閑話 いっぽうそのころ
アイシャが国外追放を受けてから早半年。
祖国であるイグルー王国では、早くも綻びの予兆が現れ始めていた。
きっかけは些細なことではあったが、今となっては少しずつその亀裂は拡大し、それにより亀裂の可視化が始まっているのだ。
ハロルド公爵家率いる貴族派
VS
レオナード公爵家率いる王権派
という貴族の対立構造は、これまでは均衡を保っていた。しかしアイシャの追放を王子であるランドが、王立学園の卒業パーティーという公の場で行ったこと、また上位貴族のみ参加する夜会などではなく下級貴族や1部平民階級の者までが参加する華やかな会で行われたこと、さらには国王夫妻が不在のタイミングで、ランドが独断により行ったという事実。
これらのことから、「王家はともかくランド殿下は貴族派につくようだ」「王子殿下の婚約者はどちらも貴族派だ」という認識が広がり、貴族派と王権派のパワーバランスが大きく崩れることとなる。
それにより王権派から貴族派に鞍替えする貴族家が発生、王権派は政治の場での発言力や影響力を落とすこととなった。
「これは…まずいな…」
ぼそりと呟くのはスカイ・イグルー第1王子。彼は貴族派であるレイア・ハロルド公爵令嬢と婚約を結んでいるが、元々スカイとレイアは互いを愛し合っての婚約であり、派閥だ何だと言い出したのは大人たちである。とはいえ、レイアが貴族派の家の令嬢であることは事実。
スカイは貴族派の求める各貴族の自治権拡大にある程度の理解を示しつつ、しかしながらそれによる混乱を憂慮していた。
ここで、貴族派・王権派の目指しているものについて紹介しておこう。
まず現在のイグルー王国について。
現在のイグルー王国では、税率や罰則などは王宮の定めるものに従っており、国内では統一されている。これにより税率などを理由とした国民の集中・離散を防いでいるのだが、領内のインフラや災害対策も王宮からの許可や指示がなければ貴族が勝手にすることは出来ない。なぜならそれらの予算は国庫から支払われているからで、貴族たちが好き勝手に事業を行うと、あっという間に国庫が底を尽くからである。しかしそれによりインフラ整備が遅れ、災害復旧ができず結果的に領民の離散が発生している領地も存在しているというのが現状である。
次に貴族派について。
貴族派の貴族たちが求めているのは、自治権の拡大である。現在貴族に認められている自治は、戸籍の収集や治安維持に留まる。これを税率の設定や領内でのみ適用される法律の制定にまで拡大せよというのが貴族派の要望であった。各領地での税率の設定により、国庫に頼らず自主財源での領内整備や迅速な災害対策を行えるというのが言い分である。
一見すると理にかなっているように見える。実際貴族の自治権拡大というのは毎年議論される問題であるのだが、そこに待ったをかける歴史的事実が存在する。
各領地での税率の違いによる民の移動や、欲に目が眩んだ腐敗貴族による異常に高い税率や許可なく移動を禁じるという法を作ったが故に搾取されるしかない領民。それにより発生した飢饉や暴動、革命など。世界の歴史の中で発生してきた、挙げればきりがないその事実が国家に、民に決断を渋らせる。
また、ほんの1部ではあるが。
貴族派の勢いに乗り、王国発足以前のはるか昔、諸侯の群雄割拠する戦乱の世が続いていた。その頃のように、誰でも力さえあれば王に、あわよくば我が家が…という黒い欲望を心の内に燃え上がらせる貴族もいたりする。
そのため王家は貴族派の婚約者を迎えつつも王権派との均衡を図っていたのである。
対して王権派について。
王権派は古くから王国に従う中信深い家が中枢を支える派閥である。彼らは強力な中央集権による国力の底上げを狙っている。具体的には、貴族を「地方を治める者」として見るのではなく、あくまで「王家による統治の実行者」として見る。極端ではあるが、中枢を構成するレオナード公爵家などは、魔の森と領地を接しているという特徴から、王宮からの明確な指示があった方が寧ろ領内の安全に繋がると考えているなど、それなりに理由がある。
但しこちらにも欠点はあり、各領地に配慮したものではないこと──例えば工業や鉱業による収益がある領地と農業で細々とした収益しかない領地では、民の税負担能力は必ずしも公平とはならない──や、政策の実施に少なからずタイムラグが生ずることなど公平性・迅速性に難がある。
また、王家は王家であるからといって権力を欲するのではない。『人の上に立つということは、人の命を預かる責任を負うことだ』とは過去に君臨した賢王の言葉である。
