409話 ダミアンの望み
「よし、早速そのグロス男爵って奴を見張って、俺が良い写真を撮ってやる!」
「ティム氏、俺にも手伝わせてください」
神妙な面持ちで、ダミアンがティムに協力を申し出た。
「おん?」
ダミアンの意外な言葉に、ティムは面食らったような顔をした。
「ダミアン、急にどうした。調子狂うぞ」
ティムは異質なものを見るような目をダミアンに向けた。
「そこは俺を止めるところだろ。ドリーみたいにさ。まあ俺は、止められても止まる男じゃないけどな」
ティムは挑戦的な笑みを浮かべて茶化すようにそう言ったが、しかしダミアンは真面目な表情を崩さず、真摯な態度でティムに申し出た。
「俺をティム氏の専属の従者にしていただけませんか。ティム氏が大ニュースをつかめるように手伝いたいんです」
「ダミアン、どうした?!」
ドリーはあからさまに心配そうな顔をしてダミアンに問いかけた。
「大丈夫か? 疲れてるんじゃないか? 自暴自棄になるな。少し休め」
「俺の従者に志願するなんて、お前、絶対おかしいぞ……」
ティムもおろおろしはじめ、ドリーと一緒になりダミアンを心配した。
「俺の専属はみんな嫌がるんだからな。志願する奴なんていねーよ。お前おかしいだろ。病気か?!」
「ダミアン、使用人と記者の二重生活で疲れてるんじゃないか。休め。少し休め」
「一年くらいギルドの地下で寝てろよ。ルパートは病気のときそうしてた」
「俺は正気ですよ」
ダミアンは少し困ったように微笑んでそう言ったが、ティムは変なものを食べたように顔を歪めた。
「ダミアン、お前はこの間ユースティスに言われて、俺の教育係を仕方なくやってただろ。最終日にバジリーの店で別れるときにさ、晴れ晴れした顔してたよな。あれは教育係の仕事が終わって清々してたんだろ」
「いえ、そんなことは……」
「俺から解放されてめちゃくちゃ嬉しいって顔してたぞ。あのときのお前はまだ普通だった」
「あのときは、大仕事が終わって、ほっとしてたんです」
ダミアンは少し挙動不審になりながらティムの指摘を否定した。
「めちゃくちゃ清々しい顔してたじゃねーか。俺と付き合わなくて良くなったのが、めちゃくちゃ嬉しかったんだろ?」
困ったように眉を下げてぎこちない笑みを浮かべたダミアンに、ティムは堂々と胸を張って言い放った。
「俺を誰だと思っている。全てお見通しだ」
「我儘な主人が嫌われるのは、見通すまでもなくただの一般論だが……」
ドリーは独り言のようにぼそっと言うと、ダミアンに向き直った。
「ダミアン、一度落ち着け。一服しよう。茶でも飲みながら、落ち着いてちゃんと話そう」
「まあ、飲めよ」
ティムの私室のテーブルに、ティム付きの世話係の屍鬼たちがお茶の用意をした。
お茶の準備が整うと、ティムは一応は作法通りにダミアンにお茶を勧めた。
「いただきます」
ダミアンがお茶に口をつけると、ティムはゾンビたちを下がらせ、さっそくダミアンに先程の話題を投げかけた。
「俺の従者になりたいっていうなら、従者にしてやっても良いけどさ。俺としても情報通のダミアンがいてくれたら色々と便利だからな。でも俺の従者になりたいなんて、おかしいだろ?」
ティムの言葉に、ドリーもうんうんと頷き「おかしい」と呟いた。
「俺の望みは、新世紀派の悪事を白日の下に晒してやることです」
ダミアンはどこかすっきりとした、静謐すら湛えた表情で、落ち着いた声音で語り始めた。
「俺だけじゃありません。宵闇時間の記者たち全員の望みです」
ダミアンはそう言うと、少し自嘲気味に苦笑した。
「新世紀派による警視庁の内部不正は、ティム氏のおかげでここまで明らかになりました。さっきドリーさんが言っていたように全部ティム氏のおかげです。自分の望みなのに、ティム氏に頼りきりで、ここまで事を進めて貰ってしまった」
「俺は頼りになる男だからな」
ティムは少し得意気に言った。
「いつでも俺を頼れよ」
「ティムはダミアンのためにやったわけじゃない」
ドリーは淡々とティムの真実を語った。
「ティムは話題になる写真を撮りたいから、それで大ニュースを掘り出したいんだ。完全な私利私欲だよ。ダミアンの依頼はティムに利用されただけだ」
「おい、さらっとバラすなよ」
