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お化け屋敷のファウスタ  作者: 柚屋志宇
第8章 マークウッドの森の奥

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730話 就任式の前

 吸血鬼ギルドの新ギルド長就任式の日。


 ファウスタは就任式に出席するために礼装を纏った。

 モリーとコニーがファウスタの着付けをしてくれた。

 髪を結い上げて、大人のように丈の長いドレスを着て、長手袋をはめた。

 最後の仕上げに古竜の加護の水晶を付けた黄金の頸飾を着けた。


「さあ、出来上がりましたよ。加護の水晶がとても良くお似合いです」


 ファウスタの礼装を上から下まで検分して、モリーが満足そうに言った。


(お姫様みたい。……眼鏡がなければ)


 鏡に映った自分を見て、ファウスタはうっとりした。

 エーテルから目を保護するために眼鏡を掛けていなければならないことは残念だが、ファウスタ至上最高にゴージャスな装いだった。


 古竜の加護の水晶を付けた頸飾は、金色にキラキラと輝いている装飾の鎖だ。

 金色はドレスの淡い空色に美しく映えていた。


(この頸飾はきっと本物の黄金よね)


 吸血鬼たちが用意したものなら、おそらく本物の黄金なのだろうとファウスタは思った。

 本物だと思える重みがあった。


(宝飾品って綺麗だけど……重いのね)






「ファウスタ様の準備はいかがですかな?」


 着付けが終わってファウスタが一息吐いていると、着付けのために別室に行っていたタニスが戻って来た。

 タニスも就任式に出席するため、正装をする必要があったのだ。


「タニスさん?!」


(タニスさんは昔の人の服だわ! ……すごい帽子)


 礼服を纏ったタニスの姿に、ファウスタは目を見張った。

 それはファウスタが王立博物館で見た絵画の中にあった、中世時代の貴族女性のような装いだった。


 裾の長いローブは、草花の複雑な模様が織られている布地だ。

 太い飾り帯に、首元には古竜の加護の水晶を付けた黄金の頸飾。

 そして髪は複雑に編み込まれ、頭にはひらひらの長いヴェール飾りのついたエナン帽子を乗せていた。

 エナン帽子は円錐型のとんがり帽子だ。


「タニスさん、珍しい帽子ですね」


 ファウスタはタニスの帽子が気になった。

 王立博物館で歴史的絵画を見た今のファウスタならば、それは昔の貴族女性がかぶっていたエナン帽子なのだと解る。

 だがもし歴史の教養がなかったら、道化師の帽子の豪華版だと思ったことだろう。

 現代ではとんがり帽子をかぶっているのは、路上の大道芸人や宣伝人、それからサーカスの道化師くらいなのだから。


「式典では装いが大事ですからな」


 タニスは得意気にして言った。


「帽子の高さにもこだわったのです」

「高さに意味があるのですか?」

「はい。プロスペローと並んだときに負けない高さにしました」


 タニスのエナン帽子は長い。

 帽子の高さまで足せば、タニスはこの部屋にいる誰より高い。

 長身の男性にも負けない高さがあった。


「高いと良いのですか?」

「見た目が良くなるのです」


 ファウスタがタニスと装いについて雑談をしていると、モリーが時計を確認して言った。


「そろそろ会場へ行きましょう」






「就任式は、本館の大広間で行われます」


 モリーの先導で、就任式が行われる大広間を目指して、ファウスタたちは石造りの城の廊下を歩いた。

 要塞だった建物のせいなのか、現代の屋敷に比べると窓が少なく、その窓も小さいので、廊下のところどころが薄暗い。


(あの人たちは小さくてひょろひょろだからゴブリン族? ドワーフ族は体がっしりしているものね?)


 廊下を進み、大広間に近付くにつれて、廊下で立ち話をしている魔物たちの姿をちらほら見かけるようになった。


(あれは!)


 人間のように二本足で立っているが、獣の頭を持つ者たちがいた。

 銀色の毛むくじゃらの獣で、金色の瞳だ。

 ファウスタは本物の狼を見たことはないが、その獣の頭は狼なのではないかと思った。


狼人(ライカンスロープ)族?)


 狼人族だと思われる者たちは、すらりとした長身で強靭そうな体躯だった。


(あっちはエルフ族かしら?)


