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山賊は悪党で  作者: 泰然自若
七章 悪党対悪党
22/24

弐弐

 少女達は絶句した。この凄惨な現場はどういうことなのか。頭で上手く考える事が出来ていない。ただ口元を手で覆い隠し、眼を見開いて狂喜の祭りに、恐怖を覚え身体が震えを始める。それでも、ヘレナは叫んだ。ヴァルトの姿を見て、彼女は泣きながら叫んだ。

「辞めて!!」

 熱狂の中でその叫び声はあまりにも無力だった。

 目の前で行われている狂乱に、ヘレナは声を荒げ続ける。

「辞めてください!!」とクレアも同じく叫ぶ。

 その顔は必死だった。狂う全ての人に投げ掛けるその大声は悲痛な叫びでしかない。まるで、十年分溜めてきたものを吐き出すかのように大声で叫ぶ。

 ユーリとボーがその声に気付き、その周りにいた衛兵が気付いていく。

「お願い、聞いて!!」

 そして、民衆の多くが気付いた。汗だくになり、髪を顔に貼り付けながらも、必死に叫び続けるヘレナの姿に。

 ヘレナ様。

 ヘレナ様とクレア様だ。

 民衆がざわめき始める。

 ヘレナ様は体調を崩され静養中のはず。クレア様は、そのヘレナ様に付き添っているはず。民衆は皆、ダニエルから聞かされていた。

 誰もがその姿と声に驚き、視線を向ける。

「山賊は、確かに悪党です! ですが、彼らは私を助けてくださいました!! 真なる敵は、この男! ダニエル騎士団長です!!」

 ヘレナの叫び声が場に響き渡る。衛兵は戸惑い、生き残っている騎士はダンと今だ切り結んでいる。だが、ダンの士気は一気に挙がっていた。

「偽者だ!! これは、山賊が用意していた偽者である! ヘレナ様は体調を崩されて部屋でお休みになられている!」

 ダニエルは大声を張り上げる。その言葉に、民衆も動揺するかのように、喧騒が沸き起こり始めた。その喧騒は明らかな混乱と動揺。先ほど、カスパルを処刑した時のような熱気に満ちたものではなかった。

 その煮え切らない喧騒にダニエルは不快感を露にする。

「捕らえろ!!」とダニエルは勢いをつけるかのように叫んだ。

「ヴァルトさんを助けて挙げて下さい!」とヘレナは心から叫ぶ。

「辞めて――助けてあげてください!!」

 声を枯らし叫ぶ。

「山賊は悪くない!! 皆、悪いのはダニエルなんだよ!!」

 クレアが叫んだ。ヘレナが叫び疲れる横に堂々と立ち、そう叫んだ。

 クレア様が……。

 誰かの震える声がそう呟いた。

 喋った。

 その言葉に、民衆は色々な意味で呆気に取られていた。

「お願いします!! 助けてください!」とクレアは頭を下げる。

 一人の少女が頭を下げた。その後ろにある高台では一人の悪党たる山賊が絞首の刑に服している。その光景はあまりにも似合っていなかった。



 ダンはヴァルトを見つめる。既に意識が飛び掛っている事が顔付きから判った。急ぐ必要があるとダンは動く。この隙に全てを賭けた。計画の成功も、ヴァルトの命も、自分達の命も。全部を賭けた。

「当たれ!」

 ダンが投げナイフを投擲した。

 騎士は双子姫に気に取られていた。今度こそ、妨害されずに飛んでいく。真っ直ぐに向かい、命中した先はヴァルトを吊るす縄だった。

 縄を掠り虚空へと消える投げナイフだったが、ヴァルトにはそれで十分過ぎた。

 僅かな切れ目が付いた瞬間、ヴァルトは渾身の力を振り絞って身を捩った。既に、意識が遠のき始めていたので、文字通り死に物狂いで暴れた。そして――

「良し!」

 ダンの言葉と共に、ヴァルトは高台に打ち付けられるように落ちた。

「頭――!!」

 ユーリとボーが叫んだ。

「頭、大丈夫ですか」とダンが言った。

「おのれ!!」

 ダニエルが咳き込んでいるヴァルトに斬りかかる。

「くそ、ヴォルフがあの世の手前で、俺の顔を思い切り殴りやがった」

 ヴァルトは手枷でダニエルの一撃を受け止めると、そう吐き捨てて笑った。

「まだ来るには早い」とダンも同じように笑った。

「そういうことらしいぜ」

 ヴァルトはダニエルの剣筋をズラして体勢を崩させると跳躍し、両足でダニエルの腹を蹴りつけた。足枷で満足に動かせないので、そのまま高台に落ちるヴァルトは器用に受身を取る。だが、足元は覚束ない。息を十二分に出来なかったのだから、今は視界が揺らぎ、身体が空気を欲しているのだろう。

