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パンゲア王国の異端児譚  作者: 霧ヶ原 悠
第四章  獅子王の誘い、貴婦人の招き
12/21


 波乱の入学式から二週間が経った。

 「運動しても全然ダメだったわ。他には何をしていたの?」

 「勘弁しろ」

 その日、登校してすぐアッシュはミツヤ・ランダートという名の女子生徒に絡まれ……教えを乞われていた。

 「まーた何か言ってるぜ」

 「飽きないねえ、ミーちゃんも」

 イルダスとレベッカ・ファクトリフが朝の挨拶の代わりに笑顔をかわす。

 アッシュは、一生徒として教室になじみつつあった。

 ウェズリーやリューガなど、相変わらずアッシュを目の敵にしている生徒もいたが、そんな者たちばかりではなかった。アヴァターラ研究において、世界の最先端を行く王立研究所。その附属学院という場所であるせいか、ここには他人のアヴァターラに対して前向きな好奇心を持つ生徒も多かった。彼らは気さくにアッシュに話しかけてくる。

 ミツヤ・ランダートもその一人だった。レベッカは彼女の幼なじみだという。ちなみにレベッカは寮住まいだが、ミツヤは抽選で落ちて下宿になってしまったそうだ。

 入学式の日、リューガと殴り合いの喧嘩をした反省文を書き終わったアッシュを教室の外で待ち構えていたのが、彼女だった。

 「あなたのアニムスの姿に心を奪われました! どうやったらあんなにかっこよくなれるんですか? 教えて下さい!」

 開口一番、彼女はそう言って頭を下げた。訳が分からず戸惑っているアッシュに、先に話を聞いていたイルダスが説明した。

 曰く、ミツヤのアニムスはフードで顔を隠した、陰湿で、チビな、骸骨のような男なのだそうだ。しかし、

 「アヴァターラは一生! 毎日! 見るものなんだよ? どうせならムッキムッキの頼りがいのあるイケメンがいいじゃん!」

 という思いがあり、まさに彼女の理想体であるカルヴァリーレの本体オリジナルのアッシュに「どうやってアヴァターラを育てたのか」ということを聞きにきたということらしい。

 「ありのままのアヴァターラではだめなのか」

 「だめっていうか、イヤなのよ。変えられるものなら変えたいじゃない。私はそういうことも勉強したくて、この学校に来たんだから」

 研究の第一歩として、自分のアヴァターラを変えたいというのだ。

 とはいえ、そんなことなど意識したことがないアッシュはとりあえず、

 「……アヴァターラは人の無意識を具現化したものだ。アヴァターラを変えたければ、まずアンタから変わってみたらどうだ?」

 と答えておいた。すると、彼女は次の日からさっそく体を鍛え始めた……のだが。

 ここで話は最初に戻る。

 「あのな、ランダート。たかだか二週間で体作りの効果が出るはずないだろ」

 「でもー」

 「急いては事を仕損じるという格言があるだろ。だいたい、体作りってのは、三ヶ月続けてようやく効果があるようなものだぞ」

 ミツヤは頬を膨らませてアッシュを睨むが、彼はそれを無視してさっさと席についた。

 「やあ、目覚めの気分はいかがかね? 灰色狼」

 ななめ後ろの席に座るユーウェンが本を片手に尋ねてきた。彼女なりの挨拶だった。

 「今日は悪くない」

 「そうか、それはなによりだ。ところで、ヒルダ嬢の使いが昨晩私の部屋に来たのだがな」

 ユーウェンがそう切り出した瞬間、アッシュはばっと耳を塞いで机に突っ伏した。

 「聞きたくねえ」

 「そう言うな。一ヶ月後、彼女の実家で『薔薇色の人生ラ・ヴィアン・ローズ』のメンバーで茶会をするそうだ。そこに灰色狼、君にもぜひ来てほしいとのことだったよ」

 「聞きたくねえっつてんだろ。だいたい誰が行くか、そんなもん」

 「しっかり聞いているではないか」

 ユーウェンは口を開けて笑った。

 『薔薇色の人生ラ・ヴィアン・ローズ』というのは、学院の約三分の一の生徒が属している派閥パーティの名前だ。

 派閥とは、代々引き継がれる、もしくは一人のカリスマ的生徒によって新設されるある集団のことだ。そこに属することができれば、試験の過去問の調達から施設利用の融通まで様々な権限を得られることはもちろん、卒業後にはより有力な進路を紹介してもらえるなど、その恩恵ははかりしれない。

