新しい夢
西条駅前まで戻った頃、スマホが小さく震えた。
千秋からだった。
『送り終わった?』
『うん』
『どうじゃった?』
『酒祭りの日に、答えを言うって』
『……は?』
『お前のせいでもある』
『それは、どういう責任の取り方を求められる文脈ですか』
『酒祭りの日、応援に来い』
『行く行く。ビール持って行く』
『お前も一杯飲め』
『一杯どころか、十杯飲む覚悟あるけえ、心配せんで』
千秋の返信を読みながら、駅前のベンチに、僕は腰を下ろした。
駅の時計は、夜の九時を指していた。
九時の西条駅前は、酒蔵通りのライトアップの余韻で、いつもよりずっと明るかった。提灯を片手にした観光客が、まだ、駅の中に流れ込んでいた。
ベンチの上で、僕は、スマホをポケットに戻した。
戻してから、鞄の内ポケットを、シャツの上から手で確認した。
内ポケットには、もう、手紙はなかった。代わりに、夕方、提灯と一緒に七緒さんから受け取った、薄いオレンジ色のチラシが、四つ折りで入っていた。「あかりの散歩道 2026」と書かれた、紙一枚のチラシだった。
重さはなかった。
重さはなかったが、四つ折りのチラシは、二週間入れていた手紙より、確かに、何かが入っていた。
何が入っているのか、その夜の僕には、まだ、はっきり言葉にできなかった。
言葉にできるのは、たぶん、酒祭りの日の夜になる。
酒祭りまで、あと、三週間と少しだった。
三週間と少しの間に、僕は、自分の「全部」を、ちゃんと並べ終えなければいけなかった。
並べ終えて、酒祭りの夜に、七緒さんの「答え」と、僕の「答え」を、同じ一つの場所で、交換しなければいけなかった。
……交換、というのは、たぶん、商売の言葉である。
商売の言葉で書くと、かろうじて、僕の心臓は、ベンチの上で、平静を保てた。商売の言葉でも借りないと、九月の駅前のベンチで、僕の二十歳は、たぶん、もう、収まりがつかなくなっていた。
そういうことに、しておく。
翌日の月曜日の午前、僕は、いつもの総合科学棟ではなく、その先のキャンパスの北端にある、学生支援センターの三階の、キャリア支援室の自動ドアを潜った。
キャリア支援室というのは、学生の就活を支援する部屋である。窓口があって、職員がいて、企業情報のファイルが棚に並んでいて、面接対策のパンフレットが置かれている。二年生がここに来るのは、まだ早すぎる、というのが世間の標準的な認識である。実際、僕の目の前で受付の隣のソファに座っているのは、明らかに四年生の、リクルートスーツを着た女子学生だった。彼女は、ノートパソコンの画面を見つめながら、何かをタイプしていた。タイプの音が、神経質で、速くて、僕の知らない種類の集中の仕方をしていた。
二年生の僕が、九月の月曜の午前にここにいるのは、たぶん、世間の標準からは、外れていた。
外れていたが、外れることに、僕は、その朝、特に抵抗がなかった。前夜、月野酒造の門の前で「待っとって」と言われた翌朝の僕は、世間の標準の外側に、自分の足で、半歩、踏み出していた。半歩踏み出してみると、世間が思っていたほど、外側の景色は怖くなかった。
受付で、「自治体のパンフレットありますか」と聞いた。
「自治体、というと、どこの」
「東広島市役所の、業務案内みたいなやつ」
受付の女性は、立ち上がって、棚の一角を指さした。
「そこに、各自治体のがあります。市役所のは、業務案内よりは、採用パンフレットのほうが学生さんには分かりやすいかも。両方ありますよ」
「両方、いいですか」
「ええ、どうぞ。コピー必要なら、後ろの機械で」
棚から、東広島市役所の採用パンフレットと、業務案内の冊子を取り出した。
採用パンフレットは、表紙に、若い職員らしき三人が、にこやかに笑っている写真が載っていた。三人とも、襟付きのシャツを着ていて、絵に描いたような爽やかさで、絵に描いたような爽やかさを学生に向けて発信している、という印象であった。採用パンフレットというのは、世界中どこでも、同じ画角で写真を撮るらしい。
業務案内のほうは、もっと、地味な冊子だった。表紙はモノクロに近い緑で、組織図と、部署別の事業内容が、淡々と並んでいた。
業務案内の冊子の、ページをめくった。
総務部。企画振興部。市民生活部。福祉部。健康こども部。
部の中の課が、それぞれ、リスト化されていた。
企画振興部の中の、ある一行で、僕の指は、止まった。
──ブランド推進課
ブランド推進課の業務内容の欄を、僕は、上から順番に、読んだ。
日本酒・ぶどう等の地域資源を活用した産業振興に関すること。観光に関すること。ふるさと納税に関すること。シティプロモーションに関すること。水資源の保全に関すること。
五つの項目が、並んでいた。
五つの項目を、もう一度、最後から逆順に、読んでみた。水資源の保全に関すること。シティプロモーションに関すること。ふるさと納税に関すること。観光に関すること。日本酒・ぶどう等の地域資源を活用した産業振興に関すること。
順番を変えても、五つは、同じ五つだった。
……これだ、と思った。
思った瞬間、僕の指は、コピー機の方向へ、向かいかけていた。ワンテンポあって、上の脳が、その動作を承認した。承認したころには、もう、僕は、コピー機の前で、十円玉を入れていた。
業務案内のブランド推進課のページを、複写した。
採用パンフレットの、市役所職員のキャリアパスのページも、複写した。
二枚のコピーを、リュックの中の、広報誌の特集記事の原稿の隣に、しまった。広報誌の特集記事は、夏のあいだ書きかけのままで、まだ、半分しか進んでいなかった。半分のままの広報誌の隣に、二枚のコピーが入った。新しいインクの匂いが、リュックの中で、しばらく、漂った。
キャリア支援室を出る時、受付の女性が、軽く、こちらに声をかけた。
「採用試験、毎年六月の最初の日曜だから、来年に向けて、早めに動くといいですよ」
「はい」
自動ドアを出るとき、僕は、来年六月の最初の日曜、という日付を、頭の中に書きつけた。書きつけてから、その日曜が、酒祭りから八ヶ月後のことだ、と気がついた。八ヶ月、というのが、長いのか、短いのかは、まだ、判別がつかなかった。判別はつかないが、書きつけた日付は、その朝から、僕のカレンダーの上で、消えない印になった。
リュックの中のコピー二枚は、その日から、僕の鞄の常駐物になった。
常駐物、と呼ぶのが、たぶん、正確である。出かける前に意識的に入れているのではなくて、出かける前にいつのまにか入っている、というのが、常駐物の定義である。意識せずに身体に張り付いているもの、という意味で、リュックの中のコピー二枚は、その日から、僕の鎖骨や、肘の関節と、同じ位置にあった。鎖骨や肘の関節を、毎朝意識して持ち歩く人間はいない。コピー二枚も、そういう種類の物として、僕の生活に、組み込まれた。
組み込まれた瞬間、たぶん、僕の中で、一つ目の宿題は、半分くらい、輪郭を持った。
残りの半分は、酒祭りまでに、自分で動いて、自分で取りに行かなければいけなかった。
酒祭りまで、あと、三週間と五日。
五日。
増えた、のではなくて、増やした、のだった。