 ヴァルトがふらついているその間に、ユーリがボーと合流する。

「よっしゃ! ボー大丈夫か!」とユーリが叫ぶ。

「痛いですけど、動けます!!」

 ボーはそう言いながら、弓を構えて高台でダンに襲い掛かる騎士目掛け矢を放つ。その時には既に、衛兵は双子姫の言葉と姿に混乱してしまい、山賊を捕まえるか迷っている。どうやら、衛兵はダニエルの野望を知らないようであった。

 この間も、ヘレナとクレアは大声を張り上げて民衆を説得している。そのため、事情を知らなかった多くの人々が民衆、衛兵問わず困惑していた。

「逃げるぞ、頭」

 ダンはボーの矢が命中して苦悶に顔を顰める騎士目掛け投げナイフを飛ばす。その投擲に避ける動作も出来ず、騎士の喉元に突き刺さった。崩れ落ちる騎士の間を縫ってヴァルトの元へ向かい、手枷を外して、その手に短剣を握らせる。

「逃がすか!!」

 襲い掛かってくる騎士にダンは気力を振り絞って応戦すると、ヴァルトも足枷を外し共闘を始めた。

「世界が、回る」

「大丈夫か」

 そんなやり取りをしながら、ダンはヴァルトを援護しながら、ヴァルトは徐々に元の動きを取り戻して来る。二人の顔は悪党らしい良い顔だった。ギラギラと眼は殺気立ちながらも、その顔は狂喜すら滲ませるほどの笑顔であった。

「くそっ!! こやつらは偽者だという事が判らぬのか!!」

 ダニエルは逃げるようにヴァルトに蹴飛ばされた後、高台から降りながら声を荒げていた。それも、民衆に真実を伝え続ける双子姫を止めるためだった。

「皆さん。私を攫い、司教と共謀し権力を握ろうとしていた真犯人はあの男、ダニエル騎士団長です」

 ヘレナは大声を挙げすぎて、いつものような声ではなかった。その声は掠れたが、民衆の耳に心地よく入り込んでいく。

「この男は、二十年前から仕えてきた恩を忘れ、野心と権力に溺れました。その結果、このような凶行に及びました」

 クレアがヘレナと顔を見合わせてから言葉を続ける。その姿を見つめる民衆から言葉が消えていた。誰もが固唾を呑んでいたのだ。民衆の中では、一部の人が涙すら流していた。それほど、十年前を知る者達からすれば、今のクレアは気丈に見えていた。

「真に罰する必要があるのはこの男なのです!!」とヘレナ叫ぶ。

「私達は、悪党である山賊に命を救われました!!」とクレアが追随する。

「どうか、信じてください」

 二人はそう締めくくり頭を下げた。

 処刑場で騒いでいる民衆は居なくなった。時が止まったかのように静まり返る民衆の耳と目にはヴァルトとダンが騎士と戦う姿と、頭を下げ続ける双子姫を見比べているだけだった。

