第一章2話『新生活の風が吹く』
俺――冴島芽吹は、大学一年生だった。二セメスターも終わりを迎えようとしたあたり、世間が受験受験とうるさくなってきた頃、俺はポテチ死した。
――改めて振り返ると、あれだな。意味が分からん。死因がポテチって、聞いたこと無いぞ。
しかし、真実である以上仕方ない。俺はポテチが喉に刺さり、刺さりどころが悪くて死んだ。血液で溺れる感覚、喉の内部が切れる激痛は、忘れたくても忘れられない。無我夢中で、爪が剥がれるのも喉の皮が剥がれるのも気にならないほどひたすらに、喉を掻き毟ったものだ。そして死んだ。
自宅警備隊隊長であった俺の死が明るみになるのはしばらく先だろう。隊員はいないからな。
――うん。そういえば、生前恒常デバフとして降り掛かっていた濃霧を感じない。こうして脳が冴え渡り、世界を色鮮やかに観測できるのは実に一年ぶりだ。この為なら、俺もポテチ死を甘んじて受け入れられるだろう。
……いや、訂正。どんなメリットが待っていようと、ポテチ死だけは御免こうむる。だって、あれだ。ダサい上に苦しい。いい要素が一つもない。
ともあれ、俺はポテチ死し、気付いたら暗闇の玉座の間にいた。
当初は死後の世界と踏んでいたものの、実際は地球とは異なる別世界――それも、転生先は謎の儀式真っ最中の国王の真正面だったなんて、一体誰が想像できただろう。
当然、謁見の許可など得ていない俺は、国王の命を脅かす賊として捕縛され、投獄。弁明の余地も与えられないまま、現在に至るわけである――。
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「――いや、何度振り返っても納得できない」
一通りの経緯を回想し、冷たい牢獄の中、俺は独り不服を表明する。
「百歩譲って、異世界転移までは受け入れられる」
幸い、生前の俺は割とサブカルを嗜んでいた方だったから、事前通告なく異世界に飛ばされても、動揺は最小限に抑えられている。だから、問題はそこでは無い。
「――いくらなんでも、一般人に対する仕打ちが酷すぎないか? なぁ、天の神様?」
巷では、「天の神様の言う通り」なんて選び歌が広く知れ渡っているようだが、実際に天の神様の言う通りにされてから口ずさんで欲しいものだ。
死因がポテチで、転移した瞬間に詰みが確定。そんな作品、異世界系黎明期でも流行らない。おまけに声を含めた肉体は生前と同じだし、フィジカルも据え置き。
お決まりのステータスバーなんかも見受けられず、そもそも独房に幽閉されて自由な身動きが取れない。
逆転の要素の欠片もないじゃないか。
「――にしても、本当に酷いところだなぁ、ここ」
改めて、今いる牢屋を観察する。
全てが錆び付いた鉄でできている独房だ。至るところに爪で引っ掻いたような傷があり、家具という家具が軒並み撤去されている。当然ベッドも布団もない。――いや、この底冷えする地面が布団代わりか。全く笑えない。
部屋の隅っこでは黒い物体がワシャワシャ蠢いていて、生理的な嫌悪感が常に刺激される環境だ。それ以外やることも無いので見ると、足もないし、虫と言うには一回り大きい。Gの類だとは思うが、今のところ端っこの方で壁をよじ登ろうと猪突猛進しているだけなので、実害はない。実害しかない。
でも、何故だろうか。香りだけはいい。香水のそれとはまた違った、ラベンダーのような落ち着く匂い。
芳香剤でも置いているのかと辺りを見回すも、固形物は黒いワシャワシャしかないため、発生源は不明のままである。
ともあれ、こんな待遇では食事の質も量も期待できそうにない。コンビニ食がどれほど幸せだったのか、嫌というほど思い知らされる。とりわけ今の俺には、ぬるい水道水ですらオアシスの水のように感じてしまう。
それは渇きを満たす以外の理由でも、そうだ。凄惨な死を遂げた俺の喉には、今もポテチが突き刺さっているかのような感覚が僅かに残っている。溺れた血の味も、もれなく喉にこびり付いている。
お口直しがしたかった。
「――まぁ、流石に水分は恵んでくれるだろうけど」
でなければ死んでしまう。刑罰を執行する前に罪人が死ぬのは、どの国どの世界においても避けたいだろう。そこは地球の常識を適用していいはずだ。
あるいは、異世界人は水がなくとも生存できる超人だらけという可能性も捨てきれないが――、
それを言い出したら止まらないので、可能性の域に留めておく。
「――そういえば」
俺を連行した兵士の会話を聞いて分かったことがある。
この国はガルジニスと言い、俺が転生したあの空間にはそもそも光源が無かったようだ。つまり俺が失明したわけでも、ここが光のない天界というわけでもない。
何故部屋から光源を抹消していたのかは謎だが、考えても詮が無い。捨て置く。
「……はぁ」
そこまで現状を見つめ直し、重めのため息をつく。
