5「ズボラな魔女」
ぐつぐつと、鍋が煮え始めた。具材は、キャベツと人参、そして豆。実にヘルシーである。
ほんの少し小皿につぎ、味見をする。塩気が少し強いかもしれないが、彼女は濃い味付けが好きなのでこれで良いだろう。
煮込んでいる間に、食器の用意をする。そして、寝ぼすけさんを起こしに向かった。向かったのは、ある部屋の前。扉をこんこんと、そっとノックした。だが、返事が無い。
「クレアさん、起きてください。もう、朝ですよ」
少し大きな声で呼びかけると、小声で返事が聞こえた。直後、扉が開かれ部屋の主が現れる。
「おはよぉ……タイヘイ君」
思い切り寝間着姿だったので、少し目を逸らす。だが、当の本人は恥ずかしく思っていないのか隠す素振りを見せない。普段は綺麗に整えられている青髪も、寝起きは爆発状態だ。
「今日の朝食は、豆のスープとパンですよ。今、煮込んでいますから、待っている間に髪を整えましょう」
「うん……分かったぁ」
腑抜けた声の感じからして、まだ寝ぼけているらしい。あくびをしながら、彼女はテーブルの椅子に腰かけた。
タンスの上に置かれたブラシを手に取ると、俺は彼女の髪を整え始める。しかし、途中で彼女が二度寝を始めたので、手元が狂った。
「クレアさん、寝ないで下さいよ。うまくできません」
「ん……ああ、ごめんね」
髪が整え終わると同時に、鍋の煮込みが完了する。蓋を取ると、芳醇な香りが漂ってきた。
「さあ、クレアさん。朝ごはんですよ」
皿にスープをつぎ、彼女に手渡す。ついでにパンも。
「わぁ、おいしそう……。いただきます」
先ほどまで寝ぼけていたのに、食事となると目がぱっちり開く。毎朝のことなので、もう慣れたが。
「クレアさん。今日は、どうしますか?」
食べながら、予定を尋ねる。クレアさんは少し考える素振りを見せた後、口を開いた。
「そうね……今日は、薬草を取りに行こうかな。手伝ってくれる?」
「もちろん。お手伝いしますよ」
——異世界に召喚されて、一ヶ月が経過した。彼女との共同生活も一ヶ月目。
彼女の名前は、クレア・ランドルフという。命の恩人である彼女には、感謝してもし切れない。こうして、路頭に迷った俺を養ってくれていることにも。
恩返しというわけでもないが、住まわせてもらっている最低限の礼節として、家事は全て俺が担当している。
だが、少しばかり……否、かなり彼女はズボラな性格だった。
俺が起こさなければ、彼女は自力で起きようとはしない。また、食事も俺が来る前までは食べない日の方が多かったらしい。掃除も苦手なようで、初めてこの家に来た時は、散らかりように驚愕したものだ。
「薬草を取り終わったら、一緒に勉強しようね」
「ええ。いつも、ありがとうございます」
この世界では、なぜか言葉は通じるが文字は読めない。さすがにそれでは困るので、クレアさんからこの世界の文字を教えてもらっている。日本語とは似ても似つかない文字だったので、覚えるのに苦闘中だ。
また、文字以外にもこの世界の一般常識も教えてもらっている。おかげで、この世界における最低限の教養は得ることができた。
勉学以外にも、クレアさんから「あること」を教えて貰っているのだが、文字以上に会得に苦労している。
「ごちそうさまでした。タイヘイ君の料理は、いつもおいしいよね。このまま一生、あなたに料理して欲しいな」
「え⁉」
「冗談、冗談。さすがに私も料理を覚えないとね」
今の発言に、思わずドキッとしてしまう。まるで、プロポーズみたいだった。多分、クレアさん的にはそんな意図は無かったのだろうが。
「さて、と、それじゃあ、薬草取りに行こうか」
食事を終え、張り切る彼女だったが。
「クレアさん……着替えがまだですよ」
「あ‼」
苦笑しながら、寝間着姿の彼女にそう伝えた。




