410話 三人の大貴族
――王都タレイアン、中央区。
時計塔が、時を知らせる大鐘を響かせた。
世界で最も正確に時を刻む大時計が設置された時計塔は、イングリス王国の議事堂であるレツニム宮殿の塔だ。
アポローニア女王の時代を代表する名建築の一つである。
議員である貴族たちがこの時計塔の下の議事堂に集い、王国の政治について今日も議論を尽くしている。
「ロスマリネ卿」
その日の議会が閉会すると、マークウッド辺境伯はロスマリネ侯爵に話しかけた。
「この後の予定のことだがね。できればシェリンガム卿も誘いたいのだ。口添えを頼めないかね」
「任せてくれたまえ」
マークウッド辺境伯の頼みをロスマリネ侯爵は快く受け入れた。
「しかし彼は多忙な人だからね。急な誘いに応じてもらえるかは解らない。日を改めれば確実だが……」
ロスマリネ侯爵がマークウッド辺境伯にそう説明していると、別の者が二人に声を掛けて来た。
「失敬、マークウッド卿、ロスマリネ卿」
「……!」
「シェリンガム卿!」
それは今まさに話題にしていた人物、内務大臣シェリンガム伯爵だった。
「マークウッド卿と少々話がしたいのだ。時間を作って貰えないだろうか」
時計塔のある議事堂へと続く華やかな大通りから、少し外れて脇道を進むと、古ぼけた建物が並ぶ裏通りに出る。
マークウッド辺境伯、ロスマリネ侯爵、シェリンガム伯爵の三人は、馬車でその裏通りを進んだ。
「これが噂のアルカード氏の店か」
護衛とともに、馬車から通りに降り立った内務大臣シェリンガム伯爵は、目の前にある古びた煉瓦造りの建物を見て言った。
それは少し時代遅れの珈琲館で『吸血鬼の巣』という看板が掲げられている。
「アルカード氏の店が心霊探偵社の相談窓口になっていると聞いているが、この店なのかね?」
「そうなのだよ」
シェリンガム伯爵の質問に、マークウッド辺境伯は答えた。
「心霊相談はここで受け付けているのだよ」
「それは初耳だ」
ロスマリネ侯爵が興味を引かれたのか、マークウッド辺境伯に質問をした。
「この店には何回か来ているが全く気付かなかった。一体どこで相談を受けているのかね?」
「店長のエヴァンズ氏に申し出れば、相談室に案内するのだよ。相談室は二階にあるのだよ」
珈琲館は男性しか入店できない店だが、ロスマリネ侯爵もシェリンガム伯爵も「探偵社の受付が珈琲館で、女性の依頼者はどうするのか」という疑問は持たない。
上流階級の家には当たり前のように男性使用人がいるからだ。
「護衛の彼たちにも、椅子と珈琲を出してやってもらえるかね?」
「かしこまりました」
珈琲館の二階にある専用の個室に入り、店員に珈琲を注文すると、マークウッド辺境伯はシェリンガム伯爵の護衛たちのために追加の注文をした。
近侍たちは一階で珈琲を飲みながら主たちを待っているが、内務大臣であるシェリンガム伯爵には近侍の他に護衛が付いている。
二人の護衛が今、個室の扉の外で待機していた。
「シェリンガム卿の話から聞こう」
珈琲を運んで来た店員が退室すると、マークウッド辺境伯は言った。
「その前に、まずはお礼を言わせてくれたまえ」
シェリンガム伯爵は、心霊探偵ファウスタの予定を融通してもらったことについてマークウッド辺境伯に感謝を述べた。
「マークウッド卿には本当に感謝している。ファウスタ様のおかげでラヴィニアは驚くほど回復した。まったくもって奇跡としか言いようがない」
シェリンガム伯爵の話に、マークウッド辺境伯もロスマリネ侯爵も頷いた。
「シェリンガム卿、私とて、初めてファウスタの力を目の当たりにした時には驚いたのだよ。ファウスタはすぐに悪魔の正体を見抜き、あっという間に事件を解決してしまったのだ」
「我が家も同じだ。ファウスタのおかげで怪奇現象は払拭され、使用人たちは明るさを取り戻し、伏せっていた妻の容体も嘘のように回復した」
「ラヴィニアも嘘のように回復したよ。起き上がることもできなかったのに、ファウスタ様に精霊召喚していただいたら、急に元気になった」
三人はしばしファウスタの偉業について語り合った。
「それで、マークウッド卿、相談なのだが……。その、孫のラヴィニアがね、ファウスタ様が猫妖精を連れていると言っていてだね……」
シェリンガム伯爵は少し言い難そうに切り出した。
「空想だとは思うのだが、ラヴィニアは猫妖精がいると信じていてね……」
「猫妖精はいるのだよ」
マークウッド辺境伯は自信満々といった様子で、空想上の生物を肯定した。
「い、いるのかね?」
「いるのだよ。ロスマリネ卿も見たのだよ」
「ロスマリネ卿、本当かね?!」
少し動揺の色を見せているシェリンガム伯爵に、そう問いかけられ、ロスマリネ侯爵は落ち着き払った態度で頷いた。
「うむ。ファウスタが猫妖精を召喚している姿を、私はたしかに見た。猫妖精がファウスタに憑依して、見えない何かと戦っていた」
「……いるのか……?」
シェリンガム伯爵は少し首を傾げ、自問自答するようにそう呟いたが、すぐに顔を上げるとマークウッド辺境伯に質問した。
「ラヴィニアが、猫妖精にお礼の贈り物がしたいと言っているのだ。マークウッド卿は、猫妖精が何を好むか知っているかね?」
「知らないのだよ」
「……そ、そうか。知らないか……」
「ファウスタに聞いてみるのだよ」
三人はしばし、猫妖精について語り合った。
「そうだ、丁度良い」
話の途中で、マークウッド辺境伯が何か思いついたように声を上げた。
「今日はロスマリネ卿にこれを渡そうと、持って来ていたのだよ」
マークウッド辺境伯は二通の大判の封筒を持って来ていた。
それらは脇に重ねて置かれていたが、マークウッド辺境伯はその二通のうち、一通を手に取った。
「ロスマリネ卿の家での話が出ているからね。丁度良い。これを見て欲しい」
大判の封筒の中から、マークウッド辺境伯は数枚の写真を撮り出し、テーブルの上に出した。
「残念ながら猫妖精は写っていないがね。幽霊は写っているのだよ」
「こ、これは……!」
マークウッド辺境伯が取り出した写真のうち、一枚を手に取り、ロスマリネ侯爵は驚愕に目を見開いて叫んだ。
「黒騎士デュラン?!」




