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山賊は悪党で  作者: 泰然自若
七章 悪党対悪党
21/24

弐壱

 誰もが喜び、誰もが声を挙げた。それは、今まで溜まっていた様々なものが形を変えて吐露された結果だった。人々の鬱憤が、正当化された悪へと向けられた時、人々は新しく誕生した英雄に酔いしれ、悪が滅んだ歴史的な瞬間に立ち会えたという悦喜えつきに身を震わせた。

 今だけは、ダニエルでさえ、この世界が自分自身を受け入れた事を疑いはしなかった。いや、確信を得た。それほど、彼の顔は狂喜していた。その顔を醜く歪ませている様は、英雄に似つかわしくないほどに獣のような貪欲さを兼ね備えていた。

 処刑場の歓声は鳴り止まず、誰もがこの処刑という祭りを楽しんでいた。その狂喜が渦巻く処刑場内で、ただ処刑を待つだけとなったヴァルトは、虚ろな瞳で目の前に広がる眩しい処刑場を眺めながら、不思議がっていた。

 てっきり、豚と一緒に宙に浮かぶとばかりに思っていたが、豚が前座扱いにされて、ヴァルトが見上げる先で今、宙にぶら下がっていたからだった。

 面倒そうに眺め続けるヴァルトには猿轡が咥えられていない。彼は非常に従順だったので、騎士も大して緊張せずにヴァルトの後ろに立ち、高台に向かわせる順番を待っていた。

 うるせぇな。

 ヴァルトはそんな独り言を呟いた。それほど、耳に堪えるほど、民衆の馬鹿騒ぎが凄かった。

 その様子を、次は高台から拝む側になるというのに、ヴァルトは妙な平静感に襲われている。それもそうだ。民衆の隙間から見知った男をヴァルトは見つけ出していた。

 本当に助け出そうとしている事に、嬉しさ半分、馬鹿な真似をと怒る気持ちが半分。ただ、感情を面に出す事はしない。

 裁判が終わった後、牢獄へ放り込まれた時に粗方、全ての思いでもぶちまけたからなのかもしれないが、ヴァルトは落ち着いていた。あっけらかんとしていてまるで、抜け殻のようでもあった。

 周りの騎士から見ると、ヴァルトは世捨て人に思えるほどに達観している姿に見えたようで、拷問は裁判の前の一回だけに留まっていた。それでも、ヴァルトの手の甲には烙印が刻まれている。罪を犯した者に烙印は押されるが、ヴァルトには右手以外にも、背中や腹に烙印を刻まれている。でっち上げの余罪を含めて、ヴァルトには今五つほどの罪があり、当然ながら処刑になったのだ。

 ダニエルはヴァルトの様子を伺い、観念したと思い込んだようで、特に気にもしていなかった。尤も、今のダニエルは町の支配者になった事と、ザックスとの交渉から鉱山の存在を知り、ヴァルトどころではなかった。

