
「……」
『……』
楽しいときほど終わりは早い。名残惜しい沈黙を、アッシュは自ら断ち切った。
「……じゃあ、おやすみ。カリル。シャルロックにもよろしくな」
『……ああ、おやすみ。……負けんじゃねえぞ、アッシュ』
「……ああ。もちろんだ」
そして、ふっと水浅葱色の光が消える。カリルの目の前からも、猩々火色の光が消えたことだろう。
アッシュもイルダスも、自分のリビドーを消して真っ暗になった部屋で、
「随分話し込んでたなー」
イルダスが羨ましそうに声をかけてきた。自分の作業に集中しながら、時々漏れ聞こえてくるアッシュの笑い声や驚いた声が気になっていたのだ。
「……意識してなかったが、そうみたいだな」
「友だち?」
「そうだ」
「ふーん」
それっきり、イルダスは黙ってしまった。