秘密の計画を漏らしたドリーにティムは苦言を呈すると、ダミアンの反応を気にして、ちらちらと探るような視線を向けた。
ダミアンはそんなティムの視線に微笑み返した。
「それは解っています。ティム氏の写真へのこだわりを見れば、大ニュースの写真が撮りたくて警視庁の調査に乗り出したことくらい解りますよ」
「……まじか……」
ティムは愕然として呆けた顔を晒したが、ダミアンは真摯な態度で語り続けた。
「でもティム氏がやってくれたことは、間違いなく俺の望みなんです。それなのに俺はティム氏の幸運に便乗させてもらって、ずっと世話になりっぱなしでした。ダフやトンプソン警部補が体を張って戦っていて、子供のファウスタにまで助けて貰ったというのに、俺はティム氏が掴んだ成果をただ貰っていただけです」
ダミアンは表情を引き締めると、ティムを真っ直ぐに見つめた。
「ティム氏の力に比べたら、俺の力なんて微々たるものですが、手伝いくらいできると思います。ティム氏が写真を撮りたいなら全力で手伝います。俺はティム氏にとことん付き合うつもりです。駄目だと言われても自由意志で付き添って手伝います」
ダミアンはニヤリと微笑んだ。
「死なばもろともですよ」
「俺もお前も不死者だから、もう死んでるけどな」
ティムは訳が解らないといった調子で首を傾げながら、ダミアンの言葉尻を拾って突っ込みを入れた。
ダミアンはそれを正面から受け止めて答えた。
「そのくらいの覚悟があるってことです。たとえ滅びることになっても、俺はティム氏を全力で手伝いますよ」
「おいおい、物騒だなあ」
ドリーは悪い冗談を躱すように軽い調子で笑いながら言ったが、ダミアンは生真面目な顔で答えた。
「ティム氏だけに負債を背負わせるわけにはいきませんから。俺にも片棒を担がせて欲しいんです。マークウッド辺境伯家の従僕の仕事は辞めます。俺をティム氏の近侍にしてください」
「はあ?!」
「ダミアン?!」
ティムとドリーは同時に声を上げた。
「ちょっと待て。ダミアンが王都屋敷の従僕を辞めたら……。俺に厳しい奴しか残らなくね? 王都屋敷で俺がピンチになるかも?」
「重く考えすぎてるんじゃないか。何も四六時中ティムに付き合わなくても捜査の手伝いはできる。特等の二人だってティムには手を焼いてるんだ。ティムに付きっ切りになるのは二等のダミアンには多分きつい仕事だ」
「ルパートは俺の家庭教師をやって、一等吸血鬼のくせに病弱か何か知らんが倒れてしばらく寝たきりになってたからな。俺のスピードに付いて来れるのは選び抜かれた最上位の魔物だけってことだ。ダミアン、無理しなくて良いんだぞ?」
「捜査の前に、ティムに振り回されて倒れるぞ」
ティムとドリーはそれぞれ理由は異なったが、ダミアンをなだめようとまくしたてた。
しかしダミアンは動じず、微笑んだまま穏やかに語った。
「俺がマークウッド辺境伯の王都屋敷での仕事を希望したのは、議会の情報や、貴族や事業家の動向に触れられる環境だったからです。保守党の重鎮で事業家のマークウッド辺境伯の近くに居れば、政治経済の生の情報が常に得られると思ったんです。竜公やルパートさんからも情勢を色々と教えていただけたし、エルマーさんから森の動向も聞けて、あの屋敷は願ったり叶ったりの環境でした」
「じゃあそのまま続ければ良いだろ。俺もその方がありがたい」
「情報に恵まれた環境のおかげで、今、大嵐の中心が警視庁にあることを俺は知っています」
少し遠くを見つめるような眼差しでダミアンは言った。
「その時が来たんです」
「何の時だよ」
「俺の、反撃の時です。ティム氏が今、挑もうとしている相手に、俺はかつて敗北しました。俺は連中に敗北して……吸血鬼になりました」
ダミアンは強い光を宿した目で、ティムを真正面から見据えた。
「ティム氏が連中に挑むなら、轡を並べて一緒に戦いたいんです。ティム氏が勝利を掴むために大嵐に飛び込むなら、俺も一緒に飛び込みます。俺だってティム氏の風除けくらいにはなれると思うんです」
ダミアンは不敵に微笑んだ。
「俺が駄目でも、ティム氏が勝ってくれればそれで良い。連中を白日の下に引きずり出せるなら、たとえこの身が滅びようとも本望です」