 やがて、歓声が一際大きくなると、カスパルが死んだという事をダニエルが大声で宣言した。その宣言に反応して、騎士がヴァルトの腕を掴むと無理やり立たせ、歩かせる。

「さっさと歩け!」

 曇り空から零れ落ちてくる太陽の日に目を細めた。

「――眩しい」

 階段をゆったりと昇っていく。十段ほど上がれば、顔を下に向けるほどのところに民衆が蠢いている。その視線は恨み、汚物の見るように侮蔑に塗れていた。

 ヴァルトはそんな視線を一身に浴びながらも、上の空だった。いや、視線をしきりに動かしているのは確かだったが纏う空気はすでに死人のように止まっていた。

「これより、賊徒の処刑を執り行う」とダニエルは言った。

 ヴァルトは膝を付き、静かに座っている。

「罪状!! 司教と共謀し領主様のご息女の誘拐を企て実行!」

 民衆の騒ぎなどヴァルトの耳には入ってこない。ただ、蠢く姿を漫然と眺めているだけだった。

 ダニエルはその姿を見る事も無く、大声を張り上げていく。

「さらに、ご息女に危害を加えるその粗暴はまさに極悪の一言!! これにより、絞首の刑を持って断罪する!!」

 侮蔑が混じる。危害。その言葉には様々な意味が内包されていた。あえて、大きな括りを民衆に提示し、彼らの妄想を掻き立てた。

 浴びせられる言葉は辛辣で刺々しい。獣を見るような瞳がヴァルトに突き刺さっていく。



 罵詈雑言が轟くその真っ只中で、三人の山賊は時を待っていた。だが、一向にその時は来ない。ダンは珍しく焦るかのように、だらりと伸ばした指先で太腿を小突く。

「まだか。ディック、ザックス……」

 その呟きの頃合い、城門の左側近くの民衆に紛れ込む二人の若い男女は不安げに高台を眺めている。

「頭」

「かしらぁ」

 目の前で、ダニエルがヴァルトに何やら喋っているところが民衆の頭と頭の隙間から見えてくる。その呟きは酷く小さい。それでも、焦る気持ちを行動に結び付けないのは、最善なの行動とは何かを理解しているのだろう。

 ただ、彼らはひたすらに待つ。機先となるべく一報を待ちわびる。

 三人が、悪意ある民衆の中で異質。だが、誰もが処刑台の悪党を眺めていた。

 処刑台に上がっているダニエルはヴァルトに嘲笑を見せ付けながら、ゆっくりと口を開いていく。

「言い残した事はあるか? 賊徒であろうと最後の言葉くらいは喋らせてやるぞ」

 上に立つ者としての慈悲。なんて生易しいものではなかった。ダニエルの顔と態度には恍惚としながら、全てを見下ろす権威を持った事による驕りが隠れる事無く露になっている。

 ヴァルトはダニエルを見上げる。まじまじとダニエルの顔を見たわけではない。ただ、その言葉に、ヴァルトは笑った。その顔を見て、笑って見せた。その顔は、悪い事を思いついた子供のような含み笑いに似ていた。

 不意の笑みに、ダニエルは不機嫌そうに顔を顰める。

 ヴァルトの顔はこれから死ぬような人の顔に見えないほど生き生きとして、先ほどのような虚ろさなどどこかへ消え失せていた。

「俺はよ、悪党なんよ。それが全てじゃねぇのかい?」とヴァルト言った。

「ふん。殊勝な事だな」とダニエルは吐き捨てた。

 騎士に指示を出して、ヴァルトを起立させると、台座に乗せて縄をヴァルトの首に掛ける。

 民衆の騒ぎがまた一層大きくなっていく。その民衆の群れは人の死を求め彷徨う悪鬼のような禍々しさすら感じ得るほどの熱気。死の臭いを嗅ぎ分けて、その死に群がる。

 狂喜に冒された民衆に、理性の色は薄れていた。

 その狂喜に急かされている気分に陥っていたのは、理性を宿す三人の悪党だった。

 ダンは必死に考える。計画の初手が失敗に終わった場合。ヴァルトが宙に浮いてからが最後の勝負になる。自分が先行し、なんとか縄だけでも落とす事が出来るならば、ヴァルトも戦力になる。そんな思いを胸に秘めていた。だが、それでも、この状況で肝を冷やし続けているダンからすれば限界に近い。

 それは、ユーリとボーも同じであった。二人も、ダンと同じ結論に到達していた。遇にボーが城壁を牽制しつつ、ユーリがダンの援護へ回る。二人は静かに目線で会話をしていく。揺らめく互いの瞳に、同じ覚悟を持っている事に対しての安堵の微笑みと、仲間として頼りになれるという信頼感がそこにはあった。

 処刑が実行される。その気配が高まる中で、ダニエルは声を張り上げるために、一歩前に出る。

 その光景に、強引に駆け抜けるかどうかダンが逡巡し、ユーリとボーが強引に動こうとした時――

「大熊が出たぞ!!」

 三人が待っていた合図が伝わってきた。誰かの声、聞いた事の無い声。それでも確かにそれは合図だった。

 その言葉に、民衆は一度気付きはしなかった。それほど熱狂の渦に冒されていた。けれども、ダニエルは違っていた。高台に駆け上がってくる騎士に耳打ちを用件を聞き始める。その姿を見て、民衆もようやく何事だというざわめきを起こし始める。

「なんだと……」

 ダニエルは血相を変えた。

「商人が襲われている!!」

「ザックスという商人が襲われているぞ!」

 ボーとユーリが民衆の中で声を張り上げた。その言葉に、民衆は混乱する。

 まさか、町に熊が。

 そんな馬鹿な。

 見張りは何をやってるんだ。

 ザックスと言えば、領主様とも面識がある大商人じゃないか?

