408話 警視総監の疑惑
「いいか、ティム、トンプソン警部補が隠してた写真が手に入ったのは、ティムの手柄だ」
狼男ドリーはティムをなだめようとしてか、手柄と言える事を拾い上げ、こんこんと諭した。
「ファウスタに依頼することを思いついたのはティムだ。ダフの口を割らせたいって粘ったのもティムだ。ダフが口を割ったのだって、ティムが撮影したトンプソン警部補の幽霊の写真があればこそだった」
ティムの顔を覗き込むようにして、ドリーは説明した。
「トンプソン警部補が隠していた証拠写真は、そのまま全部ティムの手柄だ。自分の手柄と勝負する必要なんてないんだ」
「細かいことはどうでもいい」
ティムは面倒臭そうに眉を歪めて言った。
「トンプソンの写真のせいで、俺の写真はすっかり忘れられてる」
苦悶の表情でぼさぼさの黒髪を両手でかき回すと、ティムは無念を吐き出した。
「俺はずっと知らずに、ライバル写真家の手助けをしてたんだ。ライバル写真家の傑作写真を俺が掘り起こして、みんなに知らせちまった」
「写真家じゃなくて警部補だから」
「写真を撮ってるんだから写真家だろ。調査書が写真だなんて知らずに、俺は馬鹿みたいに探してたんだ」
自嘲するような笑みを浮かべて、ティムは肩を窄めた。
「トンプソンが撮った傑作写真にみんなが夢中だ。おかげで俺は置いてけぼりさ」
「だから、その傑作写真はティムの手柄だ」
「そんなの屁理屈だろ」
ティムは眉を吊り上げてドリーに言い返すと、ぱっとダミアンを振り向いた。
そして鬼のような形相でダミアンを詰問した。
「おい、ダミアン!」
「は、はい」
「俺が撮ったクソガキ王子の写真と、トンプソンが撮ったタレイアン公爵の写真と、どっちが凄いか言ってみろ!」
「あ、え……、えーと……」
前者は、知名度がない未成年の王子が、女優と腕を絡めて、同じ学院の生徒が無名の一般人を暴行するのを眺めて笑っている写真。
後者は、次期国王として知名度が高く国中に顔を知られているタレイアン公爵が、悪名高い新世紀派の集会に参加している、天下の警視庁の不正と王位継承権に関わる写真。
どちらのニュースが世間を騒がせるかは明白だった。
後者は、世に出した途端、国中がひっくり返るような写真だ。
「ダミアン、正直に答えろ!」
「まあ……タレイアン公爵は次期国王ですから……」
ダミアンは言葉を濁し、しどろもどろになった。
「……どっちが凄いとか、そういう次元の話ではなく……」
言い難そうに回りくどい答え方を始めたダミアンに、ティムは回答を突き付けた。
「トンプソンの方が凄いって思ってるだろ」
「まあ、それは……。まあ……、命がけの仕事だったわけですし……」
ダミアンの態度にしびれを切らしたのか、ティムは本題に戻った。
「ダミアン、警視総監について教えろ。俺がトンプソンに勝つにはそれしかない」
「警視総監にも監視をつけるって、さっき委員会で話してただろう」
ドリーは再びティムを諭し始めた。
「うちの夜警団と、魔道士ギルドとで、これから怪しい連中の監視をするって決まったんだ。連中に任せておけよ」
「だから、その監視に先を越されないように、今すぐ警視総監を見張らなきゃいけないんだ」
「あのなあ……」
ティムの言い分に、ドリーは悩むような渋面になりながら説明した。
「監視はユースティス様が采配してるんだぞ。ティムの命令で」
ドリーは困ったように眉を下げ、苦笑いを浮かべた。
「細かい事は任せるって、ティムがユースティス様に命令したから、ユースティス様は段取りを組んで、全て采配してくださってるんだ。ティムが自分で命令したことだ」
「それとこれとは話が別だ。これは写真家としての勝負だ」
「同じだよ。部下に命令しておきながら、その仕事の邪魔をするのは、さすがに酷いんじゃないのか」
「邪魔はしない」
「横槍を入れようとしてるだろう」
ティムとドリーは、やいのやいのと言い合いを始めた。
言い合う二人を前にして、ダミアンは深く考え込むように目を伏せた。
そのまましばらく沈思黙考していたダミアンは、ふいに顔を上げ、ティムを真っ直ぐに見つめた。
「ティム氏」
ダミアンは静かな面持ちで言った。
「たしかにティム氏が言う通り、警視総監のグロス男爵の悪事が暴かれたら、世間は大騒ぎになります。間違いなく新聞の一面を飾る大ニュースです」
「お!」
ダミアンの言葉に、ティムは喜色を浮かべて振り向いた。
「やっぱり大ニュースか?!」
「はい。王都の正義の守護者と言われている警視総監グロス男爵が、悪事を行っていたとあれば、世間がひっくり返る大ニュースになります」
わくわく顔になったティムに、ダミアンは更に説明した。
「グロス男爵は二十年近く、ずっと警視総監の地位にいます。過去に二回ほど、政権が交代したときに、グロス男爵から別の人物に警視総監が代わりましたが……」
警視総監は、内務大臣と王都知事とで協議して決める。
そのため選挙により内務大臣や王都知事が交代したタイミングで、警視総監も変更されることはおかしな事ではない。
「新しい警視総監はどちらもすぐに不祥事の疑惑が持ち上がり、それが新聞で連日報道されたため、悪人のイメージが世間に擦り込まれました。冤罪だったのですが、結果的に彼らは辞任せざるを得なくなった。彼らの後任はどちらも、今までの実績のあるグロス男爵となりました。グロス男爵は交代しても、すぐに警視総監の地位を取り戻しているんです。それでずっとグロス男爵が警視総監の地位にいます」
ダミアンは深刻な表情で、苦いものを噛んだように眉間に皺を刻んだ。
「グロス男爵が新世紀派が選んだ警視総監だったと考えれば、新しい警視総監たちに不祥事疑惑がなすりつけられたことも、冤罪と解った後にも大手新聞が無責任な報道の訂正をろくに行わなかったことも、全て辻褄が合います。新世紀派は、グロス男爵に警視総監を続けさせるために、新しい警視総監たちを潰したかったのでしょう」
「細かくてよく解らんが、つまり……」
ティムは獲物を狙うように目を輝かせた。
「大ニュースってことだな!」




