第一章3話『希望とは』
「おう、お前らか」
俺にゴミと呼ぶべきナニカを持ってきた騎士――カレーヌと呼ばれた見るからにヤバい女はそう発した。切れ長の目で声のした方向――参入者の方を見やり、不敵な笑みを浮かべている。
「丁度良かった、今このクズにゴミの山をやらなきゃいけないところでなぁ。あまりの醜悪さに放り投げちまったんだが、どっちも汚ねぇから触れたくねぇ。やってくれるか?」
「わ、分かりました、あのクズの山をこのゴミにやれば良いんですね?」
「あぁ、クズでもゴミでも好きな方やっとけ」
うん、普通に困るが? クズをゴミにやられると絵面的にも俺的にも最悪でしかない。それに何か途中でディスられた気もするな……。具体的にはクズとゴミが反転してたな。そもそも俺はクズではない。と思う。
「ゴミゴミ、大丈夫だよぉ、今からクズクズを食べられるからねぇ」
――あぁ、もう疲れた。訂正する気力もない。
どの道死という結末は同じなのだ。いっそどうにでもなれ。
「えーっと、まずはクズの山を……ってあれ? これ――いやこの人、5796番さんじゃないですか!」
「あー、そんな番号あったっけっか」
「ラミィは記憶力いいからねぇ。まさにじーにあすって感じだねぇ」
――もうThe・囚人よろしく番号なんて付けられているらしい。だが、俺が衝撃を受けたのはそこではない。
理不尽な展開に夢物語だと諦めていた異世界ファンタジーが今、ここに開幕した。
カレーヌに声をかけた二人が俺からも目視できる位置に現れた――のだが、その片割れ、ラミィと呼ばれた小柄な美少女を見て、声を聞いて、発した内容を聞いて、全身に稲妻が駆け巡った。
オレンジ色のショートカットにリボンみたいな小さなカチューシャを付けている。萌える。身長は147、8ぐらい。小柄な感じも好みだ。耳が尖っているところも可愛らしい。エルフ系列なのだろうか。瞳の色は透明感のある白色。全体的に色素が薄い。
記憶力抜群で、ゴミの山をクズの山と言い間違えてしまうおっちょこちょい、そして本人に悪気がない。
天才系年下無自覚天然、どストライクだった。
何より、クズだかゴミだか以外の呼称で呼んでくれたその御心の優しさ美しさが、疲弊しきった心に浸透した。希望は、あったんだ……。
「それはそうと、57……てめぇは黙りかよ」
「あ、はい。すみません」
「――あ?」
淡々と謝罪を口にした俺に、カレーヌの蜜柑色の有刺鉄線が突き刺さる。だが、もう痛くない。だって、俺は天使に出会ったのだから。この世界にも、思い残すことなど一つもない。
「俺の異世界生活はここから始まり、ここで終わる……!」
「あわわ! あ、あの! カレーヌさん、駄目ですよ! 恐怖が一周回ってなんか変なこと口走っちゃってますってば!」
「そうだねぇ、他の人に強く当たっちゃうのはカレカレの悪い癖だよぉ」
「あ? 別にこんなん怖くもなんともねぇだろ、なぁ?」
「ひ……うん。怖くないよ? だって、俺は天使に会えたんだから!」
「ほ、ほら! 一瞬ひるんじゃってたじゃないですか!」
「いや、だがよぉ、なんか、満足そうなツラしてねぇか?」
あぁ、俺は満ち足りている。
「クズクズ、恐がらなくて大丈夫だよぉ? カレカレは不器用なだけなんだからぁ。本当はね、クズクズのことを心配して、カレカレはここに来たんだよぉ?」
「し、しししししし心配なんてしてねぇし?? な、何言ってんだよアカネ!」
「ほらぁ、不器用なだけでしょ?」
――――――有刺鉄線が消えた。
え? まさか、カレーヌはデレ属性も持ち合わせているのか? ……それは予想外過ぎる。過剰ツンはひとさじのデレが加わる事で中和されるものだ。カレーヌも、例には漏れない。
彼女の控えめなデレは、凶器にもなるが薬にもなる。いずれ不治の病の特効薬として、この世界に必要不可欠な存在となるだろう。――人殺し属性がなければな。