 現在の学院は大きく三つに分かれていた。まずは新入生も含めてどこにも属していない生徒たち。次に、地方領主の孫娘に当たるヒルダ・クラウストがリーダーを務める『薔薇色の人生ラ・ヴィアン・ローズ』。そして、超有力議員の次男レグルス・マーカイックがトップの『深紅の騎士団ルージュ・シュヴァリエ』。アッシュは、この両方からスカウトを受けていた。

 「俺は初めから誰にも使われる気はないって言ってるだろうが」

 「ただ断られた程度で諦めるお人ではあるまい。二人ともな」

 そもそもの始まりは、入学式の翌日にイルダスが「上級生が模擬戦してるらしいから見に行こうぜ!」と言い出したことだった。

 渋るアッシュをユーウェンとなだめながら、三人で実習室まで出向き、雑談を交えながら模擬戦を観戦していた。

 「お前があの有名な〝ホモデメンス〟アッシュ・ディーストンか」

 するとそこへ、廊下の向こうから男女数人の生徒とともに男がやってきて、そう口を開いたのだ。

 「誰だ?」

 不機嫌さを隠そうともしないアッシュは、彼を遠慮なく睨みつけた。

 アッシュの問いに対する答えは、目の前の男でも、お供の生徒たちからでもなく、アッシュの隣で「すげー! かっけー!」と騒いでいたルームメイトからだった。

 「どわあああ、えええれ、レ、レグルス・マーカイック、殿!? うっそん!」

 ユキアに初めて会ったとき以上の動揺を見せて、イルダスは目と口をまん丸に開いた格好のまま固まった。

 レグルスは、興味なさそうにチラッと視線をやったが、ふとした顔になってイルダスに向き直った。

 「その顔には見覚えがあるような気がするな。どこの家の者だ」

 レグルスに見つめられて、ハッと我にかえったイルダスは、しどろもどろになりながら答える。

 「え、あ、い、イルダス・グランツェです……。ええ~、父ともども、あ〜いつもお世話に……え~なっております……」

 それを聞いて、得心がいったようにレグルスは頷いた。

 「ああ、ルート殿の。久しいな」

 「どうも……。覚えていただいていたようで、光栄です……」

 イルダスの態度から察するに、この男の親も議員なのだろう。アッシュはそう結論づけた。

 レグルス・マーカイックは、美丈夫という単語が似合う、花のある男だった。たてがみのような赤い髪をなびかせ、つりあげられた唇と目はまさに大胆不敵。おまけに、肩幅の広いがっしりとした体格をもっていた。強烈なカリスマ性をもつリーダーとして、慕われているのもうなづける貫禄だった。

 (ふむ。なかなかにイイ男だな。さぞかし女性にモテるだろう)

 ユーウェンはアッシュの横で壁に背を預けながらそんな風に評価を下した。

 「えーと、ところでレグルス殿はどういったご用件でここに? あ、もしかして模擬戦をしにですか?」

 心なしか、イルダスの語尾が跳ね上がっていたようだが、レグルスは「いや」とあっさり首を振った。

 「え? じゃあなんで……」

 レグルスはふっと人を魅了するような笑みを浮かべると、一歩アッシュに近づいて手をさし出した。

 「ここにいるアッシュ・ディーストンを、我が派閥パーティ深紅の騎士団ルージュ・シュヴァリエ』にスカウトしにきた!」

 「……はあ?」

 言われたことの意味が理解できず、自然と眉がよる。それをどう勘違いしたのか、レグルスのすぐ横に立っていた男子生徒が、腕まくりをしながら足を踏み出した。

 「てめえ。なんだ、その態度は。レグルスさんが直々に……」

 「待て、ブルーノ」

 「レグルスさん、けど!」

 ブルーノという名らしい男子生徒を押しとどめ、レグルスは手を下げて愛想のいい笑顔を浮かべた。

 「いきなりこんなことを言われても、信用できんのも道理だろう。何か疑問があれば聞くといい。全てに答えよう。それが誠意というものだ」

 「何もかもだよ。色男」

 敬語を使う気などさらさらないアッシュに、ブルーノは青筋を浮かべ、イルダスも珍しく本気で焦っていたが、本人はどこ吹く風。レグルスも、むしろ楽しそうに聞いていた。

 「そもそも、まずアンタは何者だ。パーティってのは何だ。なぜ俺をスカウトする?」

 「ふむ、まずはきちんと名乗れということか。……俺はレグルス・マーカイック。この学院の三年生だ。そして『深紅の騎士団ルージュ・シュヴァリエ』のリーダーでもある。好きな物は母の手料理と乳母が作ってくれるスコーンで、趣味は鍛錬と読書だ。スリーサイズは」