 興が殺がれる。まさに今がそうであった。民衆は一様に動揺を始め、衛兵は浮き足始める。中でも顕著だったのはダニエルだった。

「騎士と衛兵を向かわせろ!」とダニエルは慌てて指示を飛ばす。

 ザックスが襲われている。これほど、ダニエルに打撃を与えるものはなかった。大事な商談相手、そして豪商という商人でも階級があれば上位に食い込む男。ダニエルとて、ザックスという商人の価値が判らないほど馬鹿ではなかった。だが、ダニエルには上に立つ者としての素質が無かった。

 民衆もダニエルのうろたえぶりに不安げな喧騒を撒き散らし、少数の人は処刑場を後にして町の中へ駆けて行った。英雄の焦りが、民衆や付き従う衛兵に不安を与えた。慌てて、その後を追うように、処刑場に残っていた騎士十名ほどが、同じく残っていた衛兵を引き連れて町へ消えていく。

 こんな事をしている場合ではないかもしれない。そのような風潮にダニエルは、慌てて大声を張り上げた。

「落ち着くのだ!! 今、我ら騎士団の精鋭を向かわせた!」

 処刑場には城壁の上に四人の騎士が巡回し、下には衛兵が六人ほどで槍を握り、壁となっている。そして高台の周りに騎士が四人とダニエル。

「刑は執行する!」

 その言葉がユーリにとっての合図だった。騎士と衛兵は確実に減った。そして、民衆の混乱に残った衛兵も浮き足立っている。

 城門近くに居たユーリが城門を見張っている衛兵に近寄った。

「なんだ貴様は」

「アンタに用は無い」

 ニヤリと笑い、ユーリは手に隠し持っていた短剣を勢い良く衛兵の足の甲に投げつける。

「あ、足が!!」

 いきなりの激痛に大声を張り上げる衛兵を尻目に、ユーリは鎖を縛っている縄を切り、鉄格子を落とした。

「な、なんだ。鉄格子が落ちたぞ!」と誰かが叫ぶ。

 その言葉に、ボーは纏っていたローブを脱ぎ去ると隠し持っていた弓を構えた。すると、ユーリが城壁へ続く階段を駆け登る。

 ボーは狙いを定めると相手が此方を見つけた時に、矢を手放した。その矢は騎士の喉元へ吸い込まれるように命中した。騎士は射抜かれた衝撃で城壁から落下すると、鈍い音を響かせて地面に伏せった。

 その騒ぎに民衆が悲鳴を挙げる。ユーリが残りの騎士に襲い掛かり、騎士も応戦して抜刀。切り結ぶ。

「今度は、一体何だと言うのだ!!」とダニエルは大声で叫んで状況を知ろうとした。

 その間に、ボーが反対側の城壁に居る騎士目掛けて矢を射って、見事に命中させるが、狙いがずれていたのか騎士の右肩を貫くに終わった。

 その喧騒の中で、ダンはひたすらに民衆の間を縫って駆けた。誰にも止められず、衛兵の前に躍り出る。

「と、止まれ!!」と衛兵が叫ぶ。

 既に、ダンの手にはナイフが握られ鈍く光っていた。

「無理な相談だ」

 その先に、ダンはまるで獣のように低い態勢になってその衛兵の胸元にナイフを差し込ませた。

 相手が死んだかどうかをダンは確認する事もせず、そのまま走り続けて衛兵の壁を突破し、高台の脚に飛び移ると器用に足場を確保しながら高台に登っていった。

「賊か!」とダニエルは叫ぶ。

 ヴァルトを縄に掛けていた騎士二人が抜刀し、上がって来たダンに襲いかかる。二対一だが、ダンはその両手に握る短剣を巧み操り応戦する。

「させません!」

 ボーは高台を視界に入れる。

 反対側の城壁から、騎士が放った矢がボー目掛け飛んでくるが、ボーは何の迷いもなく民衆を盾にして避ける。身代わりになった男の叫び声が響き渡るがボーは構わず、盾から身を出し、射構えると狙い放つ。狙ったのは高台のダンを狙っている騎士だ。