「偽者を捕らえろ――いや、殺せ!! 流言による扇動を領主たる俺の門前で行うとは言語道断!!」

 その静寂をダニエルの大声が切り裂いた。ダニエルも大声を挙げ続けたからかガラガラに枯れた声だった。

「し、しかし――」

 衛兵は戸惑いながらもダニエルに意見しようとする。

「貴様! 俺の命令が聞けないのか。衛兵の分際で!!」

 その言葉と態度に気圧されながらも衛兵は今の言葉で双子姫に従う道を選んだようだ。

「貴方は間違っている」

 槍を構えようとする衛兵の態度に、ダニエルは機敏に反応した。

「衛兵が領主に楯突くなど、あってはならん!!」

 ダニエルは、衛兵の腹を剣で突き刺した。あまりに突然の行動で、誰もが目を疑うように、その光景を見つめていた。

 驚愕と痛みに歪む衛兵は剣を抜き取られて地に伏せった。

「騎士達よ! 双子姫を殺せ!」とダニエルは叫ぶ。

 だが、騎士はヴァルトとダンを相手にしている二人だけで、その二人もそれに答える余裕はなかった。その様子を一瞥とダニエルは顔を顰めた。

「使えぬ者どもが、俺が直々に殺してやる!!」

 ダニエルは双子姫に襲い掛かるべく走り出した。その様子を見て、民衆の誰かが言った。

 ヘレナ様とクレア様の事は本当なんだ。と誰かが言えば、違う誰かがそうだと答える。

 助けなければ。と誰かが先ほどよりも大きな声で言えば、姫様を助けろ! と、また誰かが大声を張り上げた。

 民衆から沸き起こるそれらの言葉に、再び処刑場は熱気に包まれていく。

「どけ、邪魔だ!」とダニエルは叫ぶ。 

 双子姫の前に、一人の衛兵が立ち塞がった。

「と、通すわけにはいきません!」と衛兵の一人が叫んだ。

 衛兵の構える槍は小刻みに震えていた。

「抵抗する者は皆殺しにしてやる! 俺は神に選ばれた男だぞ!!」

 その言葉に、衛兵の顔は絶望に塗りたくられた。彼は知っている。ダニエル騎士団長は剣の腕で上り詰めてきたほどの人物。そうして、自分の持った槍の柄を斬られ、肉薄した自分は助からない。衛兵がそう思った瞬間には、既にダニエルの剣が衛兵の首元を綺麗に貫通していた。

 狂っている。

 誰かが呟いた。今更ながら、多くの民衆が目の前で剣を使い衛兵を刺し殺したダニエルという男が狂っている事を理解した。

 その中で、山賊は動く。

「行くぜ、ダン」とヴァルトが言った。

「おう」とダンも頷いて返答する。

 斬り掛かって来る騎士を避けると反撃せずに高台から勢い良く飛び降りて、双子姫の元へ走り出した。

「ユーリ、ボー!! 助けるぞ、動け!!」とヴァルトが大声を挙げる。

 だが、騎士も逃しはしない。ヴァルト達を追いかけていく。

 その声と、切り結びながらも向かってくるヴァルトの姿を見つめるとユーリは額に右手を置いた。

「かぁ、やっぱりな!」とユーリは何処か嬉しそうに言った。

「案の定ですか。まったく世話を掛けるのが本当に好きですよね」

 ボーも同じように、愚痴を零すがその顔は笑顔だった。

「けど、悪い気はしないよな?」

「当たり前ですよ」

 ユーリとボーが真っ先にダニエルに襲い掛かる。民衆を殺す必要も無くなり、ボーも短剣を握り締めながら、ダニエルと対峙する事もせず、そのまま襲い掛かる。だが、その素早さを活かした速攻はダニエルの多才な剣裁きに阻まれて失敗に終わった。

 ユーリは舌打ちを盛大に打ち鳴らしながら、地を這うように駆け抜けてダニエルの手を狙う。剣の握りから利き腕を右手だと判断したのだが、その攻撃もダニエルの握る両刃の剣によって受け止められてしまう。

 さらにボーが側面から襲い掛かるも、ダニエルはユーリに怪力と思わせるほどの力で強引に、ユーリの体勢を崩し、ボーの一撃すらも防いで見せた。

「殺してやるぞ! 餓鬼どもが」

 ダニエルは二人の攻撃を受け止め、または避けながら笑みを浮かべた。その笑みに、ユーリは露骨に顔を顰める。

「くそ、良い悪党面しやがって」

「お株を奪われていますね」

 二人の軽妙なやり取りに水を差し、ダニエルが襲い掛かってくるとユーリがその一撃を受け止めた。重い一撃に思わず、ユーリは膝を折る。だが、咄嗟にボーが横からダニエルを突き刺しに突進した。

「餓鬼が!」

 ダニエルはそう叫び、膝を折っていたユーリを突き飛ばし、突進してきたボーの一撃切り払うとボーの開いた腹に向けて蹴りを入れた。

「ボー!」

 ボーは苦しみながらも上体を起こす。

「う、動けます」

 だが、咳き込みながら膝を付いているボーはどう見てもすぐには動けそうも無かった。それを一瞥するとダニエルは山賊を無視して、双子姫に襲い掛かる。

「クレア」

「お姉様」

 二人は手を取り合って、迫り来るダニエルを睨みつけていた。二人を嘲笑うかのように万遍の笑顔を作りながら剣を振り上げるダニエル――だったが、何を思ったか咄嗟に身を引き、顔を横に向ける。

「小癪な真似を」とダニエルは呟いた。

 その顔には綺麗に切り傷が通り、血が流れ落ちる。その隙に、短剣を投擲したボーは苦しみながらも立ち上がり、ユーリはダニエルの足止めに身体を張る。

「間違ってはいません」

「はい」

 双子姫は顔を見合わせて頷き合った。

 ユーリが斬り掛かる。だが二度ほど刃を交えるとせり合う恰好になってしまう。ユーリは、ダニエルの力に押し負けて先ほどのように地に伏せってしまう。徐々に迫ってくる剣に成す術も無く身体へ食い込ませていくユーリだったが、咄嗟に、姿勢を前に落としてそのまま、ダニエルの足を掴もうと動く。剣からは逃れる事は出来たが、ダニエルも膝をユーリにぶつけてくる。辛うじて急所への一撃を避けたユーリであったが、わき腹辺りに膝が入ってしまい、地を転がりながらも、ダニエルから間合いを取った。