開幕から回避しようのないバッドエンド直行。ルート分岐が詰みセーブから始まっているなんて、クソゲーにも程がある。
「また、死ぬのか……」
必然性のない、無意味な死。尊厳も名誉もなく、汚名だけが後世に残る、愚かな死。
――死にたくない。だが、俺にはどうすることもできない。
足掻くことすら許されない、絶対的な結末。
――俺に、どうしろって言うんだ。そもそも、俺の異世界に対する認識と実際に置かれた状況とがあまりにも乖離している。
女神は顔を出さないし、胸高鳴る冒険に同行する仲間もいない。貴族に転生してバラ色の人生を謳歌するでもなく、俺TUEEEE無双も脈が無い。路地裏で運命の出会いをしようにもその路地裏にすら赴けないし、結婚を誓う幼馴染も存在しない。
俺に与えられたのは、大逆罪という前科付きの、死刑か終身刑が確約された異世界でのセカンドライフもといセカンドデッド。
まだこの世界で一度も死んでいないため、復活能力が付与されている線も否めないが、この待遇を考えるに期待薄だろう。仮に復活したとして、明るい未来が開ける、もしくは掴み取れるビジョンが浮かばない。
だって、リスポーン地点が詰みだし。万が一ガルジニスの兵士に能力を知られてしまえば、被験体コースも夢じゃない。大罪人から被験者に。とんだステップアップだ。
「――俺の異世界、おかしいんだが」
率直な感想を、虚空に向かって述べる。正確には、鉄格子越し、窓の外に見える空に向かって。
どうやらここは、王城の四隅にそびえ立つ高塔の一つ、その高層階らしい。 中間層辺りには、王城に繋がる通路もある。
普通、収容施設は地下へと増設されていくものだが、異世界には異世界なりの理屈があるのだろう。あろう事か王城の敷地内に建てられているのも、日本人には想像もできない遠大な理由があって欲しい。でなくばそんな奴らに捕縛された俺がいたたまれない。
――ひとまず、当面の見通しを立てよう。
無理筋だとは理解しているが、そうでもしないと正気を保てそうにない。
至極当然のことだが牢屋、並びに高塔から脱出することがこの王城編での最終目標となる。ただ、その前にできる限りの情報は集めておきたい。外に出た後もここ、ディファレントワールドでの生活は続くわけだし、最低でも衣食住、貨幣や物価の情報はゲットしておきたい。その後は……。
「とか意味不な事でも考えてなきゃ頭おかしくなるな」
可能性のない未来に思いを馳せたところで何にもならない。お先真っ暗なこの人生に、生存への光が灯ることはない。既成事実として、言い逃れようのない罪状が背中に張り付いているのだから。
「はぁ……」
何度目かのため息をつく。お腹も空いた。喉も渇いた。投獄されて数時間は経過したように思う。音沙汰もない。騒音もない。人の気配がない。気が狂いそうだ。
「――おい、罪人! ゴミの時間だ!」
そんな折、暴力性を帯びた怒声が冷たい静寂を打ち払った。鉄格子をドンと蹴りつけたその女性は、突然の怒鳴り声に尻もちをついた俺を仁王立ちして見下ろしていた。
トパーズを思わせるブロンドがかった長髪をなびかせ、蜜柑色の鋭い双眼で眼下の俺をギラギラ睨み付けている。身長は恐らく170ちょい、その身に纏った騎士の鎧はさながら絵になる。全体的にスラりとしていて、その態度のでかさと相反してスレンダーな出で立ちである。
そんな彼女が地面に放り投げていたのは、形容し難いナニカだった。臭いようで、醜悪、色がついてそうな湯気が立っていて、食欲と相反する欲求がそそられる。あえて名付けるのであれば、ゴミだ。
そしてこの騎士もちゃんと、「コレ」がゴミであることは把握しているらしい。
この牢屋内における、一刻も早いゴミ箱の発明が待たれる。
「えーっと……これは、どういう冗談で?」
「あぁ? なんだてめぇ。クズの分際でこのボクに気安く話しかけんな」
「すんませんっしたぁぁ!」
おいおいおいなんだあれなんだあれ!? ヤバい目してた、完全に人シメたことがある目してたぞ。
なんなんだ? 人殺し系僕っ子ツンツンツンツンってそんなジャンル、血の道量産犠牲だらけでなんの得も生まないし流行らないだろ。色々と設定に無理がありすぎる。デレがないツンはただの凶器じゃないか。
事実は小説よりも奇なりとは言うが、こんな事実なら知りたくなかった。ツンデレカテゴリに、思わず「人を殺さないツンデレ」と付け加えてしまいそうだ。当然彼女以外の殆どがそこに分類されることになる。
ともあれ、一難降ってもう一難などと悠長に言ってもいられない状況だ。いつ彼女の双眸に視殺されてもおかしくない。詰み状況に差し迫った命の危機が舞い込んだ現状に、俺はただ祈るしかなかった。
「あ、カレーヌさん!」
「おはよ〜、カレカレ〜」
だからだろうか。
意識外から吹き込んだ新たな暴風に、俺は人生の一分の隙もない詰みを悟った。




