第79回 日本競馬史
今回は、個人的に私が「競馬好き」なので、競馬の歴史について。
日本における競馬の始まりは、幕末の1860年(万延元年)、現在の横浜市中区元町の外国人居留地で行われた競馬だそうです。
その流れから、1905年(明治38年)、Mikado's Vaseを祖とする帝室御賞典競走(後の天皇賞)が始まり、競馬法以降の最大の目標とされるようになったらしいです。
日本人における、洋式競馬の模倣は、1870年(明治3年)、東京・九段にある、東京招魂社(現在の靖国神社)境内の馬場で、兵部省主催による洋式競馬が行われたのが最初とされており、以降1898年(明治31年)まで、招魂社(靖国神社)の例大祭に際して競馬が開催されてます。これを招魂社競馬と言いました。
その他、色々あるんですが、ざっくり言うと、日清・日露戦争において、日本の軍馬が西欧諸国のそれに大きく劣ることを痛感した政府が、内閣直属の馬政局を設置して馬匹改良に着手したとされています。
その馬政局はアメリカから14頭のサラブレッドを輸入し、優れた種馬を選抜育成して質の高い馬を多数生産するとともに、馬の育成・馴致・飼養技術を高めたのです。
つまり、元々は、軍事利用として輸入されたわけです。
それでは、現在の中央競馬の元になったのがいつかと言うと。
1936年(昭和11年)、全国に11あった競馬倶楽部と帝国競馬協会を統合する形で、国家が統制管理する運営団体の日本競馬会が創設されます。
それより少し前の、1932年(昭和7年)、安田伊左衛門がイギリスのダービーを模範とする東京優駿大競走(現在の日本ダービー)を創設。英クラシックを模範とする競走は、後述の日本競馬会設立後の1938年(昭和13年)に整備する動きが始まっています。
以降、1946年(昭和21年)の優駿牝馬(=オークス)、1947年(昭和22年)の桜花賞、1948年(昭和23年)の菊花賞、1949年(昭和24年)の皐月賞と、いわゆる五大クラシック競走が誕生。
太平洋戦争中にも、競馬は行われていましたが、戦局が悪化する中、1943年(昭和18年)春には阪神競馬場と横浜競馬場が軍事施設に転用、さらに同年中には他の競馬場施設も軍需工場や戦力増強部門に応召することが決定され、同年12月19日の宮崎競馬場における開催をもって公認競馬は中止されます。
なお、終戦後まもなく日本各地で闇競馬が行われるようになっており、また同時にアメリカ軍による進駐軍競馬が、北海道を中心に行われました。
戦後の1946年(昭和21年)10月、日本競馬会が主催する競馬は再開されますが。この日本競馬会はその後解散されます。
1954年(昭和29年)秋から日本中央競馬会(JRA)を主催者とする中央競馬がスタートしました。
ちなみに、ラジオ放送は、1956年(昭和31年)に、日本短波放送(愛称ラジオたんぱ、現・日経ラジオ社、現・愛称ラジオNIKKEI)による中央競馬実況中継放送が開始されています。
一応、それより前の1931年(昭和6年)に、NHK競馬中継が開始されていますが、当時はギャンブルとしての競馬は禁止されたり許されたりということを繰り返していた上、軍国主義の時代だったため、軍馬の育成に繋がるものであることが最優先とされていたそうです。
テレビ中継は、1959年(昭和34年)に、関西テレビとフジテレビが開始したと言われています。
今では、複数の馬が達成してますが、中央競馬のクラシック三冠(皐月賞、東京優駿、菊花賞制覇)が、初めて達成されたのは、戦前の1941年(昭和16年)。セントライトが達成。
続いて、戦後の1964年(昭和39年)に、有名なシンザンが達成。
以降、三冠馬が誕生するには19年を擁し、1983年(昭和58年)に、ミスターシービーが達成するまで出ていません。
なお、現在では外国産馬の持ち込みが珍しくないですが、昔はいわゆる「内国産馬」という国内生産の馬が多かったのも特徴です。有名どころだと、トウカイテイオー(父はシンボリルドルフ)、スペシャルウィークが内国産馬として扱われますが、スペシャルウィークの父は有名なサンデーサイレンスですが、父が種牡馬として日本に輸入されたから、内国産馬扱いだそうです。
逆に昔は、持ち込み馬がクラシックに参戦できない、というルールがあり、それで割を食った馬がたくさんいました。有名なのは、マルゼンスキー(父はニジンスキー)。新馬戦から10馬身以上の大差をつけて勝ち、その後も圧倒的なスピードを見せた、「スーパーカー」と呼ばれたすごい馬ですが、持ち込み馬のため、クラシックに出れず。
同じく、エルコンドルパサーも、アメリカで生まれたあとに日本に輸入されたので外国産馬として扱われ、クラシックに参戦できず。凱旋門賞で日本馬として史上初の2着に入った馬なので、クラシックに出ていれば三冠も夢ではなかったはずです。
なお、競馬ブームは2回あり、第一次が1973年頃、ハイセイコーが中心。第二次が1988年頃。「平成三強」と言われた、オグリキャップ、イナリワン、スーパークリークが中心です。丁度、武豊騎手がデビューした頃です。
一方、地方競馬に関しては、1927年(昭和2年)に地方競馬規則(農林省・内務省の省令)が制定され、はじめて「地方競馬」という言葉が法令に登場しました。
ということで、主に黎明期の日本競馬についてでした。
ちなみに、日本競馬の人気は今や世界一と言われており、2019年時点で、日本の競馬の売り上げは約9億6000万ユーロで、世界一位と言われています。また、1レース当たりの賞金も世界最高水準です。
元々は、競馬自体が貴族の趣味の遊びだったんですが、日本では今や庶民が楽しめる遊びに進化したと言っていいでしょう。
実際、海外から来日するジョッキーは、日本の競馬の人気の高さに非常に驚くそうです。元々はヨーロッパのイギリス発祥ですが、今では本場のイギリス以上の人気を博しているわけです。
一競馬ファンとして、これからも日本競馬が盛り上がって欲しいと願ってます。