 ダニエルの剣は、短剣でなんとか深手になるのを避ける事が出来た。しかし肩には切り傷がつき、血に衣類が染まる。

「強すぎだろ――」とユーリが痛みに顔を歪ませる。

 ボーは既に短剣を投擲していたので、武器を持たない。ボーは早々に立ち向かう事を諦めユーリの元へ駆け寄った。

「大丈夫ですか」

「無理無理。勝てないって」とユーリは弱音を吐いた。

 ダニエルはそんな二人を無視して双子姫に迫り、剣を振りかぶった。

「こういうのは、悪党らしい人に任せるしかないって」とユーリは笑って見せた。

 その言葉と共に、刃のぶつかり合う甲高い鉄の音が小気味良く響いた。

「悪いねぇ。感動の最後を邪魔しちまって」

 ヴァルトは苦笑いを浮かべながら二人の前に立つ。

 その後ろで、ダンが二人の騎士を足止めしている。

「ユーリ手伝え!」とダンが叫んだ。

「仕方ないね!」とユーリは叫んで援護に走った。

「貴様!!」

 ダニエルは切り結びながらそう叫ぶ。

「唾を飛ばすな、クソ野郎」とヴァルトは不機嫌そうに呟いた。

 暫く、刃を合わせたが互いに間合いを離す。

「よぅ、お姫様方。まだ死ぬには早いとおもわねぇか? とっと逃げろよ。邪魔だからな」

 ヴァルトは後ろに向けて喋る。

「ヴァルトさん」

「ヴァルト!!」

 双子姫は枯れに枯れた声を出した。その顔は笑顔で、汗が滲んでいた。

「効いたぜ。お前さん達の言葉、行動」とヴァルトは背中越しに言った。

 眼を離す余裕は無かったようだ。

「丁度良い。俺の手で殺してやるぞ、賊風情が!!」

 ダニエルが斬り掛かって来る。

「大将は任せる」

 ダンが騎士の喉元へ短剣を突き刺してそう言った。全身血に染まっている。一番無理をしたのは騎士を複数人相手にしたダンであろう。肩から息をして、我慢して立っている。そんな印象を持たせた。

「任された」とヴァルトは応えた。

「死に損ないが!!」

 ダニエルと交錯し、今日、何度目かの甲高い音を響かせる。

「よぅ、知ってるかい」

 ヴァルトは呟いた。

「頭、これも使ってくれよ!」

 ユーリが地面に座り込みながら、ヴァルトの足元に短剣を突き刺した。

「賊が、俺は神より選ばれた男だ。この世界を救う救世主となる存在!!」とダニエルは叫んだ。

 ヴァルトは身を屈め、ユーリの短剣を握る。

「悪党にはよ、悪党の矜持ってぇもんがあんのよ」

 左手に握る短剣で、ダニエルの剣を左に受け流す。

「てめぇにはあるのかい?」

 ダニエルはヴァルトの右手に握る短剣の攻撃を身を屈めて避けると、そのまま剣を水平にして撫でるようにヴァルトを襲わせる。

「貴様ら賊が俺に楯突いて良い存在だと思っているのか!!」

 ダニエルのがらがら声がヴァルトの耳を劈く。それでも、ヴァルトの顔は笑みを絶やさず、その口を動かし続ける。

「守ったり、貫き通したいもんがよ」

 ヴァルトは左手の短剣を寝かせて、腕に密着させるとその一撃を受けきった。

「俺は、神によって選抜された、英雄たる素質を持ちえる男なんだぞ!!」

 その言葉と共に、ダニエルの目は見開かれていた。

 驚き、そして絶望がダニエルの顔を一瞬にして染め上げた。

「悪党にだってあるんだぜ?」

 刹那に駆け巡る痛みは右腕から始まっていた。ダニエルの身体に刺し込まれた異物は、ヴァルトが右手で握っていた短剣。そこから生み出される激痛に堪らず、ダニエルは悲鳴を挙げた。

 その悲鳴に合わせるように、ヴァルトも声を張り上げる。

「ちっぽけでも、確かにそんなもんがよ」

 右口の端を釣り上げながらも、何処か妙に清々しさを与える――良い笑顔だった。

 寝かしていた左手の短剣を握り直し、ダニエルの背中に流れるように回り込むとそこには露になっているダニエルの首。

 ヴァルトは迷わず、その一点に向かって握る短剣を突き立てた

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