その一点が全てを打ち消している。命の危険がある相手には、いくら一ヶ月前に破局した俺とてときめかない。
そしてどうやら俺の呼称はクズクズで固定らしい。少なくとも、こちらから自己紹介するまでは、か。
「……なるほど」
「おいクズっ! 勝手に納得して鵜呑みにすんじゃねぇっ!」
それにしても、あのおっとりしてる子はアカネというのか。
この世界では恐らく珍しい黒髪で、髪型はツインテール。そして何の種類かは分からないが、ケモミミが生えている! 始めて見た。モフモフイヤーズ。
つまるところ、異世界のお約束である亜人、と言ったところか。推定エルフのラミィしかり、亜人は一般的な世界観なのだろう。
身長は160辺り……だろうか? 目で測っているから正確ではないが、そのくらいだろう。おっとりした雰囲気と相反して、紅色の瞳とか口元とかはキリリとしている。この見た目からあの優しくゆったりとした声が出るのを聞くと、正直脳がバグりそうになる。
――ふむ。一通り観察したが、やはり俺はラミィ一筋だ。彼女だけがこの異世界で俺に普通に接してくれている。それに全ての可愛さが詰まっている。これで性格も良いとか、天使以外の何者でもない。紙とペンさえあれば、彼女の全身を余すことなく模写できるのに……悔しい。
カレーヌは見てくれはいいんだけどな。性格がな。特に殺意マシマシな言動がな。いつかシメられそうで本当怖い。
アカネは……ってアカネ? カレーヌ、ラミィに続いてアカネと来るか。西洋というより日本寄りなネーミングセンスだが……。黒髪もそうだし、確かさっきもじーにあすとか言って……。
「――で、あまりにも惨めだったから様子見に来てやったってとこだ。……おい、聞いてんのか?」
「――へ?」
「おいおい、何ボケーッとしてんだ? たった今僕がここにいる理由を話してやっただろうが。てめぇがマオウ様の部屋ぁ侵入したときに、僕もたまたま居合わせてて、てめぇが連れてかれてるとこをみてあまりにも惨めで無様だったから様子見に来てやったっつってんだ。――何とか言えよ、おい」
「ひぃぃ!!」
そう言って牢屋の鉄格子を乱暴にケリつけるカレーヌ。再び突き刺さる有刺鉄線、恐怖しかない。
どうやら冷静に分析しているうちに、天使バフが切れてしまったようだ。俺の生存本能は、正常に命の危機を訴えている。
だが、なるほど。どうやらご厚意で説明してくれてたらしいのを、俺は脳内考察モードでスキップしてしまっていたようだ。それは申し訳なかった。
ともあれ、今の要約でおおよそは分かった。
連れ去られるとき、泣いて喚き散らかした時点でカレーヌの召喚は果たされていたわけか。恨むぞ、過去の俺。
そして、あの国王様とやらは『マオウ』というらしい。「積み木」「かばん」のイントネーションだ。なお、いわゆるな『魔王』も別で存在しているため、相当に紛らわしい。誰だ、こんな名前付けたやつ。
「それで、5796番さんはどうやってこの王城に? どこから侵入したんですか?」
「えぇっと、説明すると長くなるのですが……」
ここは多少長引いても転生のことを伝えるべきだろう。打ち明ける機会を見失って後々後悔することになりそうだしな。もしかしたらこの世界では、転生とか異世界転移とかが日常茶飯事なのかもしれないし。
「あのーですね。その、俺はこの世界とは別の(ギラリ)いやすみませんなんか気付いたらあそこにいましたぁぁ!!」
終わった。勢いだけで謝っていた中学時代と同じ愚を犯してしまった。あの時と、ヘタレ具合が根本のところで変わっていない。そこに気付けたのは良かったが、それ以外の全てが良くなかった。
いやだが仕方なく無いか!? 怖いものは怖い。目で、『おかしなこと言えば即座に首と胴体を離別させんぞおらぁ!』って脅迫してきたんだ! 無理無理あんなの無理ゲーだろ!
