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山賊は悪党で  作者: 泰然自若
八章 山賊は悪党で
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弐参

 山賊達がまず行った行動は、ニールの町から姿を消す事だった。ヘレナとクレアの静止も聞かず、山賊達は城壁に上り、そこから飛び降り消えて行った。

 追う者は居らず、誰もが呆気に取られた逃走劇だった。今後、誰もが山賊に賛辞を言う機会は訪れる事が無く、町人の中からも、彼らが町を救ったという事に対する素直な気持ちは薄れていった。



 ヘレナとクレアの初仕事は、ダニエルが山賊に殺されてから、二日後。

 ニールの領主城では盛大な葬儀が行われた。謀殺されたラインハルト・グーテンベルク、そしてネーナ・グーテンベルクの葬儀は、喪主を双子姫の長女、ヘレナ・グーテンベルクが粛々と執り行われていった。

 涙を見せまいと顔を強張らせる双子姫に、民衆は新たな統治者への期待と、支えていく決意を胸に、墓標の前で膝を折り、頭を垂れて行った。

 墓標には、聖都教で用いられる形式を取った。不満はある。だが、聖都教という教えに罪は無い。ヘレナの言葉に、クレアは頷いた。それを民衆が文句を垂れる事などありはしなかった。

 葬儀が終われば、次はヘレナが正式にグーテンベルク家の当主になり、領主となった。王都へは書状が届けられ、後日。任命官が叙任式を行うためにニールの町へとやってくる。

 人々は気持ちを新たに、先に起こった事件を忘れる事無く、この町の緩やかなる発展を目指し今日もまた、働き。仕事が終われば酒を飲み、眠くなれば家に帰り、ベッドの中で、眠りに就く。そして、また朝を拝み、一日を謳歌していく。



 処刑場は綺麗に掃除が成され、カスパル、ダニエル両遺体は火葬という形を取られた。神々の元へは骨のみで行き、滑稽な姿で審判を受けよ。それが火葬させた意図であり、誰一人として文句を言うものは居なかった。

「ヘレナ姉様。大丈夫ですか?」

 クレアがため息を漏らすヘレナに声を掛けた。

 今はヘレナの物となった執務室の椅子に腰掛けるヘレナは机に置かれている書状に眼を落としている。

「本当に、これで良かったのでしょうか」とヘレナは言った。

 その顔は憂いに陰っている。まるで、悪い事を仕出かして、それが露見してしまわないかと、不安げになっている子供のようだった。

「町と、教会を考えると……」

 クレアもまた苦々しい顔つきだった。

「町を救ってくださったのに、私は何も出来なかったのですね」とヘレナは言った。

 父と母を弔う事も出来た。町も元に戻りつつある。

 教会とは険悪になってしまったが、司教の悪行を公表されたくなければ――そう脅す事で、表面では良好な関係を築いている。それは、教会をこのままのさばらせてはおけないというある種の決意表明でもあった。

 ヘレナとクレアの意志を汲み取った民衆も、双子姫の味方となっている事が大きかった。元々、一番の被害者は搾取されてきた民衆である事に変わりは無い。だからこそ、民衆を味方につけておきながら、教会から攻撃を受ける恰好の餌を町に留めておく。まして召抱える事など、出来はしなかった。

 感情論ではどうしようもできない。山賊は悪党でしかないのだ。民衆にとっても、教会にとっても。

 町を救おうが、双子姫を救おうが、民衆は一時の感情で喜びを爆発させ、感謝を述べた。姿も見えない英雄像が、過剰なまでの崇拝を見せた。しかし、熱も醒めれば残るのは疑念と恐怖だけだった。

 曰く。町の中枢取り入り、今回のような事件をまた起こすのではないか。

 曰く。山賊の仲間が他に沢山居て、この町を乗っ取る気ではないか。

 曰く。本当は、自分達がこの町を支配するために仕組んだ芝居だったのではないか。

 疑い出せば無尽蔵かと思えるほど湧き出てくる要らぬ考えの数々。その疑惑に民衆は踊らされる。

 既に、山賊はニールの町に姿を現しては居ない。けれども、町人にとって悪党の認識なんてものは、恐怖し疑うべき存在に他ならない。

「だけれど、もっと、他に何かお礼が出来たのかもしれません」

 ヘレナにとって、山賊が町に姿を見せなくなったのは自分がそう仕向けたように思えてならなかった。だが、そうしなければ、民衆が暴動を起こしたかもしれない。教会が強請ってくるかもしれない。考えれば考えるほど、山賊を召抱える利が薄れ、実害ばかりが積み上がっていく。