「賊徒が出たぞ!!」と民衆の誰かが叫び、場が混乱にうねって行く。

 その光景に、ヴァルトは不敵な笑みを浮かべていた。

「三人で、喧嘩売るなんてよ。俺は、そんな無茶、教えてないんだがなぁ」

 その顔は何処か嬉しそうでもあり、悲しそうでもあった。

「悪しき悪魔どもが仲間を取り戻しに来たか!!」

 ダニエルは剣を抜き去るも、ダンに襲い掛かる事はしなかった。既に、高台には四人の騎士がダンを囲んでいる。

「一同、聞け!! 賊徒は、双子姫を辱め、恥辱の限りを尽くした極悪人である!! 決して、許してならない!」

 その状況にダニエルは嘲笑を浮かべた後に、そう大声を張り上げ、民衆に向けて喋る。

「ニールの町に住まう民達よ! 今こそ、立ち上がりこの町を救うのだ!!」

「ちぃ、邪魔だ!!」とダンが忌々しく呟く。

 彼の目の前には三人の騎士が剣を握り、立っている。一人は喉を掻き切ったが、如何せん人数差によって分が悪かった。

 殺せ! 悪魔を殺せ!

 石を投げろ!

 悪魔め、地獄に堕ちろ!

 民衆の怒りが行動を呼び、ダンの背中に石を投げ、ボーに襲い掛かる。

「ダン!!」とユーリが叫んだ。

 騎士を城壁の下になんとか叩き落すと、自分もダンの元へ向かうために階段を駆け下りようとするが、衛兵が道を塞ぐ。

「援護に――」とボーが矢を放った。

 その矢は反対側の騎士の胸に命中して射殺したが、それを目視する事もせずボーは走り出す。だが、民衆の石がボーの頭に当たり、ボーは思わず膝を折った。頭から、血が滴り落ちるが、ボーは立ち上がって走り出そうとするが足元は覚束ない。その先では民衆の男達が壁を作り、行く手を塞ぐ。

「ボー! てめぇら!!」とユーリが叫ぶ。

 しかし、ユーリも同じく道ふさがれているので容易に動く事は出来なかった。

「刑を執行するぞ。一人、手伝え」とダニエルは不敵に笑みを零して騎士の一人に指示を飛ばす。

 ダンが騎士に飛び掛るも、横から迫る剣を避けると間合いを開ける暇を与えず、残りの騎士が斬り掛かって来る。

「早く、縄を掛けろ」とダニエルが騎士を急かす。

 ダニエルの足先は台に乗せられている。すぐに蹴れるようにしていた。

「かしらぁ!!」

 三人の叫びが轟き、ダニエルが狂喜を浮かべて台を蹴った。

 ヴァルトの身体が宙に浮かぶ。

「うわぁぁぁ! 頭!!」

 ボーの叫び声と共に、目の前を塞いでいる男を刺し殺した。その行動に民衆は絶叫し道を開けるも、直ぐに衛兵がボーに襲い掛かってくる。

「どけぇ!」

 ユーリが衛兵を階段から蹴り落として駆け下りると、ボーの元へ駆けて行く。

「一歩も通すな!!」と衛兵が叫ぶ。

 ダンが投げナイフを投げるも、騎士にそれを弾かれてしまう。今だ、ヴァルトはぶら下がっている。

「クソが!」

 ダンは肩を斬られ、脇下の皮を裂かれ血まみれになり、肩で息をしつつも吐き捨てる。四人の鎖帷子を纏う騎士相手に、ダンは衣類だけで武装は短剣とナイフだけだった。

「殺せ、殺せ!!」

 ダニエルは醜態を隠そうともせずにそう叫んだ。尤も、今、この場にいる誰がダニエルのその姿に目を留めるはずは無く、皆が山賊の出現に驚き、または熱狂し歓声や悲鳴を挙げている。

 熱気に溢れたその処刑場はまさに祭りの渦中といっても過言ではなかった。人々は即席の闘技場で騎士と賊徒の殺し合いに熱狂している。血が滾り、血が飛べば喜び、誰かが死ねば健闘でも讃えるかのような拍手が鳴り響く。

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