 「どうでもいい。つーか、むしろいらねえ、そんな情報」

 嫌そうに口元を歪めるアッシュに、レグルスはひょいと肩をすくめてみせた。

 「自己紹介とは、こういうものだと認識していてな」

 (…………苦手だ、こういうタイプは……)

 そのひょうひょうとした言い方に、アッシュは心の中でこっそりと呟いた。

 「さて、嫌がられたから自己紹介はここまでにするが」

 (おもしろくない……)

 「次は派閥についてだったか。まあ、お前はまだ入学して二日だからな。知らないのも無理はない。派閥とは、簡単に言えば『学内における共同体』だ」

 「学内における……」

 「共同体……」

 イルダスとユーウェンがそれぞれ復唱する。

 「そうだ。共に助け合い、切磋琢磨し、また共通の利益を求めて集団で活動する。初等・中等学校時代も、仲のよい者同士が集まってグループを形成していただろ? それの拡大判だと思えばいい。……もっとも、そのころのもとは違って、派閥にはルールも秩序もあるがな」

 口の端から鋭い犬歯がのぞく。笑っていても、そこに親しみや気楽さは一切なかった。

 「ただの仲良しこよしではない。派閥は生徒の強力な後ろ盾となり、絶大な権威を振るう。無用な混乱と争いを防ぐためには、遵守すべき規律というものが必要だろう?」

 「……だったら、ますます意味が分からない。なんで俺なんかをスカウトするんだ?」

 レグルスは一団を率いる長として、誇りや思慮深さを持ち合わせているだろう。今の一言で、それが垣間見えた。だからこそ、余計に理解しづらかった。

 「俺は知っての通り世界初、史上初の異端児だ。原因も不明、この先どうなるかも分からねえ。そんな謎な奴を、トップ自らがスカウトして集団に引き入れる? それこそ結束にヒビが入るとか、無用な混乱を引き起こすとか、考えなかったのか?」

 概ね人は、自分と大きく違うものに対しては恐怖し、それを排除しようとする。未知の、異質なものは種の存続すら危うくするからだ。

 しかし、レグルスはアッシュの指摘を鼻息一つで一蹴した。

 「自嘲か。くだらんな」

 「く、くだらんって……」

 「俺がお前をスカウトする理由はただ一つ。お前が優秀だからだ。お前自身も、お前のアヴァターラもな」

 「優秀、だと?」

 「ああ。運動能力、学業成績ともに優れているのは、お前の過去の資料を見れば分かるからな」

 「どうやってそんなものを手に入れたんだ?」

 不審そうなアッシュの質問にも、レグルスはニヤリと笑ってみせるだけだった。

 (職権乱用め)

 こっそり心の中で呟いておく。

 「お前のアヴァターラの性能も知っている。むしろ、こちらのほうが資料は充実していたか。それに、昨日の模擬戦の話も聞いたしな」

 「昨日の話だと?」

 「そうだ。うちの参謀が聞いたところによると、大剣から弓矢に武器を切り替え、相手を追いつめたそうだな」

 ブルーノの反対に立っていた萌葱色の髪の男が、得意げに眼鏡を押し上げた。

 「……言っとくが、武器の切り替えが勝因になったわけじゃない。そもそも、勝ったわけではないしな」

 「ああ、聞いている。だが、多種多様な武器を使えるということは、それだけ汎用性が高いということだ。しかも自分で戦況に合わせて判断・行動ができるとなれば、より使えるアヴァターラだ」

 そして、レグルスは再び手をさし出した。 

 「お前の力は俺の下でこそ発揮されるべきだ。『深紅の騎士団ルージュ・シュヴァリエ』に来い! アッシュ・ディーストン!」

 力強い自信にあふれた声。普通の生徒なら、迷わずその手を取っていただろう。これほどの人に必要としてもらえていることの誇らしさや、この人の役に立ってみたいと思わせるカリスマ性など、「この人についていきたい」と思えるだけのものが、たしかにレグルスにはあった。だが、