貴族派・王権派はどちらも言ってしまえば両極端でもあり、現状維持を求める声もある。
ここで貴族派が力を増すということは、つまるところ国内の動乱を齎すことに繋がりかけないのだ。
「殿下、なにかおっしゃいました?」
「ん?ああいや、大したことでは。それよりもレイア、君の方は大丈夫かい?また圧力を掛けられたりしていないかい?」
「わたくしは大丈夫ですが…レオナード公爵閣下が心配ですわ」
「そうだね。以前にも増して周囲からの圧力が高まっている。派閥だどうだと言うのも理解はできるが、だからといって魔の森と境界を接し我が国を護るレオナード公爵家を軽んじる理由にらならないだろうに」
脳内で現状と有り得る可能性を演算していたスカイの、思わず零れた呟きに、隣にいたレイアが尋ねる。2人は王宮内に造設された中庭──王家が先祖代々王妃や家族と団欒を楽しんだという──にある東屋で茶を嗜んでいる。
その絵を某バニーガール冒険者が見れば「てぇてぇですわ…」と言いそうな程の神々しさを醸し出しており、何人たりとも声をかけて良い雰囲気ではないため周囲は静かだが、会話の内容はやや不穏であった。貴族派の勢力増大により、パワーバランスが崩れ始めていることへの憂慮であった。
「私は既にアイシャを助けられなかったというのに、はらに彼女の生家であるレオナード公爵家をも助けられずして何が王家か…そう思ってしまうね」
「もう…アイシャ様は国外追放になったというだけで、儚くなられているとは限らないと何度も言っているではありませんか」
「分かっている…分かっているんだが、追放先はあの魔の森だ!幾らアイシャとはいえ、生きて森を抜け魔国へ辿り着けているとは思えない…!」
「殿下…」
実はアイシャが学生時代、公務で忙しいスカイと公爵令嬢として忙しいレイアがすれ違い不仲になっていることに気づき、2人を強制的に話し合わせたということがあり、そこで2人はすれ違っていたことを知り一層仲を深めたという事があった。
そのため、スカイの口から何度もアイシャの名前が出たとてレイアは自分が1番愛されているという安心を得ることができ、アイシャに対して感謝すれども嫉妬はしない。
「ランドのやつ、今日もアイナ嬢を王宮に招き、愛瀬を楽しんでいたのか」
「そのようです。アイシャ様という婚約者がありながら堂々とアイナ嬢を侍らせ、挙句婚約破棄をしたという醜聞を理解していないように感じます」
「既にランドの求心力は低下し貴族派の傀儡になりつつあるというのに、能天気なやつだ。いや、そもそもいいように操られている自覚もないか」
第2王子ランドは、本来であれば当事者と当主が顔を合わせ、秘密裏に、それぞれの同意があって行われるはずの婚約解消を、いやしくも卒業パーティーという不特定多数の集まる公の場で、婚約破棄宣言という非常識な行動でそれをしたこと。アイシャが同性愛者であるという、女神教の教義に反してはいるが、あのような公の場で糾弾することが貴族の重んじる名誉を大きく損なわせる行動であるにも関わらずこれを糾弾したこと。また、本来であれば王立裁判所で厳正な判断をすべきであったにも関わらず、ランドの独断で国外追放という重罰を課したこと。これらの非常識であり王家に連なる者として余りにも相応しくない行動にランドを擁する貴族も減り、残ったのは良からぬ欲望を内に秘める1部貴族のみ。更にはその貴族らの甘言に惑わされ傀儡と化す始末。
「本当なら私がすぐにでもランドのバカを王家から永久追放したいところだが、私にはその権限がない。父上と母上は本来であれば既に帰国している時期だが、隣国のサンライト王国で発生した動乱に阻まれ外交から帰れずにいる。だからランドを直ぐに止めることはできない。偶然か、はたまた…」
現在のイグルー王国では貴族派が力をつけつつあるものの、未だ水面下での攻防が主であり表立った混乱は王宮には発生していない。
だが、ランドがしでかした諸々により、今後は更に貴族派の増長が急速に進むだろう。その時国内がどうなるか、またスカイは無事でいられるのか。
それはまだ、誰も知る由もないことである──。
まずは投稿遅れ申し訳ございません。実は作者、少々体調を崩しておりました…。本日より投稿再開致します。
ちょっと政治学的な話になっちゃった気もするけど…気のせいか!(すいませんでした)
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