「ヘレナ姉様」

 クレアは唇と静かに噛み締めた。

「何を、やっているのでしょうか。私は」

 ヘレナの小さな声は、薄れて行く。

「山賊は悪党だから」とクレアは言った。

「悪党は悪党。町の人々が恐れるのは当然の事」

 クレアの言葉に、ヘレナは顔を挙げた。その顔には怒気が含まれていた。

「けれども、彼らはこの町を救った英雄なのですよ」

 クレアはその怒気を真正面から受け止める。

「山賊は、悪党は――望んでいない」

 クレアの言葉に、ヘレナは面を食らった。

「あの人達は、見返りを求めなかった。私達が出来る事は何も無い。あの人達は自分達のやりたい事をやっただけだったの」

 クレアの顔に迷いは無い。この前まで、感情を押し殺していた少女ではなかった。ヘレナはその表情を見て、言葉を詰まらせた。

「クレア……」

 ヘレナにとって、クレアがこれほどまでに強い意志を揺らめかせる瞳を持っていた事に気付かなかった事を何よりも今、驚いていた。

「約束事をずっと守ってる。あの人も、ずっと。だから、私達が無理して厚意を押し付けるのはダメ、だと思う」

 その言葉に、ヘレナは救われていた。そして、クレアの表情から、約束事の重さを理解できた。彼らとて、赤子のときから悪党ではなかったはずだ。

「復讐したかった。その結果、私達は助かって、町も救われた」とクレアは言った。

 ヘレナは気付く。彼らには彼らの理由があり、ヘレナ自身も悪党になるという選択肢があることを知った。

「追い詰めていたのは、自分だったのですね」

 一人、そう呟いたヘレナは静かに目を閉じた。

 自分がどうしてここまで山賊に拘ったのか。

 ヘレナは心の中で呟いていく。

 自分自身の体裁を保とうとしていた。もし、山賊がまたこの町に姿を見せた時、どうすれば良いか。歯切れ良くこの町から出て行ってもらうにはどうすれば良いか。

そんな事を心のどこかで思っていたのだ。

 ヘレナは笑った。自分も町の人々と何ら変わりは無い。その事に気付いたのだが、ヘレナは落胆の様子を見せはしない。それが、当たり前の感情だというを知ったからだった。

「私は、自分自身が領主という立場だという事で、知らず知らずの内に色々と考え過ぎていたのですね」

 嘘をつく必要なんてなかった。山賊達は始めから町を救う予定なんてものは無い。私達を救うつもりはなかった。彼らは、悪党でいて、人間はそれほど高潔ではない。今回の事件が何よりもその証拠だった事をヘレナは忘れていた。

 そう考えれば、ヘレナの顔は晴れ晴れとした表情に戻っていく。

「山賊は悪党で、私達は領主の娘で」とヘレナは言った。

 それぞれの生き方がある。ヘレナには領主として町を運営していく生き方。山賊達は悪党としての生き方。決して相容れないものだった。

「私が心配するほど、あの人たちは愚かでも落ちぶれてもいなかった。それだけの事ですよね」

 ヘレナは笑い、クレアも微笑んだ。

 むしろ、私が縋りたがっていた。逃げ道として残しておきたいと考えていたのかもしれません。

 胸の奥深くで小さく吐き出されたその言葉は、すぐに溶けては形を消していく。

 ヘレナは一つ大きな深呼吸を行うと顔を引き締めた。

「ニールの町は私達で、発展させましょう。お父様とお母様の意志を継ぎます」

「はい」

 二人の顔に迷いは無い。

 やる事はそれこそ、山のようにある。教会との戦いに始まり、衛兵や騎士団の再編成に加えて、経済状況の確認から商人との顔合わせ。

 迷っている暇もなければ、悪党の心配をしている暇なんてものは無い。

「クレア」とヘレナは言った。

 それでも、一番最初にするべき事がヘレナにはあった。

「ありがとう」

 様々な想いが、その言葉に詰め込まれながらクレアへと真っ直ぐに向かっていった。その言葉に、クレアは目じりに涙を溜めながらもゆったりと笑みを作った。

「ヘレナ姉様。それは、私の言葉でもあります。だから、私はこの言葉を」

 クレアは、ヘレナに近寄って、手を取った。

「宜しくお願いします」

 クレアにとって、救われたのは命だけではなかった。

 多くの意味を持たせながらヘレナに向けられる。けれども、ヘレナは優しく笑い、手を握り合った。

「はい」

 ヘレナとクレアは手を取り合って、涙を流した。ようやく、本当の姉妹に戻る事ができた事を喜ぶ。そんな涙だった。失いながらも、何かを得る事が出来た。それだけが救いとなって、双子姫は領主としての責務を果たす。

 まずは、この書類を整理する事から。

 ヘレナがそんな事を考えていた矢先、扉が二度ほど気味良く鳴らされて、出鼻を挫かれる。それでも気を取り直して、

「何用ですか」とヘレナは答えた。

「ザックス様からお手紙がヘレナ様に届いております」

 衛兵の声に、ヘレナは首を傾げる。

「どうぞ」

 クレアは一先ず、入ってきた衛兵から手紙を受け取った。

「失礼致します」

「ご苦労様です」

 扉が閉められると、クレアはヘレナの元へ。

「何でしょうか」

「一度、本拠としている町に戻るはずですから、何か忘れ物ですか?」

 二人は、手紙を開く。まずは、ヘレナがゆっくりと読み始める。文はそれほど長くは無かった。ヘレナはその文章を二度ほど読むと、クレアへ手渡す。クレアはその手紙を見て、僅かに眼を細めた。それは、睨むといよりは安らぐ。そんな言葉が似合っていた。

「これは、やりがいがありますね」とクレアは言った。

「えぇ。でも、きっと町の人も理解はしてくれるはずです」

 ヘレナは表情を引き締めた。書かれていた内容は、お願い。

 どんな形でも良いので、遺して欲しい。

「ヘレナ姉様」

 クレアは思案顔をさせながら言った。

「新しく開く山はどうですか?」

「――やりましょう。時間は掛かると思いますが、丈夫な物を」

 双子姫によって緩やかなる発展は、徐々に変化していく。観光誘致を人の噂話で行い、商人の流動を商人同士での繋がりで新しくさせつつ、以前から調査されていた鉱山を開く事に成功していく。その恩恵の一つが鉱石や石材の確保。少ないながらも資源を持ち、未だ輸出には弱すぎる代物ではあった。

 それでも、教会の力を封じ込めながらも、しっかりと作られていく町は、やがて多くの人が往来する町へと発展していく。

 ゆっくりと、急ぎ過ぎず、町の人々と双子姫との成長を共にしていくかのように。


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