 『より使えるアヴァターラだ』

 平然とそう言ってのけたレグルスの手は、アッシュには取れなかった。

 「……俺は、」

 「お待ちなさい! レグルス・マーカイック!」

 突然、甲高い声が割り込んできた。

 「……来たか。人の迷惑も考えぬあばずれが」

 レグルスをはじめとした『深紅の騎士団ルージュ・シュヴァリエ』の面々が、揃って頬をひくつかせた。

 「そのスカウトはとても見逃せないわね。アッシュ・ディーストンは、わたくしの『薔薇色の人生ラ・ヴィアン・ローズ』に入ってこそ輝くのよ!」

 アッシュたちが振り返れば、背後に多くの生徒を引き連れた金髪ツインテールの女子生徒が腰に手をあてて立っていた。

 「今度はなんだ」

 またも現れた面倒ごとの気配に、アッシュは重いため息をもらした。

 くいっとあごをあげた女子生徒は、高らかに名乗った。

 「はじめまして、ね。アッシュ・ディーストン。わたくしはヒルダ・クラウスト。派閥パーティ薔薇色の人生ラ・ヴィアン・ローズ』の三代目パトロンよ」

 「はあ」

 相変わらず、アッシュの反応は薄い。しかし幸いというか、ブルーノのようにつっかかってくる生徒は、この派閥にはいないようだ。

 ヒルダは片手を腰に、空いた手を胸に当て、アッシュの目を覗き込む。

 「あなたをわたくしの『薔薇色の人生ラ・ヴィアン・ローズ』に招きにきたの。安心なさい、わたくしの派閥はそこのむさ苦しい野蛮な奴らと違って、とても優雅で文化的な派閥だから」

 「待て。野蛮とは聞き捨てならないな。このあばずれ娘が」

 レグルスが、危険な緊張感をはらませて一歩を踏み出そうとした。が、ヒルダは冷ややかな目を向けるだけだった。

 「お黙りなさい、下民が。わたくしはアッシュ・ディーストンと話をしているのよ」

 「なんだと……!」 

 気色ばむ『深紅の騎士団ルージュ・シュヴァリエ』の面々。ところが、ヒルダが気にする様子はない。すぐさまアッシュのほうに向き直り、話を続けた。

 「それにね、わたくしたちはこの野蛮人のようにあなたのアヴァターラの性能がどうとか、何も言わないわ。わたくしの派閥に入る条件はただ一つ。美しいかどうかよ!」

 「なんだって?」

 聞き間違いかと思ったが、そうではなかった。

 「美しい容姿、美しい身のこなし、美しい歌声、美しいものを作り出す腕! 美しい魂を持っていることだけが、この『薔薇色の人生ラ・ヴィアン・ローズ』に所属する唯一の条件!」

 「……」

 たしかに、彼女自身も彼女が引き連れてきた生徒も、十人中八人は「かっこいい」「かわいい」と言うだろう容姿の良さをしていた。それは認めてもいい。しかし、である。

 「なぜそこで俺をスカウトしようと言うんだ。俺は美しくなんてないぞ」

 すると、ヒルダはまるで心外だという顔で語り出した。

 「まあ、何を言うかと思えば。つややかな髪、彫りが深くくっきりした目鼻立ち、光を放つ輝いた瞳、完璧な美を追求した古代彫刻のような均整のとれた体! 素晴らしいわ、アッシュ・ディーストン。あなたの美しさは、わたくしの『薔薇色の人生ラ・ヴィアン・ローズ』に入ることで、より輝きを増すに違いないわ!」

 ヒルダは両手を広げ、うっとりとした表情でアッシュを流し見た。アッシュの全身に鳥肌がたつ。

 「醜い、見苦しいものに囲まれて生活するのはとても苦しいこと。美しいものに囲まれれば、それだけで人生が輝いて見えるのよ。どうかしら、アッシュ・ディーストン。『薔薇色の人生ラ・ヴィアン・ローズ』に所属して、一緒に優雅なひとときを過ごさない?」

 「お断りだ。気持ち悪い」

 アッシュの返事はつれない。だがヒルダもめげなかった。

 「照れなくてもいいのよ、アッシュ・ディーストン。最初は気後れするかもしれないけれど、すぐに慣れるわ。書を愛し、楽を嗜み、お話しましょうよ」

 そんな自分を想像するだけで、アッシュはたまらなく吐き気がするのだった。

 アッシュがもう一度断りの言葉を言おうとする前に、アッシュは『薔薇色の人生ラ・ヴィアン・ローズ』を生理的に受け付けないとみて、レグルスは勝ち誇ったように言った。

 「いいかげんにしたらどうだ、あばずれ娘。こいつはお前の派閥に入る気がないと言っている。嫌がる者に何かを強要するのは美しいことなのか?」

 「あなたこそ、何度同じことを言わせるのかしら? わたくしはアッシュ・ディーストンと話をしているのよ。何度も言われないと理解できないようなおつむで、一体誰を使おうと言うのかしらね」