「まぁそんなことはどーだっていい。ただ、謝罪をさせてくれ。普段のマオウ様は寛大な野郎なんだが、白髭を維持するための儀式の最中だとすぐ頭に血がのぼってしまってなぁ。マオウ様に代わり謝る。すまなかった、5……汚ねぇクズ」
「いや、もう諦めたしいいんですけど、その思い出せなくて結局クズで終わるのなんな――白髭?」
聞き間違いか? 聞き間違いと言ってくれ。
「ん? おう、そうだが。……何だよ、知らなかったのか?」
……カレーヌを見る。純粋な驚きが刻まれていた。
他の二人も見る。目を伏せていた。
目を瞑り、先を促すカレーヌに最大限の注意を払いながら、深呼吸する。そして、始める。
「そんな理由で俺ぶち込まれたの!? もっと高尚な儀式だと思ってたんだが!? 白髭維持とか勝手にやっとけよ、人様巻き込むなよ。あれか、俺はそんなくだらない儀式のために人生終了牢獄送りされたのか!?」
今生一感情の籠った言葉を辺りにぶちまける。王室に直接転移もとい転生しただけでも不運なのに、それがしょーもない儀式のまっ最中というのだから救えない。
「――ほう、なかなか見所あるじゃねぇか、てめぇ」
「カレーヌさん」
「わーってる、ラミィ――とにかくだ。僕がてめぇを脱出させてやる。……僕の勘がてめぇを逃せば得をするって告げてんだ、おとなしく僕の踏み台になりやがれ」
「要するにぃ、クズクズがマオウ様のご機嫌のさじ加減で牢屋行き、最悪死刑になるのはあまりにも可哀想過ぎるから、誰にもばれないように助けてやるってことだよぉ」
「は、はぁぁぁ!? ば、ばばばっかじゃねぇの!?ぼ、僕がそんなこと考えるわけねぇだろ!?」
「流石カレーヌさん、お優しいです!!」
「……そのテンプレ茶番劇、いつまで見てればいいんすかね?」
などとやり取りしつつ、カレーヌはその鍵束で牢屋の南京錠を解錠してくれる。人生の袋小路が開けた音がした。
ただ死を待つ憂き身とのみ思っていたが、これで俺も晴れて自由の身――、
「じゃ、これ着けな」
「――え。コレ?」
「これ」
「ホントに?」
「ホントに」
「正気?」
「正気――いい加減しつこいぞ」
とはならなかった。
差し出されたソレは、もしかしなくても身分を表す類いのものだろう――少なくとも、この世界の常識では。これを使ってペットみたいなものとして通すのだろうが……。
それを着けるのはあまりにも屈辱的で、羞恥心しかない。本能が、心が、存在を拒絶している。それに、こんなもので大衆を騙せるだなんて到底思えない。
だが、現状縋れるものはこれしかない。他にあったとしてもここで否定してしまえばカレーヌによる殺戮ENDに直行しそうだし………。
そうして、俺は渋々カレーヌの差し出した「ソレ」を身に着けた。
「――ギャッハハハハハッ! 5796さんったら家畜のように従順に言うこと聞いてますよッ! とても惨めで浅ましくて愚かで人でなしで、奴隷のように無様で愉快ですねッ!!」
――。
――――。
――――――。
「あー、……なんつーかさ。たまに頭のネジがブッ飛ぶんだよ、ラミィ。人一倍良いヤツだから、負のツラも人二倍あるってなぁよく言ったもんだ」
「そんなところもラミィの可愛いところだけどねぇ」
「――――」
絶句した。
言葉を失った。
今までの自分が全て崩れ去るような、世界がポロポロこぼれだしていくような、そんな錯覚に見舞われる程の虚脱感が、突然すぎるほどに俺を襲った。
なんだって? 今、何と言った? ナニガキコエタ?
「あぁ! いいッ!! いいですよ、その顔ッ!! 健常な精神を保ったまま他者に支配される屈辱はどうですか、5796さんッ! さぁ早く、私に教えてくださいッ!」
辛うじて俺に残されていた希望。それが絶望に塗り替えられた音が聞こえた気がした。
――最初から希望なんて、無かったのだ。
こうして、俺ことサエジマ・メブキは、名実共に女騎士三人の奴隷となった。