 長身にさらさらの金髪に美貌という、物語に登場する妖精のように美々しい者たちの集団もいた。


(あそこが大広間かしら)


 魔物たちの人だかりで混雑している向こうに、大きな扉が見えた。






「ファウスタ様、タニス様、ようこそいらっしゃいました。ご案内いたします」


 大広間に到着すると、侍従らしき吸血鬼がファウスタとタニスを席まで案内してくれた。


「こちらのお席でございます」

「ありがとうございます」


(豪華な椅子だわ)


 真紅のクッションがついていて、背もたれは金色の草花の装飾で飾られているその猫足の椅子は、王女様の部屋にありそうな豪華な椅子だった。


(まるで物語の挿絵の世界なのだわ)


 古めかしい石造りの城。

 燭台で照らされた大広間。

 そしてそこに集う、異様な姿をした魔物たちの群れ。


(……)


 周囲の魔物たちが、ちらちらとファウスタに視線を向けていた。


(……何だか緊張して来たわ……)


 皆に見られているような気がして居心地が悪くなり、ファウスタは思わず下を向いた。

 隣に座っているタニスは、行儀良くしているのか大人しい。

 そうして無言のまましばしの時間がたった時。


「ファウスタ」


 聞き知った声に呼びかけられて、ファウスタは顔を上げた。


「ヴァーニーさん! ……プロスペローさんも!」


 ファウスタに声を掛けたのは金茶色の髪の若者の姿の吸血鬼。

 レグルス心霊探偵社の代表だった吸血鬼フラン・ヴァーニーだ。

 ヴァーニーは魔道士プロスペローと連れ立っていた。


「ごきげんよう、ファウスタ。良い日ですね。元気でしたか」

「はい、おかげさまで」


 ファウスタは椅子から立ち上がり、ヴァーニーに挨拶をした。


(ヴァーニーさんは昔の貴族みたいなのだわ)


 ヴァーニーはひらひらのタイを結び、豪華な装飾のある膝丈の上着を着ていた。

 王立博物の絵画で見たことがある昔の貴族の服装だ。


「古竜様にご加護を賜ったそうですね」

「はい」

「おめでとうございます」


 ヴァーニーは笑顔で気さくな話をした。


「今日はルパートさんも来ています。後席の宴で会えると思いますよ。王都のファンテイジ家で働いているエルマー氏も来ています」


(ルパートさんとエルマーさんが来ている)


 知っている人の顔を見て、さらに知っている人が来ていると聞いて、ファウスタは緊張が少しほぐれた。

 彼らは人ではなく魔物だったが。


「ファウスタ様、古竜様よりご加護を授与されたとのこと、誠におめでとうございます」


 プロスペローは恭しくファウスタに祝いの言葉を述べた。


「プロスペローさん、ありがとうございます」


(プロスペローさんは肖像画みたいなのだわ)


 ファウスタはプロスペローの仰々しい装いに妙に納得した。

 世間に広まっている『大魔術師プロスペロー』の肖像画をファウスタも見たからだ。


 肖像画で知られている有名な大魔術師プロスペローは白髪の老人で、ファウスタが知っている魔道士プロスペローは狐色の髪の若者だという違いはあったが、今日の服装はどちらも同じだった。


 古めかしく、そして豪奢な長衣(ローブ)に、ひきずるような長さの豪奢なガウン。

 そして昔の学者がかぶっていたような、頭巾のような形で房飾りの付いた帽子。


「ファウスタ様、今日は一段とお美しいですな」

「ありがとうございます。プロスペローさんも素敵な装いですね」


 作法の勉強をしているファウスタは、装いを褒められたら相手の装いを褒め返すという技を習得していた。


「本日は特別な日でございますので、宮廷魔術師の正装で馳せ参じましてございます」


 プロスペローが少し得意気にそう話し始めた隣では、ヴァーニーがぎこちない笑顔でタニスと挨拶を交わしていた。


「タニスさん、お久しぶりです。……ご健勝そうで何よりです」

「ヴァーニー卿、ご無沙汰しております」

「タニスさんも古竜様のご加護を賜ったと聞きました……」

「はい、この通り」


 タニスは威風堂々として、頸飾にしている加護の水晶を示した。


「おめでとうございます……」


 ヴァーニーは少し不自然な笑顔でタニスに祝いの言葉を述べた。


 ――カラン、カラン……。


 音楽のような、鐘の音が響き渡った。


「……」


 会場のざわめきがピタリと止んだ。

 それまでおしゃべりをしていた皆は一斉に口を噤んで、静かに席につきはじめた。


「始まるようですね。ではファウスタ、また後で」


 ヴァーニーとプロスペローも自分たちの席に戻って言った。


(ついに始まるのね……)


 ファウスタは教えられた式典の手順を頭の中でもう一度復習した。

 そして少しだけ、他人の心配をした。


(式典で、ティムさんは大丈夫なのかしら……)

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― 新着の感想 ―
ティムと式典 こんなにスリルを掻き立てられる組み合わせがあるだろうか
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