 二人の間に火花が散る。火元はアッシュだが、甘んじて火の粉をかぶる気は、彼にはなかった。

 「俺はどっちの派閥にも入るつもりはない」

 ヒルダとレグルスの不満そうな目が向けられる。

 「俺は誰にも使われてやる気はないし、誰かの下につく気もない。昼下がりの茶会で微笑む乙女趣味もねえしな」

 「あら、失礼ね」

 ヒルダが頬を膨らませる。それを尻目に、アッシュは二人の脇を通り過ぎた。

 「だからさっさと諦めて、他の優秀そうな美人を捜すんだな」

 そろそろ引き際だと悟ったのか、ヒルダもレグルスもさらに追い縋って自派に引き込もうとはしなかった。

 「入会する意思が固まったら、いつでも会いに来てくれていいのよ。三年のアネモスにわたくしはいるわ」

 「心が決まればすぐにでも、ネロの扉を叩くといい。お前ならばいつでも歓迎しよう」 

 不機嫌に立ち去る背中に、一声かけることは忘れなかったが。

 それからというもの、二人はどこかでアッシュの姿を見かければ必ず声をかけてきた。だが周囲の人間の驚嘆と羨望と嫉妬の視線しか生まないそれは、アッシュにとってありがた迷惑でしかなかった。

 ふと、アッシュは机に伏せていた顔を少し上げ、ユーウェンに確認をとった。

 「そういえば、お前たちもそれぞれの派閥から勧誘を受けたとか言っていたか?」

 「うむ。別の機会に『品のある奇天烈な姿が美しい』とヒルダ嬢に誘われてな」

 (つまり、こいつらを通じてさらに勧誘されるということか……)

 それを思うと、どうにも気が重いアッシュだった。

 「なかなかに楽しいぞ? 君も、両方とは言わんがせめてどちらかの派閥に所属してはどうかね。若いときはよく遊べと言うだろう。せっかく誘われたのだし」

 「どっちにも魅力を感じねえからな」

 やれやれとユーウェンはアッシュに悟られないように首を振った。どうやら、灰色狼が群れるようになるまでは、まだ時間がかかるようである。

 「まったくだぜ、アッシュ」

 一通りクラスメートと挨拶を交わしたイルダスが、アッシュの後ろの自分の席に座った。

 「一回ぐらい会合に顔出せよー。色んな小話、裏話が聞けて面白いぜ?」

 「知る必要があるか? 上の連中の愚痴や権力自慢なんか知って、何の特になるってんだ」

 「情報は武器っていうだろー。そりゃどうでもいい話の方が多いかもしんねえけどさぁ」

 なおも唇を尖らせて言い募ろうとするイルダスを手で払いつつ、いつものように本を読んで始業のベルが鳴るまでの間を潰そうとしたとき、ふと後ろのほうの席のミツヤとレベッカの会話が聞こえてきた。

 「空き巣に入られた!? ホントに!?」

 レベッカのすっとんきょうな声が響く。ミツヤは、机に両拳を叩き付けて突っ伏した。

 「そうなの! 入学早々こんなんとか、幸先悪すぎよ!」

 「うそー、ショックー。え、それでどうしたの?」

 「警察に届けたわよ。アクセサリーとかも盗まれてさー。マジ最悪……」

 「鍵はかけてたんだよね?」

 「当たり前でしょ! でも全然壊した感じとかなくて、部屋も特に荒らされた感なかったの! 一瞬気づかなかったぐらい。買い物に行こうと思って金庫をあけてビックリよ! 1ダラーも入ってないの! 金庫の鍵だって、私が肌身離さず持っていたのに!」

 「えー。なんかこわー」

 「それで警察にさ、『最近附属学院の学生の空き巣被害が増えているから、常に家にアヴァターラを置いておくといいよ』って言われたんだけど、そんなの無理に決まってんじゃん! 授業で使うのに!」

 「そうだよねえ。それで、今はどうしてるの?」

 「一応、鍵穴に粘土を詰めたりしてきたけど、どれだけ効果があるか……」

 「ふーん……。早く犯人捕まるといいねー」

 「ほんとにね!」



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